okanon
2026-01-09 20:11:17
22984文字
Public モスファイ
 

黄金の麦穂と共に

モスファイWebオンリー開催ありがとうございます!
普段はイラストのみですが、モファの妄想止まらないしせっかくオンリーあるしということで小説を書いてみました。拙い文章ですが、少しでもお祭りの賑やかしになればと思います。

もしモーディスがクレムノスの孤軍と出会う前にエリュシオンに流れ着き、2人が幼馴染になっていたら。そんなとある永劫回帰ifです。
短いSSが続く短編集もどき形式。
よろしくお願いします。


黄金の麦穂と共に

 (一)
 
「ゔー……
「メデイモス、ほら。母さんが作ってくれた麦粥だよ!」
……フン」
「やっぱり食べない……これじゃあ元気になれないよ」
 森で怪我しているところを発見され、村へ運ばれたメデイモスは、今はカスライナの家の元で治療を受けていた。メデイモスのいる部屋は元は物置と化していた空き部屋だったらしいが、彼のことを知った村人達が総出で一晩のうちに綺麗に整えてしまった。
 今では穏やかな日差しが差し込む窓の傍に、可愛らしい花が花瓶に活けられている。今はちょうど昼時になったのでカスライナとキュレネが様子を見に来ているところだ。
 ちなみにカスライナ達が彼の名前を知っているのは、ボロ雑巾のような服にかろうじて読める文字で名前が書かれていたからだ。
 メデイモスの様子を見ていてたキュレネは、こてんと首を傾げてピンク髪を揺らした。
「んー、もしかして……これが食べ物だって分かっていないのかしら?」
「ええ!?……麦粥も知らないなんて……君、今まで何を食べてたの?」
……
 警戒した様子でこちらをじっと見ているメデイモスに、二人は顔を見合わせる。すると何か閃いたのか、キュレネは顔を明るくしてカスライナに微笑みかけた。
「ならこうしましょ!カスライナ、口を開けて♪」
 そう言ってキュレネは楽しそうに麦粥をスプーンですくい、カスライナの口元へ運ぶ。それを彼は「なるほど!」と納得したように頷いた。「あーん」と差し出されたスプーンを口に含むと、口の中に優しいミルクと蜂蜜の甘さが広がり、彼の顔を綻ばせた。
「んー!美味しい!メデイモス、これすごく美味しいよ!」
「うぅ……?」
 不思議そうに二人と麦粥を交互に見ているメデイモスの口元に、今度はカスライナがスプーンを運ぶ。最初は少し抵抗を見せていたが、食欲をそそる甘い香りにようやく彼はそれが食べ物だと認識したのか、パクッと大きく口を開けて食べ、それを飲み込んだ。
「わ!食べた!食べたよキュレネ!」
「ええ、良かったわね、カスライナ♪」
「ん!う、あー!」
「わ、待って待って、スプーンはこうやって持って……
 初めてのまともな食事に目を輝かせたメデイモスは、カスライナから奪うように器に手を伸ばした。そのまま素手で麦粥を掴もうとした彼をカスライナが慌てて止め、スプーンの使い方を教え……。夢中になって食べ始めた彼を、二人は嬉しそうに眺めていた。
 
 
 (二)
 
「こうやって書いて……ほら、メ・デ・イ・モ・ス」
……めで……
「そう!その調子!」
 心地よい風が肌を撫ぜる、穏やかな午後。常人では無い回復力であっという間にベッドから解放されたメデイモスは、カスライナと共に地面と睨めっこをしていた。その地面にはカスライナの手により様々な文字が書かれている。不規則に散らばる文字の中には、少し大きめな文字でメデイモスの名前もあった。
 真剣な表情で地面に座り込む二人のもとに、しばらくすると女性が一人近づいてきた。
「カスライナ。それと、メデイモスだったわね。何をしているの?」
「ピュティアス先生!彼に言葉を教えようと思って、地面に名前を書いてたんだ。ほら、自分の名前も名乗れないんじゃ、困るでしょ?」
 村の小さな学び舎で教師をしているピュテアスは、普段はヤンチャなカスライナが人に文字を教えていることに目を丸くした。そして嬉しそうに目を細めた後、優しく微笑んだ。
「そうね……ふふ、授業では集中できていなかったあなたが、まさか教える側に回る日が来るなんて。人生何が起こるか分からないわね」
「い、いつもちゃんと聞いてるって……!ほらメデイモス、続きを……
 ピュテアスから逃げるように無理やり話を終わらせたカスライナは、メデイモスの方を見た。すると彼は、とても真剣な表情で何かを言おうとカスライナを見つめていた。
………………
「?メデイモス?」
「かす……ら、いな……
「え……い、今、僕の名前を……?」 
 発音はまだ未熟で聞き取るのもやっとだったが、彼は確かにカスライナの名前を呼んだ。そしてもう一度、確かめるように呟いた。
「かすら、いな……?」
……!そう、そうだよ!僕の名前、カスライナ!先生、今の聞いた!?」
「ええ、聞いたわよ。ちゃんとあなたの名前を呼んでいたわ」
「メデイモスが最初に僕の名前を……!み、みんなに自慢しなくちゃ!」
 興奮で頬を赤くしたカスライナは、その勢いのままメデイモスに迫り「もう一回!もう一回!」と、何度も繰り返し強請っていた。メデイモスは彼の勢いに戸惑っていたが……同時に、彼の喜ぶ姿を見て満足気にしていた。
 
 
 (三)
 
 エリュシオンにある小さな学び舎から、明るい子ども達の声が聞こえてくる。皆の頭を悩ませる数字や文字の羅列から解放され、各々が自分の好きなことをできる自由な時間がきたらしい。
 キュレネ、カスライナ、メデイモスは、誰もいなくなった教室に残って机を取り囲むように座っていた。
「しんたく……かーど?」
「そうよ、カードを通して神託を授かって、その人の未来を占う遊びなの。あなたも興味ない?」
 そう言ってキュレネは持っていたカードを一枚一枚机に並べていく。
「織る者、門職人、漂客者……それに魔人や酒呑。たくさんのカードがあるのだけれど、それぞれのカードに神託が込められていて、その人の運命を示してくれるの♪」
「運命って言っても、結局は遊びだから。メデイモスも気軽にやってみたらいいよ!」
 占いについて何となく分かったのか、メデイモスは頷き、「俺、やる」と言って、身を前に乗り出した。それを嬉しそうに見たキュレネは、占いに使う厚みのある本をメデイモスに渡した。
「ふふ♪あなたにはどんなロマンチックな運命が待っているのかしら。……さあ、目を閉じて、ゆっくり本を開いて……
 暖かな太陽の光が差し込む静かな教室で、本のページをめくる音が響く。窓の外から届く、風で揺れる木々のざわめきが鼓膜を心地よく揺らし、遠くからは村人達の楽しそうな声が聞こえてくる。
 安らぎを与えるような柔らかな風が頬を撫で、メデイモスはゆっくりと目を開いた。
 キュレネに促され、目の前に置かれたカードをめくると——そこには、「王」の神託について記されていた。
「王のカードだ!えっと、これって……
「規律や権威、それから栄光の象徴……だったかしら。メデイモスにぴったりの素敵なカードね♪」
「栄光の象徴かぁ、何だかかっこいい!王のカードを引くなんて、もしかして……本当の君はどこかの国の王子様だったりして」
 そう言ってカスライナは考えたふりをするが、すぐ「そんなわけないか」と言って首を振った。
「カスライナ、は?占い、したのか」
「もちろん!僕の神託カードは……その……
 ふと気になったメデイモスがカスライナにもカードについて尋ねたが、彼の返事はどうも煮え切らない。その様子を隣のキュレネは楽しそうに見ており、メデイモスは首を傾げた。
「救世主、だったわよね♪調和と完璧を意味するカードなの」
「き、キュレネ……!」
 調和、完璧……目の前の少年を見て、メデイモスは普段の彼について思い返す。朝は寝坊して母親に起こされ、授業はろくに集中もせず、麦畑の中で涎を垂らして寝こけている……その姿はあまりにも『完璧』からかけ離れており、メデイモスは思わず「お前が?」と、嘲笑を浮かべてしまった。
「あー、もう!君にはそんな顔をされそうだと思ったから言わなかったのに!僕だって、このカードが僕に似合わないことは分かってるさ。でも……何度占っても救世主のカードを引いちゃうんだ。僕は学者とか旅人のカードがいいのに!」
 プイッと顔を背けていじけるカスライナに二人で笑っていると、廊下から誰かの走る音が聞こえてきた。ドタバタとよく響く足音は次第に大きくなり……勢いよく開かれた扉の向こうには、よく知る二人の子どもがいた。 
「あ!三人ともここにいた!」
「こら、バカペソ!廊下は走っちゃダメって言われてるでしょ!」
「リウィア、ペソ!二人ともどうしたんだい?」
 目を丸くしたカスライナは、拗ねていたことも忘れて突然現れた二人の方を向いた。少年のペソは走ってきたのか少し息を切らし、少女のリウィアはその隣で呆れた顔をしている。
「オヤジが畑仕事手伝ってほしいって、カスライナとメデイモスの兄貴を探してたんだ。だから、わざわざボクが探しに来たんだよ!」
「もう、ペソったら、連れてきたら晩ご飯を好物にしてくれるからでしょ?そういうの、『現金な人』って言うのよ」
「げんき……?む、難しい言葉使うなよ!」
 得意げな顔をしたペソと困った様子のリウィアは、教室に入りながらも軽い言い合いを続けている。いつもと変わらない賑やかな二人を微笑ましげに見ていたカスライナ達は、この後の畑仕事のおかげで今夜の晩ご飯は一段と美味しく食べられそうだと、神託カードを片付け始めた。
 
 
 (四)
 
 日が沈み、エリュシオンに静かな夜が訪れる。けれど家々に灯る明かりは温かく、その中で過ごす時間は人々を癒し、明日への活力を与えてくれる。カスライナの家でも母のアウダタが台所に立ち、部屋いっぱいに胃を刺激する美味しそうな香りを漂わせていた。
「カスライナ、料理できたから、机に運んでくれる?」
「はーい。……あ、こっちにいないと思ったら。今日もメデイモスは母さんの手伝いしてたの?」
 父のヒエロニュモスと共に農具の手入れをしていたカスライナは、アウダタの隣で鍋の中身をお玉でグルグルと混ぜるメデイモスに目を向けた。
……世話になっているからな。いそーろーの身として、これくらいは当たり前だ」
「なっ……君、また新しい言葉を覚えたな!?その喋り方といい、一体どこで覚えてくるんだい……
「子どもの吸収力ってほんとすごいわよねぇ、羨ましいわ。でも、居候なんて寂しいこと言わないで?あなたはとっくに我が家の一員なんだから。ね、メデイモス?」
 そう言って優しく微笑みかけるアウダタに、メデイモスは気恥しいのか頬をほんのりと赤く染め、誤魔化すようにカスライナの方を向いた。
「ふん……カスライナ、突っ立っていないで早く運べ」
「はいはい、分かったよ」
 そう言って肩を竦めたカスライナが盛り付けられた料理を運んでいると、父のヒエロニュモスも帰ってきた。揃って食卓につき、今日あった出来事を話しながら食事をとる。
 この家はメデイモスにとって温かく、親を知らない自分にとって特別な場所だった。互いの名前を呼び合い、惜しみなく愛を伝え合う……それはこの家だけでなく、村全体を見てもそうだとメデイモスは子どもながらに感じていた。
 机に並んだ料理に目を輝かせ、美味しそうにご飯を頬張る目の前のカスライナなんて特にそうだ。彼は村の人々に名を呼ばれると、嬉しそうに振り向き笑っていた。
……カスライナ」
「ん?なんだい、メデイモス?」
 ふいにメデイモスが名前を呼ぶ。言葉を覚え始めたばかりのあの頃は、自分も同じように振り向いてほしいと思っていた。
……いや、口元にスープが付いているぞ」
「え!?」
 慌てるカスライナを見て、メデイモスはフッと笑みを浮かべる。彼はこのことをきっと誰にも話はしないが……彼は、最初に覚えたその名を呼ぶのが好きだったのだ。
 
 
 (五)
 
 メデイモスがエリュシオンに来てから、ここでの生活に馴染むほどの年月が経った。今ではメデイモスを知らない村民はいないし、またメデイモスにも多くの知人ができた。平和な時間が彼を優しく包みながら、ゆったりと流れている。
 
 この日メデイモスは、一人麦畑に寝転んで空を流れる雲を眺めていた。穏やかな風に促され目を閉じると、まぶたの裏に浮かぶのは赤く染まった空と父の怒れる表情、そして己に手を伸ばす母の姿……今まで何度も夢で見た光景だ。その光景の中にいる自分は赤子だが、何故か父と母の顔が分かった。
 ここよりもずっと激しく、戦いと血の耐えない地。己に流れる血が、ここではない何処かを求めてザワついている。メデイモスは、そうして己に課された使命をぼんやりと感じ取り、現状との差に言い表せない不安を抱いていた。
 風の音と共に、誰かが麦畑を掻き分けこちらに向かってくる音が聞こえてきた。
「ワンッ、ワンッ!」
 この鳴き声はおそらく真っ白で毛並みがふわふわとした犬——シロノンだろう。……ということは、おそらく……
「待ってよシロノン……!ってあれ、メデイモスじゃないか!」
 まさかここにいるとは思わなかったのか驚いた様子のカスライナは、メデイモスが「カスライナ」とその名を呼ぶと、嬉しそうにシロノンと共に駆け寄ってきた。
「やあ、君もここで休んでいたのかい?ちょうど僕とシロノンも麦畑でのんびりしようと思ってたんだ。ね、シロノン」
「ワフッ!」
 主と同じように真っ白な毛でニコニコと笑っているシロノンは、見た目だけでなく表情まで主にそっくりだなと、メデイモスは常々思っている。カスライナがメデイモスの隣に座り、その間にシロノンが伏せて収まった。ゆっくりと優しい手つきでシロノンのふわふわの毛を撫でていたカスライナは、おもむろに口を開いた。
「ねぇ、メデイモス……聞いてもいいかな」
「?なんだ、突然」
「ピュティアス先生から聞いたんだ。最近、君が村の外についてよく聞きに来るって。キュレネは長持ちするパンの作り方を君に聞かれたらしいし……君の部屋の隅には、少し大きめの鞄があった。……メデイモス、君は……村を離れるつもりなのか?」
 そろそろ聞かれるだろうと予想していたメデイモスは、ちょうどいいかと話し始めた。
「正直、まだ決めてはいない。……迷っている、とも言えるかもな」
「迷うって……君が?」
「お前は俺を何だと思っている。……最近、村に流れ着く前の赤子の頃の夢をよく見るようになった。父に、川へ捨てられる時の夢だ」
「え……
 夢の話は、今まで誰にもしたことがなかった。拾った時に傷だらけだったことから、大変な目に遭ったのだろうと想像していたカスライナだったが、メデイモスから語られる夢の内容は残酷で、シロノンを撫でる手が震えた。夢と言い切るには現実味がありすぎるその話は、きっと彼に深く刻まれた記憶の一片なのだろう。
「俺は……俺には、行くべき場所があるのだと思う。しかし、それがどこかは分からない……だから迷っているのだ。それは、この村を離れてまで成し遂げなければならない事なのかと」
「メデイモス……
 俯くメデイモスの横顔を、カスライナはじっと見つめていた。
……君は、僕の成したいことを覚えているかい?」
「?……英雄になりたい……と言っていたか」
「正確には、エリュシオンを守る英雄になる、だよ!父さんに木の剣を作ってもらって、剣の鍛錬も続けてる。……でも、それだけじゃエリュシオンを守れない。僕はもっと強くならないといけないからね!だから、僕はそう遠くないうちに村を離れて、クレムノスに向かおうと思ってるんだ」
 想像していなかった告白に、メデイモスは目を見開いた。こんなにもエリュシオンを大切に思っている彼が、まさか村を離れると言い出すとは思わなかったのだ。
「神託カードを覚えているかい?あの時僕は救世主のカードしか引けなかったけど、僕が歩みたい運命は学者や旅人なんだ。色んな国を見て、学んで、クレムノスで強くなって……そして、エリュシオンに帰ってくる。メデイモス、村を離れたからって、永遠の別れになるわけじゃない。いつでも帰ってきていいんだ」
 そう言って微笑む彼がメデイモスにはやけに眩しく見え、思わず目を細めてしまった。不安に揺れていたメデイモスの心をそっと包み込み、前へ向かせてくれる。
……って、僕の両親なら言うだろうね」
……ははっ、確かに言いそうだ。お前も旅に出るというのなら、世界のどこかですれ違うこともあるかもしれないな」
「なら、その時は絶対、僕が先に気づくからね!」
 旅路の途中で久しぶりと挨拶を交し、互いの旅を語り合い、共に美味い飯でも食べる……そんな未来も悪くないと、メデイモスは頬を緩めた。
 
 
 (六)
 
 メデイモスが旅立つ日、村の入り口にはメデイモスの他に、カスライナとその両親が集まっていた。メデイモスが用意していた鞄には、村人達から渡された食料や旅に使えそうなものが詰め込まれ、パンパンに膨らんでいる。
「身体には十分気をつけるのよ。外では戦争が起きてるって話も聞くし、巻き込まれないようにね」
「いつでも帰ってきていいんだからな。挫けそうになったら、エリュシオンの麦畑を思い出すんだぞ」
「ああ、分かっている」
 頷くメデイモスに、アウダタとヒエロニュモスは心配ながらも息子同然の彼の成長を嬉しく思った。照れくさくもむず痒い心地でいると、カスライナがメデイモスのもとに来て耳打ちしてきた。
……ね、やっぱり二人も僕と同じことを言った」
「だな。……カスライナ、俺は先に行く」
「うん。次会う時は、どっちが強くなっているか勝負だ!」
「楽しみにしている」そう言って笑うと、メデイモスはエリュシオンに背を向け歩き出した。エリュシオンの優しい風が、メデイモスを送り出す。カスライナ達は、彼の背が見えなくなるまで手を振っていた。
 
 
 
 エリュシオンを出て、遠のいていく背中を離れた場所から見つめる影があった。歪な形をした大剣を持ち、黒衣に身を包んだその者からは、何の感情も読み取れない。
 
 安息の地エリュシオンに、黒い影が迫っていた。