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2026-01-05 18:21:48
12058文字
Public 高諸
 

高諸 何度でも、愛を囁く

完結しました!

怪我から目が覚めた高坂さんは3ヶ月分の記憶が無くなってた。そんなお話です。

尊ちゃん視点、高さん視点が、入り乱れてます。

周囲ではまだ戦火が広がっているなか、私は真っ直ぐに後方に控える医療班のもとへ急いだ。
喉の奥が鉄の味でいっぱいになり、早鐘のように脈打つ心臓の音だけがやけに大きく響いている。
高坂さんが負傷して意識がない。
そんな伝令が耳に飛び込んできたのはついさきほどのことだった。

あの人がそんなヘマをするわけじゃない。
そう思いたい気持ちとは裏腹に、全身から血の気が引いた私の頭には、良くないことばかりが浮かんできた。

怪我の程度は?意識が無いって今も?

気が気じゃなくなった私を見かねた隊の仲間は、無事を確認して来いと言ってくれた。本来なら離れるべきじゃないのも分かっていた。
だけど、次々に浮かぶよく無いことを振り払いたくて、私は高坂さんの元に向かった。

一人になれば先ほど以上に良く無い考えが頭を埋め尽くした。だから不安な気持ちをかき消すように必死に足を走らせる。
お願いだから無事でいて。前線から下がった私に「持ち場に戻れ」と叱ってください。
ねぇ、高坂さん、おねがいだから

無我夢中で走っていたらだんだんと喧騒から離れていた。それでも足を止めずに木々の間を縫うように足を進めれば、黄昏色の装束を纏った人だかりが見えた。
ただ、そこの緊迫した空気に、先ほどまでの勢いが嘘のように足が重たくなっていった。
足を踏み出すたび、血の匂いが濃くなっていく。鼻を刺す鉄の香りが、ここが紛れもなく現実だと突きつけてくる。

「高坂さんは、」

ここにいますか、と続ける言葉が出でこなかった。横たわり治療を受けている人物が探していたその人だったから。
暗がりでも眠っている顔に、生気がないことはわかる。
今すぐ駆け寄りたいのに、足は竦んでしまい動けない。だってそれをしてしまったら、現実を全て受け入れなければならなくなるのだから。

「高坂はここでできる処置はしてもらった、だから大丈夫だ」

背をポンと叩きながら、安心感のある声が折れそうな心を支えてくれた。
ゆっくりと振り返れば山本小頭が私を支えるように立っていた。しっかりとした言葉とは裏腹に、眉間には濃い皺が寄っている。それでも背を撫でてくれる手の温かさは、先程まで冷静さをなくしていた私を宥めるのに充分だった。

「ただまだ安心できる状況じゃない。高坂は一足先に戦線を離脱させる。お前は医療班の護衛に就け」

背を撫でながらも、小頭は周りにテキパキと指示を出していた。

「で、でも小頭、それでは私の持ち場が──」
「そっちは俺がやる。尊奈門、お前は高坂のそばにいてやれ」

背を撫でてた手が、今は頭を撫でてくれていた。こんな状態の高坂さんのそばを離れがたい私にとって、小頭の心遣いはひどく優しい。
「私の代わりによろしく頼む」と言われたので、泣くのを堪えて返事をした。


戦は無事終わり、みんなが詰所に帰ってきても、高坂さんは目を覚まさなかった。
怪我のせいで高熱を出して、魘されながら眠っている。
その様子が、かつての組頭を見ているようで、苦しくてたまらなくなり医者に頼んで看病の一部をやらせてもらうことにした。

神様、どうかこの人の目を覚ましてください。他にはなにも、望まないから。

十歳の頃。組頭を見守ることしかできなかった時と同じように心の中で願った。
その日も、朝食を食べ終わると真っ直ぐ医務室へ向かった。医者と交代して、眠ったままの高坂さんの世話をするのも慣れたものだ。

……、うぅ、」
高坂さん?!」
「そん、なもん
「はい!私はここにいます!よかったぁ

本当によかった。
数日間寝ていたからすぐに起き上がれない様子だけど、それでもしっかり受け答えができて安心した。
安心しすぎたせいで腰が抜けて、座り込んだとたんに涙があふれてきた。ギョッとした高坂さんは、痛みを我慢しながら上体を起こして起き上がり、私の涙を拭いてくれた。
自分の身体の方が辛いだろうに、私の事を気遣ってくれた高坂さんの優しさがじんわりと胸を温かくさせた。

「よかったです。高坂さん、いつまでも起きないから」
そうか、相当心配をかけたみたいだな」

涙が止まったら、今度は頭を撫でてくれた。
先ほどまで寝込んでいたとは思えないしっかりとしたやり取りに、本当に大丈夫だったんだと安心が募っていく。

「でもよかったぁ。高坂さんが寝てる間に、栗の季節が終わるかと心配してたんですよ!」
「栗?」

任務前にした約束を言えば、高坂さんはオウム返しで聞き返してきた。さては寝起きだから頭が回ってないんだな。

「この間一緒に行った茶屋で、秋限定で出る饅頭の話したじゃないですか!」
すまない。記憶にない」

記憶を辿るように高坂さんは考え込んでしまった。おかしいな。あの茶屋の団子は高坂さんも気に入って、季節限定の饅頭も期待できると絶賛してたのに。


「──それにしても、これからが夏が本番なのに、栗の話をするのは気が早いんじゃないか?」

食い意地を張っているなと、高坂さんは控えめに笑ったけど、こっちはその一言でそれどころじゃなくなった。

高坂さん、いま、何月何日か分かりますか?」

高坂さんは、何の疑いもなく言った。

「おかしなことを聞くな。眠っていたから日にちは定かではないが──まだ七月にもなっていないだろう?」

頭の中が真っ白になった。
今の季節は九月の半ば、高坂さんが言った月と三カ月もズレている。真面目なこの人が、冗談でそんなウソを言うことがないということは、他でもない私自身が何よりも知っている。

絞っていた手拭いが手から滑り落ちてた。水が跳ねたのもそのままに動けないでいると、高坂さんが眉を顰めた。

高坂さんは、忘れてしまったのか。
最初の蝉が鳴きだしたくらいの、夏の始まりの日の事を。
梅雨が明け、久々のすがすがしい晴れ間を、非番だった私たちは縁側に腰かけて心地の良い風にあたっていた。言葉はなかった。隣に居るだけで、落ち着くから。

最初に手が重なり、次に視線が交わった。
夏の暑さとは違うもので肌を赤らめていたのは、高坂さん。

『尊奈門、私はお前のことが──』

そう伝えてくれたのも、高坂さん。
それが嬉しくて幸せすぎて、抱き着いて答えたのは私だった。

そんな、幸せだった日々を、この人は忘れてしまったというのか。

栗の季節になったらまた一緒に茶屋に行こうと約束したことも、人気のない道なんかでは手を繋いでくれたことも、大好きだと温もりを分け合ったことも、全部。


神様、私は確かに──高坂さんが目を覚ましてくれたら、それ以上は望まないと願いました。
でもこれは、あんまりではないでしょうか……