柘榴つくも
2025-12-15 15:45:17
10302文字
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【SS R15】無銘の夜に、千年を注ぐ

強欲の悪魔 業右衛門のとある一夜の物語 業右衛門×幻韶朧の軽めのR15



静かな開店前のBAR SINVII。
まだ客も入らず、酒瓶の整理を終えたレヴェイルは小休止しょうきゅうしのために溜息ためいきをついていた。

その静寂せいじゃくを切り裂いたのは――

ガコッ!!

豪快ごうかいな音と共に酒樽さかだるふたが空中を飛んでいった。

……今度はそこか」

レヴェイルの溜息ためいきはもはやあきれを通り越しあきらめに近い。
空樽からだるの中から、さんの文字がきざまれた右手がぬっと現れる。

「どっこら、せっとォ」

異次元空間のSINVIIへとつながる穴は“店の樽”にひもづけしていたらしい。

「ゴウ。どこから出るのもお前の勝手だが……店の備品びひん丁重ていちょうあつかってくれ」

レヴェイルは眉間みけんを押さえながら注意する。
そこへ色欲の悪魔フィンリーが小動物のように近寄ってきた。

……スンスン……

業右衛門の体に鼻先を寄せ、まるで子犬のように匂いをぎ始める。

「フィンぼう、近けぇ近けぇ」
美味おいしいにおいがする」

フィンリーは真顔で言った。

業右衛門は肩をすくめ、

「そりゃァ、ちと商談の付き合いで飲んでいやして」

と当たりさわりのない返事を返す。

して、レヴィの旦那。例の仕入しいれでさァ――
 いつものかくよりも大奮発だいふんぱつしてもらいやしてね」

業右衛門は、異次元トランクの奥から一本の酒瓶を取り出し、
カウンターの上へと静かに置いた。

瓶は派手さのない黒。
装飾そうしょくも、めいしるしたふだもない。
あるのは封蝋ふうろうの深い色と、近づいただけで“時間”を感じさせるあつだけ。

それを見た瞬間、フィンリーが反射的に身を乗り出した。

……っ!これ……これ、なに……
千年酒っぽいけど名前、ない……よね?」

酒に最も正直な悪魔は、“かく”だけをぎ取り、“正体”にだけ首をかしげていた。

それを見て、業右衛門はへらりと笑う。

「さすがフィンぼう、鼻がく。」

そして、軽く瓶を指で叩く。

「こいつはな――無銘千載むめいせんざい》」

その名を聞いた瞬間、カウンターの向こうでレヴェイルが、言葉を失った。

……無銘むめい、だと?」
「へい。めいを持たねぇのが銘柄めいがら
名付けた時点で、千年の価値ががれちまうってェ~代物しろものでさァ」

フィンリーは、瓶に顔を近づけるが、触れようとはしない。

……匂いが、静か……
甘くもないし、辛くもない……なのに、奥が……深い」

業右衛門はうなずく。

「一口目はな、水みてぇに拍子抜ひょうしぬけする」
「え……?」
「だが二口目で、舌の奥から“昔”が返ってくる。三口目で、飲み手の時間を引きずり出す」

レヴェイルは、のどらした。

……つまり」
「酒の味が、飲む側で変わるってわけでさァ。
千年分、誰の時間か分からねェもんを抱え込んでる」

沈黙ちんもくが落ちる。

フィンリーは小さく息を吸い、ぽつりと呟いた。

……飲んだら、戻れなくなるやつだ」

「裏の裏までえぐっても手に入らん。今回ゃ、色付いろつきで出してもらいやした」

レヴェイルは、しばらく瓶を見つめ、ゆっくりと息をいた。

……ゴウ。これは“仕入しいれ”のいきえている」
あぁーだから美味しい“コト”してきた匂いがするんだ、ずるいやゴエー」

フィンリーがじっと業右衛門を見上げて言い放った。

「求められりゃこたえる。
あっしはいつも通り――客の要望にこたえただけでさァ」

そう言って業右衛門は、いつものようにじっとりと笑った。

酒樽さかだるの匂い、残された異界の気配、肌にまと余熱よねつ
誰より贅沢ぜいたくで、誰より孤独な女王が残した“余韻よいん”だけが、まだかすかに彼の身体からだ宿やどっていた。

だが本人は、それをほこるでも隠すでもない。
商人として、悪魔として、ただ求められた役目をたしただけ。
――この男の心は、いつだって欲の天秤てんびんの上で静かにれている。


    ―――無銘の夜に、千年を注ぐ【完】