ウリュウ
2023-06-02 22:29:04
22028文字
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わかってないなあ

【ガンマズ】

CC移籍後の1号が2号を喪った現実を受け止め切れてない段階のお話。
弟を亡くして気持ちが迷子になったお兄ちゃんと対応に悩むパパの話、くらいに思ってください。
ない:CP
ある:サンコイチ双方向クソデカ感情

【留意事項】
・嘔吐描写あり
・1号がずっとしんどそうで弱ってる/病み気味
・ちょっとだけモブがいる
・2号は回想にしかいない
・あらゆる捏造
【2025年8月17日追記】
・本にすることを断念したため、それ用に書き下ろした「あとがきに代えて」の章をつぎ足しました。蛇足かもしれません。不要でしたら読み飛ばしてください。





◆一一  ヘド博士の日誌

 八月二十日。
 簡易メンテナンスは異常なし。1号の具合が悪そうに見えるのが本当に気になるが、当人は何も問題ないという。
 確かにシステム的には問題はない。だが、あのバトルジャケット暴走の日以来、じりじりと憔悴していっているような気がする。どうするのがいいのだろう。最初にあたりをつけたとおりシステムではなく心因性のものだとしたら、彼自身が話し始めるまで待つべきだろうか? 2号ならどうするだろう。






◆十二  ペルセウス座流星群の夜

「やあ、こんばんは」
 話しかけると、警備室で居眠りをしていた夜勤の警備員の肩がびくっと跳ねた。
「あ、や、これは」
 あわててよだれをふいている警備員を見て、1号はつい、少し笑みをもらした。夏の夜半、暑さは幾分影を潜め、空調の効いたCCの建物内は過ごしやすい。
「あの、失礼、寝ていたわけではないんですガンマさん、はい。ええと、ほんとです。いえ……嘘は通じないか……すみません。抜き打ち検査ですか」
 しょぼくれた警備員に向かって1号はいいえと首を横に振る。
「よければ代わろう」
「は、え?」
「申し訳ない。目が覚めてしまったんだ。すっかり冴えてスリープモードに入れなくなってしまった。部屋にいてもやることはないし、エネルギー充填も済んでいる。あなたは疲れているようだ。よかったらそこで本格的に仮眠をしなさい。この時間の見回りは私が行って来よう。その代わり、内緒にしてくれ」
 人差し指をたててそっと秘密の約束を頼む。
「おとがめは……
「私のこの時間つぶしを内緒にしてくれたら、黙っていよう」
 警備員は喜んだ。
「い、いいんですか! 助かります。もう眠くて」
 1号は警備員の背中を見送ると、監視カメラ類のモニタを一通りチェックし、見回りの時間になったところでマントを翻して警備室を出た。

 自分はどこか2号に似てきただろうかと1号は思う。内緒にしてくれとか勝手に役を代わるとか、こういうのは2号の専売特許だった。夜勤を勝手に変わるなど規則違反だ。それでも、どうにも部屋でじっとしているとざわざわして落ち着かなかった。
 眼が冴えてしまったのは本当だった。充電を開始してもスリープモードになかなか入れないので、寝ている間に行う記憶の整理やシステムの最適化が少し遅れてはいる。そのうえ今日は途中で起きてしまった。さすがに博士に相談するべきかとも思ったが、別段システムに問題のあるレベルではないし、どうもメンテナンスで原因がわかるタイプのものではないような気がした。最悪、起動時間をセッティングして強制シャットダウンしてしまう手もある。
 それに、不具合を相談するにしても、どう相談するというのだろう。「博士、眠れません」だろうか。そんなことで博士の手を煩わせるなど、ありえないだろう。
 見回りのコースを歩きながら、窓辺の廊下に差し掛かる。何気なく窓の外の星空を見る。よく晴れた日だな、と思った。瞬間、ぎくっとして足を止めた。
 流れ星が窓の外を走った。
 立ちすくむ間にもうひとつ。またひとつ。
 多い。まさかとすぐにネットワークに接続して今日の日付を検索し、結果を見て無意識に額に手をあてた。ペルセウス座流星群極大の夜が今日だった。
 まずいなと思うと同時に、ほとんど自動的に、何度も思い出した記憶の自動参照を始めてしまう。
 いらない、今は見たくない。
 思ってもなぜか停止できずにそのまま見続けてしまう。みずがめ座ηエータ流星群を2号と二人で眺めた日、2号自身が流れ星になった日、それらの記憶と目の前の流星群が嘘みたいに混じりあって、美しい映像を勝手に作り出した。
 落ちる。落ちる。落ちる。
 ――やめろ――
 1号の周りいっぱいに、輝く流星が落ち続ける。
 やめろと言っても、もう遅い、と返ってくる。
 手を伸ばしても届かない。どれひとつとして止められない。
 何度シミュレーションしても回避策を思いつけなかったその光景が、考えた数だけ再生されるように、流星群のように。青い流れ星は、無数に落ちて行って、赤い炎に変わって、それから、
「みい!」
 はっとしてふりむくと、小さな黒猫がこちらを見ていた。
……タマさん」
 かわいらしい声をかけてきた相手の名前を声に出したところで、1号は自分が息を止めていたことに気付いた。どうかしている。
「タマさんは眠らないのか」
 ほとんど勝手に滑り出るようにタマに話しかけたが、自分のバイタルの値がおかしいのでいったん立ち止まって息を整える。窓に背を向け、腕を組み、なるべくそこから目をそらして――そらした先にタマがいたのでその前足あたりを見つめる――しばらくじっと息を吸ったり吐いたりしていると、見つめられたちいさな前足はぽてぽてと前進を始めた。タマはそのままよじよじと危なっかしく1号の足元を上ってきて、やがて肩に上がりきり、左肩から首の後ろを回る。1号の後頭部から耳元にかけてふわふわの頬をこすりつけ、右肩におさまると、そこであくびをして――眠り始めた。
……タマさん、それは困ります」
 苦笑して言う。
 不思議なことに、少し落ち着いてきたようだった。1号はタマを肩に乗せて困ったまま歩き出すと、窓を見ないように巡回を終えた。眠ったタマを落とさないように困り顔で戻ってきた1号を見て、警備員は抑えめに笑い声をあげた。ひと眠りした彼は元気そうだった。
「もう、全然大丈夫です! ほんとに寝ちゃうと朝になって怒られちゃうんで、本当にもうこの辺で」という警備員に、それではとそっとタマを預け、1号は自室に戻った。

 一人になるとまた少しバイタルの値が不規則になったようだった。もういいだろう、と無意識にエネルギー補充コードをつなぎ、朝の起動時間を設定して、強制的にシャットダウンした。





◆十三、パンと1号くん

 よく晴れた夏の日差しが差し込む午後。
 父の用事でいっしょにCCに来たパンは、真っ青な顔をした――という言い回しが正しいのかわからないが――ガンマ1号が部屋の外の廊下を早足で通りすぎるのを見て首をひねった。
(ぐあいがわるいのかな?)
 一瞬しか見えなかったが、そういう顔だった。
 ブルマと話し込む父を見上げ、まだかかりそうだと判断すると、パンはそっと部屋の外に出て、1号の通り過ぎた方向へ追いかける。
「1号くん」
 声に出して呼んでみたが返事がない。早足だったとはいえ、タイミングとしては見えなくなるほど遠くに行くわけがないから、どれかの部屋にはいったのだとあたりをつけて、パンはゆっくり廊下を歩く。
 ばちっ。ばちばち。
 妙な音が聞こえた。次いで、両手で口を押えた時みたいな、くぐもった苦しそうな声。たぶん、1号だ。涼やかで混じりけのないいつもの声から考えると信じられないほど濁った発声で、おえ、げほ、と繰り返しているように聞こえる。
「1号くん? だいじょうぶ? 吐いてるの?」
 ここだ、と思った倉庫の扉をそっと開けた。
 案の定、薄暗い無人の倉庫の奥にしゃがんで小さく丸まった1号の背中があった。1号はどうにか目線だけ後ろを見、パンの姿をとらえると立ち上がろうとしたようだが、何か答える前にまた波が襲ったらしく、ばっと後ろを向いた。背をさらにまるめて片膝をつく。それから右手で壁に寄りかかり、左手で強く口を押えた。おええ、と、彼から発せられるのがおよそ想像できない声と文字列が発声されると同時に、吐き出したものが指の間から漏れて……派手に光ってはじけた。人間と同じ吐しゃ物を想像していたパンは、1号の口から出てきたものが小さな雷みたいに弾けたのでびっくりした。瞬間、抑えきれないというようにもっとたくさんの光があふれ出て1号の顔の前で弾け、ばち、ばち、と音を出す。
「だいじょうぶ? なに、これ?」
 駆け寄ると、1号はぱっと左手で制するようにパンが自分の前に回り込むのを止めた。なるほど、このばちばちに触ったらやけどしそうだ。近づくと、何が起きているのかはすぐにわかった。
「これ、エネルギー吐いてるの?」
 1号が力なく頷いた。
「申し訳な……げほっ……失礼、パンさん。申し訳ない。大丈夫だ」
「だいじょうぶにみえないよ」
 近づいてきてほしくないんだな、と思ったが、こんなに具合が悪そうなのにどうしてだろう。引かない空気を感じ取ったのか、1号はきまり悪そうに、言い訳みたいに不調の理由らしきことを言う。
「少し過充電してしまっただけだ」
「かじゅうでん?」
「余計なエネルギー補給、つまり食べ過ぎのようなものだ。お恥ずかしい」
 自嘲的に言う声が少し枯れている。
「エネルギー、たべすぎちゃったの?」
「そうだな。エネルギーの補給は終わっているのにさらに補給する操作を、げほ……操作をしてしまった。そのまま無理やり意識を落としたから、気づかずに朝まで余計な充電をして」
 また苦しそうにせき込む。ばち、ばち、と火花が散った。思わず1号の背をさする。体格が違いすぎて手が届かず、腰のあたりをさする形になったので、少し浮かんで背中がさすれる位置に移動した。そうしてしばらく苦し気に上下する背をさすった。さすりながら、1号くんの吐いたものはきれいなんだなあ、とパンは思う。花火みたいだ。でも、背中をさすったくらいでどうにかなるものではない。1号自身が誰かを呼ぶ気もなさそうだ。大人を呼んできた方がいいと思い始めた。
「ありがとう、楽になった。恥ずかしいところを見せた。もう大丈夫だ」
 うそだ、と思った。全然大丈夫そうな顔をしていない。だから素直に、「うそだあ」と言った。
「だいじょうぶじゃないよ、くるしいでしょ」
 言い当てられたらしい1号はしばらく黙って、息を整えているようだった。
……申し訳ない。君の言う通り、あまり大丈夫ではない。苦しい」
 認めた1号は素直だった。
「でも、私のわがままを聞いてくれるか」
「いいよ」
「優しいな」
 笑って言う。
 でもパンにはそれがどこか痛々しい笑みに見える。
「心配してくれてとてもうれしい。だが、」
 言うのをためらっているのか、苦しいのか、言葉を選んでいるのか、1号は小さく目線を左右させながら、少し言葉を止めた。
「私は、ヒーローらしくない私の姿を見られるのが、たまらなく恥ずかしい」
 はっとするような横顔だった。
 また言葉を切り、どうか、と懇願の言葉が滑り出る。
「どうか見ないでくれないか」
 パンは手を止めた。
 3秒だけ、じっと考えた。

「わかった。お外に出るね。だれにも言わないよ」
 1号がほっとしたような申し訳ないような顔をしたのを確認してもう一言。
「でも、ヘドはかせには、しらせるね」
「い、いや、博士のお手を煩わせるのも困る、博士にも――
「ダメだよ。ぐあいがわるいときにはだれか大人に知らせなきゃいけないんだよ。ヘドはかせには言うからね」
 それだけ宣言すると、パンは身軽に地面に着地して、つむじ風みたいに走り出し、ヘド博士を探して廊下に出た。後ろで1号が何か言いかけたようだったが、すぐにまた苦しそうな声とばちばちいう音が聞こえた。
 急がなくちゃ。廊下は走っちゃだめだけど、緊急事態は別だ。たぶん。





 十四、 ヘド博士の日誌

 パンちゃんに知らされる形で1号の不調が発覚。緊急メンテナンスを実施。
 過充電で嘔吐のような反応を起こしたという。逆流したエネルギーが喉から放電されていた。
 ここしばらくスリープモードへの移行にエラーが生じているとのことで、システム最適化が遅れている状態だったらしい。知らなかった。最近妙に具合が悪そうに見えたのもそういうことなのかもしれない。昨晩はエネルギー補給を済ませてから時間をかけてスリープモードに移行したが、中途覚醒してしまったので、明け方に強制シャットダウンをしたという。この時、無意識に充電操作をしてしまったため、起床時間には過充電の状態となっていた。午前中はよかったが、もともとの不調もあいまって午後になって状態が急激に悪化、エネルギー嘔吐に到る。
 もう、完全に自律神経失調だ。
 どうしたらいい。ボクはどうしてやったらいい。
 システム面からの修復は難しい。感情を一時的に鈍らせることもできなくはないが、せっかく少し表情が柔らかくなり始めた彼の成長を奪うのも違う。どうするのが正しいのか、どうしてやるのが1号にとって一番いいのか、どう考えればいいのか、わからない。自分の不調を自分の責任と考えて申し訳なさそうにする1号を見ているのも辛い。いっそ、ボクを恨んでくれたら少しは楽だろうに、1号はどうしても、自分を責めるのだ。
 スリープモードに入れないときに頭を休めるためのセーブモードは三日もあれば搭載できるだろう。ただそれも応急処置に過ぎない。もっともっと考えるしかない。もう、失いたくない。


      *


 そのころから、1号は自由な時間や休みの日に、ふらりと一人でどこかへ消えるようになった。





 一六  台風一過

 夏も終盤に差し掛かったころ、台風がやってきた。
 夜中に上陸し、激しい風雨をもたらした嵐は、それでも災害というような被害は出さずに翌日の昼過ぎには通り過ぎ、からりとまぶしいほどの青空を置いていく。CCの台風対策にしまわれていた植木鉢や保護されていた畑などの数々をてきぱきともとに戻していく1号に、ブルマ博士が「そろそろ休憩にするわよー!」と声をかけたのは午後3時ごろのことだった。
 1号は返事をして途中の作業をさっと終わらせると、進捗状況をブルマに報告するために歩き出した。報告内容はといえば、「復旧はほとんど終わっている」である。
 今日の業務は台風直撃のため可能な職員はなるべく終日リモートでということになっていたので、社内には限りなく人がいない。すれ違ったブリーフ博士が「よっ」といい、その背中にひっついていたタマが「みい!」と言うので、1号はお疲れ様です、と二人に会釈をかえした。

 失礼します、といって入ると、すでにブルマとヘドが美容部門の新しい商品について話しながらココアクッキーをほおばっていた。
「あ、お疲れ1号。片付けの具合はどう?」
「ほとんど終了しています。あとは先ほど干した防水シート類が乾いてからの作業になります」
「そ、この日差しと風なら1時間くらいで乾くわね。1号、それまで自由にしてていいわよ」
「かまわないのですか」
「ドクターヘドにはちょっとここにいてもらうけど」
 と名前を出されたヘドは、渡された書類に目を通すことに集中している。右手がほとんど無意識という感じでココアクッキーにのび、それをつかんで口に運んだ。美容部門の企画は相変わらず忙しいらしい。
「今回の台風は別に町に大した被害もなさそうだし、町のパトロールとかもなくていいんじゃない。どうせ社員たちには出勤しなくていいって言ってあるし、あとでシートだけしまってくれるなら1,2時間自由にしてなさいよ」
 1号が自分を見たのに気付いたヘドが
「いいよ、お言葉に甘えなよ」
 と付け加える。
「ありがとうございます」
 一礼して、1号は部屋を出る。その足音が遠のいていくのを聞きながら、ブルマはヘドに目線を戻した。
「自由といえば、最近1号、自由時間に一人でどこかへ行ってるみたいだけど、どこに行ってるのかあなたは知ってるの?」
「知りません。GPSも追わないようにしてて」
「プライベートを全部追う必要はないってわけね」
……正直迷ってはいるんですけど」
 ヘドは資料から目を上げて、ブルマに目を合わせる。
「ボクがボクの権限でアクセスすれば全部わかるだけに、知りすぎるのも傲慢な気がして……
「なるほどね。ま、男の子育てるとなるとどっかでそういう思い切りはいるわよね」
 お母さんトークである。
「でも、たまに服汚して帰ってきてない?」
「まあ、確かに……
「煤みたいのがついてるの、気になるのよねえ。カンだけどさ」
 とはいえ、自由時間は自由ですし、と言いながら、まさかなあとヘドは思う。
 2号が死んでから、1か月ほどの間、考えていたアイデアがあった。だがそれは、実現可能性があまりにも低すぎて、自分がそれを思いついたことそのものが冷静でない証拠だと思ったので、あきらめたものだった。
 1号、まさか。
 そう思い始めると、気になってどうしようもなくなった。