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シノハラ
2026-01-17 00:37:18
35772文字
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Fake It 'Til We Make It
※呼称の改変あり、魔神任務8幕と世界任務後の時間軸なのでそれを前提にした描写が含まれます
春コミの本になる予定のンズイル♀です。
春コミの申し込み締め切りまでにある程度軌道に乗れば出たいな~とか言っていたら爆速で書きあがりました。
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フリンズに影響力があるとは言っても、定例の会議に顔を見せる事はほとんどないのでライトキーパーの運営ではその力は全くと良いほど発揮されていない。きっとその気になればかなり彼の意向を反映させることが叶いそうなものなのに、幸か不幸か彼はその気が全くないのだ。
だから、今日の定期報告会に彼の姿が見えた時は本当にびっくりしてしまった。きっとそう思ったのはイルーガだけではなく、出席した他の隊員達もそうだったのだろう。
口頭で報告し、その場で対策を議論しなければならないような事があったのだろうか。そうでなくとも厄介事が持ち込まれて会議が長引くのではなかろうか、と言いたげにフリンズに視線を寄せる者達が散見される。もちろん、一つ前の打ち合わせが長引いてぎりぎりになってグレート・ミード・ホールに飛び込んだイルーガもその中に含まれた。
彼に視線を寄せながら慌ただしく席に着いたイルーガにフリンズが軽い会釈をしてきたので、イルーガも軽く顎を引いて見せる。それから既に席に用意されていた資料を手に取るため、手袋を外してコートのポケットに詰め込んだ。
ほどなくして始まった会議は意外なほどに滞りなく進み、事前に耳に入れていた概要から大きく外れる事はなかった。誰もが気にしていたはずのフリンズの報告は既に受け取っていた報告書から漏れている件もあるにはあったが、想定の範囲を超えて慌てふためくなんて事態にも陥らずに済んでいる。
ただし、フリンズの報告書の書き方には後で注文を付けた方が良さそうだった。報告書を提出してからの追加分の報告はともかく、明らかに報告漏れがあった点を口頭で伝えてくるのは問題だろう。
そんなイルーガの視線を気にしている様子のないフリンズ曰く、先日までのワイルドハントの勢威増大の原因は明確であり、大禍を招くそれは既に退けられた。故にワイルドハントの勢力は従来の規模に戻りつつあるが、代わりにファデュイの多くが引き上げてしまった問題は依然残っている。
彼らはナド・クライに強引にやってきて実験施設を作っていたわけだが、パハ島を中心にした自治も行っていた。彼らが生きていくためには、ワイルドハントへの対処が必要不可欠だったのである。そのため以前はファデュイとある程度連携しつつ、人員配置を抑えられていたのだが。
両勢力が縮小してしまった手前、ライトキーパーからの人員を減らすのは難しい。彼の報告に異論を唱える者はこの場にはいない。
イルーガ達が踏み込んだエンブラの柱やキプマキの崖の戦後の状況報告に耳を傾けるフリンズの神妙な姿をちらりと見てから、イルーガは先ほど一度目を通した資料に再び目を落とす。会議出席中のフリンズの態度は頗る良いので、任務傾向も相まって普段は来たくとも来られないのだろうと周囲の隊員は概ね勘違いをしているはずだ。
届けてもらえる報告書で十分なので億劫がっているのだと考えているのは一体この場に何人いるのだろう。確実にイルーガの味方になってくれるだろう義父の姿は残念ながらこの場にはない。
溜め息交じりになってしまいながら顔を上げて、イルーガは再度フリンズの様子を窺った。彼はゆったりと席に腰かけて、発言者に視線を注いでいる。
美しい人だと思う。元々の顔の作りが上々なのはもちろんのこと、身長だって平均以上を確保している。風雪を避けるための外套に隠れてはいるが、姿勢や歩く姿などから彼が長年研鑽を続けている事は明らかだった。長年と表現できるからには彼を若いと感じる者はいても、フリンズを青二才となじる者をイルーガは見たことがない。
その上、武力だけではなく紳士と称されるに足る知識と礼節を身に着けているのだからイルーガは困ってしまうのだ。演技や嘘だと分かっていても、周囲が恋仲だと察するように振る舞われるとどぎまぎするのは決してイルーガのせいではない。
たとえば自分がもう少し年長でそれなりに色恋の場数を踏んでいたのなら、もう少し心臓は落ち着いていてくれたかもしれない。そもそもそんな経験があれば、こんな事態にも陥ってはいなかっただろうが。そんなない物ねだりの場違いな懊悩を散らすために、イルーガは隣に気づかれないようにそっと深く息を吐く。
滞りもない一方で退屈に感じる事もない、ちょうどいい塩梅の会議が終わりを告げた。席を立ち周囲との挨拶とちょっとした雑談が片付いた頃を見計らって、フリンズがイルーガの下にやってくる。彼の背後にあるグレート・ミード・ホールの壁を見て、いつもこうあってくれればいいのにという思いが湧き上がってしまうのは否めない。人口の集中するナシャタウン側とライトキーパーの戦力が集中するピラミダを繋ぐ拠点の防衛が如何に重要なものか、イルーガだって当然理解していると言うのに。
「こんにちは、イルーガ」
「こんにちは、フリンズさん。ここまで来た上に会議に顔を出すなんて珍しいですね。一体今日はどうしちゃったんですか?」
思わず責める調子で挨拶をしても、フリンズは気にした様子を一切見せずに用があったついでにと笑みを作るだけである。
「用事? 義父さんに呼び出されでもしましたか?」
「そういうわけではないんですが、先ほど挨拶は済ませてきました。お元気そうで何よりです」
今日の午後は別件があるので報告会には出られないと言っていた義父を捕まえたようなので、もしかしたら朝からピラミダに来ていたのかもしれない。ここに留まるのも何なので外に出ると、思いの他暖かな日差しが頬を撫ぜてイルーガは眩しさに目を細めてしまう。
「この後時間はありますか? そう長く拘束するつもりはありません」
フリンズの足が人気のない方向に向かっているので、もしかしたら二人の嘘に纏わる話をしたいのかもしれない。仕事中にやる事ではなかろうとは思うのだが、物資の運搬中も業務には違いないのだから今更だろう。
「ええ、大丈夫です」
報告会の後には急な相談事が舞い込むことが多いので、半刻から一時間は体が自由になるようにはしている。今回はほとんど雑談で、質問があったとしてもその場ですぐ回答できるものしかなかったのでイルーガは手が空いている状況だった。
「良かった。ではまず手を出していただけますか?」
「手を?」
長期保管向けの倉庫しかない通りに入り込み、人気が全くなくなってしまってからフリンズはようやく足を止めた。言われてから会議の時に手袋を外してそのままだったことに気がついたが、手を要求されているのであればそちらの方が都合が良いのかもしれない。
「ええ、右手でお願いします」
「これでいいですか?」
何か渡したい物でもあるのだろうと踏んで手のひらを上に向けて差し出すと、フリンズが無言で首を振ってからイルーガの手を握ってくるりと手を返させてくる。自分の手を握った彼の手はイルーガと同様に手袋に包まれていない。直接指が触れる感触の生々しさにイルーガが目を白黒させているうちに彼の指先が自分の指の上を滑る。
「
――
これ、は」
その内側に指よりももっと滑らかな感触があったと分かったのは、その正体を視界に収めてからだった。フリンズの手に隠されていたそれは、日の光を受けて自らの存在を主張しようとちかりと瞬く。
指輪だ。イルーガの人差し指にぴったりとはまったそれはぷっくりと丸く磨き上げられた青い石を銀色の金属が支える形になっている。可愛らしさを出すためか小さな宝石に合わせるようにリング部分も華奢に仕立てられており、荒事も多く担当する自分にはどうにも頼りなく感じられた。
「ああよかった、サイズが合うかだけが心配だったんです」
彼の発言からすると、ひょっとして目算で誂えたのだろうか。直しが必要になるなんてことになると申し訳なかったので、自分の指がこの指輪に相応しいサイズで良かったと思う。
「そう高価な石でもなかったのですが、あなたに良く似合うと思って」
「そんな、ここまでしなくても」
黒衣に身を包んだ彼がカラスのように古銭や宝石を好むのは、彼とそれなりに付き合いがある人間なら誰でも知っている話である。そうして彼が必ずしも一般的な価値を基準にして、その一つ一つに価値を定義しているわけではないということも。
その内の一つをわざわざイルーガ用の指輪に仕立ててくれたらしい。イルーガに似合いそうであるという動機以外にもその石の色合いが彼を思わせるものであり、虫避けとして作用するとかそういう意図もあるのだろうが。
「おや、そうですか?」
「そうですよ! それに、僕の仕事を考えればこんなの怖くて着けていられないことくらい分かるでしょう? いただいても持ち腐れにしてしまいます」
いくら彼が高価なものではないと言っても、ほいほいと人に寄越すものではないことくらいその方面に疎いイルーガにだって簡単に分かる。買い取るのが一番無難だろうと思いながら、それでも身につけるために作られたそれを使ってやれる機会がないのは申し訳ないと考えて、何に対してそう思ったのか自分でも分からなくなってしまった。
「そうでしょうね」
「だったら」
「お嬢様の特別な時に身に着けてくださるなら僥倖です。機会があれば是非選んでやってください」
特別な時とは何なのだ。今の今まで生きてきて、イルーガにそんな瞬間が訪れたことは一度もない。
思わず人の話を聞いているのかと唸ってしまうと、もちろんと飄々とした態度で返事がある。つまり、文句を言われるところまで承知していると言う事で、少なくとも即時の返品は受け入れてもらえないのだろう。
「それからこちらも」
「これは
……
チケットですか?」
「ええ、ナシャタウンに他所から劇団が来るそうです。所謂復興支援の一環のようですね。この前ナシャタウンを尋ねた時に偶然手に入りました」
フリンズが取り出した小さな紙には何かの通し番号と日時、開催場所が示されている。彼の説明を考慮すれば、見覚えのない単語はおそらく他国の劇団の名前なのだろう。
「素敵ですね」
この手の出来事に遺憾ながら慣れているとはいえ、ナド・クライではファデュイの執政官の個人的な暴走が原因で被った災禍の爪痕がまだ払拭しきれてはいない。それでもかなり状況が落ち着いてきた今、日常を盛り上げるイベントは皆の心を潤わせる良い機会となるだろう。
「開演時間が時間ですからナシャタウンに泊まった方が良いでしょう。宿
――
と言ってもあそこで僕らが泊まれるのはフラグシップぐらいですけど、それはこちらで押さえておきます。少しまとまった休暇を取らせてしまいますが、日程は合いそうですか?」
「
……
僕が行くんですか?」
「わざわざ見せびらかすためだけに僕が持参したと思われたなら心外ですね」
「君と?」
「ええ、ペアチケットなので」
効率的にもぎるための加工がされた厚紙の端にフリンズが指を添えて、二人組用を示す文字が印刷されていることを示してくる。たしかに、二人して幻覚を見ていないのであれば一枚で二人分の席を用意してくれるらしい。
「あなたのお義父様からも許可は取り付けてあります。お泊まりのデートになりますから」
「デート」
はい、デートです。思わずおうむ返ししてしまった言葉にフリンズは律儀に返事をしてきた。フリンズは自分達の関係をどう義父に説明して、お泊まりのデートとやらの許可をもぎ取ってきたのだろう。
そもそも義父はイルーガの対人関係をいい意味で放任してくれるため、そう難しくもないミッションだったのかもしれないが。それでも娘とはそれなりに歳の離れた男が形式的なものであったとしても交際していると知れば、複雑な思いになったかもしれない。イルーガ以上に相手を知っているという事実が気持ちを軽くしたのか、より複雑にしたのかは微妙なところだ。
「お顔が真っ赤ですね」
「言わないでください! だって、気まずいでしょう
……
義父さんにどんな顔をして会えばいいか
……
」
いつか来るかもしれない日が今日だっただけと理解はしているものの、本当にどうしていいか分からない。今まで育ててくれた感謝を改めて伝える? いいやそれは嫁に行く際にすることではないだろうか。
「もしかしたら彼も同じような悩み方をしているかもしれません」
「ということは義父さんのことも騙したんですね
……
」
「もちろん。嘘を吐くなら例外を作らないに越したことはありません」
反論しづらい主張をぶつけてくるのは止めてほしい。うう、と意味のない言葉を漏らしながら手を口元に寄せると、指の付け根の陽光を弾く青色と華やかな彩色のチケットが同時に視界に入った。
「
……
ひょっとして機会ってこれのことですか?」
「ふふ、そうなればいいと思っています。すぐに日程の調整が付かなければ決まってから教えてください。色よい返事が聞けるのを楽しみにしています」
「あ、フリンズさん!」
これで話はお終いとばかりにフリンズは踵を返して一人だけで歩く足取りで人気の多い通りを目指して歩き始めてしまう。思わず声をあげたものの続く言葉も思いつかなければ、今の顔の火照りのまま彼についていく勇気も出ない。
誰もいない道に取り残されてしまってから、コートの裾が地面についてしまうのも厭わずイルーガはしゃがみ込んだ。手の甲を陽光から隠した頬に当て、少しでも熱を拭おうと躍起になる。そうすると人差し指の根元にある銀色が頬に触れて、微かではありながらもその温度の心地よさにイルーガは目を細めた。
ちょっとした不便を解消するつもりが大変な事になってしまった。そう、今更ながらにイルーガは後悔してしまう。人を騙そうなんて画策した自分に降りかかった天罰なのかもしれないなんて現実的ではない発想まで浮かんできてしまう始末である。
一方フリンズは始終調子がよさそうで、いかに彼が平素からイルーガを惑わして楽しんでいるのかを痛感してしまう。きっと害のない範疇で嘘を吐いて人を翻弄する事自体、フリンズにとっては大層面白い事なのだろう。
とはいえ、ここまで楽しまれてしまうとはちっとも思ってはいなかった。最初の自分は何かがあった時に、実はと相手に明かせる人物がいると気楽で良いと思っていただけだったのに。
深々と吐く溜め息は体の芯に宿る熱を示すように籠もっている。それでもイルーガは手元のチケットを無下にする決心もできず、休暇を調整する算段をつけ始めるしかなかった。
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