◆一 ガンマ1号による回想
2号はたまに、紙のメモを渡してくることがあった。
それは裏面に弱いのりのついた、正方形の、空色の粘着付箋だった。
ヘド博士がたまに粘着付箋に書いたメモをモニタやノートに貼っていらっしゃるのを見て、憧れたものらしい。博士がお使いになるのは小さな長方形のものだが、それより大きな付箋をどこからか手に入れてきた2号は、ごく何でもない私へのメッセージを書き込み、私の通る場所や、私自身に貼り付けた。一種のごっこあそびのようなものだったのだろう。
私にはこの心境が全く理解できなかった。何度も「内部通信を使えばいいだろう」と伝えたが、そのたびに彼は肩をすくめ「わかってないなあ1号は」と言う。
「資源の無駄だ。次からは内部通信か口頭で話しかけるように」
念を押すと、手をひらひらさせながら「はいはい」と答え、翌日には私の後頭部に「休憩時間に裏庭で組手しよう」と書いたメモを貼り付けてくるのだ。
おかしなやつだった。こういう行動を見る時、私には彼の心理がいまいちよく理解できなかった。もっと言えば、そのメモにある誘いや提案、何でもない所感などは、八割がたどうでもいいことだった。曰く、「あとで五八番に、犬に追いかけられた時の話を聞きに行こう」「あの博士が食べてるココアクッキーってやつ、気にならない?」「かっこいいポーズを思いついたから一緒に練習しようよ」「今夜はみずがめ座
η流星群っていうのが観られるらしい。一緒に流れ星を見よう」
よく次々思いつくものだ。その調子だから、私は八割無視するか、断ると口頭で伝えた。そして、たまに
――それは確率にして二割、五回に一回ほどの割合で、建設的な提案や誘いがあった。そういう場合は、内部通信か口頭で、「メモの件、了承した」と伝えた。
「んもー! 断ってもOKでもいいからメモで返してくれよ、メモで送ったんだから!」
「だから資源の無駄だ。しつこいぞ。本当になんなんだそれは」
「わかってないなあ!」
じたばたと長い手足をコミカルに動かして、2号は不満そうに頬を膨らませる。ヒーローが聞いて呆れる、どうでもいいわがままだ。
本当に、どうでもいい、とるに足らないわがままだった。
もっと聞いてやればよかった。
薄汚れてしまった2号の形見のマントを取り出した。夜になるとたまに眺めたくなる。すっかり色も落ちているが、なぜか不思議なほど鮮やかに感じて、目に痛い。
2号がセルマックスに特攻をかけ、命を散らしてから、2か月ほどが経過していた。雨の夜だ。窓辺に寄ると、ざあざあと降る雨粒が波のように模様を作って窓ガラスを流れ落ちていく。その様子を、私は見るともなく眺めていた。
窓ガラスの下に、青いマントが映り込んでいる。雨でよかった。たまに流れ星など見てしまうと、ざわざわして落ち着かなくなるのだ。
流れ落ちる雨と映り込んだ2号のマントの重なる位置を眺めながら、ああ、ぼんやりしているなと思った。頭が休息を求めているのかもしれない。
確率で言えば、次の粘着付箋には建設的な提案が記されているはずだった。むしょうに、「了承した」と伝えてやりたかった。そして、わかってないなあ、とぶうたれる2号と一緒に、彼の提案を実行するのだ。星を見るのでも、どうでもいい話を聞きに行くのでも、さんぽするのでもなんでもいい。ただ、了承した、と伝えた時の、不満げな、そして不満であるという状態も楽しんでいる表情としぐさを、わけもなく見たかった。
……馬鹿な。
首をふった。窓から離れ、青いマントを引き出しの奥にしまう。
しっかりしろ、ガンマ1号。もう二度と、2号からメモを貼り付けられることは、ないというのに。
◆二 ブルマの電話
ああ、もしもしピッコロ。おつかれー。
……何よ、修行で忙しいなんて、いつものことでしょ。
違うわよ。次にドラゴンボールが使えるまでまだずいぶんあるじゃない。ああ、その件でも頼みがあるんだけど、それはまた今度ね。
いいからいいから。そうじゃなくて、あなたどっかで、レッドリボン軍のバトルジャケットを一機みなかった? いえ、パーツとかでもいいんだけど。駆動音とか聞き分けられない?
……そうか。さすがに難しいわね。
ごめーん。ほら、あの事件のあとってさーあ、世間的には謎の爆発事故ってことになってるでしょ。そんでいったんうちで例の基地の土地、まるごと買い取っちゃうってことになったわけじゃない。
うるさいわね。たしかに後始末はあんまり進んでないわよ。手配とかいろいろあるの。これでもけっこう片づけたんだから。でも、一気に進めたら人目についちゃうでしょ。「何もなかったってことでいい」も、なかなか大変なの。
それはいいんだけどさ。そんなことより、1号のログで記憶されてる数と、レッドリボン軍のバトルジャケットと飛行機やらトラックの残骸の数、あわないのよ。兵士たちがあれ使って逃げたのね。だから、あとを追って結構回収したんだけど
……。
それでもやっぱり、バトルジャケットが一機足りなくて。トラックとかならいいんだけどさ、ちょっと危ないでしょ。それなりに。
うん。
……うん。おねがい。見かけたらでいいわ。
え? ああ、そうね。あのふたりは、よくやってくれてるわよ。
ドクターヘドはさすがよ、自分で超天才っていうだけのことはあるわ。1号も、そつなくなんでもこなせるし。才能豊かな職員が増えて助かるわ~!
……ただやっぱり、どこか落ち込んではいると思うわね。あんなことがあったんだもの、そりゃそうよ。
うーん、そうね。今日は1号、付箋をじっと見てぼんやりしてたわ。目の焦点があってないっていうか
……。内容? 私の業務メモよ。たぶん、見てる先が付箋だったのはたまたまなんじゃない? ドクターヘドに3回くらい呼ばれてからハッとしてたわよ。ヘドは珍しいって笑ってたけど、本人、ちょっとショックだったみたいね。まあ確かに、らしくない感じはするわね。
そうねえ、ドクターヘドの方が打たれ強くてしたたかね。1号は、なんだかずっと迷子みたいな顔してるわ。
うん、でも大丈夫、ちゃんとゆっくり、乗り越えていけると思うわ。あなたもそう思う? でしょ、そうよね。
……あ、そうね、そろそろ。じゃあ、行方不明の機体のこと、お願いね。
◆三 ヘド博士の日誌
八月十二日 ガンマ1号のメンテナンス記録。
異常所見なし。胸部の摩耗した部品を交換。その他はすべて正常に稼働している。
だが、昼間一点をみつめて動かない時間があった。3回ほど呼び掛けたところで反応。本人はやや衝撃を受けたようで恐縮していた。確かに、彼の機能的に僕の呼びかけに気づかないのはおかしいので、本人が驚いてしまうのも無理はない。が、おそらくすべてに問題はない。
推論だが、ガンマ2号の消失や、あの事件そのもの、それまで信じていたものがすべてまがいものだったショックと向き合う中で彼の精神部分が成長しているために、落ち込んだりぼーっとする症状が出ているものと思われる。本当に人間みたいだ。彼の心は、ボクの考えている以上にきちんと人のように成長している。だから、それでいいのだと思う。ただ、それをどう伝えればいいのだろう。
それに、大丈夫だろうか。精神の成長途中で、近しい身内を喪うのは、つらいことだ。彼はむろん、それに耐えられるだけの強さをもっている。でも、心が成長して人のようになっていくぶん、人のような弱さも出てしまうかもしれない。いや、彼自身が強いがために、自分の気持ちを押し込めて、ひび割れていってしまったりはしないだろうか。強いと弱いは、ギリギリの裏表にある、と思う。
ボクにケアができるだろうか。いや、彼をこの世に生み出したこのボクが、しっかりしなくてはならない。そもそも彼の見ていたあの時までの世界が「まがいもの」だったのは、全部ボクのせいだ。
だけど、2号ならどうするだろう、と考えることも、やめられずにいる。自分の責任なのに、何を言ってるんだろう。
2号、ボクも寂 こんなこ を も
(ここから先は何度か消しゴムで消された跡があり、記述はここで途切れている)
◆四 ガンマ1号による記憶データの自動参照 流星群の夜
「今夜はみずがめ座
η流星群、なんだって」
あきらめたように手近な椅子にどっかと腰を下ろして足を投げ出し、後ろで組んだ両手に頭をのせて、2号は言った。
9.5秒前、彼は私の背中にメモを貼り付けようと忍び寄った。その気配に気づき、身をよけざま腕をつかんで投げようとしたが、2号はすんでのところで見事な反射神経を見せ、私からするりと逃げると飛び上がってもういちど背後をとろうとしてきた。それも避けて振り向きながらいれた蹴りはガードされ、背中をあきらめて前から貼ろうとしてきたメモを持った彼の腕を払うと、最終的に互いの手を組みあった力比べの状態になった。こうなると、パワーは完全に互角なので勝負はつかない。すぐにあきらめて引いた2号の判断は合理的である。後継機の彼がこういう手合わせですぐ私と互角の状態にまで上り詰めてきたのは喜ばしいことだが、それはともかくこの手合わせがどうでもいいいたずらを発端に起こるのは気に食わなかった。
「みずがめ座?」
「
η流星群」
「それがなんだ」
自分でも声音に面倒だという感情が乗っているのがわかる。「まったく情緒がないんだから」「メモを貼る別の場所のアイデア考えなきゃなあ」と聞こえよがしに口をとがらせてため息をついた2号の口調は、やがて二人の時によくする落ち着いた低いトーンになっていく。
「みずがめ座を中心にして、放射線状に流れ星が走るんだ。別にみずがめ座から出てるわけじゃないけど、そういう風に見えるらしい。流れるといっても一時間に数個、でも人間でなくボクたちの目ならもっと観測できるかもしれない」
「それで?」
「いっしょに見ようよ!」
2号は急にまた声のテンションを引き上げて、さっと立ち上がると、ぐしゃぐしゃになったメモを広げて見せながら足元は舞台役者のようにポーズを決めた。突き出されたメモに、見るからに浮かれた字が踊っている。『今夜はみずがめ座η流星群っていうのが観られるらしい。一緒に流れ星を見よう』。
「我々はまだ外に出る権限を得ていない」
ロールアウトしてからまだ3週間といったところ。基地の外はおろか、建物の外にすら出るなと、マゼンタ総帥からきつく言われていた。彼はまだ、我々を信用していないようだった。
「だからさ、窓から見るんだよ」
「なんのために
……」
「なんでもいいんだ」
2号は目をきらめかせていた。
「理由も理屈もどうでもいい、たぶんこれ、興味ってやつなんだと思う。知的好奇心と言い換えてもいいかな。そしてお前と見たいのは、同じだけ高度な視覚を持ってるのがお前しかいないから、そしてボクの家族で今起きてるのがお前だからだよ。家族と興味を共有したいんだ。いいだろ」
じんわりと、何とも言えない気分になった気がして、よくわからないまま踵を返した。
「わからん、いくぞ」
歩き出した私の後ろを、2号がわいわいにぎやかにわめきながらついてくる。ちょっと眺めるだけじゃないか、ほんのちょっとだけ、ねえつきあって、しばらく窓の外観るだけだって、絶対楽しいから
……ねだるパターンをよくもこんなに思いつくものだ。端的にだめだ、見回り中だ、断ると言っている、と答えながら進む私のマントを、ある瞬間2号が急に鷲掴みにしてぐっと引いた。
「おい
……」
「ほら、あれ!」
2号が指さしたのは、円形の天窓だった。丸く切り取られた満点の星空に、流れ星がひとつ、ふたつ、走っていくのが見えた。歩いていくうちに、ちょうど窓の下に差し掛かったのだった。
「やっぱり!1時間に数個なんて、人間は見えてないだけだ。こんなにたくさん流れてるじゃないか!」
はしゃいだ2号の声を聞きながら、私は打たれたようにその場に突っ立って、丸窓を凝視した。
流星群は、とても美しかった。
それからずいぶん長い間、私たちは小さな窓の向こうに流れる星を、その場に立ったまま眺めていた。
◆五 三ヶ月前のレッドリボン軍監視カメラのログ
「なんだ、これは」
おしゃれな間接照明で暗めに決めた社長室のデスク。夜のおやつがてらPCを覗き込んだマゼンタ総帥が、せんべいをかじりながら言う。
同期したモニタを覗いたカーマインが「あの薄気味の悪い人造人間どもですな」と答えた。
「それはわかっている。こいつらには見回りをするようにと命令してるはずだろう。こんな廊下に突っ立って何をしてるんだ」
カーマインがちらりと窓に目を向ける。マゼンタもつられて外を見た。社長室は開放的な全面窓、夜空がよく見えた。
「今日は流星群と聞きました。星を見ているのでは」
「げえ
……兵器の人造人間がか? センチメンタルな」
「同感ですな」
彼らとしては、大本命のセルマックスに先んじて完成したガンマたちを苦々しく思う気持ちに、得体のしれない薄気味悪さが加わって、何とも言えない忌避感があった。
「星を眺めるなんて
高度に情緒的なことは人間がやればいいんだが
……」
言いながら椅子を回したマゼンタのそばにカーマインがサッと寄って葉巻のケースを差し出す。
流れるようにライターを出したカーマインが、マゼンタの手に取った葉巻に火をつける間に、マゼンタは「お、流れた」とつぶやいた。彼は窓に目を向け
高度に情緒的な活動を行っていた。
「業務に戻らせますか」
カーマインが通信端末を起動しようとするのを制して、「まあいいだろう」と手をひらひらさせる。「この際、人間の真似事がしたければさせておいてやることにしよう。今はな。どうせ見回りの仕事なんて、下級兵士でもできる時間つぶしだ。基地に侵入される恐れがあるでもなし、奴らにこの軍に従属しているのだという意識があり、外に逃げるようなしぐさをしないかが試せればいい」
それからまた外を向いて、マゼンタは「お、また流れた」とややはしゃいだ声を上げた。
このログはカプセルコーポレーションによって回収されたレッドリボン軍基地の監視カメラの一部の端末に残っていたものだが、特に閲覧されることもなく処分された。
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