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柘榴つくも
2025-12-15 15:45:17
10302文字
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SS
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【SS R15】無銘の夜に、千年を注ぐ
強欲の悪魔 業右衛門のとある一夜の物語 業右衛門×幻韶朧の軽めのR15
1
2
3
4
5
奥間
おくま
は、外の時間から切り離されたように静まり返っていた。
灯
ともしび
の揺らぎと
香
こう
の煙だけが、ここが現実だと告げている。
「なるほどねぇ
……
事情はわかった」
紫煙
しえん
がひとすじ、薄暗い空間に溶けていく。
その女こそが、
幽世
かくりよ
の
朧
おぼろ
――
名を
幻韶朧
ファンシャオロン
と呼ばれる、不死の女。
けだるげに
煙管
キセル
をくゆらせながら、
彼女は
肘掛
ひじか
けに身を預け、業右衛門を見下ろすように笑った。
その目は細く、しかし底が見えないほど深い。
「
……
けど、わざわざここまで来ることなんかなかっただろうに」
天井に
昇
のぼ
る煙を目で追いながら、少し考える
素振
そぶ
りを見せる。
「お前んとこの
…
ギャンギャン吠える犬。
──えぇと
…
なんて言ったっけね
…
」
業右衛門は
即座
そくざ
に察して、口を
挟
はさ
む。
「
憤怒
ふんど
のオルクスですかィ」
「そう。
憤怒
ふんど
のボウヤ。
あいつのシマに、みかじめむしってる
酒造所
しゅぞうじょ
があるだろ?」
韶朧
シャオロン
は
艶
つや
のある真っ直ぐな黒髪を指で
弄
もてあそ
び、
天を
仰
あお
いでいた視線を、ゆっくりと目の前の
狐
キツネ
へ戻した。
「そこから回せば済む話じゃないのかい?」
業右衛門は肩をすくめ、
苦笑
くしょう
混
ま
じりに息を
吐
は
いた。
「“お
忍
しの
び”なんて言葉が出る時点で、
察
さっ
しはつきやすくてね。
表
おもて
も裏も顔が
利
き
く連中じゃなきゃ、そんな
会合
かいごう
は開けやしやせん」
指でモノクルの
縁
ふち
をくいっと押し上げる。
「オルクスの旦那ん所の酒は、強ぇ。
けど荒い。匂いも主張も、どうしたって“縄張り”の色が出やすい」
「お
忍
しの
び相手にゃ、少々うるさすぎるってか」
「へい。連中は舌も鼻も
鋭
するで
ぇ。
どこの息が掛かってる酒か、
嗅
か
いだ瞬間に
悟
さと
られちまう」
韶朧
シャオロン
は面白そうに喉を鳴らす。
「じゃあ、あいつに頼むって手も
捨
す
てたのは?」
業右衛門は
一拍
いっぱく
置いてから、にやりと笑った。
「頼めば、代わりに“差し入れ”を
要求
ようきゅう
されやすからねぇ。
あの旦那を満足させる
代物
しろもの
となると
……
結局、同じくらい骨が折れる」
「ふふ。
強欲
ごうよく
も楽じゃない」
「でやしたら最初から、
格
かく
のいいところで、
格
かく
のいい酒を頂いたほうが
早
はえ
ェ」
そう言って、業右衛門は深く頭を下げた。
「
——
それで、ここへ参りやした次第で。
幽世
かくりよ
の
朧
おぼろ
さまの
蔵
くら
なら、
文句
もんく
をつける舌は、この世にありやせんから」
韶朧
シャオロン
はしばし
沈黙
ちんもく
し、やがて煙を細く
吐
は
き出して笑った。
「まったく
……
相変わらず、
理屈
りくつ
だけはよく回る
狐
きつね
だよ」
黒髪をクルクルと
弄
もてあそ
んでいたその指が、ふと止まる。
「
……
ところで
強欲
ごうよく
」
声色
こわいろ
だけが、ほんの少し低くなった。
「お前またわらわの
壺
つぼ
に“
印
ツバ
”つけてやがったね」
きつくはないが、低く、
芯
しん
を刺すような声。
業右衛門は悪びれるも無く、いつものへらりとした笑みを浮かべた。
「いやァね、姫さん。
あっしが今しがた出てきたのは
――
前に来た
折
おり
、
念
ねん
のために残しておいた
“印”
座標登録
でさァ。
わざわざ探して歩くのが
性
しょう
に合わねぇもんで。
欲しい時に、欲しい場所へ。
一度足つけたところは、次も楽に行けるようにしとく。
…
それだけの話でさァ」
韶朧
シャオロン
は細く目を
眇
すが
めたまま、鼻で笑う。
「その
印
しるし
が、毎度毎度、
壺
つぼ
やら
棺
ひつぎ
やら宝箱やら
……
よりにもよって、“ツバつける先”が趣味悪い」
煙管
キセル
の火を、灰皿に軽く落とす。
「
湯殿
ゆどの
の
桶
おけ
に登録してあった時は、本気で殺そうかと思ったわ」
「あれには
流石
さすが
に、あっしも“そこに置かれる”とは
想定外
そうていがい
でしてね」
「次にやったらトランクごと消し
炭
ズミ
にしてやる」
声音
こわね
は軽い。
だが、冗談で済ませる気がないことだけは、はっきりと伝わった。
「はは
……
そりゃぁ、商売道具を失っちゃ身も
蓋
ふた
もありやせんや」
業右衛門は笑って応じながらも、
内心
ないしん
で“次はない”と、きっちり線を引く。
韶朧
シャオロン
はそれ以上追及せず椅子にもたれたまま、
片手をそっと上げ、
控
ひか
えていた
手下
てした
に視線を送った。
傍
そば
に
控
ひか
えていた手下はすぐに反応し、瓶を抱えてひとつ、またひとつと慎重にテーブルへ置いていく。
こうして、静かに三本の瓶が並べられた。
一本は、氷のように
澄
す
み切った透明な酒
――
《
霜露
そうろ
》。
一本は、金色の
花弁
はなびら
が瓶底に沈む、淡く甘い光を帯びた酒
――
《
金華
きんか
》。
そしてもう一本。魔界の火山で
熟成
じゅくせい
された、燃えるような赤を
宿
やど
す
――
《
焔蘭酒
えんらんしゅ
》。
業右衛門はまず
霜露
そうろ
を口に含む。
氷のように
清冽
せいれつ
で、
舌先
したさき
に軽い
鋭
するど
さが走る。
「
……
ほぉ、これはすっきりとした酒で」
「だいたいは、
喉
のど
を
滑
すべ
る瞬間の
鮮烈
せんれつ
さを
重視
じゅうし
しているのさ」
韶朧
シャオロン
の声は
淡
あわ
く、しかし
揺
ゆ
るぎない。
続いて
金華
きんか
を味見する。
金色の
花弁
はなびら
が
揺
ゆ
れるたびに香りがふわりと広がり、甘みが後から追いかけてくる。
「
……
うん、これは舌に残る
余韻
よいん
が長ェな」
「飲む者の感覚をゆっくりと開かせる、そういう
仕立
した
てだ」
そして最後に、
焔蘭酒
えんらんしゅ
。
韶朧
シャオロン
は封を切り、グラスに
注
そそ
ぐ。
香りは強いが、味の奥にしっとりとした
濃密
のうみつ
さが
潜
ひそ
んでいる。
業右衛門は一口
含
ふく
み、舌に乗る刺激と甘さのバランスを確かめた。
「ほぉ
……
これはまた
大胆
だいたん
な酒で」
「わらわが裏で扱うのは、だいたいが“強い欲”を刺激する品だ。
この
焔蘭酒
えんらんしゅ
は飲む者の本能をちょっとだけ
揺
ゆ
らす」
「
……
商談で飲むにゃ危険じゃありやせんかい」
「強欲の悪魔に心を
揺
ゆ
らす酒なんて、この世にそうそうないだろ」
言葉の裏に、千年を生きた者の
余裕
よゆう
が
透
す
ける。
業右衛門は軽く笑ってグラスを置いた。
酒が少し回ったころ、部屋に静かな気配が落ちる。
「姫さんよ。体のほう
……
今日は少しだけ、影が濃く見える」
韶朧
シャオロン
は眉をひそめた。
「
……
あんた、そういう
勘
かん
の良さだけは昔から変わらないねぇ。
呪符
じゅふ
の
縛
しば
りは
永続
えいぞく
。
本来
ほんらい
の力の
三割
さんわり
しか出せないんだ。
それが千年近く続けば、そりゃ身体も
軋
きし
むさ」
「言っときますが、同情じゃありやせん。商売相手の“体調”は、
死活問題
しかつもんだい
なんでね」
「ふふ
……
わかってるよ」
一度 目を
伏
ふ
せた彼女の横顔に、長い年月が薄く重なる影が見えた。
業右衛門はそれ以上踏み込まない。ただグラスを二人の間に置き
直
なお
すだけ。
沈黙
ちんもく
は重くはなく、どこか“
慣
な
れ
親
した
しんだ静けさ”だった。
杯
さかずき
が進むにつれ、空気は少しずつ柔らかくほどけていく。
韶朧
シャオロン
が髪を揺らすたび、酒の香りと混じって甘い匂いが
漂
ただよ
う。
「
……
強欲。
わらわの酒を、あんたほど“正しく”飲むやつは
珍
めずら
しいよ」
業右衛門は鼻で笑った。
「そりゃ仕事ですんで。
だが
……
貴女
きじょ
が
扱
あつか
う
品
しな
が“強い欲”と
関
かか
わる分、
姫さん自身の機嫌も味も、全部影響する。今日は
……
少しだけ、
甘
あめ
ェ」
韶朧
シャオロン
はわずかに目を細めた。
「甘い? わらわが?」
「えぇ、千年生きた女の“気まぐれな夜”の味が、少し」
その言葉に、
韶朧
シャオロン
はゆるやかに口元を
緩
ゆる
め、視線だけで業右衛門を
評
ひょう
した。
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