始まりと終わりの草原

『ニゲラの硝子籠』RPGゲーム風パロ。創作語り風の一つの物語。
⚠︎死ネタ・残酷・ホラー描写あり。鬱展開が非常に多い。傑×朔叶の崩壊と再生の物語。





傑の過去。
傑は昔死にかけているところを通りすがりの朔叶に助けてもらった。
当時の朔叶は見習いで治癒魔法は初歩段階のものしか使えなかった。それでもMPを使い果たす勢いで必死に重ねがけしていった。傑のHPは全体の1割程度しか回復しない。でもその1割が大きくて彼にとっては救いだった。
それから傑は恩返しをしたいと朔叶と行動を共にするようになった。


傑と昔馴染みの瀬那は、朔叶と行動を共にするようになった傑を見て目を瞬かせた。穏やかで優しい目つきに声音。あれは確か今まで自分の妹以外に向けたことはないはず。昔馴染みの瀬那にすら向けたことがないものを、出会って一ヶ月も経っていない赤の他人に、惜しみなく向けている。とても珍しい光景だった。



死亡した水鳥川を見下ろしているときの傑を見た瀬那は同時に、草原の奥から朔叶の泣き声も微かに聞き取っていた。(こいつがこんな表情をしているのは朔叶が泣いているからか)そう理解した瀬那は疲れたような曖昧な笑みをわずかに浮かべた。




傑には妹が2人いる。いや正確には「いた」。朔叶と出会う少し前に妹たちは自国の戦争に巻き込まれて亡くなった。傑は少し離れた場所にいた。ほんの少し目を離した隙に2人分の命を奪われた。

それからの傑は自暴自棄になった。だから朔叶と出会ったときには死にかけていた。むしろそのまま死にたかった。死んで妹たちに会って謝罪したかった。もしくは地獄に堕ちて消えない後悔を背負いたかった。
なのに朔叶の初歩的な治癒魔法が全て上書きしてしまった。


命を救われた傑は朔叶を探しに向かう。朔叶はまだ無名の治癒魔法使いの卵。そのため人伝では見つからないし、そもそもどこの国出身なのかも分からない。
半ば途方に暮れていたとき、ようやく見つけた。草原の木陰で休憩していた朔叶の元へ傑は歩み寄る。

……この草原は皮肉にも後に水鳥川が死に、朔叶が泣き、傑が壊れた草原と全く同じ場所だった。




朔叶の過去。
朔叶は幼い頃、両親を失った。流行病で亡くなったらしい。
それから隣の穏やかで優しい家族に引き取られたが、幼少期から繊細で遠慮がちな朔叶には緊張が解けない日々だった。
そんな彼は10歳で無断で家を出ていくことにした。生きていくあてはない。でもずっとここにいると自分が壊れてしまう。それだけは分かった。
だが出ていこうとする朔叶を引き止めたのは彼と同い年の少女。彼女は朔叶を説得しようとしたが、彼の意志が固いことを悟ると一冊の白い本を持たせてきた。治癒魔法の基礎教科書。元々は少女のもの。
だがそれを惜しみなく朔叶に与えてくれた。
そして彼女は優しく微笑んで「行ってらっしゃい」と背中を押してくれた。



朔叶と行動を共にするようになった傑は、朔叶の繊細さと突拍子もない無茶な行動に、ハラハラする日々がしばらく続いた。傑は元々面倒見のいい兄だったから、突っ走ろうとする朔叶を止めたりときには叱ったり、体調を崩したら丁寧に看病もした。
最初朔叶は慣れなかった。今まで気を張りつめて一人で生きてきたから、他人の善意にどう反応していいか分からなかった。
でも傑は「ありがとう」と言われなくても気にしなかった。そもそも見返りを求めての行動ではなかったから。




それから数年の時が流れ、2人は恋人にも等しい距離感が日常的になっていた。しかし彼ら曰く「恋人じゃない」とのこと。手は当たり前のように繋いでる上に簡単に外れないよう指を絡めている。
そして人目に触れない物陰ではこっそり口付けを行う。傑の魔力を朔叶の状態異常耐性の向上に役立てているだけ、と言うが、義務的なものだったら朔叶は無反応なはず。
なのに彼は顔を赤らめている。傑は「熱か?」と体温を測ろうと額に伸ばした手を「違う……!」さっと振り払う朔叶。
朔叶は何となく恋心みたいなものを自覚していたが、傑は本気で分かっておらず朔叶の具合を心配し続けるというズレた見方をしていた。



傑自身が恋心を自覚したのは久東に指摘されてから。そのときは久東への反抗心で即座に否定したが、その後も心の中で引っかかり続け、昔馴染みである瀬那に問う。瀬那は「俺に聞くな」と言いつつ、朔叶と傑の関係を客観的な視点で分析を始め、それを傑自身に聞かせる。


傑は己の恋を自覚するまで異様に鈍感だったが、恋が何なのか、何をするのかは知っている。
それからは朔叶に意識的に距離を詰めてみる。触れ合う回数を増やし、口付けを深くしてみる。
すると朔叶は顔を赤らめつつも嫌がらなかった。むしろ縋ってきた。
言葉ではツンとしていたが、行動は大人しくて素直。



プレイヤーと出会うのはこのあと。朔叶は簡単な素材クエストをしに単独で洞窟へ向かった。傑は別の魔物退治のクエストを行っていた。そして指定の場所で待ち合わせて一緒に帰ろうと約束していた。
だが朔叶はなかなか帰ってこなかった。傑は嫌な予感を覚え、事前に教えてもらっていた洞窟へ向かった。その最深部に朔叶と、そのすぐ隣にいる見知らぬ者(プレイヤー)。傑は考えるよりも先に盾を構えて戦闘に入った。見ただけで分かる。相手はまだ戦い慣れしていない素人だということを。でも容赦しない。朔叶にとって危険な存在かもしれないから。
しかしそれは途中で朔叶の防御魔法で強制的に止められる。傑は反射的に盾を下ろし朔叶を見る。プレイヤーも困惑した様子でつられて朔叶を見る。
その後何やかんやあってプレイヤーの旅に同行することになる。
……傑は朔叶について行くという名目で。



傑はプレイヤーを最初から好意的に見ていなかった。一応味方として行動しているため、初対面のときのように攻撃もしたければ敵意も見せない。だが信用はしなかった。プレイヤーがこちらの好感度を上げようとアプローチしてることも分かっていたが応えなかった。傑にとって興味あるのは朔叶一人だから。

朔叶がプレイヤーと話して笑っていると、胸を刺されたような衝撃があった。ちくり、どころか、グサリと容赦なく刺さるような明確な痛み。プレイヤーと会う前まではここまでじゃなかった。

何度か朔叶を連れてどこかで遭難したフリして行方をくらまそうと思った。しかし繊細な朔叶を振り回して疲弊させるのだけは嫌だった。
だが精神力がゼロになったとき、そうも言ってられなくなり、問答無用で朔叶の手を引き遠くへ歩き出した。




朔叶はワープポイントの精霊に言われたことがある。「あなたの大切な人、いつかあなたを壊す人になるかもしれない」と。
朔叶は否定しようとしたが、その前に傑が朔叶を抱き寄せた。そして精霊を暗く睨みつける。精霊は口を閉ざし何も言葉を発さなくなった。
このとき傑は精霊を殺そうと思えば殺せた。でも何もしなかったのはまだ理性が多く積み上がってた証拠。



生きている頃の水鳥川はプレイヤーや他の仲間、特に朔叶と話をすることはあっても、傑と会話することはほぼ無かった。名前を呼び合った確かな記憶も互いに薄い。
しかし互いによく視線だけは交わしていた。



あの草原での壮絶な追いかけっこ、実は終盤には調月だけがその場にいなかった。捕まったのではない。逃げたのだ。プレイヤーと久東が苦戦している最中に。
元々調月はあの場では戦力外だった。それを誰よりも本人が痛感していた。しかし彼は責任感が強い。逃げたくても逃げられなかった。
だがそんな彼に逃げ道を作ったのは満身創痍に近い瀬那だった。

しかし調月はこのあとパーティーメンバーから脱退する。生きてはいる。精神力もギリギリ保っている。
だがパーティーに留まり続ければ壊れる自覚だけはあった。何故なら瀬那が逃がしてくれたとはいえ、一人で逃げた事実は変わらない。それを抱えながら再び戦闘に向かう勇気は無かった。
そしてそれ以上に草原という場所がトラウマになってしまったのだ。

そのためパーティーメンバーはプレイヤー、久東、瀬那の3人だけとなる。ここで前に言っていた瀬那の攻撃力を上げて通常攻撃の火力を上げる戦い方が必要になる。