ふじしろ
2026-01-31 11:20:01
6833文字
Public アル7
 

カオイズ小話

セマバンCP1で展示した1000〜2000文字程度の短いコイバナ
1ページ目はもくじです。
読みたい話を選んでご覧ください。



【狸じじいと姫(アン←トル)】


あの声が好きだ。
少ししゃがれていて、でも自分のことを語る時には張りが出て堂々としている。
注意深く聞いていると彼の声には彼の全てが現れている。
見た目はまあ、普通にお爺ちゃんだけど。

恋に奥手になっていたとは思う。
もちろん人並みにお付き合いなんかの経験は昔にあったけれど、残念ながら男たちはいつも私を失望させた。
私はそんな意識は持っていなかったが、男性にとって自分はいわゆる高嶺の花だったようだ。
付き合った男どもは皆、私より優位に立ちたがりマウントを取ってきた。
周りばかりに目を向け、自身の素晴らしさを見せびらかすことに夢中で、誰も私と同じ場所、つまりは私と並んでくれようとはしなかった。
そしてそのことがとても辛かった。
そうして恋愛から遠ざかって長く過ごしていた。
その間にカオスイズムに入り大幹部の座を手にしたけれど、アルセブンの他の大幹部は利害の一致で手を組むには悪くはないけれど恋愛対象にはおおよそならない男ばかりだ。
当然彼もそのひとりだった、その声を聞くまでは。
アンビスは長いこと様子見を決め込んでいて、マスクも取らなければ会話に混じることもしなかった。
特に誰かの足を引っ張ることもなく、最低限を粛々とこなしていたから誰も文句は言わなかったが、それぞれに思うことはあったんだろうと思う。
でも少なくとも私は嫌悪はしていなかった。
度は過ぎるとは思ったが、機をうかがうこと自体は悪いことではない。
別に邪魔をしてくることもなかったのでそういう男なのだろうという以上には思っていなかった。
初めて声を聞いて嫌いじゃないと思った。
それからしばらくして初めて彼が仮面を外してその顔を見せた時、ああ、そうかと悟る。
私はこんなに年上の男でないともう安心出来なくなっているんだ。
現れた初老の男性はどこか下卑た笑顔を湛えていたが、そんなところも悪くなかった。
そうして私の心はすっかり彼に囚われてしまった。
「最近大人しいじゃないか」
声を掛けられ振り向くとそこにはアンビスがいた。
「野郎ども相手にギャンギャン言ってるのを見るのが結構好きなんだがな」
「そこに自分が含まれている自覚はあって?」
「もちろん分かっているさ。なに、別嬪さんに叱られるってのもオツなものだろ」
そう言うとアンビスはからからと笑う。
ちょっとした冗談のつもりなのかもしれないけど珍しいなと思う。
部下の幹部に対してはどうなのかは知らないけど、アンビスがアルセブンのメンバーとこんな風に話すことはほとんどない。
これは純粋に気に掛けてもらっていると思ってもいいのだろうか。
いや、彼は私たちに素顔すらなかなか見せなかったとんだ狸爺だ。
期待はしない方がいい。
「貴方のおかしな性癖を充たしてあげる義理はないんだけど。まあ、勝手に喜んでいるなら文句は言わないわ」
いつも通り、ピシャリと言い返したつもりだった。
しかしアンビスは私の言葉にくつくつと笑う。
「そういうことにしておこうか」
笑いが堪えられない、そんな様子で笑いながらアンビスはその場を離れた。
そう、期待なんてしない。
でもたまには恋心を思い出してちょっとだけ浮かれたい。
彼の背中を見送りながらたまにはこういうやりとりも悪くないわね、そう思った。