okanon
2026-01-09 20:11:17
22984文字
Public モスファイ
 

黄金の麦穂と共に

モスファイWebオンリー開催ありがとうございます!
普段はイラストのみですが、モファの妄想止まらないしせっかくオンリーあるしということで小説を書いてみました。拙い文章ですが、少しでもお祭りの賑やかしになればと思います。

もしモーディスがクレムノスの孤軍と出会う前にエリュシオンに流れ着き、2人が幼馴染になっていたら。そんなとある永劫回帰ifです。
短いSSが続く短編集もどき形式。
よろしくお願いします。


 (九)
 
 真っ暗な視界が広がる中、足元に広がる泥のような水を掻き分けながらゆっくりと歩みを進める。どれだけ歩いたか分からない、そんな時ふと顔を上げると、遠くに淡い光が見えた。そこに向かって走る、走る、走る。ようやく光のもとにたどり着くと、光の中の麦畑に男が一人、こちらに背を向けて立っていた。その男の名前を呼ぼうとするが、なぜか声は出ない。必死に足を動かし、出ない声を張り上げる。光はやがて闇に溶け、男の姿も見えなくなった。

「カスライナ!」
 己の声で目が覚める。開けた視界には、天井へ伸ばした刻飾紋の淡く光る手が映り、窓の外からは鳥の鳴き声が聞こえてきた。横になっていた寝台から身を起こし、ルトロに向かったモーディスは大雑把に嫌な汗を洗い流した。なんとも寝覚めの悪い夢だ。モーディスは落ちる水音を聞きながら、未だに残る胸騒ぎに焦りを感じていた。
 今日は、ファイノンがオクヘイマ軍と共に遠征から帰ってくる日だ。
 
 
 樹庭から聖都に移った昏光の庭の医師達が、右へ左へと忙しなく駆けていく。今回の遠征はニカドリーの兵だけでなく、暗黒の潮の造物まで攻めてきて、戦場が混沌を極めたという。そのせいで負傷者も多く、医師の手が足りていないらしい。戦況の把握と今後の部隊の編成についてアグライアと共に話し合っていたモーディスは、ファイノンの姿が見えないことに焦燥感を感じていた。
……ファイノンのことが気になりますか?」
 まるで彼の心の内を覗いたかのように問うアグライアに、モーディスは僅かに狼狽えた。
……今朝、良くない夢を見た。そのせいだ」
「あなたにもそのようなことがあるのですね。……安心してください。彼は無事ですよ」
「そうか……
 最悪の状況を免れていたことに、モーディスは小さく息を吐いた。。
「聖都に戻ってからも気持ちが落ち着いていなかったようなので、今日は休ませたのです。……今回の戦闘では、黒衣の剣士と対峙したそうですから」
……フレイムスティーラーか。俺はまだ戦ったことはないが、そこまで強い相手のか?」
「ええ……。ただ、それ以上に彼とは相性があまり良くないのです」
 アグライアはそこで一息つき、話は終わりだと言うように背を向けた。
「これ以上は彼自身から聞くべきでしょう。あなたは彼にとって、ただの同士ではないようですから」
 こちらの事情を察し、それでも暗に「様子を見に行っていい」と話すアグライアに心の中で礼を言いながら、モーディスはファイノンの元へと向かった。
 
 
 黄金裔に割り振られた部屋の一室、ファイノンの部屋の扉を叩く。しばらくしても反応がないので、今度は少し強めに叩こうとモーディスが腕を上げた瞬間、重い音を立てて扉が開き、その向こうから困り顔のファイノンが現れた。その瞬間モーディスは彼の様子から身体に問題がないか確認し、ファイノンが無事帰還したことに人知れず安堵した。
「?どうしたんだ、モーディス。わざわざこんな所まで来るなんて……アグライアから言伝でも預かったとか?人手が足りていないとか……
「いや、何も聞いていないが」
……そっか……
 気まずい沈黙に自分の返答が悪手だったことに気づいたモーディスは気の利いた言葉でもかけようとするが、生憎彼は不器用だった。口元をまごつかせる様が面白かったのか、目の前のファイノンは小さく肩を揺らし出した。
……ふふ。そういえば、君は昔から人を鼓舞するのは得意なのに、慰めるのは苦手だったね。」
……元気そうなら帰るぞ」
「待ってくれよ。だとしたら君はここへ何しに来たっていうんだ。……僕のことが心配で、わざわざ様子を見に来たとか?」
 いつもの調子に戻り始めたファイノンに安心しつつも、煽るようなその物言いにモーディスは思わずため息が出た。そこまで言うなら本題に入ろうと、モーディスは口を開いた。
……本題に入るぞ。アグライアからフレイムスティーラーと対峙したと聞いた。わざわざ休養を言い渡されたほどだ、奴とお前の間に、何かあるのではないかと考えたが……実際のところ、どうなんだ?」
「確かに、フレイムスティーラーは僕にとって仇敵だ。……そしてきっと、君にとっても」
「俺も……?」
 悩むように視線をさまよわせていたファイノンは、意を決した表情で一歩身を引き「中で話そう」とモーディスを部屋に招いた。
 
 子どもの頃のように二人並んで寝台に座り、モーディスはファイノンが話し出すのを静かに待った。
……以前話したよね。エリュシオンがなくなったって」
「あぁ、暗黒の潮に呑まれたと」
「その時……フレイムスティーラーもいたんだ。キュレネは……あいつに殺された」
「なっ……
 それからファイノンはゆっくりとその時の事を語った。暗黒の潮の造物が村を襲ったこと、村の人々が化け物へと姿を変え、自分が彼らの介錯をしたこと。一人で死体を全て埋め、エリュシオンの地を離れたこと。
 話をしている間、彼は一度も涙を流すことなく、淡々と事実だけを語っていた。その姿がやけに痛々しく見え、モーディスは奥歯を噛み締めた。
……なぜ、もっと早く話さなかった」
「知らない方がいいと思ったんだ。こんな話は積極的にするものじゃないし、君は今はクレムノスの王子だ。わざわざ君の心労を増やすわけにはいかない」
 己の立場が彼から弱音を吐き出す機会を奪ったのかと、モーディスは頭を抱えた。エリュシオンの消滅を知らず、呑気に再会を望んでいた己の無知と、知ってもなお彼の痛みに気づくことができなかった不甲斐なさに項垂れそうだった。
……いつだ。エリュシオンが消滅したのは」
 モーディスの脳裏に村で過ごした穏やかな記憶が次々と通り過ぎていく。ファイノンは何度か口を開いては閉じ、言いづらそうにしている。モーディスはそれを促すようにじっと見つめると、彼はようやく話し出した。
……君が、村を出て……一ヶ月ほど経った頃だよ」
「一ヶ月……経った、一ヶ月だと……?」
 耳に入った自分の声が震えているような気がした。少し村を出るタイミングが違えば、自分もファイノンと共に暗黒の潮と巻き込まれるかもしれなかったということだ。共に人々を守るために戦えたかもしれない、彼を一人にすることはなかったかもしれない。今とは違う未来を、俺が——
「メデイモス」
 懐かしい呼び声が、激しい後悔に呑まれ傲慢な考えに至りかけたモーディスを振り向かせた。
「君が思い詰める必要はないんだ。……ただ、運が悪かった。むしろ僕は、旅に出たばかりの君が巻き込まれなくて良かったと思ってるんだ。それに、地図から消えた村はエリュシオンだけじゃない」
 ファイノンの手のひらがそっとモーディスの頬を触れ、優しく撫ぜた。
「だから、君がそんな顔しないでくれ」
……だが、お前の故郷はエリュシオンだけだろう」
 添えられた手に自分の手を重ね、体温を確かめるように握りしめる。その手が遠い記憶にあるものよりも冷たく感じて、堪らなくなったモーディスはその手を引き、ファイノンを力強く抱きしめた。
「も、モーディス!?」
「これならお前から俺の顔は見えないだろ。……そして、俺からもお前の顔は見えん」
 突然抱きしめられて強ばっていたファイノンの体は、意図を察したのか、戸惑いながらもモーディスの腕の中で力を抜く。
「よく、生き延びてくれた」
 モーディスはあの頃と変わらない白髪に指を通し、愛おしむように頭を撫でた。腕の中の体温を確かめるように、ゆっくりと。
……君はやっぱり、慰めるのが下手くそだね」
 そう言いながらもファイノンは拒むことはせず、モーディスの腕の中でしばらく動かないでいた。
 
 
 
 (十)
 
 聖都にある生命の花園では、今日もキメラ達が仕事に精を出したりのんびり昼寝したりしていた。その片隅で、やけにキメラ達が集まっている場所がある。その中心にはキメラ用のクッキーを持って、ニコニコと笑っているファイノンがいた。ニカドリーの襲撃も今は落ち着いており、暗黒の潮の被害も以前よりかは減っている。聖都に流れてくる難民の対応は今も忙しないが、束の間の平和に、黄金裔達は身も心も休めていた。モーディスもまた穏やかな時間を享受し、とある理由でファイノンを探しに来ていた。
「こんな所にいたのか、ファイノン」
「あ、モーディス!君もおいでよ。この子達とても可愛くて……癒されるよ?」
「む……
 そう言ってにっこり微笑むファイノンに何故か心がざわつき、それを誤魔化すようにモーディスはキメラの頭を撫でた。
……なぜ生命の花園に?お前のことだから、雲石市場にいると思ったが」
「ヒアンシーに勧められたんだ。今オクヘイマでは、アニマルセラピーというものが流行ってるみたいで。キメラの温かい体温と柔らかな毛並み、そして愛くるしい表情はエスカトンへの不安や緊張を和らげてくれるんだって。ほら、この子なんてどこか君にそっくりだと思わないかい?」
 彼の自慢の口は今日もよく回り、一匹のキメラを抱えて見せた。彼の腕の中に収まったオレンジ色のキメラが、大きな瞳でモーディスを見つめ返してくる。その目はどこか、薄ら笑いを浮かべているように見えた。
……俺はこんな生意気な目はしていない」
「君は何を言っているんだ?」と不思議そうな顔したファイノンは、またキメラの方を向いて彼らとじゃれ合い始めてしまった。その様子をモーディスは隣に座って眺める。二人の間にある空気は穏やかで、どこか懐かしさを感じさせた。しばらくそうしていると、キメラ達は遊び疲れたのかウトウトとしだし、いつの間にか寝息を立て始めた。
 
 ファイノンはキメラ達が夢の世界へと旅立ったのを見届けると、ようやくモーディスの方を向いた。
「わざわざこんな所に来たのに見ているだけなんて、君にセラピーの効果はあったのかな?」
……さあな。元よりキメラ目的で来た訳では無い」
「ああ、そういえば。さっきは僕を探していたような口ぶりだったね。……もしかして、雲石市場で僕を探して見当たらなかったからここに来たとか?」
……
……石板で呼び出してくれたら良かったのに」
……フン」
 突然呼び出すのは悪いだとか、彼の痕跡を見つけながら探している時間も悪くなかっただとか……。色々な思考がモーディスの脳内を駆け巡ったが、彼の口から出たのはそれだけだった。とにかく、それをそのまま彼に伝えるのは癪だったのだ。
 
「それで?僕に何か用でもあったのかい?」
「ああ……質のいい鹿肉が手に入ったから、普段とは違う料理を作ってみようと思ってな。……久しぶりにエリュシオンの料理でも作ろうかと。ファイノン、お前もどうだ」
「え……!?君、作れるのかい?」
「大体はな。細かい味付けまでは覚えていないから、どうしても俺のアレンジは入ってしまうが」
「だとしても嬉しいよ!そうだ、せっかくなら他の黄金裔達も呼ばないか?あ、でもみんな忙しいかな……
 嬉しそうに提案しつつも次には他人のことを考えてしまうファイノンに「しょうがない奴だ」と肩をすくめたモーディスは、彼の一歩先を歩き出した。その後をファイノンも慌てて追いかける。
「声をかけるだけなら気にする必要も無いだろう。用があるなら断れる者達だ」
……それもそうだね。よし、後でみんなにメッセージ送ってみるよ」
 何を作る予定なのか、どんな材料を使うのか話し合いながら、二人は楽しげに生命の花園を後にした。
 
 
「わー!おいちそうな匂い!これ、ファイちゃん達の故郷の料理なのよね?」
「オクヘイマの料理とはまた違う、素材の味を生かした料理が多いですね」
 トリビーは机の上に並ぶ料理達に目を輝かせ、アグライアは辺境の村の食文化に興味を示していた。あれからファイノンとモーディスは二人でキッチンに立ち、エリュシオンを思い出しながら調理を進めていた。二人でアレもコレもと作った料理は、気づけば机に乗り切らないほどになっていた。
「モーディスがよく母さんの手伝いをしていたから、作り方は合ってるはずだよ。味も二人で納得いくまで調整したから、上手く再現できてるはずさ!」
「二人の自信作ってことなのね、すっごく楽ちみだわ!トリアンとトリノンも楽ちみにちてるの。後から来る二人の分も、ちゃんと残ちておかないと」
「多めに作っているから問題ない。時間が無いなら、後で持ち帰れるようにしよう」
「ほんと?モスちゃんやさちい!」
 そう言ってモーディスがさらに追加の皿を机に乗せる。フォークやコップも用意し、みんなで最後の仕上げを進めていると他の黄金裔達もやって来て、部屋の中はさらに賑やかになった。
「アナイクス先生ってば、研究に没頭しすぎて昨日から何も食べてないんです」
「第一に、アナクサゴラスと呼びなさい。第二に、水は飲んでいるので、問題ありません」
「それは大変だ!なら先生の分は僕が取り分けるよ」
「必要ありません。……待ちなさい、どれだけ皿に盛るつもりですか。ファイノン。ファイノン!」
「自身の生徒からの好意は受け取らなければなりませんね、ヒュポクリテス?」
 いつもの緊張感に包まれた会話もなく、その和やかな空気は黄金裔達に自然と笑みを与えた。そのうちトリアンとトリノンも駆けつけ、会話をしながら自然と食事が始まる。
 皆が己の料理を次々と口に運んでいるのを見ていたモーディスは、ふとファイノンの方を見た。黄金裔達に囲まれ、彼は民達の前で見せるものよりずっと柔らかな笑顔を浮かべていた。その光景が、モーディスの中の幼い頃の記憶と重なった。
 かつて、「救世主にはなれない」と言っていた彼が、今では「救世主」の肩書きを背負って一人抱え込んでいる。あの麦畑はもう戻ってこない。だが、彼はまだ生きているのだ。モーディスは、再創世が成されるその時まで、彼の変わらない笑顔の隣に自分が居られればと、人知れず微笑んだ。