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シノハラ
2026-01-17 00:37:18
35772文字
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Fake It 'Til We Make It
※呼称の改変あり、魔神任務8幕と世界任務後の時間軸なのでそれを前提にした描写が含まれます
春コミの本になる予定のンズイル♀です。
春コミの申し込み締め切りまでにある程度軌道に乗れば出たいな~とか言っていたら爆速で書きあがりました。
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「どうかなさいましたか? お嬢様」
普段の自分であれば彼の趣味の悪い呼称に眉の一つも顰めたのだが、今はそんなことをするつもりにもなれなかった。夜明かしの墓の拠点兼フリンズの家を訪れ、早々に与えられたコップの側面に指を滑らせながら、イルーガはぎしりと椅子を鳴らす。
「いえ、いや
……
ええと」
自分でも歯切れが悪いのは重々承知していながら、イルーガは意味のない言葉を連ねて時間を浪費する。この望みを口にしてしまえばフリンズは当然理由を尋ねるだろうし、そうなればイルーガは答えを彼に与える他なくなるだろう。
ピラミダで定期報告会をした後、ナシャタウンに戻る支部の者達と共にイルーガは海を渡ってきていた。理由は当然、フリンズに物資を届けるためである。
今までは小舟で一人彼の下を訪ねることの方がずっと多かったが、連合会の窓口になってからは支部の者と移動する機会が増えていた。ライトキーパーの代表として出るのであれば、身内との関係もより一層深めるべきだからである。船着き場の周辺で一晩過ごし、ついでに巡回もするらしい彼らと一旦別れ、それなりの重量の荷を背負いここまでやってきたのだ。
その彼の家でイルーガは今、根を生やして座り込んでしまっている。その上、常ならぬ現状を表情にまで出してしまっていたらしい。
元々イルーガをおもちゃにしたがるきらいのある彼がこんな好機を見逃すはずがないだろう。一度息を深く吸ってから、彼のおもちゃになる覚悟を観念と共に吐露する。
「
……
今日、ここに泊めてもらってもいいですか? ちょっと逃げてきてしまって」
ほお、と恐々の依頼を受けて興味深そうにフリンズが目を細めるのを見て、イルーガは喉の奥が引っかかるような感覚を覚える。認めたくはないが、自白した通りイルーガはあの野営地から逃げ出してきたのだ。とはいえ、戦場の話ではないので人の生き死にに関わるような話ではなく、もちろん隊の規律を乱した咎に問われるようなものでもない。
「お嬢様の願いであれば喜んで。ただ、事の次第だけはお伺いしても?」
「極々個人的なつまらない事情ではあるんですが、それでもよければ」
「もちろん」
イルーガが再び溜め息じみた吐息を吐き出したのは体の緊張を緩めるためだった。言葉の選び方からしてさっさと懺悔しまいたいのだろうに、何を今更躊躇うことがあるのだと他人事のように思ってしまう。フリンズが懺悔の相手として適切なのかは悩ましいところだったが、あちこちに吹聴するタイプでないのは間違いないので心配は不要である。
「ナシャタウンの支部の人に言い寄られて、咄嗟に好きな相手がいると答えてしまって」
「おや、あなたに意中の方がいるとは知りませんでした」
「いませんよ! いたらこんな後ろめたい気持ちにはなっていないです
……
」
船に乗り込む少し前に告げられた想いから逃げ出したくて、自分は褒められない方法を選んでしまったのだ。イルーガの嘘に気づいたかまでは知りようがないが、彼があっさりと引き下がってくれたことがむしろ罪悪感を刺激してくる。
本当であれば彼の気持ちにしっかりと向き合うべきだったのに、イルーガは舌先三寸で蔑ろにしてしまったのだ。酷く混乱していたからとはいえ、といくら後悔したところでどうしようもないのも分かってはいる。撤回して謝罪をしたとしても、イルーガの不誠実な判断がなかった事になるわけでもない。
卑怯な自分の行動を思い返して膝の上で指を握り込んでしまうイルーガに、ははあ、とフリンズが芝居がかった相槌を打った。それから彼は口を噤んで、じっとこちらの顔を見つめてくる。まるで観察するようなそれに居心地が悪くなって視線を反らした頃になって、時にと彼は口にした。
「お嬢様はお幾つになられたんでしたっけ」
「急に色気づいたとでも言いたいんですか?」
微かに首を傾けながら尋ねてくるフリンズに閉口しながらも歳を伝えると、今度は彼の方が視線をふいと反らす番だった。その上、イルーガが伝えた数字を口の中で反芻する始末である。
「
……
たしかにもう子供とも言い難い年頃ですね。時の流れは速いものだ」
「だからいつも言ってるじゃないですか。今まで何を思って僕にお酒を飲ませていたんですか?」
そうきっぱりと主張しながらも、ナド・クライでは大人の定義があやふやなのはイルーガだって理解している。様々な国から人がやってくることもあり大人の基準をはじめ、多くの概念に揺らぎがあるのはナド・クライでは珍しい事でもなんでもないのだ。
たとえば最近姿を見せるようになったナタ人はイルーガを社会的な役割を果たす自律した人間だと考えるが、フォンテーヌからの記者などにはまだまだ庇護が必要な子供として映るらしい。ナド・クライ生まれナド・クライ育ちの人間であれば、ライトキーパーでのイルーガの働きを考慮してまあ大人でいいでしょう、と考える勢力の方が幾分か大きいくらいだろうか。
目の前にいる男はどうやら年齢と仕事ぶりを考慮した上でイルーガを『お嬢様』なんて呼んでいると思っていたが、大分風向きが怪しくなってきた。ひょっとしたら、そもそもイルーガの年齢をしっかり意識できていないのかもしれない。
「申し訳ありません。人の歳を推測するのが昔から苦手で」
恭しさすら感じる雰囲気で頭を下げられながら、思わず浮かんでしまった疑念を今回は打ち消すことにした。自分達がそこらの野生動物の年齢が分からないように、フリンズが人間でなければ同じような状況に陥ることはあるだろう。けれど人の顔を覚えるのが苦手な人間なんて山ほどいるのだから、歳を識別できない事を理由に彼の出自を決めつけるのは少々短絡的と言わざるを得ない。
もちろん、こういう引っかかりの数々を集めればかなり怪しいと結論付けざるを得なくなるのだが、今のところ彼の生まれを無理やり暴き立てなければならない状況ではなかった。ナド・クライの掟に反して以前直接彼の正体を問うてしまったのは、死地に赴かなければならなかった彼から少しでも生存率が高い理由を引き出したかっただけにすぎない。
「しかし、それではお困りでしょう」
「はい、正直ここまではっきり思いを告げられたのは初めてだったので動揺してしまって
……
」
今までも自分にある種の下心を持っているのではないか、と思わせてくるような者は皆無ではなかった。幸いいずれも遠回しなものばかりだったので、イルーガが気づかないふりをしていれば何の問題もなかったのだけれど。
それでもああも真っ直ぐに胸の内を明かされてしまえば、分からないふりなどできるはずもないではないか。用事が済んだからとすぐこの灯台を離れてしまえば、イルーガは彼もいる場所で一晩野営をしなくてはならない。おそらく、お互い酷く気まずい思いをすることだろう。
混乱も当然とばかりに相槌を打ったフリンズは一瞬イルーガから視線を外した。それからすぐに視線を戻し、イルーガのまなこを捉える。
「では、僕とお付き合いをしていただけませんか?」
「
……
は?」
「以前からお慕いしていたというのに、どこぞの同僚に先手を打たれるとは不覚でした。名は訊かないでおきますが
……
」
え、あ、と喉から間の抜けた声が出るのが抑えきれない。急に何を言っているのだこの人は。いや、話の流れからするとそこまで異常ではないのか、等々、様々な言葉が湧き上がってきては喉の奥でぶつかり渋滞してしまった結果、何一つ出てこなかった。
「ふふ、はは
……
いや、すみません。とんだ失礼を」
結局何も言えないまま黙り込んでしまったイルーガを見て、フリンズが緩く握った手で口元を隠す。その覆いの下で小さく喉を震わせると、彼はすぐさまイルーガに謝罪した。
ああ、この人はまた。
「フリンズさん!」
さっきの告白も嘘だったのだ。そう気がついた途端、急に口が動くようになる。
「またそうやって人を困らせようとして
……
」
「とはいえ、既に困っているんでしょう?」
「そういう問題じゃありませんよ」
「いえ、これは真っ当な提案でもあるつもりなんです。実際に交際相手がいるとなれば、それなりの抑止力になるとは思いませんか?」
話を切り替えるきっかけのつもりなのか、フリンズがテーブルを指先で軽く叩いて軽やかな音を響かせる。それと同時に紡がれた意見をイルーガは真面目に検討することにした。
彼が言う通り、そもそも相手がいるところに横恋慕した挙げ句、略奪愛を試みるなんて話はあまり聞かない。もちろんないわけではないだろうが、少なくともかの同僚はイルーガの思いを捻じ曲げて自分の方に引き寄せようとは思わなかったようだった。
想い人がいる、と言っただけでもそれだけの効果があるのだから。
「なるほど、そういうことですか
……
」
その交際者の役を彼は自ら買って出てくれるという事なのだろう。ありがたい話ではあるのだけれど。
「いやでも、悪いですよ。こんなことが今後あるのかどうかも分からないのに」
「いえ、あなたは周囲から相応に関心を惹いていると思いますよ。自分からはアプローチこそしないものの、チャンスが転がり込んで来ないかと思っているタイプの輩が懸想することが多そうですが」
悪口ではなかろうかと思ってしまう人物像をあげられて、イルーガは先ほどの出来事を思い起こす。チャンスと言える状況だったのかは分からないが、相手が何を好機だと思うかなんて色恋沙汰に詳しくもないイルーガに分かるはずがなかった。つまり、不用意に隙を見せてしまう可能性もなくはない。
「君に支障はないんですか?」
「ええ、もちろん。お嬢様以外に僕を魅了する人などいませんよ」
「そういうの止めてください
……
」
なんだか穏やかで嘘くさい笑みを浮かべながら告げてくるフリンズに辟易しながら、イルーガは少しばかり沈黙を保った。心の内ではもう決断したも同然ではあったのだが、口にする勇気を少しばかり掻き集める必要があったのだ。
「ええと
……
では、お願いできますか?」
「お受けいただき光栄です」
回答がおそるおそるの響きになったのを、フリンズは気にしないことにしてくれたらしい。一つ相槌を打って満足そうに彼が告げるのを聞きながら、イルーガは大き目のコップにたっぷり注がれた水に口をつける。
ひんやりした感覚が食道を通って胃に落ち込むのがはっきりと分かって、思わず頬に触れると熱く火照っているのが分かった。きっと頬も相応に色づいているのだろうと思うと、羞恥が余計に顔に熱を集めようとする。
「どうして受けていただけたのでしょう」
「それはもちろん、今後似たような気持ちになりたくないからですけど」
「いえ、そういうことではなく」
答えが自明なはずの問いにイルーガが訝し気に答えると、フリンズに緩く頭を横に振られた。少しばかり首を傾けて考え込んで、それからイルーガは少々眉間に皺を寄せた。
「
……
ひょっとして、僕にも芝居を打てと言ってますか?」
「人に尋ねられた時の事を考慮して、ある程度基礎は固めておいた方が無難かと」
日頃の性質を今もいかんなく発揮しているようで、彼は大分本気で人を騙そうとしているらしい。そこまでしなくともとは思うのだけれど、彼の意見も一理あるのは間違いなかった。
「ええと
……
そうですね。欲しがりでお恥ずかしい話ですが、僕には決して担えない役割をライトキーパーの中でこなしていて、それが羨ましく思えたのがきっかけで、背を追いかけているうちに
……
というのはどうでしょう?」
「分かりました。ですが、僕にはあなたの担っている仕事は逆立ちしてもできませんよ、イルーガ」
「ありがとうございます、フリンズさん。そうですね、これはそんなことも分からなかった頃の事だったということにしておきましょう」
彼の指摘には嘘偽りはないので、ありがたく受け取っておくことにする。少なくとも今はまだイルーガには彼のような遊撃を請け負う技量はないが、フリンズだって膨大な量の書類をイルーガのように捌き切る事はできないだろう。それでも彼の突出した武力に憧れに似た感情がないのかと問われると、イルーガは首を横に振るしかない。
「では、フリンズさんが僕を好きになったきっかけを訊いてもいいですか?」
「そうですね
……
僕はあなたにその傷ができた時、もう戦場には戻らないと思っていたんです。再び立ち上がるにはあまりにあなたの魂は若く、それ故に純粋で脆いものだと思い込んでいました」
意趣返しというわけでもないものの自分ばかりが恋心について語るのも癪で尋ねると、フリンズは彼の傷一つない綺麗な首筋に指を添えた。その動きにつられて自分の古傷に触れてから、決して良いとは言えない感触を意識する。
「けれど、イルーガ。あなたはそうではなかった。その心の有様に僕は心を揺り動かされたのです。その瞳の輝きがかつても今も同じ色であり、より力を増していることを僕は嬉しく思います」
瞳孔の分かりづらい彼の目がじっとこちらを見つめながら、ゆっくりとイルーガを批評した。そのまなざしと、飾られているには真っ直ぐ届いた言葉に、ここに来る前の自分と同じようにイルーガは言葉を失ってしまう。
「これは間違いなく本当のことですよ。僕はあなたを尊敬しています」
「
……
はい」
イルーガからのある種の緊張を察したのか、フリンズがテーブルの上で手を組んで姿勢を崩して見せる。意識的に息を深く吸って吐き出してから彼の善意を受け取ると、イルーガはもう一度コップに口を付けた。
これはきっと彼からの期待でもあるのだろう。その期待に相応しい自分でいられればと強く思う。そうすることが、いつか自分が夜鳴鶯の銜える燃える茎に至るための道筋となるだろうから。
「さて、では次の問いに進みましょうか」
「え、まだするんですか?」
「もちろんです。大きな嘘を吐くのであれば、それなりの仕込みをしておかなくてはなりません。今日は帰しませんからね、お嬢様」
有無を言わせぬ様子のフリンズの宣言にう、と喉の奥で音が鳴る。元々今日はここに泊めて欲しいと頼んだのはイルーガの方だが、いつの間にか立場が逆転してしまったらしい。
なんだか随分と大変な事の片棒を担ごうとしているのではないかと、今更ながらに後悔が滲み始める。だが、イルーガが逃げ出す余地はもはやどこにもなかった。
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