始まりと終わりの草原

『ニゲラの硝子籠』RPGゲーム風パロ。創作語り風の一つの物語。
⚠︎死ネタ・残酷・ホラー描写あり。鬱展開が非常に多い。傑×朔叶の崩壊と再生の物語。





傑は朔叶のそばにいるとき、以前にも増して過剰なほど触れ合った。常時触れていないと落ち着かなくて、朔叶が少し席を立っただけで静かに取り乱したり、ときには過呼吸に陥ることもあった。
朔叶は即座に治癒魔法をかける。でも効かない。傑の心に必要なのは治癒魔法ではなく、朔叶そのもの。だから朔叶がそっと抱きしめてくれるだけで劇的に落ち着いた。



触れていないと落ち着かない傑でも唯一手を離せるのは朔叶にとっての脅威を追い払うとき、つまり戦いに身を投じているときだけ。
このときは不安よりも「朔叶を守る」という使命感と本能が勝つ。
だが目に見える脅威がいなくなった途端、禁断症状のように傑は身を震わせ朔叶の名前を呼ぶ。
その声は大人の低さと迷子のように幼く弱々しい音が、重なっていてアンバランスだった。



朔叶は精神力がゼロになった者の対処を知識として知っている。それに必要な薬剤の処方や治療法も。精神力というものは戦闘職に限らず、生きる人間全てに適用される値だから当然壊れたあとの対処法は存在する。
だがその知識のどれも傑には当てはまらない。試してみた。
でも傑は朔叶ただ一人を求める。それだけで落ち着いてしまう。


傑は精神力ゼロになってから眠れなくなった。朔叶が見ているときは数分なら眠れる。しかしほんの些細な布擦れで目を開ける。寝れたとしても意識はいつでも覚醒できるように準備している。
プレイヤーや他の仲間に対しても日常的に「眠りは大事だよ」と言い聞かせていた朔叶。そのため不眠対策を傑に施すがやはり効き目は薄い。
でも唯一効果があったのは朔叶の胸元に顔を寄せ、彼の心音を聴きながら眠りについたとき。このときは2時間眠れた。


朔叶と傑が身を置いているのは大きな湖がある、その先の森の奥深く。陽の光は木々の葉の隙間から薄く差し込む程度。寝泊まりし日常生活を送る家は、元々ボロボロの廃屋だった。
それを特殊な精霊(旅で手に入れた精霊を呼ぶための笛)に綺麗に直してもらい、快適な住居環境を手に入れられた。だが問題は食糧。森の出入口は大きな湖を渡った先にしかない。森の中にも果物や木の実がたくさんあるが、それだけでは身が持たない。

そこで特殊な精霊は条件付きで2日に一度食糧と飲み物を提供してくれることになった。その条件とは決められた薬剤を調合すること。又は今までの旅の思い出を一つ話すこと。
その間傑は黙って朔叶のそばにいる。精霊のことは家や食糧のこともあるので敵視していない。だが視界にも入れていない。



精霊は本来人間に対して友好的ではない。むしろ警戒心が強い。だが朔叶は旅の道中で何度も各地の精霊たちを助けた。ワープポイントの精霊や旅をしている精霊、はたまた魔物に捕まっている精霊を救助したこともある。
その報告が集まり、いつしか初対面の精霊も朔叶たち一行には親切だった。その気持ちの現れが笛であり、現在暮らしを支える要となっている。
そしてもう一つ、これは朔叶も傑も知らないことだが、精霊と元から特別仲が良かった水鳥川が「朔叶たちが困ったときは助けてあげてね」と真剣に頼んでいた裏事情がある。


水鳥川が浮遊できたのは魔法によるものではない。体質だった。彼は現代では珍しい精霊の血を継ぐ人間だった。
とはいえ精霊の血はだいぶ薄い。
それでも精霊たちは彼の血と共鳴した。
彼の普通の人間よりも視野が広い世界の見方に共感した。




傑は朔叶の心音を聴きながら、という条件なら最低でも4時間は眠れるようになった。精神力が正常だったときは8時間寝ていたからまだまだ足りない。だがほんの数分しか眠れなかったことを考えれば4時間は大きかった。
朔叶も傑を胸に抱き寄せて眠る習慣がついた。だがたまに不意に込められた力強さで目を覚ます。
見れば額に汗を浮かべながら苦しそうに呻く傑。目はキツく閉じられたまま。おそらく悪夢を見ているのだろう。
朔叶はそっと背中や頭を撫でる。そうすると徐々に様子が落ち着き、再び静かな寝息に戻った。



傑にとって朔叶はもはや自分の半身のようなものだった。だから少しでも離れるとバランスを崩して倒れそうになる。それが怖くて必死に縋る。




プレイヤー、久東、瀬那の3人しかいなくなったパーティーは極端に火力が高かった。プレイヤーは元々アタッカー寄りの性能。久東も同じく。そして本来はサポーターの瀬那が久東と同等、もしくはそれ以上の火力を有していた。

瀬那はひと息ついた瞬間に最後に草原で見た傑と、朔叶と出会ったばかりの傑の表情が脳裏によぎる。同一人物かと疑うほどに表情も雰囲気も真逆。
しかし共通点は見ている先が朔叶一人だということ。
いったいどこで間違えたんだろうなと思うが、きっと傑にとって間違ったなんて一度も思っていないだろう。