せいたろ(sitr)
2025-11-29 20:41:30
27833文字
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れんげの花冠

(前作:花のさきがけ https://privatter.me/page/688371dcd5071)
後輩へ「色」を教えることに悩む仙蔵の根底。
一泊二日 https://privatter.me/page/683f36e692c61 の対

仙綾仙 伊仙伊 仙綾伊
※どの組み合わせも交際していません
※私刑を推奨するものではありません
※成人による未成年者への性的接触や拘束、略取を推奨するものではありません
※過去回想:モブ仙
※過去一式捏造です。

転載•改変禁止

目を覚ますと六い部屋で、日常が続いていると気付く。
昨晩は伊作と出先でうどんを食べて帰ってきて、文次郎は珍しく部屋にいた。外出のお土産を渡して、少し世間話をして、寝支度をした。気持ちよく布団に入った。私の顔つきが良い、と、文次郎は嬉しそうだった。
少し長い夢を見た。
入学するよりも前の、本当に幼い頃の記憶。お祝いをする夢だった。
夢を反芻する。私の中に淀んでいるもの。話さないこと。私の根底。

正月だ、節句だと何かにつけて家族を祝う家だった。乳児のうちに死んだこどもが私の上にいた。誕生日も毎年祝ったが、武家や商家でなければ誕生日は祝わないと学園で知って驚いた。
誕生日はごちそうが多く出て楽しかった。七つのときに着袴の儀があり、その話は小平太には通じたが他の者はやらないと言っていた。幼児から、ひとつ一人前扱いにされる日。家族に祝われて幸せな日だった。さっき夢で見たのはその光景だった。

分家に輿入れが続いた時期があった。立花家は本家に強固な主導権があり、私が籍を置く分家筋は女家系で、私は多くの女性に囲まれた幼少期を過ごした。すぐ上の姉君も、従姉妹たちも、女性ばかりだった。男はどうしてか病気になりやすいのに、女たちはみな健康で子を多く産む者が多かった。
結婚は、言祝ぎの嵐だ。おめでとう、良かったね、幸せにおなり。輝いて、真っ白で、無垢で、あたたかかった。白い布切れを被ってお嫁さんごっこをしたものだ。私は男だったために旦那様役を多くやったが、たまに交換をしたときは心が跳ね回る気持ちだった。
みんなが喜んでいる。
みんなが褒めてくれる。
みんなが大切にしてくれる。
姉君たちは皆、父母に感謝していた。良いところへお嫁に行ったと思う。仙蔵はどんな大人になるのかな、そう問われて、心の奥の奥に『お嫁さん』を考えた事もあったほどだ。

あるとき良い縁談が決まって、私の父母はそこで隠居をすることになった。お前はどうしたいと九歳で尋ねられて、当時本を読むのがとびきりの娯楽であった私は『もっと学びたい』とねだった。
そうかそうか、利発で良い子だ、将来は偉いお坊さんか軍師様だと誉めそやされた。
お嫁にゆく姉君が私の頭を撫でて、いいね、良かったね、と繰り返した。これだけ褒められるのだから私は良い選択をしたのだと自慢に思った。あの時目を赤くしていた姉君がどのような心情だったか、今なら考えようはあるが、当時はまるでわからなかった。
広く知見を得るならばと、忍術学園が候補に上がった。親があの歳で『忍の務めること』の概要を知らぬはずがない。蝶よ華よと美しく育てた娘たちの中の、小柄な男。私はきっと、邪魔になってしまったのだ。父母たちの務めは『本家を引き立てる、結婚の装置たる分家』であり、数少ない従兄弟たちは出家していた。
『仙』の字は、いずれ都合がついたら山に入るというしるしだったのだろう。
姉君の旦那様が出してくれた学費をあとあと断ることなどできず、晴れやかに送り出された十歳の春が、私の実家との今生の別れになった。
畳まれた分家。
帰省の約束のために書いた手紙に『実家はもう綺麗にした』と返事があり、見に行くと更地になっていた。季節の花を摘んだ庭先は平たく均されていた。私が帰る家はもうどこにもなく、私はどうにかして学園卒業の年には一人で身を立てなければならないと、十歳の夏にようやく理解した。
初めての夏休みで泊まらせていただいた姉君の旦那様の家は、私の父母が座っていても他人の家だった。

その、孤独の先に、学園で先輩に犯された。
こんなに酷い扱いではなかろうが、姉君たちは祝福されて家を出て、迎えられた先でこれをするのか、と、ひどく冷たい気持ちになった。麗しい、春の花のようだった姉君たち。白無垢はきっと、誰の手垢もついていないことの証明なのだ。白い布に垂れた墨は、どうしたってさらぴんの白色までは洗い流せない。
私の身体に真っ黒い澱んだものが注がれて、それがじくじくと染み出して腐る悪夢を何度と見た。
犯された日と全く同じように乱暴されて、次にどう殴られるかわかっているのに逃げられない夢も、同じ数見た。
しかし姉君から、可愛い我が子が幾つになったと便りがくる。あの時泣いていた貴女は、私が進路を選んで、輿入れの関係ない人生へ進むことを恨めしく見ていたのではないのか?
たまに会う姉君たちは幸福そうに幼子を抱いており、母の顔をするようになった。私は取り返しのつかない汚れを得て、女の顔なのだから女の役目をしろ、お前の尻はぼぼだ、よく締めて孕んでみせろと虐められ、そのことへの嫌悪感が止まなかった。

子も孕めず、男としても足らず、さらぴんの白色にも戻れず、
汚い、弱い、泥だらけの私が、惨めで仕方なかった。
誰にも知られず、誰よりも学んで、誰よりも真っ直ぐに立つより、
他に何も無かったのだ。

・・・

「座学は終わってるんだっけ?」
「はい。五車の術と変装術に絡めて、どのように懐へ入るのかという議題で……
食堂に行くと、伊作と喜八郎が並んで座って、概ね食べ終わった定食を前に話していた。伊作がものを教える時の先輩の顔をしている。いい距離感だ。喜八郎も、先輩に師事する後輩の顔をしている。私といるよりもほんの少しだけ畏まっている。

「こんな所で聞き取りか?」
二人の卓に、定食を持っていってついた。
「立花先輩。」
「授業でやったところ、僕が四年生の時と同じかなぁって。」
「おんなじでしたね。二年ほどでは変わらないようでした。」
食べ終えた二人が話すのを聞きながら食事を摂る。
「今夜か、明日かな。明後日は忍務で出かけるんだ。」
「では明日だとどうでしょう。立花先輩。」
急に話が進んで内心驚く。
「明日、大丈夫だ。」
「じゃあ、きまり。」
「しておくことはありますか?」
「うーん……。一刻以内に排便があると楽かなあ。」
喜八郎は感心した様子で伊作の顔を見る。
「そこまで調整されるのですか。」
「においとか気になっちゃうし、実際そこまで頑張らなきゃいけないときって偉い人相手だったりもするからね。」
喜八郎は瞬いて、固まってしまう。
「お殿様、とか……
「もっと手前の方が多いよ。」
それは、そうだ。『城に忍び込むための情報収集』となる方が多かろう。大きい街で大きい城ならば、仕入れを任されている商家や付き合いの深そうな豪族に取り入ることになる。
……汚れ仕事ですねぇ。」
「そうだよ。でも効くんだ。だから、手札にあった方が……忍としては、いいかな。」
「忍軍ではくノ一が務めるとも聞きますが。」
「孕ってしまうと年単位で動けなくなったり死んだりするからね。それを率先して実施するくノ一は死間だけなんだ。」
優しいいつもの声で、食堂で、伊作は知識の一つとして、命の話をする。真剣な喜八郎の瞳が、妙に嬉しい。委員会の、い組の、可愛い後輩。知識欲をくすぐられている。授業で使う教本には、今の話は無かったはずだ。
「男って汚いし、狡いです。」
「僕も思ったことある。同じ男なのにね。」
笑った伊作の瞳は、どこか哀しそうな気がした。
「明日使うものを渡したいから、喜八郎は医務室へ一緒に来てほしいな。仙蔵が食べ終わったら行こう。」
「!……少し待て、急いで食べる。」
急な申し出だが、八割食べ終えたところだった。香の物を口に放り込み、味噌汁椀を呷る。三人、定食の角盆を持って立ち上がった。
「今日も美味しかったです!」
「ごちそうさまでした。」
「ご馳走様。いつもありがとうございます。」
食堂のおばちゃんが食器を洗いながら、おそまつさま、と顔を上げてくれる。食堂を出て、医務室に向かう。
私と伊作が並んで、少し後ろを喜八郎がついてくる。
天気がこれから変わりそうな話をしながら、医務室へはすぐに到着した。縁側の少し先に三反田和馬がいて、干した薬草を仕分けしている。当番がてらの雑務なのだろう。伊作が手を振ると、ぺこりと頭を下げてくれた。三人で医務室に入る。
「明日の朝食のあと、これを飲んで。便秘用の薬だけど、いい時間にもよおせると思う。昼食のあとから夕方にかけては固形物を食べないでほしい。手が震えるとか脱力感があれば、少しずつこれを舐めて。」
伊作は粉薬を一包と、蓋付きの小壺を渡す。小壺の中身は水飴らしい。
「それから、これは潤滑剤。ぬるま湯か唾液を染み込ませると、良く滑る液薬になる。催淫効果ありが桃色、無しが白。」
帯状の端切れを見せてくれる。幅は指二本、長さは手のひらほど。
「実用化したのか。」
「まあ、便利かなぁって。」
伊作の優しい知的好奇心にほっとする。
性欲が基準となり得る物に対しても、『誰かの身体が楽であれ』という祈りを感じる。知見。素直さ。奉仕の精神。伊作は私に、穏やかに微笑みかける。これを私たちは使ったことがあるが、遊びに留めず、高学年生の学びの道具として控えてくれたのか。
「最近できた物なのですか?」
「そう。海藻をいじっていて思いついたんだ。携帯性もいい。けど普通は、滑りをよくするなら油を使うかな。それも見る?」
棚から出してくれた小壺に『丁子油』と小さな紙が貼られている。蓋を開けて嗅がせてくれた。
「これ、用具の手入れにも使いますね。」
「忍刀を研いだ時の仕上げに塗ったり……黒鉄の錆止めにするね。あれと同じ物だよ。」
興味深く見つめる、伏した喜八郎の眼差し。
「刀と、鞘……
怯えた様子も、不安げな感じもない。妙な期待も抱いていない、喜八郎の真面目な顔つき。
『お慕いしている』などと言われた時はどうしようかと思ったが、学園に所属する忍たまの本分を再認識したようだ。あの時断って良かったし、今、伊作がいてくれて良かった。
「使うのはどれでも構いませんし、全部試すことにも興味はあります。善法寺先輩と立花先輩が考える指導で、よろしくお願いします。」
「わかった、仙蔵と話しておくよ。」
受け取った薬包と小壺を手に、喜八郎は医務室を出て行った。

ふう、と、伊作が一息つく。
……変じゃなかったかな?」
「良かったと思うぞ。感心した。先輩らしいし、落ち着いていた。」
「なら良かった。……僕と仙蔵で色の課題やったのを知ってて、っていうのと、授業でさわりを話されて、他の五〜六年生に頼む想像ができなくて焦ってたみたい。」
「色事に関しては、変な奴はいないと思うがな……
「僕らだって、四年の時はどうしよう〜ってなったじゃないか。
「伊作はどうしたんだ?」
「僕は委員会の先輩に頼んで課題提出したよ。仙蔵は?」
ふむ、と少し考えたが、答えてもいいか、と思い直した。
「私は文次郎と課題をやった。私が女役をやって、二人で実施内容を書いて提出したよ。」
ほんの少しの間が開く。
「同級生でも良かったんだ。」
「年下と教員が選定不可、だったと思うぞ。」
……留三郎ってどうしたんだろう。」
ずっと生娘じみた反応をする留三郎の初夜の行方は、この場ではわからなかった。あまり掘り下げるのも野暮だと思って、どうだろうな、と軽く返しておいた。
「仙蔵の……十歳のときの話って、聞けないかな?」
そろっと、視線は遠慮がちだ。
「いいよ。」
ほっと緩む。
「お前の話を知ったし、私の話も、もう少し話したいと思っていた。聞きたくないのではないかと思って言いあぐねていたが、この機会だな。」
「二人で話したいよね。急いで……外泊届を出す?」
やっぱり、繊細に扱ってくれる。伊作は色事の線引きが綺麗だ。
「いや、……今の時期は予算の再計算をしているから、文次郎は恐らくは長屋に夜中帰ってこない。帰ってきても、……まあ、文次郎なら、私は構わない。私の部屋においで。」
「じゃあ、夜話そう。寝支度が済んだら行くよ。」
ここでさらっと話してしまっても良いと思ったが、下級生たちが騒ぎながら歩いてくるのが聞こえた。
「すみません!トゲ抜きお借りできますか?」
すらっと引き戸が開く。浜守一郎が、指先を気にした様子で入ってきた。
「どれどれ?診てあげよう。」
伊作はすぐに保健委員長の顔になり、棚へ向いて治療器具を取り出しにかかる。
「私は調べ物をしてくるよ。」
「また今夜。」
微笑む伊作に会釈をして、医務室を後にした。

医務室を出てからは、私は図書室で本を読んで過ごした。同室で連れ立ってやるような演習も授業も今日は無くて、近く六年で実施する忍務のために近隣の地図を点検した。
六ろ組は忍務で出払っているし、文次郎は委員会で忙しい。六は組は教員からの指導がある日で、二人とも教室だ。皆より先回って下地をまとめておきたかった。必要な地図を見直し、要点を別紙に写す。
ふと目についた、仏教資料を手に取った。ぱらぱら捲り、目当ての項目を探す。
稚児灌頂。稚児は儀式を経て、菩薩をその身に降ろす。僧侶を癒す、菩薩の写し身。慈悲深い観音菩薩の体現。不淫戒を守る男のくもりを晴らすのだという。

『稚児物』と呼ばれる物語や絵巻を見たことがある。私が見た絵巻は、想いを通じ合った坊主と稚児の恋愛模様が儚く描かれていた。稚児は悲劇の死を遂げ、坊主は悲しみの中悟りを開く。
片田舎で幅を効かせる坊主。まつりごと。八歳の身体を菩薩の代わりに捧げさせられていた。私が着袴などと親に成長を祝福された時期とさして変わらないその頃、伊作は生活を対価に身体を開かれていたのだ。
宗教観が深い物からしたら、そうなのだろう。祈る仏と、その伝導たる坊主たちにとっても、当然の世界なのだろう。
ただ、稚児となる子供たちには本意なのか?
望んで菩薩たる御役目を果たそうと思うのだろうか。
伊作は、仏を信じているか?

菩薩は、本当に稚児たちへ宿っているのか?

屈託なく優しいこの男が、どんな幼少期を過ごしたろうと考える。

日頃の伊作は色気の漂う言動を一切排除している。
普段の生活で下の話を面白く言うのを聞いたことがない。特に性的経験が少ない者、知識の無い者への対応や言葉選びは『うっかり』もありえないだろうというくらい慎重だ。

まぐわうことを、『どうして色というのだろう』と言っていた。真っ暗で、怖くて、不安なものだった、とも語っていた。
伊作にとっての交合は、これまでは沸き立つような愛おしさがなく、桃色の温もりがなく、どちらかといえば『つらいこと』であったのだろう。
しかし、いざ行為を始めると大胆だし、ときに明け透けで、伊作の相手をするものは一見ではそれに気付ける事はなさそうだ。伊作がただ表向き慎ましく、内向きには性交渉に前向きな人格であると誤解するように思う。
色の指導を喜八郎から頼まれて、伊作は戸惑ってはいたが、嫌だとか恥ずかしいとかいう雰囲気を微塵も出さなかった。
『本当の伊作』を掘り下げて想像すると、閨に感情を寄せていなさそうな気がしてくる。
一切の期待をしていなくて、総てが平坦だったのか。

そう、推察するのならば、随分良くなった。私との閨は初めての日から優しく思いやりに溢れていたが、友達相手ということを差し引いても『つらいこと』からは逸脱してきたのではないだろうか。
学園の気まぐれな指示にしろ、課題があって本当によかった。あのきっかけがなければ、男を、閨を、もっと蔑んだままの人生であったかもしれない。『つらいこと』として向き合わねばならない日は、この先にもまだきっとある。

そして、祈ったって拝んだって
誰にも救われないことがあるのを

私も、知っている。


・ ・ ・


「仙蔵ー、開けてくれるかい?」
声がかかって、引き戸を開けてやる。寝間着で布団を抱えた伊作が立っていた。両手でぎゅっと布団を持っている姿が、なんだか幼い。
衝立の手前に文次郎の布団、奥に私の布団が敷いてある。
「奥の方に並べてくれ。」
うん、と応えながら、伊作はばさっと敷き布団を広げる。こういう所作は大雑把だ。ぽんと枕も投げて、そっとそこに転がった。私も自分の布団に潜り込む。
布団をくっつけて敷いてお泊まり会というのが、なんだか懐かしい気がした。触れたいが、いやらしい感じになってしまうだろうか、そうよぎりながら横を向くと、伊作はこちらに顔を向けて丸まった格好でいた。目が合う。
胸が、ぎゅっとする。
この男が、優しくて、聞いてくれて、わかってくれる確信がある。どこから話したって良い。
私はずっと、『全部をわかって欲しかった』のだと急に気付いた。同情されたいとか、可哀想がられたいとか、そういうことではない。そして私自身が、自分にそれをしなかった。
痛みがあることも、獣のような瞳で見られることも、『そういうもの』だと、思ってきた。
この男も『そういうものだ』という顔をして生きてきて、私は『違う』と思った。その相手方は極悪非道なので殺そうと思った。

私もきっと、ずっとそのことを肯定されたかったのだ。

「早速、話そう。聞いてくれ。」
「うん。」
少しだけ、緊張した。けれど、自分に構わず話し始める。

「私は……幼いときは特に小柄だったし、顔立ちが少女寄りだとよく言われていたから、恐らくはそれで目をつけられたのだろう。火薬庫に呼び出されて、二つ上の男だ。一年生の、冬だった。」
伊作はじっと聞いている。
「冷たい石蔵で頬を引っ叩かれて、日も暮れていて、最初こそ騒いだけれど、鳩尾を殴られてからはしくしく泣くのが関の山だった。身体のあちこちに針を刺されてな。痛くて、怖かった。暴れたらこの針は肉の中で折れるぞと言われて、大人しくしてしまった。」
きゅっと口を噤んだまま、伊作は眉を顰める。
「脱げと怒鳴られて脱いだ。適当に油を塗られて、突っ込まれて、中に出された。気持ち悪くて戻したし、小便を粗相した。汚いと罵られて、汚物に濡れた冷たい石床に置いていかれた。」
そろっと、伊作の手が私に触れる。布団の中で繋いだ。
「恥ずかしくて、不快で、……そこいらに脱ぎちらかした制服で石床を拭いて……火薬庫を出た。褌一枚で、誰にも見つからないように長屋に帰って寝間着を着た。汚れた制服が嫌で、風呂の釜で燃やしてしまった。」
伊作の手が温かい。まだ、話せる。
「こっそり一人で風呂に行って、泣きながら全部洗った」
きゅっ、と、伊作の手に力がこもる。
「髪に嘔吐したもの……米粒が付いていて、鼻の中が酸っぱい匂いで……
思い出せる。いくらでも、鮮明に。
「針で突かれた傷なんかすぐに閉じたが」
怖かった。血管を折れた針が走ることを思い描いて震えた。
……傷跡で周りに知られないように、針だったんだろうな……

「ねえ、」
伊作の声に、目を向ける。
「話の途中ですまない、……
布団の衿元をめくって、伊作が両手を広げる。

私はすぐに半身を起こして、その腕の中にくっついた。
かたく抱き締めてもらった。
腕の中で瞼を閉じる。
「汚くない……
確かめるように伊作が呟く。抱いた腕を緩めて、私の顔を覗き込む。

「熱を出して、たくさん戻して、右の頬を……腫らしてた?」
頷く。
「お風呂のあとなのに、袖が煤で汚れた寝間着を着てた」
伊作は眉を寄せて、不安げに続ける。
「僕とはじめて口付けた日って……

「犯された日だよ。」
気付いてくれた。
「死んでしまいたかった。今思えばきっとたかが風邪だが、こんなに吐くのだからこのまま眠って目が覚めなければいいと思った。汚いから触らないでほしいと思ったが……
伊作は首を横に振る。
「そんなの……許すわけない」
「ああ。わざと噎せて見せたら、お前が怒ってくれて、口移しで薬を飲ませてくれた。」
伊作の不安げな表情。顰めた眉。私を気遣う瞳。感謝の気持ちを込めて見つめる。
……嬉しかった……
体格が似ていることで同じような悩みを相談しあうことが、興味の発端ではあった。わんぱく揃いの同級生たちに並べば、どうしたって私たちは『同じ枠に収まる者』だった。走ればしんがり、長距離を泳げば溺れかけ、身長測定はいつも同じ数字。組分けと得意教科が違うだけで、ずっと似た者だと思ってきた。
薬草いじりと手当が趣味、そのくらいの解像度だった一年生の伊作が、さめざめと気落ちして手当を断る私を無理矢理に救おうとした。それからずっと、唇を吸うことも、身体を抱き締めることも、救いだった。他の誰にも無い安寧だった。

……不思議だ、殺そうって僕も思う。」
「五逆などと考える余地もないだろう?」
うん、と伊作は頷いて、私たちはお互いに腕を緩めた。
「脅しでの交合はその後も続いて、どうしても嫌で、嫌で、たまらなくて、切々と計画を立てた。腕力のなさを補填してその男を殺す方法を考えた。」
ゆるく抱き合ったまま、私は伊作の鎖骨におでこをつけて、話し続ける。伊作は私の首と布団の間に腕を通して、優しく背を抱いていてくれる。
「それで、火薬……?」
「動機のひとつではあるな。火薬は、私が意図して持てる殺意だ。腕力があまり伸びなそうだから、格闘術よりも知識で賄おうと……
「最期は、どうだったの?」
ふっ、と、本当に可笑しくて笑ってしまった。
「その男、卒業後にもよく訪ねてきていてな。ある日、『忘れられなくて、二人で会いたい』と伝えたらノコノコ現れた。南の……崖になっている山だ。不意打ちで突き落としたが、崖の途中の松に引っかかってしまって……
あの時私を見上げたあの男は、心底驚いた、という表情だった。
自分の魔羅をどれだけ過大評価するのだろうと、面白すぎて笑ってしまった。早く終わらせたくて喘いで見せたことがあったが、私が悦んで受け入れていると本気で信じていたのだろう。
「宝禄火矢が顔に触れる頃に破裂するように導火線を計算して、着火して放った。計算通り破裂して、あの男はちゃんと落ちていったし、顔もしっかり焼けていたよ。火薬で人を殺めたのは、十四歳の……あれが最初だ。」
一通りのことを話せて、ほっとした。
ずっと前に咀嚼したつもりだったが、本当に咀嚼できたのは殺したあの日でなく今だという実感がある。
一年生の私が胸の中にいて、ずっといじけた顔をしていた。悲しくて辛くて面白くないという顔をしていた。

一年生の私と、一年生の伊作が、抱き合うのが見えたようだった。

そろっと顔を上げる。
伊作と目が合う。
頬をくっつけ合わせた。それは私が暗に口付けをねだるときの幼い仕草だった。

触れ合うだけの口付けをして、またぎゅっと抱き合った。

「男って汚いし、狡い。」
「喜八郎も言っていたな。勘が良い。」
「良い閨にしなきゃ。」
うん、と頷く。
「良し悪しを知っている私たちで教えるのだからな。」
「ある程度下級生みんなを僕らで教えたいくらいかも。」
「それは……ちょっとやらしいんじゃないか?」
くっと笑って、口付け合って、くすぐりあった。

「あのね。喜八郎にとって、仙蔵は仙蔵だよ。」
何を言い出すのだろう、と、伊作の顔を見る。
「二つ上だけど。」
……どこまでも、見透かされているのか?
……ああ。私は私だ。そして私欲でなく、学びのために後輩と寝所で過ごす。」
「うん。……何から教えようか?」
伊作の手が、私の髪に触れている。枕の向こうへ流してくれる。
「抱かれ方だろう。どう解して、どう呼吸して、どう受け入れるか。解し方はお前に任せて良いか?」
「わかった。最初だし油でして、どうしても解れないとか勃たないなら催淫剤と潤滑剤を足そうと思っていて、どうかな。」
伊作も、つらくて痛いだけのものとは思わせない方向で考えているようだ。
「その段取りならば私が口出しすることは無い。」
「良かった。」
きゅう……と、また抱き締め合った。
「うずうずしてるけど……、今はしないでおく?」
「明日の勃ちが悪いのは困るからな。」
「お預けだ、僕たち。」
うずついている。お互いに半勃ちだ。別に、したっていい。
「明日、見せないか?菊門が、どう受け入れているかとか。」
「ちょっと思ってた。なら……そうしようか。」

お互いにおやすみを言い合って、腕を解いた。
けれど手だけは繋ぎ合って、ほちゃほちゃした一年生の頃の感触を思い出しながら眠る姿勢を取る。
満ち足りた気持ちで、暗がりの中ぼうっと天井を眺めた。
伊作が寝息を立て始めて、手は少しだけ緩んだけれど繋がったままだった。そのことがあたたかくて、手を離さないまま、瞼を閉じた。


・ ・ ・


目が覚めて、私はまだ伊作の手を握っていた。当然ながら寝返りをうたなかったようで、背中がぱきぱきと軋んだ。隣には丸まってすうすう寝息を立てる伊作がいて、衝立の向こうには小さくいびきをかく文次郎の気配があった。
くんと、手を少し強く握った。
伊作はゆっくり瞼を開いて、また瞑った。
「起きるぞ。おはよう。」
……仙ぞぉ、おはよう……
ふやっと笑って、布団の衿元と繋いだ手を伝って、私の首筋に伊作の腕が絡みつく。寝汗の匂いがふわっと漂う。子供っぽい仕草に心がほぐれる。
口を濯いで、顔を洗おう。寝癖を直して、朝餉を食べたい。
……そうだ。喜八郎にやっていたあの薬、私にも分けてくれ。」
「えっと……便秘薬……?」
「あんな都合のいいように使っているとは知らなかったぞ。お前はいつも使うのか?」
「ああ……まあ、夜そうなるかもってときは使うかな。」
抜け目ない。身だしなみへの配慮がある。自分が抱かれるとき、その場がきれいであれという気遣いがそうさせるのか?それとも、恥じらいとか、そういうものだろうか。
じっと伊作を見つめてみるが、なんだかわからない様子でへろっと微笑まれた。
「着替えて、取りに行こうか。朝餉にも行こう。」
うん、と頷いて、微笑み返す。
「部屋で着替えてくるから、仙蔵も着替えてて。」
手が離れて、伊作は布団を抱えて部屋を出ていった。
心は穏やかで、言われるまま着替える。
「文次郎。今朝は忍務は無いのか?」
「今日は……午後からだ……
「よかった。よく寝ておけ。」
指の背で頬を撫でた。
眉間の皺がほんの少しやわらぎ、文次郎は二度寝に落ちたようだった。私は静かに立ち上がり、部屋を出る。六は部屋を見に行くと、留三郎はもう部屋を出たようで伊作一人で着替えをしていた。
「すまない!もう終わったよ。寝起きだし最初は水場に寄ろう。」
ああ、と相槌を打ち、私たちは長屋を後にした。
平凡な一日だった。顔を洗い、口を濯ぎ、医務室に寄った。薬を一包もらい、食堂へ行って、朝餉を食券と交換する。おむすびと一緒に角盆へ乗った味噌汁は、海苔と豆腐が揺蕩っていた。
朝餉を食べ、薬を飲む。伊作も同じものを服用していて、私と目が合うと少し恥ずかしそうに笑った。
私は作法委員の顧問でもある斜堂先生の頼みから、一年ろ組の読書会を監督することになっていた。特筆するような事件は起こらず、半日が終わる。鶴町伏木蔵、二ノ坪怪士丸、下坂部平太、初島孫次郎。皆おとなしい、集中力のある良い子だ。監督など不要だったかもしれない。
昼餉はまた食堂にゆき、後輩たちと食事を摂った。
まだ、戸惑いや甘えを感じる表情。あどけない口元。表面の薄さを感じる肌。横顔の、頬のまるさ。身体の幅が狭いから、三人並んで座った長椅子にも随分ゆとりがある。
せっせとかき込むように食べる者、一口がちまちま小さい者、既に体格に現れ始めている。私はきっと後者だった。伊作もこうだった。切なくて、愛おしい。
「立花先ぱーい。午後はどうされますかぁ?」
ぱちっと大きな瞳で、臆せず鶴町伏木蔵が確認してくれる。
「伝えていなかったか。みんな、午後の予定を言うぞ。鐘が鳴るまでは自由時間だ。食べ終わったら遊んでおいで。午後は菜園の整備をするから、直接来なさい。」
優しく聞かせるように言い、はぁい、と緩く返事が揃う。ほんの少し浮足立って、食べ終えた者たちはおばちゃんにお礼を言いながら角盆を下げ、食堂を出ていった。
私は、まだおかずをつつく二ノ坪怪士丸とゆっくり箸を進める。
自分なりの速度でいい。
大丈夫。
いとけない後輩たちには、どうしてか自然とそう思う。
豆の五目煮を一粒ずつ食べながら、
麗らかな午後の気配を味わった。

・・・

菜園の整備もつつがなく済み、今日の授業は終了となった。
一年ろ組の面々を風呂に送り出す。伊作の予想どおりに便意があり、私は夕刻に用便を済ませることができた。入れ替わる頃を見計らって風呂に向かう。ほこほこと上気した頬で、濡れ髪を拭きながら出てくる後輩たちが「おやすみなさい」を告げてくれる。
赤子を少し大きくしただけの身体に見えるが、私もこんなものだったと思うと感慨深い。こんな矮躯を組み敷きたくなるなど、正気の沙汰ではない。私も、伊作も、嫌な男に絡まれたものだ。
喜八郎も小柄だったか?いや、手が大きくて、少々わんぱくに見えたのだった、と思い返す。

入学したての園内案内を指示されたとき、綺麗な顔立ちだと、さりげなく近寄った。学園生活を送るとなった最初の日から、きょとんとよくわからない表情をしていた。
喜八郎の世代は美形揃いだが、やや三白眼気味の凛々しい顔立ちが目を引いた。幼くてこれなのだから将来有望だと思った。
そういう風に考えることすら、男っぽくて気色が悪いとも思ったが、見目の良さは維持した方が良いと、軽く伝えもした。
そうして、私が五年の夏頃に『戦国作法を遂行する委員を作る』と斜堂先生からお声がけいただいた時、連れ立たせたいと思った後輩の顔は喜八郎だった。首実験。死化粧。美的感覚があり、肝の据わった者でなければ。一つ下の世代は既に各会で腰を据えている。では、三年……と思った時、喜八郎が浮かんだ。
声をかけて、喜八郎はすんなり了承した。御遺体に関わることであり、お前の穴掘りも活かせるであろうと伝えると神妙な顔をした。じっと大きな瞳で私を見て頷いた。
委員会に所属せず、あちこちを手伝う補欠のような五年間を過ごしていたから、直下の後輩ができるというのが嬉しかった。喜八郎も似たような根無草であり、年明けまでは二人ぼっちの仮委員会とした。
先輩面をできるように、斜堂先生に選んでもらった本を熟読した。生首フィギュアを作り、死化粧と首実験の演習をした。生身の御遺体をお借りする演習も、斜堂先生の指導をもって行われた。黄泉の旅路へ送る、死者を敬う行為。戦の白黒をつけ、武将たる人物の結末を伝える所作。作法委員会。
全てが美しく、全てが静かで、私はこの会のために身体を空けていたのだろうと思った。後輩で同期という格好の喜八郎は半歩後ろにぴったりと控えるような慎ましさと安定感があり、この男を選んでよかったと心から思った。
私は同期のような気軽さで接し、喜八郎は後輩として真剣に返してくれる。私を『先輩』にしてくれたのは、喜八郎だろう。

私は、『何でも教えてくれる優しい先輩』に師事したことがない。

私は、『優しく教えてもらう色』を知らない。

先輩に面倒を見てもらったであろう伊作に、ある程度の流れは任せよう。喜八郎の影になりたくないということは、やはり重要に思う。
風呂を済ませた。寝間着は新しいものをおろした。なるべく自然なほうが良いと、身体の手入れは特別なことはしないでおいた。髪を丁寧に梳かして、香油と椿油の割り物を毛先になじませた。私たちの今夜が、穏やかで心地のよいものでありますように。
六年長屋に戻り、六は部屋を尋ねる。伊作も風呂を済ませたか寝間着に羽織ものという出で立ちで、角盆に今夜使うものを乗せて点検していた。丁子油、乾燥潤滑剤、手ぬぐいを小さく畳んだものがいくつか、薬包、布にくるまった……恐らくは、張型。
「白湯、持っていこう。」
「そうだな。湯呑を持っておいで、私は先に炊事場で支度しておく。」
「すまない、ありがとう。僕もこれをもって寄るよ。」
先に出て、炊事場に向かい、鉄瓶へ水を汲む。かまどに乗せる。
刻一刻と迫るその時を感じる。

学びだ。指導だ。大丈夫。
喜八郎は、よごれない。

程なくして伊作が現れ、やっと沸いた鉄瓶を手に、私たちは炊事場を出た。

四年長屋に立ち入る。通りがかりの田村三木ヱ門が頭を下げてくれる。私の後ろを、角盆を持って伊作がついてくる。
四い部屋の引き戸を前に、声をかけた。
「喜八郎。」
「はい。」
返事のほかは何もなく、私はその戸口の溝に指先をかけ、引いた。
喜八郎は正座で三つ指をついて、こちらをまっすぐに見据えていた。真新しい白い寝間着姿に、よく拭いた濡れ髪を垂らしている。右手の骨折にはぴっちりと白い包帯が巻き直されていた。

「宜しくお願いいたします。」

つっと頭を下げられる。
私は息を飲んだ。
喜八郎がこのようにわかりやすく礼を尽くすのを初めて見たと思う。飄々としていて、それが常だった。そこを可愛いと思っていたから気にしてこなかったが、喜八郎はこういう振る舞いをすることがあるのか。
「ああ、こちらこそ。今宵を良い夜にしよう。」
「よろしく、喜八郎。楽しもうね。」
「はい。」

布団は三組並んで敷かれていた。客用を二つ借りておいたらしい。
「同室の平滝夜叉丸は、今日は戻りませんので。朝まで大丈夫です。」
「勇ましいな。」
伊作が枕元に用品を並べ、私が引き戸を閉めると。三人きりの密室になった。

「早速始めようか。喜八郎、体調はどうかな。おかしいところはない?」
「はい。厠も風呂も済ませています。いただいた薬のおかげか、腹塩梅というか、調子が良くて内蔵が軽い感じがします。」
「よかった。じゃあ、……後ろを開くのを僕はやろうかな。仙蔵は腰から上を任せるよ。」
心なしか喜八郎は珍しくギクシャクしていて、おぼつかない足取りで布団に上がる。その傍らに腰を降ろした。
「喜八郎の寝間着はこのままでいいか?」
「今日は寒くはないけど……はだけるくらいがいいかな。喜八郎、気になるかい?……といっても、わからないか。」
「はい。僕は前も後ろも初めてなので、……これが適温かも、わかりません。」
「処女も、童貞も、ということか?」
「はい、そうですが。」
言葉に詰まった。あまりにも当たり前に喜八郎は答えた。このかんばせで、誰の手も一切ついていないのか?
驚きと、安堵と、焦りが同時に湧く。
「そうなんだ。じゃあ、僕らは責任重大だね。きっと良いものにするよ。仙蔵は……怖くないようにしてあげて。」
「!……そうだな。」
両腕を開く。
喜八郎は、ぱちりと一度瞬くきりで黙っている。
「おいで。こうされたらここに来るものだ。」
……そう、ですか。」
そろっと寄ってきた身体へ腕を回す。幅は細いがしっかりとした骨格。二年の差が今無ければ、喜八郎はきっと私よりも大きく育っている。
腰紐を解く。べつに、何度としてきたことだ。潜入捜査とか、実践でも実施した。女中に化け、目星をつけた男ににじり寄って胸を撫でるとか、そんなことは普通にしてきたではないか。そう思うのに、躊躇われる。いつも伸び伸びしている後輩が萎縮しているのを、どう手解きするべきか。
忍務でも、伊作との日常でも、気まぐれに甘える文次郎との触れ合いでも、吸い付き合うようにできる『抱く』仕草が、喜八郎からはぎこちない。促すように引き寄せる。優しく包み込む。喜八郎はまだ、戸惑っている。耳を赤くして、私の腕の中で縮こまっている。
寝間着の衿が緩んで、開く。伊作が喜八郎の腰紐を手繰って、まとめてくれる。
伊作の手が、喜八郎の褌に延びる。ぴっちりと締められた六尺褌の結び目をほどかれて、喜八郎の腕がぎゅっと縋ってくる。
そうか、初めてだ、と、改めて思った。私が不安を除いてやるには、どうしたらいい。

……喜八郎。お前の初めてを、私にくれるか。」
いつか来る河を渡る日に、私がまだ幼いこの身体を背負ってやれれば良い。そう思った。
死んだあとのことはわからない。だから、これは祈りとかまじないとかそんなものだ。私には仏教の学は然程ないし、まじないが上手いわけでもない。
それでも私は、この可愛い後輩を背負って河を渡りきることだけは、鮮明に想像できた。これをはっきり約束して、喜八郎に不透明な進行にならないようにしたかった。
「はい。受け取っていただけますか。」
「勿論だ。そうしたい。伊作、いいか?」
「いいね。僕は手解きをする。
 いい閨にしよう。絶対、大丈夫だよ。」

耳に唇をつけて、頬を擦り合わせた。言葉が出てこない。子猫や子犬がじゃれ合うように、抱き合って、黙ったまま、くっつき合った。
ふわりと丁子油の香りが立つ。按摩をするように、伊作は喜八郎の肌を捏ね、腰を摩る。滑らかに油を塗り込んで、喜八郎に『怖くない』を伝えている。
ぎゅっと縋ってきた喜八郎の頬に唇をつけた。
そのまま、横顔に、鼻先に唇をつけ、辿り着いて唇を触れ合わせた。
お互いに薄く口が開き、私たちは舌を絡ませ合う。私の首筋に縋って、喜八郎が息を乱し、低く呻く。
「息を、吐いて。止めないで……
伊作の指導に身体が止まる。ぬち、と濡れ音が鳴って、喜八郎の腰が強張る。
「ん、 う……
ぞくっと震える感触が伝わる。伊作は遠慮なく、喜八郎が射精に至る胎を探っている。はだけた寝間着の中、喜八郎の魔羅がぴんぴん反応している。
……待て、伊作。」
私には一つ思い当たる事があった。
「処女だけを失うなんて、」
伊作の手がぴたりと止まる。
……それは……そうだね。すまない、喜八郎。」
伊作は喜八郎から指を抜いた。
「私の胎を貸してやる。途中まで進めたが、どっちを先にしようか?」
驚いた顔をしていたが、喜八郎の唇が物言いたげに開く。
「あの、  」
それ以降少し待ったが、言いかけた喜八郎の言葉は繋がらなかった。
けれど、わかってしまったと思った。
「そうだよな。」
優しく抱いて、頬擦りをした。
「男子なのだから、処女喪失が先にあっていい筈がない。」
喜八郎の両頬を包むように触れて囁く。喜八郎の瞳の下側に、零れそうに涙が満ちている。
「おいで。男にしてやろう。」

「どうすればよいですか。」
私は手を借りようと思って、伊作へ目をやった。
「慣らしてあるかい?」
「いや?何もしていない。」
伊作は普通のことのように会話を続ける。
「なら、ほぐす所からできるね。仙蔵、脚開いて。」
……もうちょっと情感があっても良くないか?」
文句を言う私を横目に、喜八郎がのろっと身体を起こす。私は仰向けに自ら腰紐をほどいて、衿合わせをはだけた。すぐ横に避けた喜八郎は、真面目に伊作の手元を見つめる。伊作は私の越中褌の紐を解き、さっさと外す。私の右膝を立たせる。手のひらに丁子油を垂らす。
「ここを慣らす油は……たっぷり使った方がいい。女性と違って濡れないから、摩擦をなめらかにして、擦り切れないために馴染ませる。直腸も、優しく揉んで可動域を拡げてあげるんだ。ちゃんと解しておけば、裂けずに迎えられる。」
伊作の指が、私の会陰をなぞり、尻の谷間を往復する。二人が見やすいように、私は尻たぶを両手で開く。伊作の指が、私の中へ潜る。
具合の良い角度で、遠慮なく中を探られる。中に馴染む油の感触。奥へ進む指。じっと喜八郎が見つめている。
「こんなに……収まるものなのですか。」
「仙蔵と僕は何度かしてるから、勝手がわかってるというか……。喜八郎のはさっきこのくらいまで触ってたよ。」
伊作の指が浅く引く。
「!……もっと、奥までされていたと思ってました。」
「そんなに入らないって思うよね。指で触れる範囲はあんまり心配しなくて大丈夫だよ、魔羅が根元まで収まるんだから。」
ぬるる、と奥へ指が進む。腹側へ優しく圧をかけて、伊作の指が私の胎を探る。油を足されて、滑らかに、往復する。
……ふ、…………
指導ながら、こなれた愛撫に反応してしまう。私の魔羅は二人に見つめられながら反り返って、身体が温まってゆくのを視覚的に示してしまう。
「こ、こ……に、あの……
ほんの少し上擦った、動揺した声で、喜八郎は伊作を見上げた。
「怖い?」
「交合で、本当に裂けないのですか?」
うん、と伊作は頷く。
「見てみる?入るところ。」
ぶわっと喜八郎は赤面して、私を見た。
「僕たちがしてるの、どのくらい見えてた?」
「あっ、の、……ええと……、立花先輩が、木に手をついて……
ほとんど初めからで、私は笑ってしまう。
……ふ、……わた しは……気持ち良さそうだったか……?」
……は、…………
伊作が自分の腰紐を解く。下帯はしていなく、ゆさっと腫らせて、勃起している。これが私に収まるのを考えて、ときときと脈が早まる。ぬちゅっと指が抜かれる。
伊作は自分の魔羅にも油を塗りつけて、私の会陰を亀頭で撫でた。喜八郎がじっと見つめている。私の尻たぶの間。会陰の、寄り合った筋の奥。ひくついた窄まり。伊作の亀頭が、ぬうっと優しく潜る。
……ん ぅ……
「は、いって、ます……
「ぴっちりしてるけど、大丈夫……見えるかい?」
吐息混じりに、伊作が説明する。指導の閨なのに甘えた嬌声を上げそうで、なんとか息を逃す。ほかの四年生の話し声は聞こえない。じっと、息を潜めているのだろう。
そろっとくすぐるように、喜八郎の腕に触れた。ぴっと驚いた顔で私を見て、その様子が可愛くて、喜八郎の手に触れる。指を絡めて、繋ぐ。
はっ、はっ、と、喜八郎は息をほんの少し詰めている。興奮している。私の魔羅に屈んで、てろっと舐めた。
「っ! あ、っ 」
ちゅぽっと咥えられた。交合の最中に舐められるのは初めてで、ぞぞっと震える。
「っ、 きは ちろぉ、待っ」
伊作からはゆっくり抽送され、
……っ ぅ い、 いさ 」
喜八郎からは口淫され、きゅうー……っと脚の間が引き締まる。繋いだ手を握り締めてしまう。下腹がひくっひくっと震える。
気持ち良い。
これは、
もう、果ててしまう。きゅんきゅん伊作を締めて、私の好きな形が抜き挿しされるのを、後輩が同席の実技演習でも耐えられない。声を上げたい。しがみつきたい。いやらしいことをわざわざ言いたい。
ぐっと引っ張って、なんとか喜八郎の口は離れた。そこまで堪えたがぴゅうっと射精して、びくっと喜八郎が驚いた反応をする。
へたっと座り込んだ喜八郎を見て、伊作がふっと蕩けたように微笑む。
「喜八郎の口……気持ちよかったって。」
頬が熱い。ふるっ、と、体がわななく。伊作は喜八郎の顎に触れ、ぺろっと頬を舐めた。引っかかった精液を舐めたようで、舐めたものをもくもく咀嚼して、飲み下す。
「舐められる感じ、体験しておく?」
……僕、の、ですか。」
「そうだよ。挿入した後の魔羅は舐められないし、先にしなきゃ。」
舐めたい。
舐めたい。
私は、そうするのが好きだ。
喜八郎の手を引く。ぱっと私へ振り向いた喜八郎の、耳が赤い。性欲に囚われている。期待している。いつも飄々としているお前も、興奮して動揺するのか。この閨が喜八郎の信頼に足る空間になっている。されるまま、欲に胸を騒がされている。
あっと口を開けた。喜八郎は引かれるまま私の枕元へ身を寄せる。半身を起こして、すぐ近くに正座した喜八郎の膝に頭を乗せる。
ぴんと上向きに反って、つっと一筋汁を垂らしていた。舌先でそれをなぞって、つろつろ滑らせた。裏筋をなぞる。亀頭を口に含む。
伊作のゆっくり滑らかな抽送にぞわぞわ震える。穏やかに、押して、引いて、私の胎が昂ってゆく。じんじん甘くて、下も、口も、満たされて、たまらない。
喜八郎の腰が浮く。にぎにぎ、手の中に力がこもる。
「気持ち良い?」
「はっ、ぃ……
にゅぽっと伊作の魔羅が抜ける。
伊作に嵌めてもらってまだ射精されていない。どうして、と思いながら視線だけ向けると、伊作はこちらに屈んでくるところだった。ねろっと私の唇を、喜八郎の竿根元を舐める。
欲しい。
指導の最中ながら、疼いて仕方ない。
「ちゃんと硬いね。勃起するとき、いつもこのくらい?」
「はいっ……、も、出そ…………
「我慢して。」
私と喜八郎の視線が、伊作に向く。伊作は身体を起こして、優しく微笑む。
「出すなら……こっち。」
伊作の指が、私の下腹を撫でる。
喜八郎はぎくりと固まって、私はぷあっと口淫を離す。
「きはちろぉ……
四つ這いで、喜八郎が来る。辿々しい。
「僕、あの」
「おいで。」
「僕、ご、御教授頂くというのに、昨日先輩で抜きました」
衿を掴んで、引き寄せる。
……これは想像じゃない。本物だぞ。」
「たちばなせんぱい」
「そんなに、神聖なものじゃない。」
言葉で抵抗している。自分の性欲に戸惑っている。
「知らなかっただけだよ。大丈夫。」
伊作が囁きながら、私の横に寝転がる。私の内腿を撫でる。むにゅっと掴んで、喜八郎に示す。私を組み敷いて、喜八郎は正常位で、私の会陰に亀頭を当てがう。さっき伊作が実演した挿入の流れをなぞっている。
ぬる、と、滑らかにめり込んだ。
…………
ぬーっと奥に、押し込まれる。根元まで喜八郎が収まる。喜八郎は潤んだ瞳で、布団の敷布をぎゅっと掴んでいる。
ふるっ、ふるっと腰を震わせて、私の中でぴくぴく反応するのがわかる。とても腰を振れそうにない。伊作が喜八郎の頬に触れる。衿を掴んで喜八郎を引き寄せる。私は寝間着の内側に腕を滑り込ませて、裸の背中に触れる。腰に脚を絡ませて、身体の前側を密着させる。

「僕を……
喜八郎の声が詰まる。
「男子と見て、大事に、してくださって、ありがとう、ございます……

ああ、
良かった。

……当然だ。」

良かった。尋ねて、間に合って良かった。私も、伊作も、これで喜八郎の影にはならない。大事にした。優しくした。喜八郎の色の初めてが、『先輩からの優しい手解き』であると言える。二年間の体格差と知識差で怖がらせることなく導けた。

神聖なものじゃない。

泥は、十分に洗い流せた。

私は納得したかったと気付いた。取り返しのつかない汚れは手を尽くして洗い、私をいいように四年弄んだ男はとうに焼き捨てていて、それでも残るものがなんなのか、わかっていなくて目を背けていた。
私はただ、
大事にされて、ゆっくり理解したかったのだ。
『もういい』なんて、思っていなかった。
突然更地を見るのでなく、
突然犯されるのでなく、
一歩ずつ大人になったことを褒められて、
私を一人の男として、尊重してほしかったのだ。

「喜八郎」
そっと囁く。
「私の中に、出してごらん。」
ぞくっ、ぞくっと、喜八郎が震える。
「は、 い……っ」
ぶるっと身震いして、
なんとか腰を動かすものの抽送は角度も満ち引きもちぐはぐで、それでも喜八郎は呻いて私の胎に射精した。
びゅくびゅく注がれる感触がじんと嬉しかった。喜八郎を抱いて、ほうっと甘く息を吐いた。
「で ましたぁ
はふ、はふ、と細く喘ぎながら小声で報告をくれて、腰を引いて、交合が離れるその時の耐える様子も、どこか幼くて可愛いと思った。
「いっぱい出てえらい ぞ、気持ち、良かった……
「僕も……きもちよかった……です……
喜八郎から頬擦りをされて、横顔に口付けた。頬を撫でてやりながら横を見る。伊作はとろんと私の顔を眺めていた。
……良かった……
ふ、と微笑んでしまう。満ち足りた気持ちで口元が緩む。
「仙蔵も、喜八郎も、良い子。」
「お前もだ、伊作。」
目を細めて、伊作ははにかむ。ぽうっと惚けた喜八郎の横顔に、髪に、私たちは啄むように口付けた。つんつん、小鳥のように何度もあちこちに唇で触れた。ふやふやした喜八郎が、つられてくふっと笑う。私にも、伊作にも、口付けを返す。
「口吸い、指南書には性技と書いてありましたけど。」
「あまり良い指南書とは言えないな。」
「はい。もっと優しくて、幸福だと思います。」
「そっか……。本当に、良かった……
ぽつりと伊作が言って、私と喜八郎の気が伊作に向く。すまなそうに眉を下げて、苦笑いの伊作が言葉を続ける。
「僕は……優しいとか、幸福とかを、……閨とか、ふれあうことに、……そう、思えるまで、随分かかっちゃった。」

「だから、喜八郎がそう言ってくれて……安心した。」

私たちには、大小いろいろな形に傷がある。
けれど、辛いことを、嫌なことを、わざわざ繰り返さなくて良い。
それは私たち自身にも、
大切な後輩たちにも。

「全部優しいですよ。立花先輩も、いさ……善法寺先輩も。」
「喜八郎、伊作のことは名前で呼ぶのか?」
くっと笑って指摘する。
「下級生はみーんな伊作先輩と呼びますから、伝染ってしまうんです。」
「僕は苗字が長いから、呼びにくいんだよ。」
伊作はいつもの優しい顔に戻っている。
笑い合って、ふう、と一息ついた。
「続き、教えてください。」
はた、と、喜八郎を見る。喜八郎は怖がったり堪えたりする様子は無く、私たちをまっすぐに見てそうねだった。
「平気?疲れてない?」
「はい。……後回しにして、どこの誰と知らぬ者で散らす方が心配です。立花先輩と、善法寺先輩に、触れられたいのです。」

本来は、交合は良いものだ。妊孕を目的にしないのなら、お互いの快楽を目指して、好ましく思う者同士ですることだ。
「極楽を見せてやらねば。なぁ、伊作。」
「手を尽くそう。三人で、いっぱい気持ち良くなろうね。」
「はい。」
「体位、どうしようかな……。抱かれる初めても、仙蔵とするわけだから……
「そうですねぇ。」
あまりにも普通のことのように言うので、笑ってしまった。揶揄うつもりで、私も乗る。
「良いのか?極上だぞ、保健委員長の手管は。」
「そっ、そういうことの委員会じゃないよ!」
ふっ、と、喜八郎が笑う。
「お二人には、日常の触れ合いなのですね。みな慎ましくしているので、もっと特別で神聖だと、思い込んでいました。」
「大事にすることでもあるよ。伴侶とすることなら、特にそう……
「しかし私たちは忍を目指しているからな。忍務のため、人に取り入る手段としても捉えなければいけない。」
「はい。それで、くノ一にとっては死間にあたる役割であると。」
「そう。だから、僕らも使える手段にしておくんだ。情報と命を守るために。よく演じて、相手を手玉に取って、欺くんだ。」
喜八郎は神妙に頷く。
「僕にもできますか。」
「向き不向きはあるから、試しておこう。喰われすぎてもいけないし、全く反応できないのもよくない。まずはちゃんと開いてみて、実践で使えるかはその後。」
……保健委員会では、そう習うのか?」
興味深くて問うと、伊作は少し考える顔をする。
「先輩の受け売りは、半分くらいかな。おいで、喜八郎。今度は仙蔵に捏ねてもらおう。」
伊作の広げた腕の中へ喜八郎は這ってゆき、収まった。心地良さそうにとろんとしている。
「第二関節くらいまでは入るけど、もう少し奥も触った方が良さそう。」
「わかった。」
喜八郎の寝間着を腰まで捲り、傍らに置いてある油壺から丁子油を手に取って撫で始める。喜八郎の尾骶骨あたりから会陰までは油が既に馴染んでいて、外側はそこそこに、窄まりを指の腹で優しく揉んでやる。
ひく、ひく、と収縮する。上体に目をやると、伊作は指の背でさわさわと喜八郎の脇腹を撫でていた。喜八郎の腕は伊作の首筋に絡み、耳元にちゅっちゅと啄む音を聴かせ合っている。安心させることの上手さを伊作に感じる。日頃から人の身体に触れているからか?
私が指を挿入しても極端に収縮することはなく、初めてのはずなのにゆっくりとヒクつく甘えた感触が伝わってくる。
ゆっくり奥へ進める。爪で掻かないように、喜八郎の腹側に私の指の腹を合わせて、時折油を足しながら丁寧に侵入する。
……んぅ……
聞こえる声で、伊作が喘ぐ。私は伊作に何もしていないが、これも手管か?と、視線を向ける。喜八郎の耳元に聴かせていて、喜八郎はぴくぴく首筋を震わせて俯いている。甘い吐息が伊作の喉から漏れる。今度は小声で、伊作が囁く。
「仙蔵の、中……どんなだった……?」
喜八郎の中に収まった私の中指が、薬指が、きゅうー……っと束ねられる。
「あ、たたか……で、ぬめって、ました……
「抜き差しも、ぬめってた?」
「はぃ、 ……っ うれ、し くて」
伊作の指先はゆっくり、ずっと這い回っている。伊作の擽りと私の指入れのどちらに性感を得ているかはわからないが、喜八郎がひくひく震えていることに胸が鳴った。
「きゅうっ……て、締まって、ひき こ、ま……れっ……
「引き込まれたのは、ここ?」
優しく囁いて、伊作の手が喜八郎の内股へ伸びる。私の角度からは見えないが喜八郎の前を触っているようで、ぞぞっと震える感触が指に伝わる。
「いさ く せんぱいっ……前 いじ、っ……
胸がぎゅっとする。感じ入りながら少しずつ開く後輩の痴態。『善法寺先輩』と言って畏っていた喜八郎の緊張が解けている。私も喜八郎の中を探る。ゆるゆると短く往復して、腹側を捏ねてやる。
「ぁっ ……あ、 あっあっ!」
びくんと背中を跳ねさせながら、喜八郎が上擦った声をあげて、直腸が長く締まった。抜き挿しを止めてやる。
……仙蔵の、ゆび、気持ちいいね……
はっ、はっ、と息を乱して、喜八郎が頷く。
「今のところ、仙蔵の魔羅で押してもらおっか。」
「はっ い、……た、たちばな、せんぱい……
ん、と、喉で応える。
そろっと見返る喜八郎は、頬の高いところを真っ赤にして、潤んだ瞳で、美しい横顔で、私に視線を寄越して、
「くだ、さぃ……まら、ぼくに……
絶え絶えに呟いた。
「偉いね。お願いできた。」
のんびりと甘い声で伊作が囁き、喜八郎は伊作の首筋に縋って、てろんと横顔を舐めた。伊作が顔を寄せると、おずおず、喜八郎から頬擦りする。ひくひく内股が震えて、喜八郎は私の指をきゅっきゅっと束ねる。
伊作は、強要していない。
言えるように導いている。
そして喜八郎はどう見ても蕩けていて、どう見ても私たちに開かれるのを望んでいる。
私の……
私の雄の部分が、ぐらぐらと沸かされてしまう。肺腑の下がゾクゾク疼く。幼かった私の後輩が、初めて男に開く場所を、うっとりと期待に満ちながら曝けている。

蕩けて、心地よさそうに伊作に抱えられて、

「だいて ください
 たちばなせんぱーい……

二つ下の、私の後輩が、私に穿たれるのをねだっている。

指を抜いた。
喜八郎の膝を揃えさせて、後ろから覆い被さる。私のはだけた寝間着に、喜八郎と伊作の身体が覆われる。
……あったかい。気持ちいいね。」
伊作が囁いて、喜八郎はほんの少し頷く。喜八郎の窄まりに、私の亀頭を当てがう。
ぐっと腰を進める。亀頭が埋まる。柔らかくこなれた喜八郎は、ふちは緊張していたものの、穏やかな収縮で私を迎えてくれる。
「ん、……
「痛むか?」
食い気味に聞いてしまう。侵入を止める。
「いえ……、いたく なぃ です……
ほっと安堵して、喜八郎の後頭部に唇をつけた。緩やかに波打つ髪。灰色にさざめいて、冬の波間のようだ。
「もっと……、奥、ぜーんぶ……くださぃ……
耳の、中も外もくすぐったい。
私は、ずっと不安だったと気付いた。
大事なものが壊れてしまうこと。取り返しのつかない汚れがつくこと。愛しい人間に嫌われてしまうこと。
口から出る言葉。伸ばした手が触れた瞬間。それらは引っ込めて無かったことにできない。完璧に整っているためには、よく考えて話し、甘えた要求をしてはいけない。それなのに。
喜八郎も、伊作も、壊れても汚れてもいなく、私がすることを愛おしそうな瞳で、蕩けて、開いて、待ってくれている。

奥までゆっくり、私の魔羅を押し込んだ。根元まで、喜八郎の尻たぶに私の鼠蹊部で乗って、体重をかけすぎないように身体を重ねる。

深く、喜八郎が呼吸する。ぶるっ、ぶるっと腰が震える。

伊作が、私と喜八郎を抱き締めてくれる。

「でちゃました……
「いっぱい気持ちよくなれて、偉いね、喜八郎」
伊作が優しく褒めて、喜八郎を抱き締めている。
よかった。
後輩を、私の性欲で犯すのだと、どうしても思っていた。
歳下の、まだ子供の身体を、「先輩だから」「それをしたいから」「構わず屈服させる」ことに繋がると、薄々思っていて、頭の片隅にずっとあった。

私は私で、喜八郎は喜八郎だ。
私を犯した二つ上の先輩とは違い、言うことを聞くしかなかった惨めな後輩とも違った。私と喜八郎は確かに信頼を寄せ合いながら、身体を互いに開いて、いつか来る身体を使う日のために演習をしている。
「仙蔵、動ける?」
「平気か?」
「落ちちゃったら面倒みてあげたらいいよ。限度を確認するのも、実技演習の役割じゃない?」
喜八郎は伊作の腕の中で、胸を上下させながら呼吸している。
演習なのに、私は痛むほど勃起している。
「喜八郎。」
「だいじょうぶ……おねがい……します……
引いて、押した。
「 ぃっ…… 」
短く、ゆるゆる中腹で揺らした。
「 ぅ あ、 あ あぅ 」
喜八郎は伊作に縋って、甘く鳴いている。私が押して引く感触を、腰をつっぱって反らせて、奥に入れる角度で受け入れてくれる。ほんの少し前後に振って、私の動く幅を最大限に広げようとしている。
かくんと震えて、抜けてしまった。
「や、 抜か なぃで、 くださ……
ぐっと心臓が掴まれるようで、性欲に耐えかねて私は奥を突いた。
「あっ!」
伊作が囁く。
「どこ、好き?」
「、  おっ く、たちばな せんぱいのっ ぜん ぶ、はいって」
「奥?」
突いた。繰り返し突いた。やわらかな幼い肌が油と汗で湿気って吸い付いた。ぱちゅぱちゅ鳴って、もっちりと肌が吸い合うようだった。
「おくぅ っ これ好き、 おっ く、突い あぐ ほって」
「奥を、ずぽずぽ……突かれるの、好き?」
ぞくん!と喜八郎は背を反らせる。
止めずに私は繰り返し突き続ける。喜八郎はあ音で声量を抑えず嬌声を上げる。
……いいなぁ……
ぽつりと言う伊作に、ふっと笑ってしまう。
腰を揺さぶるのを止めて、喜八郎の胴体へ腕を回して引き寄せる。くてっと重い上体を抱き起こすと、喜八郎が伊作の腹や胸に撒き散らした精液がむっと香る。
「喜八郎。伊作先輩が、……ずぽずぽ突かれたいと……
囁くように言うと、伊作は赤面して口を噤んだ。
「ふぁ……いさく、先ぱいも……?」
喜八郎の魔羅はまだぴんぴんに勃起して、ふらっと揺れる。
「 ……ええと…… 使われ ますか?」
伊作は瞳を見開いて、少し沈黙した。薄く唇を開いて、息を詰めて、頷いた。
……いいの……?」
「はい……、いさく先ぱいにも……ご教授、いただきたいです……
きゅっと唇を噤んだが、伊作はゆっくり右脚を抱えて、左膝は立てて、私たちに身体を曝けた。
……二回目は、教えられなくてもできるかい?」
こちらの胸が鳴ってしまう。
眉尻を下げて、伊作は照れたように微笑む。先輩らしい口調で、ひとつ知識を見せるような内容で、身体の一番やわらかいところを見せてくれる。
喜八郎に挿入したままの魔羅がきゅっきゅと絞られる。伊作が私たちを煽るのへ、素直に反応している。
「は ぃ……
腰を引いて、ぬちゅっと喜八郎から魔羅を抜く。
「もう一度お前にも嵌めるから、まずは言われたことをしてごらん。」
なるべく平常心で言う。努めて穏やかに、当たり前のように。
伊作は喜八郎に正常位で組み敷かれるが、その様は年長者が年少者を優しく抱くようで、慈愛とか温もり、優しさ、そういうものに不思議と見える。そのくせ性的魅力もあり、ふるふる反応しながら喜八郎が挿入する様を見て、私は息が自然と詰まっていた。
「は……きはちろぉの……硬い……
吐息混じりに伊作が囁く。
「ぼくの、……かたいの、ですか」
「ふふ……、すんなりしてて……ぁっ、まっすぐ、きてくれる……
吐息を混ぜて、内緒話のように紡ぐ伊作の声。閨で話すときの、うっとりと融けた口調。
「もっと、こっちにきて、膝はこっち……
ずっぽりと深く繋がったところで、伊作が喜八郎の手を引き、脚に触れ、体位を整える。ふ、はふ、と呼吸で言葉を途切れさせながら、誘導する。
「魔羅、はぁ っん、半分くらいで、引ききらないで、骨盤を、前後させる ……かんじ……
言われるまま、喜八郎が動き始める。さっきのぎこちなさはわからないくらいなめらかに腰を使えて、その速度が早まってゆく。
「き、 はっ あっ、じょう ずっ」
甘く声を上げる伊作に縋って、ゔ、ゔ、と鼻裏で喜八郎が喘ぐ。ぱちゅぱちゅ打ち鳴る交合の音が、しんとした四い部屋に響く。
「だ せ、そう……?こだね……びゅーって、できる……?」
「 も、 でき ます……っ 」
何度も何度も突いて、ゔ、ぐ、と、低く呻いて、一際深く突き立てて、喜八郎は達したようだった。伊作に抱かれて乱れた息を繰り返すさまが可愛い。
「良い子……頑張ったね。それじゃあ、今度は両方だよ。」
「りょうほう……?」
ぽやっと問う喜八郎の背にのしかかる。
「たちば、 あ、前、ぼく」
「お前は伊作と繋がったままで、私に抱かれることもできるぞ。」
もう一度繋がる角度で、ぐっと喜八郎の窄まりへ亀頭を押し込む、ぬるる、と、なめらかに挿入でき、そのさなか喜八郎が声をあげる。
「あ、 あ゙っ あ 」
びくびくっと、根本まで嵌めたところで絶頂する様子をみせた。その下でまだ交わったままの伊作が身体を震わせる。
「んっ…… また 出て、る……
「腰の振り方も、覚えたな……?」
とんとん、突き始める。
「 あ゙ あっ、 つ よっ すぎ ま、す 」
「頑張れ、私も、 ……これをっ……した、ことが ある」
ひくっ、と呼吸が乱れている。私が突く調子は一定だが、喜八郎の呼吸はでたらめで、ともすれば溺れてしまいそうだった。
伊作の手が、するんと喜八郎の両頬を撫でる。さわさわ、首を、肩を撫でる。
「また……出せたね、いっぱい……気持ちいいね」
「はっ い、 ……でま すっもおだめ」
かくかく喜八郎が腰を振る。私と伊作に挟まれて、喜八郎は少し動くだけで前も後ろも性感に包まれているはずだ。
「いっぱい動いてる……きはち ろ……きもちぃ……
伊作の声が潤んでいる。私も堪らない気持ちで腰を振る。私の下で、後輩と、同級生が、感じ入った声で喘いでいる。
私の、後輩。
私の、同級生。

「いさ、く、せんぱ たち、ばな せん ぱい」

「 きも ちぃの…… いっぱい」

「ありがとう ござぃま すっ 」

胸がいっぱいだ。
愛おしい。
そういう気持ちで後輩と関われると、本質的なところで気付いた。
私は力いっぱいに腰を押し付けて、突いて、突いて、抱き合う二人を揺さぶる。指導と言って打ち合わせをした伊作も、眉を寄せて感じ入っている。鼻裏で鳴いて、足指をきゅうっと丸めて、発汗している。
「ぁっ ぼ、くも、出ちゃ……でちゃ、ぅ」
「う ゔぅ ゔ、 ぃさく先ぱ、 締め、ないでっ 」
「わた、しも……もう、」
二人の嬌声が、耳を、脳を痺れさせる。
「きて……
「中、 くださ……たち ばな、せんぱい 」
出る。
出る。

「仙 ぞぉ せんぱい」

ばちゅん!と深く突いて、どくどく注いだ。あっ、あ゙、と、喜八郎は脈打つ射精の調子ごとに震えて声を上げた。十三歳の中では低い、喜八郎の声がじんじん響く。
伊作も内腿をひくひく震わせて、荒く呼吸している。
繋がったまま、乱れた呼吸を少しずつ整えながら、三人で抱き合った。
きゅうっと腕に力を込め合って、緩めた。私は喜八郎から魔羅を抜き、喜八郎を抱えてやって伊作の横に転がす。
喜八郎を真ん中にして、三人、身体を布団に投げ出した。

ふー……っと、息が、抜け出ていく。
…………向いてないかもしれません。」
えっ、と、声が出そうだった。
「痛むか?どこか、具合の悪いところがあるか?」
そわっと起き上がって問う。私なりには行き渡った指導ができたと思ったので、気持ちはかなり焦っていた。
「いえ、……あの、良すぎるというか、……これを、平気な顔では、できないというか……
ぼうっと喜八郎が言う。
んふっと伊作が笑う。ほう、と私は安堵の息を吐いた。
……当たり前だろう。」
「喜八郎、実践はこんなじゃないよ?」
「そうでしょうが、上等な手技の人間が相手では、我を忘れそうというか……
うーん、と少し唸る。
「どちらかといえば、勃たないで焦る気がするな……
「男色の相手だとそうだね。」
「しかし、受け入れることはきちんとできそうだ。私から見た感じ、まともな記録を出せば課題の評価は優を取れると思う。」
「そうなんですか?」
「一夜で両面やるって珍しいみたいなんだ。」
そろっと伊作は持ってきた角盆に手を伸ばして、仰向けのまま手ぬぐいで身体の前を拭う。ひとしきり拭き終えて起き上がり、喜八郎の腹を見て、ちょんちょん拭う。
「ん……すみません……
「ううん、僕のだから。ごめんね、かけちゃって……
流石に疲れてしまったようで、喜八郎はうとうとと眠そうな調子へ移ろってゆく。くあっとあくびをするのを見て、私も伊作も揃って笑ってしまった。
「一眠りするといい、喜八郎。」
「おやすみ。もう夜中だよ。」
「ん……はぃ……おやすみなさい……
すうっと瞼を閉じて、そのまま腹式呼吸で、喜八郎は眠りに落ちてゆく。胸を上下させて、あどけない顔つきで寝入ってゆく。
布団をかけてやって、ほっと気持ちが安らいでゆく。
最後までして、学びの格好を維持して、三人が満ち足りた閨にできた。
「おつかれさま」
ふと目線を上げると、湯呑に白湯を注いだ伊作が私の枕元に膝をついていた。
起き上がって、湯呑を受け取る。冷めきっていないぬるめの温度で、くっと呷ったが噎せてしまった。げほごほ咳き込んで、伊作が背を撫でてくれる。
ふっと喜八郎へ伊作の顔が向く。喜八郎は熟睡している。
「今日……誘ってもらって良かった。僕も初めてはこんなふうに抱かれたかったな。」
伊作は少しさみしそうに言った。
「私もだ。」

「だが、喜八郎に渡せたから、気が済んだ。」
言葉にして確かめる。心から、そう思えたと感じる。
「そうだね。僕もそう思う。」

「なあ、」
ん?と、伊作が私を見る。
「唇を合わせよう。」
微笑んで、伊作は私に屈んだ。やわらかく唇を重ね合って、優しく吸った。首筋に腕を絡めた。
「あのとき……僕のお寺に行く少し前、うまく言えなかったけど」
触れ合ったまま、動きを止める。
「僕も……仙蔵とするの、好きだよ。」
……だろうと思った。」
「言い方、間違えたくなくて……
「わかってる。」

「大事に相手を想うことも、触れ合いたいと思うことも、本人が気付けない不当を代わりに怒ることも……私たちはお互いに、対等にできる」
伊作は微笑んで、頷く。
「だから、そんなに詳しく言い合わなくていい。」
……うん。」
「同級生で、友達で、おなじところにいる」
ふふっと笑い合って、額をくっつけあった。喜八郎が用意してくれた客用布団のひとつに、ぱふんと横たわる。もう一度、口付け合う。

同級生で、友達で、おなじところで泣いていて
似た形の、似た深さの、似た傷のかさぶたを腐らせていた私たち。
泥を洗って、かさぶたを直し合って、
秘密を一緒にしまっておこう。

恋でなければ、失うこともない。

私たちは、もう泣かなくていい。絶望しなくていい。

ゆっくり理解すればいい。諦めなくていい。
そんなには、汚れていない。
もう一人で立てる。
もう、必要なことを自分で選ぶことができる。

できることをしよう。
自分のために祈ろう。

私たちは、もう、大丈夫。



和名:レンゲソウ