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Nagisa_burn
2025-11-12 15:39:36
36659文字
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ウィークエンド・ショコラ【更新中】
現代パラレル白黒 ショコラティエの白さん×新人ライターの一護さんの話です。
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*ショコラ・パルフェ
開店前の準備は、ここで店を始めた時からずっと真白の役目だ。スタッフも出勤するが、ほとんどの作業は真白が先に済ませていた。信頼していないわけではない。己の感覚を大事にしたかったからだ。
朝四時半に自宅兼店を出て、十五分間のランニングをおこなう。雨でも雪でも夏でも冬でも変わらないルーティンは、気温と湿度を確認するためのものでもあった。チョコレートはいきものだ。ありとあらゆる条件で味も仕上がりも変わってくるため、毎日同じようには作れない。状況に応じて配分を変え、その日一番美味しいショコラを生み出すのがショコラティエとしてのプライドだ。
五時には厨房に入り仕上げにかかる。開店した後も奥にこもってかかりきりになるが、まずは数と種類を揃えなければ話にならない。昨日完売したもの、最近の売れ行きと傾向、今日の条件を加味して数を決める。そうして出来上がったショコラが、スタッフたちの手によってショーケースに陳列されるのだ。
朝九時四十五分。開店十五分前に、ようやくひと息つく。厨房の端に用意したベンチに座り、帽子とマスクを外してプロテインバーを食べ、片手間でSNSを確認する。更新は雛森がまめにしてくれているので任せきりだ。写真の撮り方も載せ方も上手い。コメントの返し方もライン引きに手慣れている。あれは真白にはできないので適材適所だ。
「ちょっと真白、またそんなの食べてんの? 家戻ってちゃんとしたもの食べなさいよ」
「あ? いいんだよこれで。昼と夜で調整する」
「もー
……
。倒れても知らないからね」
「自己管理できねえでどうすんだ。てめえこそ甘いモンばっか食ってんじゃねえぞリルカ」
「味見で渡してくるのアンタでしょ〜!? しんっじらんない! 桃、どう思う!?」
「リルカちゃん、もうお店開いちゃうよ」
わざとらしく足音を立てながらカウンターに戻っていくリルカを見て抱く感想は「今日も元気だな」だ。ああ言ってはいるが、リルカのデザインセンスは信頼している。季節ものは特に、だ。自分の作品には当然自信があるが、自分だけでは創造の幅も狭くなる。その点、彼女の自由奔放な発想はイメージの起点になることも多かった。
「
……
、」
スマートフォンが震える。メッセージアプリを起動し、手早く確認する。プロテインバーのゴミを丸めて捨てながら立ち上がり、真白は店の奥へ向かった。裏口を出たところで画面をタップし、耳に当てる。ワンコール、ツーコール、スリーコール。
『
……
もうオープンじゃないスか』
「俺は前に出ねえからな。それで? どうなった?」
『記事自体はオッケー出ました、あとは校正やら何やら諸々終わったらまた持っていきます。早くて三日後あたり
……
。そこで最終確認お願いします』
「了解」
『それじゃあ、俺はこれで。朝の忙しい時にすみません』
「来週からほぼ夏だろ」
謝罪にかぶせるようにして言えば、沈黙が返った。どう返すのがベストなのか考える間があって、結局『はあ、まあ』と曖昧な相槌が聞こえてきた。壁にもたれて快晴の空を見上げる。新緑は染まりきり、気温も上がって、いよいよ六月に差し掛かろうとしていた。
「数席だがイートインスペースをつくる計画が出てる。夏限定だけどな。午後二時から午後六時まで、その日の分が無くなり次第終了。数は
……
、まあ二十か三十ってトコか」
『
……
何を出すんですか?』
「チョコレートパフェ」
『パ、』
「死ぬ気で休み取れよ。閉店ギリギリ滑り込みなんざ言語道断、座らせる席もねえからな」
返事も聞かずに通話を切る。暗くなった画面の向こうでひっくり返っているだろう男の姿を想像して、真白は口もとに笑みを浮かべた。オープンと客入りを知らせるドアベルが鳴るのを聞いて、汗ばむ陽気から背を向けて戦場へと身を躍らせる。今日も忙しくなりそうだった。
「夏は売り上げが落ちるんだよ。わかるだろ」
「そりゃ、まあ
……
。溶けるからだろ」
「温度が変われば食感も変わる。食感が変われば味も変わる。繁忙期は冬で、夏は閑散期だ。わかりきってることだからな、いつもはジュレ入りやら塩付きやら、冷やすこと前提の夏向けの商品を作ってる。食ったか」
「限定品は、売り切れて買えなかったもの以外はほぼ
……
。一昨年のさくらんぼのやつが好き、あとライムココナッツ」
アイスコーヒーがぐるぐる回る。溶けた氷で薄まったそれを三分の一ほど吸い上げて、真白はソファに深くもたれ直した。記事の確認とすり合わせは済み、今はもう雑談だ。こちらのことを理解しているぶん、仕事の話は早くて助かる。邪魔をせず、よく調べ、真白ではなくチョコレートについて詳しく書き上げた原稿は満足のいく出来だった。
一護との打ち合わせは、もっぱら真白の家でおこなっていた。移動が楽なのはもちろんだし、レンタルスペースを借りるまでもない。誰が見聞きしているかもわからない場所で仕事の話をするつもりもなく、目立つのも御免なので真白が指定した。どうせ来たことのある男だ。
萎縮していた一護も、今ではずいぶん楽に過ごすようになった。初めは本当にガチガチで、もともと口が悪い真白が相槌がわりに「あ?」と問うだけで顔を真っ青にしていた。そんなに怯えなくても殴りはしないと伝え、時には斬月にも同席してもらい、ようやく今の状態に落ち着いたのだ。
「チェリーボンボンは今年は無理だ。あン時は特別いいのを卸してもらったからな、満足のいく出来だった。テイクアウトのソフトクリームは?」
「食べた。ホワイトチョコとスイート、ビター、全種」
「あれもそれなりに人気だ。当初は季節限定の予定だったが、アンタみてえな"お得意様"が多くてな。通年商品に切り替わった。つーワケで、ソフトクリームの新フレーバーってだけじゃパンチが足りねえ」
「それで、チョコレートパフェ?」
うなずいて、あらかじめ纏めておいたスケッチブックを手渡す。メニューの考案時に真白が使う、企業秘密のそれだ。この男はクソがつくほど真面目なので、中を見る時はいつも使い捨ての手袋を使う。今だって、バッグから取り出されたそれを身につけて「拝見します」と恭しく掲げた。王にでもなった気分だ。ガラではない。仕事モードに切り替わった一護の瞳が紙の上をなぞって、じっと見つめてから唇がひらいた。
「
……
二案ある」
「ショコラティエらしくチョコレート一本で勝負するか、季節に合わせた構成にするかで決めかねてる。店の奴らにも斬月さんにも聞いたが、見事に意見が半々ときた」
「真白さんはどっち寄りなんですか?」
「
……
初めての試みだからな、売れるかどうかもわからねえ博打みてえなモンだ。一回限りにするのか、来年もやるのかすらも決まってねえ。それを踏まえた上なら、チョコレート一本のほうがいいだろうな」
とはいえ、そちらが楽なわけではない。どの商品もそうではあるが、己の腕とプライドを賭けた作品になる。これで大コケすれば目も当てられないが、おそらくはそれなりに売れるだろう。だからこそ、だ。
「俺は、こっちのほうがいいと思います」
―――
……
だからこそ。それなりの評価が担保されたもの以外への挑戦に、意味が生まれてくるのだ。
「構成も夏らしいし、何より華やかだ。チョコレートのみでも絶対美味しくなると思いますが、俺は真白さんの作る夏の味が食べたい」
「
……
言うじゃねえか。そんだけ言われちゃァ、受けて立つしかねえな」
口角が上がるのを自覚する。そうと決まれば、ここから一秒だって無駄にはできない。アイスコーヒーを一気飲みして立ち上がり、リビングから厨房へと向かう。後ろでがたがたと慌てて片付けている音がした。小走りで駆け寄ってくる男を見やって、冷蔵庫から取り出したそれを放り投げる。
「どわぁ!? っちょ、っと、わ、何投げて
……
」
「ひとまず記事は持ち帰れ。再来週には公式SNSで告知する。記事の最後にその情報を載せてもいい。そいつはオマケだ」
「おまけ
……
」
「試作。並ばねえやつ。いらねえなら置いてけ」
「いります! ありがとうございます! それじゃあ俺はこれで! 新作、楽しみにしてます!」
「おー。また連絡する」
ぶんぶん手を振って、うれしそうに笑いながら一護は帰っていった。残りの試作を手の中でもてあそび、口に放り込む。今年はあまりいいものが手に入らず、自分用にしか作らなかったチェリーボンボン。
まあ、土産程度になら充分だろう。それでなくとも、あの男は真白が作るものなら割れチョコの詰め合わせだって喜ぶのだが。
*
公式SNSからの告知配信の最後に真白が登場すると、視聴者数はわかりやすく跳ね上がった。その数字の移り変わりに辟易しながら、あらかじめ用意してあった原稿を読み上げる。とってつけたような「よろしくお願いします」で締めくくれば、コメントは絵文字と返事、それから「食べに行きます!」の声であふれた。それが本当かはさておき、多少は雑誌の売り上げの助けになるだろう。
新作パフェについての反応は上々だった。イメージです、の注釈をつけた上で投稿した試作の写真に寄せられたコメントには雛森とリルカが手分けして礼を述べ、チョコの素材やアレルゲン情報を求める声には真白の確認が入った上で回答した。キリのよいところで切り上げたが、それでも総コメント数はかなり多い。
ハートの反応だけを寄越してきたアカウント名をタップする。15の数字とオレンジの絵文字が並ぶ非公開のアカウントは、黒崎一護のチョコレート記録だ。フォロー数は多いがフォロワーは二人。参考に見せろと半ば押し切った真白と、その時同じ場にいた斬月だ。
自己満足の世界だから役に立たないと言ってはいたが、素人の忌憚なき意見のほうが参考になるものだ。一護の投稿にはランキング付けやおすすめ度といった俗っぽい評価はなく、ただ淡々と、食べて感じたことが並べられていた。すべてではないが、買った日の天気と気温、持ち帰るのにかかった時間、冷やした時間、食べきるのにかけた時間、食べた場所から時には己の健康状態まで記録してある。真白の店だけでなく、超有名メーカーから手作り市のチョコレートまでが並ぶそれを、真白はひとつひとつ、時間を見つけて読み込んだ。
「
…………
あ?」
一番初めの投稿まで順に遡ったところで、真白は声を上げた。寝転んでいたベッドから起き上がり、腰かけた状態で投稿の説明文をじっと読む。
『食べたチョコレートの記録をつけようと思う。記憶を頼りに探してみたら見つけたから、最初はこれにする。思ったよりは高くなかった。何味があったかは覚えてない。食べてたら血の味を思い出したからやめた。もうこれは買わない。』
日頃のちょっとしたご褒美にも買えるような、有名メーカーのボックス入りチョコレート。バレンタインの定番であるそれは、確かにその日以降の投稿には出てこなかった。これだけの熱量でチョコレートを求める男の、おそらくは原点となるなんらかの記録。
黒崎一護は、どうしてあんなにもチョコレートが好きなのだろう。
中核を担うココナッツソルベは、なめらかさよりもココナッツそのものの食感を出すことを優先した。パウダー状にするのではなく、細い繊維をそのまま活かす。シャクシャクとした歯触りを口の中で転がしながら、これに合う構成を組み立てて調節していく。
フルーツはマンゴーをベースにバナナとパイナップルを。ホワイトチョコレートを繋ぎ目に、ビターチョコのアイスとミルクチョコケーキを忍ばせる。トロピカルサマーをイメージして、ローズの香りをジュレに閉じ込めた。後味はあくまで爽やかに、ライチの果肉を底に敷く。食べ進めていき、何と混ざっても美味しく食べられるよう、ライチの華やかな味わいに彩りを添えるソースを作る。
トップには花びらを模したホワイトチョコレートを添えた。先端を金箔で飾り、カカオチュイルとエディブルフラワーを盛り付ける。夏の空にも映えるような、見目美しいパフェグラスがそこにあった。
まあまあだな、と、思う。完璧だとは思わない。試作を重ねて出来上がった完成品第三号をじっと見つめ、それから真白はグラスをトレイに乗せるとキッチンを出た。廊下を進み、ドアを開け、また進み、ノックをするのとほぼ同時にドアノブに手をかける。返事が返るころには、真白はもう部屋の中へとずかずか入り込んだ後だった。
「味見」
「これまた豪華だな」
「どうせ昼食ってねえだろ。兼用だ」
「まあ、構わないが。コーヒーが必要だな」
「俺が淹れる。溶ける前にさっさと食って感想くれ」
エプロンを外しながらキッチンに戻り、片手間でざっと片付けながら二杯分のコーヒーを淹れる。部屋に戻ると、斬月は中腹あたりまで食べ進めていた。早くて結構なことだ。
「このソルベはいいな。食感が楽しい、香りが良い、添えられたフルーツソースも相まって常夏感が強い」
「だろ」
「チョコレートはもう少しビターなほうがいいかもしれん。私の好みだな、フルーツに甘さがあるぶんコントラストが欲しい。
……
これはライチか? 生の果肉を使ったのか」
「そうやって底から引っ張り出す奴向けだ。単体でも、アイスと一緒でも、ジュレとでもいい。ただこれをそれなりの数卸してもらうには頭下げねえとな、
……
面倒だが仕方ねえか」
斬月の言葉をメモしていく。着実に食べ進めていく斬月がスプーンを置き、総括を述べ終えたところでようやく真白もコーヒーに口をつけた。深く息を吐き、ノートを閉じる。ソファの背もたれに体をあずけ、ぼんやりと天井を見つめた。ここ数日はパフェの試作で忙しくしていたので、頭の奥が霞んでいる。まとめて睡眠を摂りたい気持ちはあるが、提供開始までにどこまでこの作品を詰められるか。
「
……
なあ」
「なんだ」
「食いたくもねえ、二度と選ばねえって思うのは、どんな時だと思う」
鈍る脳のまま、真白は呟いた。ずっと片隅で考えていたことだ。
タブレットにすべらせていた手を止めて、斬月が顎に手を当てる。ぎい、と、もたれかかる体重を受けとめたチェアが軋んだ。
「時と場合にはよるだろう。提供されたものが酷かったか、提供する者が酷かったか。それは架空の"もしも"の話か?」
「
……
昔あったらしい、現実のハナシ」
「ふむ。では、そうだな。最たる理由がどれにせよ、思い出したくもないというのが一番では?」
「
…………
」
「真白。疑問があれば順を追って細かく話しなさいと、かつて私は教えたはずだ」
言葉選びこそ厳しいものの、口調はあくまで穏やかだ。真白の保護者であり後見人となったその日からずっと、斬月は真白と対等だった。父であり友人であり理解者であり他人であり、どこまでも家族だった。
「
……
俺が個人的に聞きてえことを、答えを知らねえあんたに聞いてただけだ。そのうち本人に聞く」
「ああ、そうしなさい。けれど踏み込みすぎないように」
「わーってるよ。線引きは守れ、だろ。耳にタコができるまで聞いた」
立ち上がり、深呼吸とともに伸びをする。少しだけ仮眠を取ってから作業に取り掛かろう。どうせこれが出来上がれば一護も嬉々としてやってくるのだ。提供時間内に仕事の都合がつけられるかどうかは不明だが、あんまりにも可哀想なことになっていたら一食分の材料は残しておいてやってもいい。貸し借り無しにできるとは思わないが、それなりの対価にはなるだろう。
───けれど、予想に反してその期待は裏切られることになった。
新作ショコラ・パルフェの販売開始日。その前日の夜遅くに、メッセージが一護から届いた。翌日に備えて早めに眠りについた真白は、そのメッセージを目覚めとともに受け取って、呆然と固まることとなる。
『夜分にすみません。本当に楽しみにしていたんですが、急用が入り、しばらくお店には行けなくなりました。数日で戻れるといいですが、今のところ未定です。また、余裕ができたら連絡します。黒崎一護』
トロピカルサマーがぴったりな晴天だった。蝉の声を聞きながら、無難な返信メッセージを打ち込む。わかった、都合がつけばまた教えてくれ、何があったか知らないが無理すんなよ。そういう文章を並び立てて送信ボタンを押し、真白はスマートフォンを置いた。
落胆は、彼に対してのものではない。嘘をつかれたとも、騙されたとも思っていない。そんな器用な男ではないことくらい知っているからだ。本当に、何らかの外せない用事ができたのだろう。もしかしたら身内の不幸かもしれないし、責める気になどならない。
ただ、どうにも虚しさがあった。ぽっかりと穴が空いたような心地で、いつもよりものろのろと支度をする。ルーティンをぎこちなく終え、商品の最終チェックをして、店員たちと今日の予定について確認し、初めての試みに対して気合いを入れて臨む。ドアベルが鳴り、わくわくした顔で入店する客の姿を厨房から眺めながら、ああ、と、ようやく腑に落ちた。
(
…………
あいつにもこうして食べてほしかったのか、俺は)
席についた若い女性たちが意気揚々とショコラ・パルフェを注文する。オーダーが届き、返事をして、真白は手を動かした。淡々と仕事をこなしながら、美しいパフェグラスが運ばれていくさまを横目で見る。
小さな歓声と、カメラのシャッター音。それがあのオレンジ色の男によるものではないことに、どうしようもなく心の奥底が軋んでいた。
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