水井白羽
2025-11-15 22:38:39
46693文字
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竜人カルロの苦心

2025/03/05から2025/07/21まで深夜に投げていた文章の全文
見切り発車すぎて収拾がつかなくなったので仕切り直したいところ。


ある地球では、何らかの歯車の狂いからか、全世界中で長きにわたる戦争に明け暮れていた。その主力兵器が、生体兵器:竜であった。伝説や物語に出てくる竜そのものの姿をしており、強大な力を持った彼ら。ある時いつの間にか現れた科学者により生み出されてから、あっという間に研究が進み、より強く、より多様な竜が生まれた。
とはいえ、竜は、個体によっては横たわるだけで山地が出来てしまうほど巨大だったり、意思疎通が困難だったり、強大すぎてコントロールしきれなかったり、まぁ、色々問題も抱えていた。
そこで人間達は、竜の因子を持つ人間を造ることを考えついた。強大な力を持てど人間ベースならまだ扱いは容易かろう、そういった発想で様々な竜人達も生まれ、戦場に次々と投入されていった。

さはさりさがら、長い間続く戦争や竜と竜人達の蹂躙により、その地球は人間がマトモに生命維持出来なくなる程汚染され、荒廃していった。人間ならシェルターから出た途端に死ねるくらいだ。
そうして最早何のための戦争なのか、戦地に駆け出された竜も竜人も分かんなくなってきた頃の話。
某国の巨大シェルターにとある竜人がいた。彼の名前は「カルロ」。国を挙げての計画やら何やらで、時空を捻じ曲げ、空間同士を繋げる力を持つ「扉竜」の因子を持つ竜人として生まれた。その目的は、巨大シェルターにいる人間達を何処か清浄な場所へ避難させること。
「もう、この国にはシェルターに収容されている人間達を養う能力が無いのだろう」カルロは溜息を吐く。

避難先はもう決まっていた。前々からカルロの力を用い、避難先の偵察、選定を行っていたのだ。まぁ色んな世界があった訳だが、先住民がいたり、外に出た途端即死よりはずっとマシとはいえ、やはり人間が生きていくには過酷すぎたりとか、色々問題があり難航した。その末に選ばれたのがコードネーム:15RI-1413であった。
そこは『何らかのエネルギー』が漂っており、確かに人間が生きていくには過酷ではあったが、他のどの世界よりも穏やかで、全面戦争が起こるずっと前の地球とはそんなに変わらない環境だったのだ。
ただその世界には先住民たる人々もいたのだが、彼らのリーダーと称する「リディーヌ」が色々上手いこと住民達を説得させると言ったのだ。難民の受け入れ、大抵、諸々あって拒まれることは珍しくなかったが、これ幸いと政府はそこに人々を移住させようと決定したのだった。

カルロには人間達を避難させられるという安堵共に不安があった。先の偵察で彼が引っ掛かっていたのは、あの世界での人々の様子であった。
先の偵察の時、カルロはこっそり、身を隠して街中を探索していると、色んなものが見えた。
ある時は身なりの良い者が肩で風を切って歩き、それを人々が跪いていた。どうやらこの身なりの良い者はこの世界で信仰されている「女神正教」の神官らしい。
リディーヌは「女神正教」について軽く説明してくれた。
彼女曰く、この世界は女神:リディーナによって創られ、住民達はその女神に選ばれた民だと強く信じているという。
カルロはリディーヌの名に酷似した女神に引っ掛かりを覚えるが、この時はそういうものか、と流した。

またある時もカルロは街へ偵察へ行くと、またしても女神正教の神官を見かけた。歓喜を上げる民衆の前で神官は、ガラスの箱に入れられた、全身が赤く焼け爛れ辛うじてヒトだと分かる何かの隣に立ち、何かを話していた。恐らく御高説を垂れていたのだろう。
カルロは恐怖した。神官が何を説いていたのかはさっぱりてんで解らない。何とか理解出来たのはこのガラスの中の者はどうやら「今年は不漁だと主張したから」「女神様から神罰が下った」らしいこと。これでさえもギリギリ理解できたという位だ。
別の日でも別の神官が例のガラスの箱の横で、何か説教を長々としていた。ガラスの中の者は先日とは別人らしいのが歓喜する民衆から聞こえてきた。彼もまた昨日のヒトと同じく皮膚が真っ赤で剥き出しになっており見ているとトラウマになりそうだ。今度は『女神に祝福されたある貴族の政敵だから』『神罰が下ったのだ』。耳に入ったそれに対し、牢にぶち込むのならまだしも普通ここまでするか、という嫌悪と戸惑いがカルロを支配する。
また次の日も【女神様のお気に障ったから】【神罰で全身が爛れ、全身から体液が飛び出し、苦しみながら生き絶えたのだ】とまた別のヒトらしき者があのガラスの箱の中に入っていた。カルロはそれに対し、女神の名の下であれば最早何でもアリのように感じてしまった。

「こんなんじゃ、いつ僕らが女神サマとやらのご機嫌を損ねてしまうか分かったもんじゃない」

「これじゃあ歴史書で読んだ魔女狩りそっくりだ」

カルロは、うまく言葉にできなかったが神官と民衆の様子を見て本能的に嫌な予感を抱いた。
そもそもカルロは元よりあまりそういう宗教に対してあまり良い感情を持っていなかった。当時の地球では宗教の教義を曲解して側から見ればただの愚行に見えなくもない連中がかなりいた。長引きすぎた戦争とこれでもかと汚染された環境の影響なのか、信仰がおかしな方向に捻じ曲がり、小規模な宗教戦争や内乱が勃発して壊滅状態になったシェルターも数々あった。そんな話をよく聞いてきたせいか、カルロは神の存在や信仰に関してあんまりアテにしていなかった。
そういった背景もあり、カルロは女神の名の下で異様な盛り上がりを見せた神官達や民衆に対しては少し嫌悪感を覚えるようになった。「神官達が権力握るための建前」と捻くれた考えも浮かんだくらいだ。

問題は守るべき地球人達が「女神様のお気に障ったから」と「神罰」を食らって、民衆の前に晒されてしまうかもしれないことだ。あの時のガラスの中の人なんて、直視するのも憚れるほどに痛ましい程にズタボロになっていたが、それが自分達の身にも降りかかり得ると思うと、身震いが止まらない。

リディーヌが民衆を上手いこと説得する、とは言ったがあの様子では本当に上手くできるのか、カルロは猛烈に不安になった。
不安になったのでカルロはあの時の神官や民衆の様子を政府にも報告した。「思った以上に原住民は友好的ではないかもしれない」ことと「いつ女神の機嫌を損ねて【神罰】を下してくるのか分からない」こと。
だが、決定権は政府の幹部にあった上、そのことを伝えても、幹部は理解を示さず、やはりあの世界に移住させる気でいた。
「この国はそろそろヤバいんだよ。弱い人間なんてここで保護する余裕がなくなってるんだ。兎に角、あの世界に人間達を移住させる。この決定に変わりはない」
カルロは失望した。

こうなったら、リディーヌの説得に賭けるしかないのだろうか?カルロは1人寝室で頭を抱える。
翌日、彼はまたかの世界へ偵察へ向かうが、扉の力が暴発したのだろう、何故かいつもの街ではなく、どこか建物の中にいた。そこはカーペットや装飾、柱の様子から歴史書で「西洋の城」と伝えられるものと同じ構造で、カルロは「こりゃ変なとこに繋げてしまったぞ」と頭を掻く。
するとどこからか、男女が言い争う声が耳に入る。
「あんな得体の知れない異端の獣共が湧いているというのに、一体どこにいらしたのですかッ?!聖女様ッ!」
カルロはよくよく確認しようと柱の陰に隠れ、様子を伺う。そこに見えたのはなんと、あの神官達がリディーヌを無理矢理部屋に放り込む光景ではないか!
成る程、あの世界をほぼほぼ支配している女神正教の『聖女』とやらであれば、確かに「原住民のリーダー」と名乗れないことはない。にしても『聖女』という割には随分乱暴な扱いを受けているなとカルロは感じた。
……神官達がその場を離れたのを認めると、カルロは扉の力でリディーヌが監禁された部屋の中に入る。そして、単刀直入に問う。
「リディーヌ、君は一体何者なんだ?聖女ってどういうことなの?」

リディーヌは答える。「こうなってしまったら答えるしかなさそうですね……私は女神正教のお飾りの聖女。女神リディーナの因子を持って人工的に造られた、ただの傀儡です」
「なんだよそれ……
カルロは呆れと怒り、無気力感が一気にドッと来る。
「なんだよ女神の因子って、なんだよお飾りの聖女って……意味が分かんない、本当に解らん」
そして続ける。
……本当に住民達を説得してたの?そもそも出来るの?」
リディーヌは答えず、俯いた。

「もういいよ」
カルロは自室に戻りまた頭を抱えた。元を辿れば自分が原住民との付き合いを懸念しているのは、なるだけ争いを避けたいが為。うっかり侵略者になりたくないが為。人間達を護りたいが為。
移住先としてこの世界が検討され始めたとき、カルロは原住民がいるこの世界もやめるべきだと主張した。しかしこの時ばかりは何故か政府の幹部らは、説得すると宣ったリディーヌを全力で信頼するかのように決定を変えなかった。
だから政府から「何もするな」ときつく言われても街の偵察を独断で行ってきた。せめて自分達と原住民との橋渡しが出来ればと。
だが現実で待ち受けていたのは、自分達をケダモノ呼ばわりする女神正教の神官達、いつ彼らから惨い「神罰」が下されるか分からない恐怖。移住の決定は変えられず、リディーヌの説得も期待できないとなれば、もう、自分が奮闘するしかないのだろう。

自室に篭るのもなんなんなので、気分転換に久々にシェルターの食堂に入り、物思いに耽るカルロ。そこで聞こえてくるのは、希望に満ちた声。綺麗な空気、青い空、透き通った水、もう、この地球では触れるが叶わない自然に対する期待に満ちていた。あの世界の現状を知らぬ無邪気な人間達にカルロは気が重くなる。彼は居ても立っても居られなくなり、食堂から立ち去ってしまった。
……その時、カルロは地に着くほど長い髪を持った男とすれ違う。男はオーギュスト・キューズ・フェドール。カルロと義兄弟の契りを結んだ竜人であった。「今あいつは戦場に放り込まれていたはずでは?」とカルロは思ったが、声をかける気力なんて今の彼には残っていなかった。

自分にやれそうなことはただ一つ、あの世界の原住民達から地球人達を守ること。まずは政府の幹部に他の竜人達も移住計画に参加するのかと聞いた。少々乱暴だが、竜人特有の力を牽制に使えば「女神サマ」とやらもすぐには手出し出来まい。だが、幹部は首を横に振りキレ気味に答えた。
「弱い人間達の護衛に回す余裕がないんだよ、ウチは!!お前だけでもなんとかしろ。というか、『何もするな』って言ったよな?通りで見かけなかったわけだ」
カルロは肩を落とす。自分の扉の力はあくまで異空間同士を繋げる力、牽制に使うのは少々苦しい代物だ。別の世界から何か強大なモノを召喚とかいう博打なんてしたかない。せめてオーギュスト、強いエネルギーを有りとあらゆるものに変換できるあいつさえいたら……と思ったが、こう言われたらどうしようもない。我が国の「主力兵器」でもある。提案した所で今以上に渋い顔されるだけだろう。

身内がダメなら、あの世界の誰かに頼るしかないのだろうか?カルロは街で情報収集することにした。あれだけ惨い仕打ちを行うのだから、女神正教に対して反感抱く人くらいいるだろうと読んだのだ。ある時、ゴミ箱から新聞を抜き取る。あの世界の言葉を解読するのにちょっと時間はかかったが、非常に恐ろしいことが記事になっていた。
【今月の神罰を受けた異端】
・エザー・テンペスゴーダ 天気詐欺罪
・ルルメ・ランズズ サシュヴァ・ヴェウ・マテリアン侯爵に対する殺人予備罪
・イアーカ・トピース フィオーラ・フィフィ・ルトゥ・テトルーメ公爵に対する殺人予備罪及びヘイズ関係者協力罪
・スチマレクの会 聖地侵害計画罪
・ニマノ大公国 邪デルテナ教援助罪
・アサギア共和国 聖地侵害幇助罪
どうやら「神罰」の対象は、個人だけでなく、集落、国家まで及ぶらしい。記事の横には神罰を受けたであろう人物の変わり果てた姿の写真が掲載されている。いつかのご高説と同じく見せしめなのだろう。

ふと、カルロの視界にある記事が目に入る。
【またフィオーラ36世領の不審死 黒きアリフェの仕業か】
その記事は、大貴族:フィオーラ36世に長年対立している人物が行なったとされる、犯行(?)についてこと細やかに書かれていた。同じ人物への殺害を共謀して「神罰」を食らった人物もいるのだ、ひょっとすると『黒きアリフェ』と接触すれば何か好転するかもしれない。
藁をも縋る気持ち、カルロはその『黒きアリフェ』にぜひとも会ってみたいと思った。思ったので扉の力でいきなり会うことにした。移住までの決行日が近づく。時間がない。
カルロが出した扉の先には黒いローブを深々と身に纏い、どんな人物なのかよく分からない人影が待っていた。
「──あんたらだったんか、あそこにいきなり野営地作ってたのは」
男性とも女性ともつかない声。──野営地といえば、カルロ達地球人が移住した後で生活する拠点のことだろう。そこにはテントやプレハブなど建てており、人が住む算段だ。一応、リディーヌがOK出したから……と政府による設営は着々と進んでいるが、先のリディーヌの体たらくやアリフェの反応からして実際はほぼ無許可に近い状態なのだろう。
「一応、リディーヌが許可したと聞くけど──ああ、紹介遅れた、僕はカルロ・メリエント・フェドール。あの野営地の人たちを……地球から連れてきたっていうのかな?まぁ、連れてきた張本人だ」
……つまり、お前も『異世界人』ってワケだな」
話が早くて助かる。
「そんなとこ」

「──で、お前の要件ってのは『女神正教の連中から地球人を守りたいから力を貸してくれ』ってことだろ?」
まだ本題言っていないのに、何故わかったのだろう?カルロはにわかに感嘆する。が、
「嫌だね、断る」
「ええっ、そんなぁ」
あまりにもシンプルなお断りの言葉。彼の声はだいぶ苛立っていた。
「当たり前だろ?いきなり目の前に現れて、しかもまず自力で何かしてる訳でもない。そんな自分勝手な奴の頼み誰が聞くか。慈善事業でも稼業でもないんだぞ」
「それはそうか」
カルロはガックリとして、また元の場所へ帰ろうとする。

……とはいえこれだけは言ってやる。お前この世界の連中と仲良くやる気は無いんだろ。人間達さえ無事でいられりゃ良い、と。だって連中の警戒を解くんじゃなくて、身を隠して斥候に明けくれてるからさ、まるでなんかの潜入調査、軍事作戦だ。偵察兵の頃の癖が抜けてない。だから『牽制して手出ししづらくする』って発想になるんだ」
続け様にガンガンと言いくるめるアリフェ。カルロはぎょっとした。なんでこいつは自分が昔扉の力で偵察や索敵、潜入していた事まで知っているのだろうか?ここまでズカズカ言われると「僕の何が分かる」と反論する隙もない。
「ま、女神正教の『神罰』を見たら、そうならざるを得ないのは分かるけどな。核兵器チラつかせる奴に核兵器で牽制するみたいな話は、まあまああるから……

アリフェに助けを乞おうとしたら、説教を喰らっただけに終わったカルロ。いきなり住居(?)に現れて頼むのはどうかしてたが、それはそうと今まで自分がやってきた事は、確かに彼の言う通り偵察ばかりで何か能動的な行動はない。
……僕は様子を伺ってばかり。それじゃあ、あれだけ言われる……
どうすれば人間達を守れるのだろうか。何をすれば人間達を守れるのだろうか。カルロはぼんやり自室のベッドの上に寝転がり、自問自答。思考はぐるぐる回り、中々煮詰まらず、悩むばかり。
今自分が持ち合わせているのは、町の様子や女神正教の諸々の情報。これを人間達が知ったらどんな反応するんだろう。嗚呼。3ヶ月後の移住決行までに……
カルロはピンときた。

自分には扉を使って偵察して情報得ることしかできないのなら、その扉や得た情報でなんとかするしかない。
……数日後、カルロの手には「神罰対象者」という処刑リストが握られていた。女神正教の神官達が集まる教会から拝借した物だ。扉の力や今までの偵察兵としての技術を以てすれば簡単な事。
「神罰」の対象者を救出(?)して自分達の拠点に住まわせると言うのだ。現地人を住まわせることに政府側の人間に対しては「緩衝材になる」「一緒に暮らして僕らは怖くないアピールになる」「労働力になる」「この世界の暮らし方を教えてもらえる」「ゆくゆくは架け橋になる」「リディーヌに頼りきりでも本人の負担が凄まじい」とまぁ色々捲し立て、渋々了承させた。
まあ、カルロとしては女神正教に命狙われてる人を助けて住処を与えれば、恩を売ることになるし、人によっては用心棒になり得るかもしれない。「あの」女神正教と全面対立は避けられないかもしれないが、味方は多い方がマシだろう。

ただ、「神罰」対象者リストを拝借する過程であまりにも恐ろしいことをカルロは知ってしまった。教会の地下だというのに、何故か目に入ったのはあの黒い三つ葉のマーク。カルロは悲鳴を上げそうになった。その意味を歴史書で知った。異世界のはずだ、きっと教会的な違う意味を指している、と思いたかったが、「神罰」を受けたいつかのガラス箱の人の惨状がフラッシュバックする。
「『神罰弾頭庫』……???」
拠点に戻った時、このことも政府関係者に伝えると目を見開いたのだった。無理もないだろう。原住民があまりにも危険なブツを所有している、と言う訳なのだから。
……確か神罰って国に対してもやってたよな……
「神罰」を受けたあの国がどういった状況になっていたのか、カルロは理解してしまった。

もう一つ気になることがあった。あの時、カルロが教会に潜入した時聞こえてきたのは「また聖女様がいなくなった」の声。リディーヌがまた脱走したのだろう。一体全体何のために外に出たのだろうか。ただ、今はそんなの考える余裕はない。
一方で拠点に住む原住民も増え、ちょっとずつ賑やかになっていく。彼らは女神正教による「神罰」を逃れた、曰く付き達ではあったが、カルロにはとても感謝していた。
「ありがとうございます……!私はヤツらに故郷を滅ぼされた者です。用事で遠出していた隙に家族がいた町は焼き払われ、理由も腑に落ちず教会を訴えたのですが、『女神に対する謀叛』と見なされてしまって……あなたは命の恩人です」
カルロの心にヒリついたものを感じた。この者は理不尽にも故郷を失い、剰え処刑されかけたのだ「アレ」で!カルロは重い口を開けた。
「それは……良かった」

その一方、自分には敵意はない原住民がいるということは、女神正教の印象、そしてリディーヌのことも色々聞けそうだ。カルロは自分が助けた原住民達にあれこれ聞くことにした。幸い、助けた人の中に学者だと名乗る人もいたのだった。
「女神正教って……正直どうなの?」
「女神様はこの世界をお創りになさったとっても偉大な御方だと思いますが、……教会は怖いです。奴らは腐敗し切って久しいのです」
やはり腐敗か、カルロは肩を落とす。
「腐敗、かぁ……
「ええ、はい……貴族達とはズブズブで、大貴族が政敵を蹴落とすために教会と協力し、『神罰』を下させる事が、まぁ……ざっと100回は下らんでしょう。奴らの『神罰』で国や種族も滅んだこともあります」
最早言葉が出ない。流石に100もないだろうが、恐らくカルロ達の地球でもたった一発だけでも超広範囲を荒廃させた「アレ」が、何度もブチ込まれたと思うと、寧ろよくまあこの世界が滅亡しなかったなと思えるくらいだ。
「あともう一つ、……リディーヌって何者?」
「聖女様をそんな呼び捨て……まぁいいでしょう。彼の方は女神様の血を引く尊い聖女様。普段は大聖堂の中で女神様の御言葉を聞き、それを神官達に伝えなさると聞いています。そして、儀式の時のみ我々民の前に御姿を見せなさる」
……となると、『神罰』を下すかどうかはリデ……聖女サマの権限で決めてるワケね?」
カルロはつい意地悪そうに聞いた。
「いいえ……正直、女神様や聖女様がそんなこと仰るとは小生は思わないのですよ。何せ、女神様は我々の先祖を争いで亡びかけた地からこの世界を導きなさった方。再び争いを起こすような御信託をするのでしょうか」
「まぁ、ブーメランだわな」
争い、恐らく戦争の類だろう、それから逃れるために原住民達の先祖がこの世界に来たのなら、確かに本来火種は忌避されるべきもののはず。だが、過ちは繰り返すと言うのだろうか?カルロは眉を顰めた。

「そうそう……お気をつけてください、カルロ殿。デルテナ教の信者と我々女神正教の信者はお互い共存できません」
「!?」
なんかまた新しい宗教が出てきたよ、とカルロは頭を抱えた。
「奴らは我々を邪教徒呼ばわりしています」
「ヴーっ!!!」
カルロは思わず叫んでしまった。邪教、か。ある意味女神正教にはお似合いかもしれないが、それはそうと全く穏やかじゃない、頭痛の種がまだあったのかよと。
「と言っても、お互い様かもしれませんがね。教会もデルテナ教を邪教として扱ってますから。一発で『神罰』の対象になるくらいには対立が厳しい」
「い゛ーーーーっ!!!」
「意外とデルテナ教との対立で街一つが荒れたなんて結構起きてるもんですよ」
「あ゛ーーーーっっっ!!!」
学者は狼藉するカルロの様子を見て思わず吹き出した。

……そういえばいつかの新聞にはそのデルテナ教と関わって処刑されたのがいたな……彼らは何を信仰してるんだ?」
カルロは学者に聞く。別の宗教、あの女神正教と対立しているのなら、信仰対象も教義も全く違うだろう。
「確か……『女神デルテナ』とやら『デルテナの書』とやらだったような。小生はあんまり存じないが、とにかく奴らの教義では女神様は邪神らしいのは確かだ。初めは女神正教の弾圧に困っていた人たちが集まったと風の噂では聞くがね。正直、女神様を邪神呼ばわりする連中とは上手く付き合える気がしない」
言うなれば女神正教被害者の会かもしれない、だが、学者のいう「対立」が些か引っかかる。うまくいけば協力関係になるかもしれないが、事件起こしたと聞くのだ、そこそこ過激な可能性がある。カルロは「そうか、ありがとう」と短く礼を言い、少し外の風にあたる事にした。
「大丈夫か?この世界……

カルロは柵にもたれ頭を抱えていると、彼の視界に自然と入ったのはボロボロの状態で倒れている女性。丁寧な装丁の本を大事に守るように抱えている。
カルロは何事かと思わず声をかけた。彼に見ず知らずの人を助ける余裕がまだあったらしい。
「大丈夫か?」
──またもやとんでもないものを引いてしまったようだ。助けた女性の口が開けば「デルテナ様が」「デルテナ様で」「デルテナ様だ」。間違いなくあの学者が言っていた「デルテナ教」の信徒なのだろう。カルロに緊張が走る。やっちまった。
「ああ、これもデルテナ様のお導き……
カルロの脳裏では、この女性をどうするのか、拠点に入れるべきか、拠点に入れざるべきかとぐるぐる掻き混ざる。入れるとしても、どう誤魔化そう。今まで向かい入れた原住民は、神罰の対象者かつ程度の差はあれど全員女神リディーナを信仰している様子であった。トラブルの予感しかない。

「ねぇ!『共存できない』って言ったよねえ!!」
今度は学者が狼藉しだす。目の前の「デルテナの書」を大事そうな抱える女性:デルテナ教の尼僧も、そもそも宗教嫌いな政府関係者達も嫌な顔。場の空気は💀髑髏💀だらけ、最悪だった。
「お前ホント運悪いな、カルロ。このままだとお前ヤバいぞ」
政府関係者がカルロの肩を叩く。
「こっちだって、あらゆる呪いを振り撒く邪神の信徒の巣窟だと分かっていたら……!」
尼僧は唇を噛み周りを睨みつける。
「呪いだなんて……確かに女神様は不届者に罰を与えるけども!」
学者は声を荒げる。
「でも、君その罰を受けそうになったんだよね。実態は神官達の制裁だろうけど」
この学者は確か、まぁざっくり要約すると「色々知りすぎた罪」で「神罰」の餌食になりかけたのだ。カルロはそのことを指摘する。すると学者はハッとして口をぽかんと開けた。
「あっ」
「やっぱり女神正教は正気じゃない……クソ神官どもの大義名分と化した神なんて……
尼僧は顔を覆った。
「悪い、頭に血が上ったようだ」
学者はその場から離れた。

そういえば、とカルロは振り返る。今この拠点にいる「神罰」を食らいそうになった人たちは、教会を恐れてはいるが女神そのものは信仰し続けている。「そんな女神の何がいいんだか」とカルロ達は地球人は常々思っていたが、もうこちらからどうこう言っても信仰するのを止めないだろう。
……話はまず聞いてなかったね。どうしてあそこで倒れていたの?事情だけでも聞きたい」
気を取り直し、カルロは尼僧の話を聞く事にした。彼女は完全に火薬庫みたいな存在になってしまったが、聞けるものは今聞いてしまった方がいいだろうと考えた。尼僧は答える。
「デルテナ様のお導きで、1人、ラテブラの地に赴いたの『世界の亡びを防ぐ鍵を持つ者がいる』と。そしたら、ラテブラ教会の手先どもに襲われて……命辛々ここまで逃げてきた訳」
「うーん、やっぱよく分かんない」とカルロの顔はそう言いたげな渋い顔になる。多分、彼女はデルテナ教徒ってだけであの神官達に目を付けられたのだろう。
「何か、そっちもなんか凄い御役目がありそうだけども……なんか……大変だったね」
「大変も何も!私たちデルテナの信徒は来たる亡びの時を乗り越えるために、聖者様と共にお勤めに励んでいるんだ。破壊蹂躙処刑権力濫用弾圧腐敗上等な女神正教とは大違いってワケ」
尼僧は息巻く。
「そう、なんだ……
カルロは尼僧が持つ本──恐らくデルテナの書であろう──が気になったが、残念ながら読むことはできなかった。「デルテナ様に導かれていない者には見せられない」だそうだ。それはご尤も、とカルロは諦めた。

デルテナ教も中々曲者そうで、頭が痛くなるカルロ。女神正教は女神の名を騙ってやりたい放題、デルテナ教は運命論とある種の終末論をガチで信じてる集団の可能性がある。
カルロはまた外の風を当たりに飛び出し、壁に項垂れた。偶然か、その隣では学者も体育座りをして項垂れていた。
「なんか……強烈だった……よくわからない目的で動いてる……
「無理も無いですよ、カルロ殿。奴らはよく分からない教えの元で動いてます。中央の主が、姉にして母なる者が、聖者がどうたらこうたら。女神デルテナとやらもどうせ教祖かなんかでしょう」
学者の声からは若干の軽蔑の色が見える。

翌日、尼僧は置き手紙を残し拠点から姿を消した。流石に女神正教の信者や地球人が多いここだと肩身が狭すぎるだろう。カルロは拠点内で争いは避けられ安心したような、尼僧のことでどこか後悔しているような、複雑な心境になった。
尚、例の書き置きにはこう書かれていた。
【デルテナ様は中央の主の祖は空間を繋げる力を持つと仰りました。心当たりはありませんか?】
カルロはギョッとした。「中央の主」なぞ全く知らん上、あの尼僧に扉の力は見せた記憶はないが……胸騒ぎがする。
そして更に翌日、拠点の周りには何と見慣れぬテントがぐるりと設置されていたのだった!!
「何事?!」
これには政府関係者達も困惑した。一体全体何が起きたんだ?!と。そしてそのうちの1つの入り口を乱暴に捲り上げると、なんとまあ……しっかりとした装丁本を抱えた人物が?!
「この世界は4000年後に亡びを迎えます」
「なんだこれ!!?!?!」
政府関係者はたまらずテントの入り口を勢いよく下ろした。
この騒ぎにカルロは恐ろしくなり、書き置きをもう一度開いた。
【デルテナ様は中央の主の祖は世界を繋げる力を持つと仰りました。心当たりはありませんか?】
「うわああああああああああああ」
カルロは思わず叫んだ。彼の額に冷や汗が浮く。経緯はわからないが、多分、ロックオンされている。このままではデルテナ教徒の訳のわからない妄想に、守るべき人間達が巻き込まれてしまう。そして「お前のせいでは?」と言わんばかりの政府関係者達の冷たい視線。

そしてまた翌日、カルロが目が覚めた時、彼は拠点の一室のベッドの上にいた。いや、ベッドというには些か機械が多く並び、四肢には拘束帯。事態の把握ができず、頭の整理も追いつかない。
恐らく昨日のデルテナ教徒のテントだらけが原因だと思ったが、これから自分はどうなってしまうのかカルロは不安になる。
……どうしてこうなった」
……元を辿れば、カルロはこの移住計画の核として加わり、色んな世界を扉で繋げては閉じ、繋げては閉じ。たまたま見つけたこの世界でも原住民がいるから彼は辞めようと政府に提言した。だが政府はリディーヌの「住民達を説得してみせます」の言葉ただ一つだけを頼りに、ただひたすら拠点の設営ばかり。
そこで彼は猛烈に不安を覚えて、原住民達の様子をこの目で見ようと街に出て目の当たりにしたのは、女神正教の神官達が見せ物のように「神罰」を下した人を晒し、人々がそれに熱狂する光景。肌で感じた、いつか必ず自分達地球人がこの「神罰」の対象になってしまうのではないか、という恐れ。女神正教の、ラテブラ教会に屈した所で、自分達地球人が攻撃の矛先に向けられないとは言い難い。
しかしリディーヌは、女神正教における聖女らしいが、神官達からは雑に扱われ、そして何かやった素振りはない。カルロは彼女に頼ってはダメだと思った。
だからどうにかして教会に対抗し、地球人達を守る為に協力者を探すことになった。手始めにカルロは自身の力を用いて「神罰」の標的になった人々を拠点に連れ出した。だが、カルロは女神正教と互いに敵対するデルテナ教の尼僧も拠点に連れ込んでしまい、えらいことになった。
……何だか、場当たり的、無計画、突発的。カルロは反省する。どう責任取ろうか、そのことが頭に浮かぶ。

それはそうと、例えどこかに幽閉されたとしても扉の力を使えばいつでも脱出はできる。だが、それは扉を開ける手と、その向こうへ入る足が自由でなければ意味がない。今、ベッドの上で四肢が固定されているのは、カルロが逃げ出さないようにする為。自身の弱点を突かれたような物だが、こうなってしまうとカルロは自力ではどうにも出来ない。
「今、外はどうなっているだろう……
カルロはポツリ、呟く。必死にあのテント群を追い出そうとしてるのだろうか?
すると、政府の幹部が部屋の中に入ってきた。彼の視線はやはり冷たく鋭い。
「あの時『何もするな』と言っただろ?何故我らの命令に背いた?」
「そりゃ勿論人間達を守る為だよ」
カルロは即答。
「──既に人がいる他所の世界に住むことになるんだ、この世界の人のことを知らなければ、不用意な争いに繋がりかねない。でも、君たちは何もしなかっただろう?すぐ近くに人間達含む僕らに危害加かねない勢力がいるっていうのに!」

だが、幹部は眉ひとつ動かすことはなく淡々とひている。
「御託はいい。今必要なのはお前の力だけだ。弱い人間達のことで余計なことするお前はいらん」
その時、部屋に何人かの医療班が入り込み、部屋中の機械を操作し始める。その機械はカルロを縛り付けている拘束帯と繋がれており、その信号やら電撃やら、諸々が彼の体に一気に駆け巡り始める。それは経験したことのない程の痛み。
「!!!!!!????!!」
そして、部屋でカルロの悲鳴が響き始めた。


それから何度、日が昇り、日が沈み、また日が昇ったのだろうか。カルロは混濁する意識の中ふと体を起こそうとするが、四肢の拘束帯のせいでそれが叶わない。だがそれ以上に全身が鉛の如く異様に重い。そして腕には点滴が繋がれていた。視線の先には空の点滴がぶら下がったスタンドがたくさん放置されている。
……?なにごと……?」
一体全体何があったのか……彼の記憶は一切合切抜け飛んでいる。
扉の向こうで何か聞こえる。

「ねえ、初めからそうすりゃ良かったじゃん。カルロが余計なことしなくて済んだのに。それよりさ、凄いなこの世界。地球だと使い果たしたあれやこれがいっぱいあるじゃん。これなら、我が国の大逆転も夢じゃない!!」

どこかで聞いた事ある声。はて、誰だったか。カルロはまるで脳の中が濃い霧で満たされているかのように、全く頭が回らない。何が大逆転なんだ。だが今の彼はそんな疑問について深く考える事さえ出来ない。
「さてと、今日もお願いしますよ」
人がまた部屋に入り、機械を操作し始めると、またカルロの意識は痛みの中に引き摺り込まれた。

ある時、カルロはこんな夢を見た。多分夢だ、夢だろう、夢に決まっている。
恐らく夜、暗く皆寝静まっているのか聞こえてくる物音が殆どない部屋の中。そんな静寂の中、何かが這いずる音が耳に入る。
何事かと思いカルロは起こせぬ体を何とか動かそうとするが、やはり拘束と身体の怠さで金縛りにあったかのようにビクともしない。
そして何かが扉を開け、入ってきた。
「!!!!!!!」
暗い部屋の中、廊下からの光でわずかに照らされたその姿は正に異形そのもの。光る目がより恐ろしさを際立たせる。
その異形がベッドの上で身動き取れないカルロの上に乗ると、彼の意識はまた真っ黒に飛んだ。

「ゆめ……
多分夢だ、夢だろう、夢に決まっている。
カルロが目が覚めると、丁度誰かが彼の体を拭いている所であった。
「あんたも大変っすね。力を無理やり引き出されてる上に、やることしっかりやらんきゃいけなくなったとかさ。ま、あれで無事に子──」
またカルロの意識はブツっと切れた。