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Nagisa_burn
2025-11-12 15:39:36
36659文字
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ウィークエンド・ショコラ【更新中】
現代パラレル白黒 ショコラティエの白さん×新人ライターの一護さんの話です。
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オペラ・フランボワーズ【更新中】
「ずいぶん気に入られたみてえじゃねえか」
意図をはかりかねて首を傾げれば、承認印を捺した六車がこちらを見て、再び書類へと視線を落とした。サンプルとして印刷した記事はショコラティエ・黒崎真白の特集で、以前のインタビューが人気を博して今回で連作の三回目となる。ページも大幅に増えたことで、文字だけでなく大きな写真や余白を使った魅せ方もできるようになった。
「無愛想で気難しくて取材を受けねえって評判だったからな。ウチがこうして独占してるのを見て他所が歯軋りしてる」
「
……
そうなんですか?」
「ウチの中でも、な。俺としちゃあ部数が伸びるに越したことはねえが、まあ念のため気をつけとけよ。名前が売れれば仕事に繋がるが、名前が売れると碌なことにもならねえ」
六車は一護の恩人だ。施設を出て、さてどうやって働けばよいのかと途方に暮れていた中学卒業直後の一護を出版社のアルバイトとして雇ってくれた。当時は編集長ではなく人事を兼任する職員のひとりだったが、彼に拾われなければ一護はきっと複数のアルバイトを掛け持ちして走り回ることになっていただろう。
強面で口も悪いが情に篤い。檜佐木の憧れというのもうなずける人徳に惹かれて入社した社員は多い。一護の過去を知る数少ない者の一人でもある。
「肝に銘じます」
「
……
本当にわかってんのか? さっきのは仕事上の話でもあるが、それだけじゃねえぞ。記事に名前が載り続ければ、嫌でも人の目に入るだろ。おまえ、今でもあの施設の奴に金を無心されて
……
」
「わかってる。でも、みんなそうやってきたから」
「
…………
忠告はしたからな」
「うん、ありがとう」
上司と部下ではなく、一個人として感謝を述べる。しばらく黙っていた六車は、やがてしぶしぶといった様子でため息を吐いて、確認を済ませた記事を手渡してきた。彼の気遣いはありがたいものだったが、リスクを承知の上でも今の立場を崩すわけにはいかず、ましてやこの仕事を誰かに譲る気も更々無かった。
無い、のだが。
「ん」
「
……
これは?」
「今日の試作品」
「日替わり商品でも出すのか?」
「あ? ンなワケねえだろ、出来栄えが安定しないモンはリスクが高すぎる」
「ならなんで毎回違うものが出てくるんだよ」
「俺の趣味だ」
皿に乗せられていたのはグラサージュが輝くオペラケーキだった。何層も重ねられたビスキュイとガナッシュ、彩りを添えるフランボワーズソース。美しい断面に隙はなく、見るからに手間がかかっているそれはおおよそ片手間で作るものではないだろう。だからこそ趣味なのだと言われてしまえばそれまでだが。
一護がほんの少し困っているのがこれだ。あのお見舞い以降、真白は不定期に"お茶会"を開くようになった。それは打ち合わせの前後であったり、はたまた何もない休日であったりさまざまだが、真白はその都度ショーケースには並ばないものを一護に提供した。彼からすれば作りたいものを作って食べているだけなのだろうが、ショコラティエ・黒崎真白に憧れと尊敬を抱く一護からすれば、公にできない菓子を自分だけが楽しむというのは非常に心苦しい。
ライムとホワイトチョコレートのマカロンは飛び跳ねるほど美味しかったし、とろけ出すカカオフィナンシェを口にした時は顔を覆った。目の前でホイップクリームを絞られて仕上げられたチョコレートプリンを頬張った時は、どうしてこれを記事にできないのかと涙ぐんだほどだ。
そして今、じっとこちらを見る真白の前で一護はオペラケーキを口に運ぶ。分かれた層の乱れのない美しさはもちろんのこと、フォークを刺してもばらばらにならない。縦に切ったひと切れを頬張れば、複雑な味わいが口の中いっぱいに広がった。カカオの華やかさ、コーヒーのかすかな苦味、バタークリームのコク、フランボワーズの酸味。文句無く美味しいオペラケーキは、困る一護から憂いを吹き飛ばし笑顔をもたらす。
「美味いか?」
「
……
めちゃくちゃ美味い」
「ならいい。今回も上出来だな」
「なんでこれがショーケースに並ばないんだよ
……
」
「二度言わせんな。趣味だからだ」
「趣味と仕事は違うのかよ」
「違うね。天と地ほども違え」
紅茶のおかわりを注ぎながら真白は迷いなく言い切った。すばらしく美味しい、けれどこの世には出ないケーキを食べながら一護はううんと首をひねる。聞いてみたいが、聞けば何かが変わってしまうような気もする。けれど猫をも殺す好奇心には抗えない。
「
……
なあ、美味いしありがたいけど、なんで毎回作ってくれるんだ? 趣味って言うわりに、店のスタッフには食べさせてねえみてえだし
……
」
マカロンの話をした時、店員のリルカは「ハア!? そんなのあるならあたしにも寄越しなさいよ! 家でこっそり焼いてんの!?」と怒って頬を膨らませた。それ以降、このお茶会で出る菓子の話はしていない。まかないや余りの類いではなく、このためだけに作られているものであると察したからだ。
「なんつーか、その、」
「なんだ、不快か?」
「そうじゃなくて、ただ、あー
……
」
リルカとの会話を聞いていたギンはいつもの笑みをいっそう深めて笑って言った。なんや、そんなんまるで、と。ひどく楽しそうに。
「
…………
特別扱いされてるみてえで、調子が狂う」
もにょもにょと歯切れも悪く音にして、そそくさと紅茶を飲む。思いのほか熱くて一気に飲めず、火傷寸前のところで慌ててカップから口を離した。奇行すぎて呆れられているだろうと思いながら、恐ると視線を上げる。
真白は笑っていた。頬杖をついてこちらをじっと見つめたまま、その金の瞳を三日月にゆるめ、見たこともないような顔で。
まるで。そう、まるで、ほんとうに、特別みたいな。
「
…………
あ、の、」
「まあ、そうだな。アンタの言い分にも一理ある。毎回毎回甘いモンじゃあ食傷気味にもなるだろうよ」
「え? いや」
「なるほど確かにその通りだ。なら解決策は一択だな、特別じゃねえ、甘くもねえ、ありふれたモンを食えばいい」
カップの中身がくるりと回る。行儀も悪くマドラーでこちらを指さして、否定も肯定もすることなく、固まる一語を置き去りにして真白はどんどん話を進めた。
「飲みに行こうぜ、一護。心配すんな、俺の奢りだ」
―――
あたかも始めから、計画通りだとでもいうように。
(続)
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