okanon
2026-01-09 20:11:17
22984文字
Public モスファイ
 

黄金の麦穂と共に

モスファイWebオンリー開催ありがとうございます!
普段はイラストのみですが、モファの妄想止まらないしせっかくオンリーあるしということで小説を書いてみました。拙い文章ですが、少しでもお祭りの賑やかしになればと思います。

もしモーディスがクレムノスの孤軍と出会う前にエリュシオンに流れ着き、2人が幼馴染になっていたら。そんなとある永劫回帰ifです。
短いSSが続く短編集もどき形式。
よろしくお願いします。


 (七)
 
 エスカトンの運命に抗い、火追いの道を歩む黄金裔達。彼らがオクヘイマに集いタイタンへ挑みながら、暗黒の潮によって故郷を失った人々を助けていると専らの噂になっている。エリュシオンを離れた後、クレムノスの孤軍と合流を果たしたメデイモスは、自分の出自を知り、民を守る責務を背負うこととなった。赤子だった自分をステュクスの川に落とした父——クレムノスの狂王オーリパンを討ち、暗黒の潮に満ちた故郷にいつの日か民と共に帰るため、火追いの旅に加わろうとしていたのだ。
「本当に彼らの元へ行くのですか、殿下」
「その問いには既に答えたと思うが?ケラウトルス殿」
 誇り高いクレムノス人を率いるメデイモスは、どのようにオクヘイマに身を置けば民達も納得できるだろうかと頭を悩ませていた。オクヘイマの下につき、己の安寧を他国に任せるなど、クレムノスの民達が受け入れることなど到底できない。さらにオクヘイマとクレムノスの間にある溝は長い争いの歴史が生んだもので、想像よりずっと深く互いの民達に根付いているだろう。彼の師であり側近であるケラウトルスはクレムノスの誇りを何よりも第一に考えており、オクヘイマと手を組むことにも消極的だ。
「すでに彼らには決闘を申し込んである。それを受けるかは向こう次第だ。それに勝てば、クレムノスの民は威厳を損なうことなくオクヘイマで暮らせる。負ければ……ふん、無い可能性のことを考えても仕方ないな」
 己の迷いのせいで立ち止まることなど許されない。メデイモスにできるのは、ただひたすら民達のために前に進むことだけだった。
 
 それから数日経った頃、オクヘイマ側から決闘を受ける旨の報せが届いたメデイモスは、早速決闘の場へと向かっていた。決闘の相手となるのは、どうやら黄金裔の中でも最近加わった、「ファイノン」という男らしい。剣の扱いに長け、オクヘイマ軍としても貴重な戦力となっているらしく、彼の手により救われ、オクヘイマに身を寄せるようになった難民達も多いのだとか。
「『救世主』か……はっ、大それた肩書きだな」
 メデイモスはその呼び名に冷ややかな笑みを浮かべたが、それと同時に「救世主」という言葉に懐かしさを覚え、遠い昔に過ごした麦畑を思い出していた。
 エリュシオンを出てから村に戻ることは一度もなかったが、村の人々は今も歳月のタイタンに守られ平和に暮らしているのだろうか。……いつかクレムノスへ行くと言っていた旧友は、暗黒の潮に呑み込まれたあの国を見て失望してしまっただろうか。再会を果たしたその時は……
……いや、今は目の前のことに集中するべきだな」
「メデイモス殿下?」
「いや……ケラウトルス殿、もうすぐ決闘の場だ。クレムノスの矜恃を奴らに見せつけてやろう」
「!もちろんですぞ、殿下!」
 
 決闘場には、すでに大勢の観客達がおり、クレムノスからも王子の活躍を人目見ようと集まって来ているようだった。
 この決闘を審判として取り持つオクヘイマ軍の兵が「静粛に!」と声を張り上げ聴衆達を静まらせる。緊張感の張り詰めた空気の中、オクヘイマの兵は進行を続けた。
……では、これより決闘を行います。クレムノスからは、クレムノスの王子、メデイモス!そしてオクヘイマからは、黄金裔の剣士、ファイノン!両者、前へ!」
 メデイモスが一歩前に出ると同時に、相手もその姿を表す。風に白髪が揺れ、虹彩にケファレを宿した特徴的な青い瞳がメデイモスを見つめる。
「なっ……
 忘れるはずがない、麦畑の中心で笑う少年の姿。それがなぜ、目の前の男と重なるのか。……メデイモスは、分かっていた。そして見間違えるはずもない。目の前の男こそ、己がいつか再会を願った旧友だということを。
 なぜ偽名を使っているのか、なぜオクヘイマにいるのか……なぜ、黄金裔と共に火追いの道を歩んでいるのか。戸惑い、深い思考へと沈みかけたメデイモスを、審判の「両者、構え!」という合図が引き上げる。
 その後の決闘のことを、彼はあまり覚えていなかった。覚えているのは、ただその戦いが長引き、最終的に十日間に渡って行われたこと。結果が引き分けで、オクヘイマとクレムノスは対等な立場で協力することとなったこと。そして決闘の相手が、最後まで自分を「殿下」と呼んでいたことだけだった。
 
 
 オクヘイマに住む人々がバニオで日々の疲れを癒す憩いの場、ピュエロス。多くの人々で賑わうそこを上から一望できる英雄のピュエロスに、黄金裔であるアグライア、トリビー、メデイモスが集まっていた。オクヘイマでのクレムノス人の居住区、食物の支援など、今後の動きについて話し合っていた。
「では、この後のことは手筈通りに。あなたが火追いの旅に協力してくださること、心から感謝します、メデイモス」
「俺は自国の狂気に囚われた『紛争』のタイタンを討つだけだ。火種に興味は無い」
「でも、あなたの力はあたちたちにとって心強いわ。ありがとう、モスちゃん」
「もすちゃ……とは、俺のことか」
 互いの距離を測りつつも、黄金裔同士交流を深めていると、背後の昇降機の動き出す音がし始めた。音のする方へ振り返ると、白髪の例の「救世主」が現れた。
「遅れてごめん!話し合いはもう終わっちゃったかな?」
「もう、ファイちゃん!せっかくモスちゃんが黄金のバルネアまで来てくれたのに、待たせちゃメッ!でしょ!」
「ごめんトリビー先生。来る途中で困ってる人がいて……えっと、決闘ぶりだね、殿下。オクヘイマでの暮らしには馴染めそうかい?」
 そう問いかける彼の瞳は嘘みたいに真っ直ぐで、同じように旧友に会ったはずなのに、メデイモスのような動揺は見られなかった。しかしそれすらメデイモスにとっては違和感を感じさせるもので、同時に腹立たせるものだった。
……貴様、名はなんという」
「え……ファイノン、だけど……
「十日間を共にした決闘の相手の名前を知らなかったのかい?」と、ファイノンが返そうとした瞬間、メデイモスは大きく舌打ちをし、「来い」と一言だけ告げて彼の腕を掴み、引きずるように歩き出した。
「え、ちょ、何……!」
「モスちゃん!?ライアちゃん、ファイちゃんが連れていかれちゃう……!」
……師匠、これは私達ではどうにもできないことのようです。今は事の流れを見守りましょう」
「ライアちゃん……?」
 金糸で何か見たのか、アグライアはそっと目を閉じ、オクヘイマの指導者としての職務に戻り、トリビーは小さくなっていく二人の背中を心配そうに見つめていた。
 
 
 大衆のピュエロスを通り抜け、人気のない通りを進み、誰も使用していない空き部屋に救世主を押し込む。ファイノンを壁に追い詰め、鋭い視線で射抜くメデイモスの瞳は、まるで狩りをする獅子のようだった。なぜこんな所に突然連れてこられたのか分からず、なにか粗相でもしただろうかとファイノンは冷や汗をかいていた。……否、その汗の理由はそれだけではないのかもしれないが。
……もう一度問おう。貴様の、名は、なんだ」
「だから、ファイノンだってさっきも……
「その巫山戯た名はなんだと言っている!」
 静かな部屋に、メデイモスの声が響いた。その声に含まれる感情は怒り、悲しみ、恐れ……それらを汲み取ったファイノンは、目を閉じ、ゆっくりと息を吐いた。
「まさか、君がまだ覚えてくれてるなんてね。随分昔のことだし、王子様はとっくに忘れてると思ってたんだけどな」
「だからあんな呼び方をしていたのか。……俺が、お前を忘れるわけないだろう、カスライナ」
 メデイモスがその名を呼ぶと、彼は一瞬瞳を揺らせ、誤魔化すようにすぐ顔を背けた。
「その名前は、村を出る時に置いてきたんだ。他の人と同じように、君も僕を『ファイノン』と呼んでくれ」
「なぜだ、お前はカスライナだろう」
「違う、僕はもうカスライナじゃない」
「なぜ頑なにこの名を拒む。……それは、お前がエリュシオンに帰りもせず、黄金裔と共にオクヘイマにいることと関係しているのか」
 エリュシオンの名が出た時、彼の肩がビクリと震えたのをメデイモスは見逃さなかった。その様子に、嫌な予感がメデイモスの不安を煽る。まさか、そんなはずがない。
……言え、お前の身に……エリュシオンに、何があった」
 
 エスカトン、終末の時代。人々が歩む道は常に喪失と共にある。それは国も地位も関係なく、万人に対し平等だった。
 
「エリュシオンは……無くなったよ。暗黒の潮に呑まれて。……僕が、たった一人の生き残りだ」
 ようやくメデイモスの方を向いた彼の瞳に涙はなく、全ての感情を覆い隠すような歪な笑顔に、メデイモスはそれ以上何も言うことができなかった。
 
 
 (八)
 
 メデイモスと再会したあの日から、あっという間に数ヶ月経った。「俺に『ファイノン』と呼ばせるのなら、お前も俺を『モーディス』と呼べ。……他の者も、俺をそう呼んでいる」と話し、その日二人はすぐ別れた。ファイノンは事前にクレムノス軍についてアグライアから知らされており、モーディスがいることも知っていた。なので動揺こそしなかったが、彼にエリュシオンのことを話すのが怖くなったファイノンは、早々に話を切り上げてしまったのだ。彼は優しいから、きっと心を痛めてしまう……。いつかちゃんと彼に話さなければいけないのだろうかと一人悩んでいたら、いつの間にか月日が流れてしまっていたというわけだ。
 その間に何度かモーディスと顔を合わせることもあったが、気まずさを誤魔化すようにあれこれ喋り倒し続けていた。その結果なのか、自分が何を話していたのか分からないがトリビー達に何故か心配され、今日という一日を休暇に充てられたのだ。
 
 突然の休暇にすることもなく、常連になっているシタロースの店で骨董品を何点か見繕い、軽く見回りでもしようと雲石市場をとりとめもなく歩いていた。するとどこからか「ファイノン様だ!」と、自分の名を呼ぶ子どもの声がした。振り返ると子どもが二人駆け寄ってきており、ファイノンの目の前で立ち止まる。服装からしてクレムノス人の子どもだろうか。
「やぁ、君達はクレムノスの子かな?僕に何か用かい?」
「そう!ファイノン様に聞きたいことがあって」
「その……えっと……
 一人は快活に喋り、もう一人は人見知りなのかもじもじとしている。ファイノンは彼らの話を聞こうと体をかがめて視線を合わせた。
「あのね!街の人達が話してるのを聞いたんだけど、ファイノン様ってエリュシオンにいたの?」
「『エリュシオンのファイノン』って呼んでる人がいて……もしかしてと思って」
「確かに僕の故郷はエリュシオンだけど……どうしてそれを?」
 ファイノンが肯定すると、子ども達はわっと嬉しそうに顔を見合わせた。
「エリュシオンはね、王子様が昔いた村なんだよ!」
「お母さんから聞いた王子様の昔話に、その村が出てくるの……!クレムノスのみんな知ってるよ」
「王子様……モーディスが、クレムノスの人達にエリュシオンの話をしてたのかい!?」
 まさか誰も知らないと思っていたエリュシオンを、クレムノス人が知っているなんて。子ども達から知らされる衝撃的な話に、ファイノンは驚きを隠せなかった。
「エリュシオンって村を知ってる人が誰もいなかったから、大人の人達は童話に出てくる不思議な場所みたいなものなんじゃないかって言ってたけど……
「やっぱりエリュシオンは本当にあったんだ!」
「早くみんなに教えなくちゃ」と、興奮気味の子ども達はファイノンに手を振り、走り出してしまった。駆けていく背中があっという間に見えなくなり、一人残されたファイノンは先程の会話を上手く整理できずにいた。
 
 
「こんな所で突っ立って、何をしている」
 突然話しかけられ、今度は誰だとファイノンが振り向くと、そこには噂のモーディス殿下が立っていた。
 「……クレムノスの民と話していたようだが、何かあったか」
「モーディス!い、いや、何も?ただ子ども達と世間話をしていただけだよ」
 それとなく「君が気にするようなことは無い」と伝えつもりだが、モーディスはそれでもじっとこちらを伺うように見てきた。元より気まずく思っている相手なのだ。ファイノンはその視線に耐えることができなかった。
……はぁ。君と少し話したいことがあるんだ。一緒にピュエロスにでも行かないか?」
「ふむ……いいだろう。付き合おう」
 そして二人同じ方向に歩き出したが、ファイノンの足取りは重かった。
 
 
 満溢のピュエロスを上から眺められる位置にある英雄のピュエロス。ファイノンとモーディスはそこで肩を並べて黄金のバルネアを楽しんでいた。ちょうどアグライアは他の用事でここには来ておらず、他の黄金裔達が来る気配もない。二人で話すにはぴったりの場所だった。……それでもファイノンはなかなか話を切り出すことが出来ずにいるが。結局先に声をかけたのはモーディスだった。
……それで、話したいこととはなんだ」
「!それは……その、さっき子ども達から聞いたんだ。君がエリュシオンにいた事を、クレムノスの人達はみんな知ってるって」
「あぁ、その事か」
 モーディスはエリュシオンの名を出してもなんて事ないように相槌を打った。村が消滅したことを伝えてからの数ヶ月で、彼なりに落とし所は見つけたようだった。……エリュシオンの話をしても、彼は大丈夫そうだ。そう判断したファイノンは、そのまま話を続けた。
「君はクレムノスの王子なのに、他の村のことを民に話していたのかって、驚いたんだ。愛国心……とかあるだろう?」
「俺の人生を語るのに、エリュシオンを避けることはできんからな。それに、故郷を愛せぬ者に自国を愛することなどできん」
 故郷……今彼はエリュシオンを「故郷」と言ったか?ファイノンは思ってもいなかった返答に、豆鉄砲を食らった鳩のような顔をした。
……なんだその間抜けな顔は」
「いや、そんな顔はしてない、けど……まさか、君にエリュシオンを故郷と言われると思わなくてね。故郷って、その人が帰る場所を言うだろ?君の帰る場所はクレムノスじゃないか」
……あの日、お前達は『いつでも帰ってこい』と言った」
「でももう、エリュシオンは地図から消えてしまったよ」
 そう言って肩をすくめるファイノンに、モーディスはそれ以上の会話をしなかった。階下から聞こえる人々の話し声に耳を傾け、二人の間だけに沈黙が流れる。
……クレムノスの孤軍と合流するまでの旅や、その後の経験の中で、エリュシオンが誰も知らない小さな村なのだと知った。だから俺は、かつて過ごした村のことを民達にも話した」
……!」
 不意に話し出したモーディスの言葉に、ファイノンは思わず視線を向けた。
……例えエリュシオンの名が地図から消えたとしても、エリュシオンは俺の名と共に歴史に刻まれる。世界に忘れられることなどない」 
 疑うことなくそう言い切るモーディスの言葉に、ファイノンは喉を震わせた。かつて村を離れた旧友は、長い年月が経った今でもエリュシオンのことを大切に思っているのだと、嫌でも気付かされた。そしてまた自分も、彼と同じように故郷を思っているのだと。
……はは、ほんと君はかっこいいね」
「フン。お前はそんな俺を横で見ているだけになるだろうな、救世主」
「いや、僕だって負けないよ!黄金裔、オンパロスの救世主として、エリュシオンは僕と共にその名を残すんだ!」
 ファイノンとモーディスは自然と目が合い、互いに微笑みながら拳をぶつけ合った。二人の間で水飛沫が上がり、ファイノンの胸の奥に、懐かしく温かい炎を灯らせた。