riririnf
2025-11-07 21:00:00
27686文字
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ダイヤモンドなんて似合わない

《なみセレ2》有志企画【ヌヴィフリ×宝石企画 Tu es mon bijou à moi】
テーマ『ダイヤモンド』 ※主催溶けかけ。様(@haiiro1714)
水神時代の宝飾品を全て置いていったフリーナと、何とかフリーナに返したいヌヴィレットの話



……はあ……
 フォンテーヌの空は今日も曇天。陽光遮る鈍色を自宅の窓から見上げ、フリーナは溜息をつく。この鈍色はパーティ会場でヌヴィレットを突き放したあの日から、ずっと変わらない。
 フォンテーヌのお天気模様は、そのままこの地に住まう水龍のご機嫌模様だということを知っているフリーナからすれば、これは由々しき事態だった。
 何しろフリーナはこれから、この天候の原因たる水龍ヌヴィレットとの面会を控えているのだから。
 一ヶ月前、全ては時間が解決してくれる、なんて楽観を抱いていた呑気な自分を殴り飛ばしたい。ことはそんな簡単な話ではなかった。
 まさかヌヴィレットが、イヤリングにああも切実な感情を抱いているなんて。
 分かっていれば、もっと違った心の持ちようがあったのに。
 ……いや……違うな。全部、言い訳だ。
 フリーナは再び溜息をつく。今度のこれは自責の念から零れたものだ。
 フリーナはきっと心のどこかで、ヌヴィレットを甘く見積もっていた。
 感情に疎い水龍だから、贈り物に深い意味などない。心優しい彼だから、フリーナがどんな態度を取っても受け入れてくれる。フリーナの言動に傷つき嘆くことなんてない。
 そんなわけがないのに。
 ……甘えていたんだ。
 テイワットで最上位の存在である彼は、脆弱な人間であるフリーナとはまるで異なる、頑強な精神を持っている。フリーナはそんな彼の強さに、幾度となく助けられてきた。
 たった独りで、いつ終わるとも知れない過酷な舞台に立ち続けなければならなかったフリーナにとって、いつでも揺るがぬ姿を見せてくれるヌヴィレットの存在がどれほど心強かったか。
 フリーナをイミテーションとするならば、それこそ彼はダイヤモンドだ。硬度も純度も輝きも、他を寄せつけない圧倒的な美しさ。それがヌヴィレットだった。
 けれど、ダイヤモンドだって割れるのだ。ある一定方向への衝撃に対しては脆く、案外簡単に砕けてしまう。
 ヌヴィレットも同じだ。悲惨な審判のたびに心を痛めて雨を降らせて。今だって、空を曇天にして悲しんでいる。……フリーナのせいで、泣いている。
……今日で、最後にしよう」
 意識して言の葉に乗せ、絶対の決意を強くする。
今日の面会を最後に、もうヌヴィレットとは会わないようにしよう。
 会計報告は今後も続くが、今後は郵送でのやり取りに変えてもらおう。不備があった場合には少々手間をかけてしまうが、その代わり無理をして時間調整をしてもらうことも、不毛なやり取りによって彼を煩わせることもなくなる。
 そして何より顔を合わせることがなくなれば、これ以上ヴィレットを傷つけることもない。
 総合的に考えれば、これは双方にとっていいことだ。
……よし」
 今日だけ、頑張ろう。
 長い袋小路からようやっと抜け出して、少しだけ心の靄が晴れたフリーナは、窓から視線を外し、ドレッサーへと向かった。
 そしてあの日と同じ湖光の鈴蘭のイヤリングを身につける。──これで準備は整った。
 いざ決戦の地へ。そう意気込み勇んで玄関扉を開ける。
「ごきげんよう。フリーナ殿」
「へ……?」
フリーナの目が点になる。扉の向こうに、決戦の地──本来パレ・メルモニアの彼の執務室でフリーナの到着を待っている筈の人物、ヌヴィレットが立っていた。
「な、なんで……?」
 回らぬ思考と口で、なんとか疑問を発する。もしかするとフリーナが約束の時間を大幅に勘違いしていた? そして待ちぼうけを食らったヌヴィレットが迎えに来た? だとしたら、非常に申し訳ないことになるのだけれど……
「驚かせてしまい、すまない。面会の時間まではまだあるのだが、その前に話をしたいと思い、ここで待たせてもらっていた」
 どうやらフリーナの落ち度ではないらしい。なら、ひとまずは安心だ。
 フリーナは一瞬だけ安堵して、そしてすぐに思い直した。
「──いやいや待って。いつからいたの?」
 面会時刻からある程度逆算できるとはいえ、フリーナがいつ家から出てくるか、正確な予測は不可能だ。加えてフリーナは待ち合わせにはゆとりを持つ方だ。現に今も約束の一時間前。早めに家を出て、パレ・メルモニア近くで定刻まで適当に時間を潰すつもりだった。
 ならば張り込みをする側には、それ以上のゆとりが求められる訳で。
 ヌヴィレットは口元に手を添え、少しだけ考える素振りを見せる。
「例えば君に事前の用事があり、早めに家を出るという可能性も捨てきれなかった。故に、ゆとりを持って今朝六時頃にはここで待機していた」
「な、なんだってぇっ!?」
 フリーナは思わず大声を上げて仰け反ってしまった。いくらなんでも、ゆとりを持ちすぎではないだろうか。
 いやだって、今もう正午を過ぎてるよ? 六時間以上ここにいたってこと? 昼ごはんは? もしかして朝ごはんも抜いた? うん、確認するまでもなく抜いてるだろう。何をやっているんだキミは。
 重要なことは絶対にそれではないのに、混乱しすぎている為か、そんなどうでもいいことしか浮かばない。いや、ごはんを抜くのはどうでもよくはないのだけれど。
「不躾な要求で申し訳ないのだが、よければ君の家で話をさせてはもらえないだろうか。私としては今この場でも構わないのだが、君の方は少々落ち着かないかもしれない」
 ヌヴィレットはそう申し出ると、チラリと周囲に視線をやった。その動作にフリーナもやっと思い至る。
 ここは玄関を開けてすぐ。つまり外。向かいにはボーモント工房。工房の店主エスタブレも、巡回している警備マシナリーも、その他道行く人々も、皆フリーナとヌヴィレットに視線を向けている。──二人は今、往来の注目の的となっていた。
…………ッ!」
 さあっと血の気が引いていく。六時間以上飲まず食わずでフリーナの家の前に立っていたヌヴィレット。誰がどう見たって不審者だ。気にするなという方が無理だろう。
 それでも国民の信頼厚い最高審判官の奇行に、首を突っ込めるような者はいなかったのだ。家の主がフリーナではなく、路上に立つのがヌヴィレットでなければ、確実に通報されていたであろう程の奇行でも!
「は、入って……っ!」
 フリーナは自宅に回れ右をして、慌ててヌヴィレットを引き入れた。これ以上、皆の好奇の目にヌヴィレットを晒すのはよろしくない。最高審判官の威厳が砕け散る。
「感謝する」
 大焦りのフリーナをよそに、ヌヴィレットは呑気に礼を述べてくる。
 なんなんだ、このマイペース水龍は。
「どうして呼び鈴を鳴らさなかったんだよ!?」
 玄関扉を閉めると同時、フリーナは疑問と文句が半々になった叫びをぶつけた。路上で不審者にならずとも、普通に訪問を告げればよかったではないか。
「面会前に話をしたいというのは私の我儘だ。その為に君の生活ペースを乱すのは忍びない」
「僕の精神的なペースが乱されてるけど!?」
 気遣うところが根本からズレている。家の前で張り込まれるくらいなら、早朝に呼び鈴を鳴らされた方がまだマシだった。
「そもそも、なんで面会の時じゃダメなのさ? まさか僕が約束をすっぽかすとでも?」
 だとしたら心外だ。フリーナは腕を組み、ヌヴィレットを睨みつけた。
 彼とは色々あったので、正直今日の面会もとても気が重かったけれど、だからといって不義理な真似はしない。
 多忙なヌヴィレットが面会時間を捻出する為に、前後の仕事をどれだけ緻密に調整しているかは想像に難くない。フリーナの一方的な都合で振り回してよいわけがない。
「君がそのような不誠実な真似をしないことはよく知っている。繰り返しになるが、これは私の我儘だ」
 ヌヴィレットも流石にそこは理解してくれているようで、きっぱりと否定してくれた。フリーナはほっと胸を撫で下ろし、ひとまずのところは腕組みを解く。
 けれど、ならば余計に張り込みの理由が気にかかる。先程から彼は「我儘」と度々言うけれど、それは一体どういうことなのか。
「既に君には二度も拒絶されているが、やはり諦めることが出来なかった」
 言いながら、ヌヴィレットは懐から小さなジュエルケースを取り出す。
 それだけの動作で、フリーナには「我儘」の内容が分かってしまった。外装はブルーレザーに変わっているはいるものの、その光景には既視感がある。
 ……いくらなんでも、ケースを変えたら問題ないだなんて思ってはいないよね?
 恐々とするフリーナの耳に、ぱちん、と蓋の金具が外される音が届く。そうして現れたのは、やはり〝あの〟ブルーダイヤモンドだった。吸い込まれそうな程に深く鮮やかな海色は二つとない。間違いなく同じものだ。
 但し、それはイヤリングではなかった。以前と同じブルーダイヤモンドは、真新しい真円の台座の中心に鎮座している。
 知らず息を呑む。これは……
「宝石はそのままに、リメイクしてもらった」
 ジュエルケースをフリーナの前に差し出し、ヌヴィレットは語り始める。
「君に言われてから、ずっと考えていた。君が水神でないことを最初から知っていたならば、私はどうしていただろうか。この想いの芽生えは、行く先は、果たしてどうなっていただろうか、と。……だが幾度考えても、その答えは出なかった」
 生真面目なヌヴィレットは、フリーナの持ち出した有り得ない仮定の答えを、愚直に探し続けていたらしい。こんなところでも彼のリソースを奪っていたのだ。本当に自分は碌なことをしていない。
……変なことを言って、すまなかったよ。キミを困らせてしまった」
 縮こまるフリーナに、ヌヴィレットは首を振る。
「謝らないでくれ。確かに問いかけ自体への答えは出なかったが、結果的に自身の考えを整理する、いいきっかけになったように思う」
 そう語る姿はどこか晴れ晴れとしていて、フリーナの無理難題に頭を悩ませている様子ではなかった。むしろ絶対の正答を見つけ出したかのような。
 戸惑うフリーナに対し、ヌヴィレットは揺るぎない声音で言った。
「私たちは龍と神として出会った。その出会いは変えようがない。だが、変えたいとも思わない。全ては必要なことだった」
「全てが、必要……?」
「そうだ」
 ヌヴィレットは迷いなく頷く。
「フリーナ殿。君は神だと偽っていたことを罪だと断じ、歩んだ道程の瑕疵ばかりに目を向けて、自らの為した功績を決して認めようとしない。君からすれば、始まりを間違えれば、残りの全てが間違いに映るのだろう」
 それはそうだろう。偽りを重ねるのならば、せめて完璧にやり遂げなければならなかった。
 けれど実際はどうだ。結局フリーナは犠牲者を出してしまった。そんなことではフリーナが騙してきた人々に申し訳が立たないではないか。
「私から言わせれば、それは君の高潔さの現れだ。君は崇高なる目的の為に、悩み苦しみながらも〝間違い〟を五百年間選び続けた。そして今なお、〝間違い〟から目を背けずに向き合っている。そんな君の辛抱強さに私は敬意を表する。そして同時に君の歩んだ五百年の軌跡……努力と言い替えてもいい。その全てを私は肯定したい」
 どくん、と心臓が熱くなる。
 これは詭弁──いや、甘言だ。決して受け入れてはならない。
 フリーナはふるふると首を横に振り、反論を試みる。
「で、でも……キミはその〝間違い〟に……、僕という偽物に、何百年も付き合わされたんだよ……?」
「言っただろう。その時間さえ、私にとって必要不可欠なものだったと。君は私に多くのことを教えてくれた。おかげで今の私がある」
 フリーナの反論はあっけなく論破されてしまった。「そも〝間違い〟と形容したくないのが本音だがね」とも付け加えるヌヴィレットの態度には、まだまだ余裕がある。一か月前、贈り物についての議論を重ねた時とは、まるっきり立場が入れ替わってしまった。
「それに君は偽物などではない。私の目に映る君はいつも燦然と輝いている。今とてそうだ。その輝きだけが、私にとっての本物だ」
「ぁ……、」
 力強く断言されて、フリーナは思わず足を一歩後ろに引いた。
そんな都合のいい結論を、受け入れてしまっていいのだろうか。結局はヌヴィレットの優しさに甘えているだけではないのだろうか。疑念の靄が胸に渦巻く。
 ヌヴィレットは後ずさるフリーナを追わなかった。その代わり、フリーナの葛藤を見透かしているかように目を細め、柔らかに微笑んだ。
「願わくば君自身にも、君の全てを……私と過ごした歳月を、否定して欲しくない」
……っ、ヌヴィレット……!?」
 ヌヴィレットはその場に膝を折り、ジュエルケースを掲げたままに、フリーナの足元に跪いた。
 そんなことしないで、と制止したいのに、呼吸が止まりそうな程の衝撃に邪魔されて、たった一言が音にならない。
 何故ならジュエルケースの中身を考えた時、ヌヴィレットのそれは完璧な振る舞いだったから。
「この話は私たちを取り巻く一切の肩書きを排して伝えたかった。だから面会の前でなければならなかったのだ」
 フリーナとヌヴィレットの関係性は、常に互いの持つ肩書きを前提としている。
 ヌヴィレットは龍として神の招待に応じ、最高審判官として上司に従った。
 面会においてはフリーナは元神として支援を受け、ヌヴィレットは国家元首もしくは後見人の立場から報告を受けている。今日パレ・メルモニアに足を運べば、二人はその枠組みに当て嵌められる筈だった。
 けれど、今ならば。
二人の関係性を表す肩書きはまだ、定義されていない。
「ただの私から、ただのフリーナ殿に伝えたい。──私は、君の全てを愛している」
 熱のこもった声で、瞳で、彼は愛を語る。
 それは何者にも砕けない、硬く尊い絶対の意志。
「どうか受け取ってほしい。これが私の気持ちだ」
 ジュエルケースの中、ブルーダイヤモンドが波打つように煌めいた。深海の青を支える白銀の円環が、その美しさを不可侵のものにしている。
 フリーナは一度目を閉じ、その光を遮断した。何度か深呼吸をして、ゆっくりと目を開ける。
 視界の先、ダイヤモンドの指輪は依然海色に輝いていて。
 その輝きはどんな言葉よりも雄弁に、ヌヴィレットの気持ちを伝えてくれる。
 フリーナの頑迷ささえも明るく照らして、かかる靄を払ってくれる。
 ……きれい……
 素直にそう思った。その瞬間、じわりと目尻に熱が集まってくる。
 フリーナは溜まる雫を誤魔化しもせず、そろりと左手を持ち上げた。
……つけてくれる?」
 自然と綻ぶ唇で問いかければ、薄い紫色の瞳が見開かれた。ややあって、彼はふっと笑みを浮かべる。
……ああ」
 それは数百年の付き合いの中でも一度も見たことの無い、不器用で不格好で、けれども今まで見た中で、一番愛おしい笑みだった。
 ヌヴィレットは立ち上がり、フリーナの左手を取る。白い手袋が外され、ゆっくりと指輪が通っていく。それはぴたりとフリーナの薬指に収まった。
 指輪サイズは水神のデータとして枢律庭の記録に残っていたのだろうけれど、それでもこの指に海色が美しく収まったことが嬉しかった。
 まるで祝福されているみたいで。
……これって、どういうつもりで受けとめればいいのかな」
 薬指の輝きを見つめながら、今更ながらに問いかける。
「君の身体、心、これから先の時間、その全てを私という存在で埋め尽くす証として解釈しているが」
 淀みない回答に、ぼっと全身が燃えるように熱くなる。なんというか、熱烈だ。
「当然、私も同じ証を持とう」
 ヌヴィレットはもう一つ同じジュエルケースを取り出した。
 元となったイヤリングは二対一組であり、フリーナの指輪に使われていたブルーダイヤモンドは一つだけ。ならば当然、もう一つの行先は分かりきっている。
……私にも、つけてくれるだろうか?」
 そのおねだりには甘い響きが宿っていた。滲む温度がフリーナの胸をくすぐる。
 これからの二人はきっとそういう関係性なのだと、こそばゆくも分かりやすく教えてくれる。
……うん」
 ヌヴィレットにされたのと同じように彼の黒い手袋を外して、同じ指に同じ指輪をつける。
 慎重に、丁寧に、震える指で。ぎこちなく時間をかけながらも、フリーナはやり遂げた。
 彼のすらりと長い綺麗な指に収まる輝きが、なんだかとても誇らしい。
「これからよろしく、婚約者殿」
 フリーナはヌヴィレットを見上げ、二人の肩書きを改めて定義する。
 一方のヌヴィレットは、ぱちりと目を瞬かせた。
「婚約期間があるのか?」
「当たり前だろう? 結婚の形は様々だけれど、最高審判官が交際ゼロ日婚というのは流石にね」
 フォンテーヌは紳士淑女の国だから、男女の仲には慎みと順序を求める傾向にある。結婚の形は人それぞれで、優劣や正解があるものではないけれど、ヌヴィレットはこの国のトップなのだから、国の文化は尊重するべきである。
 先日のレセプションパーティのフリーナ連れ去り事件に加え、本日のフリーナ路上待ち伏せ事件により、最高審判官の威厳は結構なレベルで損なわれているだろうから、尚更だ。
 ただ、我が国は体裁を求める一方で、男女の熱烈な物語が大好きだから、結婚となればそれらの奇行も好意的に見られて帳消しになってしまう可能性も、実は十二分にある。
 けれどこの際、その可能性は一旦脇に置いておこうと思う。ヌヴィレットが成功体験に気をよくして、奇行を繰り返すようになったら困る。
「既に数百年の付き合いがあるが?」
 フリーナの心情を知らずか、ヌヴィレットは眉を顰めて不服を述べてきた。
「それはそれ! これはこれだ!」
 聞き分けの悪い水龍に、フリーナは頬を膨らませて、ぷいっと顔を背ける。
 途端、「む……」と困ったような声を漏らすヌヴィレット。フリーナはくすりと笑うと、顔を背けたまま、戸惑う彼を横目で見やる。
……お互いのことをゆっくり知っていく時間も必要なんじゃないかな? ただの僕と、ただのキミになって、初めて見えてくるものもあると思う」
 今、こんな風に。
 最後の一言は呑み込んだ。分かりやすく困るヌヴィレットなんて激レアだ。けれどそうと指摘してしまえば、今のかわいい、とも形容できそうな表情は、露と消えてしまうのだろうから。
 今日だけで、今まで知らなかった彼の顔をいくつも知った。そしてそれは存外に心躍る体験だった。
 ……だから、欲が芽生えるのは仕方がないことだろう? 
 熱のこもった瞳も、不器用な笑みも、かわいい困り顔も、その他色んな表情も、もっともっと知りたいと思うから。
 ……もう少しだけ、ゆっくりと進ませておくれ。
 数百年の付き合いを経て、やっと始まった、ただのフリーナと、ただのヌヴィレットとしての関係性。
 一歩一歩、大切に踏みしめて歩きたい。
 足早に駆け抜けてしまうのは、あんまり勿体無いではないか。
……………………承知した」 
 しばし悩ましげな表情を浮かべていたヌヴィレットだったが、たっぷりの時間をかけて、ようやく溜息と共に折れてくれた。
 とはいえ、彼はやられっぱなしの龍ではなかった。キッと表情を引き締め、フリーナに詰め寄ってきた。
「ならば、さっそく知りたいことがあるのだが」
「な、なに……?」
 ぎらりと不穏な光を宿す龍眼に、おののきながらも問い返す。
……君の、温もりを知りたい」
……っ」
 縦長の瞳孔が、きゅう、と細まり、手袋のない左手がそっとフリーナの頤へと添えられた。
 彼の親指が、唇をゆっくりとなぞっていく。フリーナの温もりを、感触を、なぞられている。
 そしてフリーナもまた、彼の温もりを、滑らかな指の感触を教えられている。
「フリーナ」
 背けていた顔がやんわりと、けれど逆らえない力で彼の方へと向けられた。熾火のくゆる視線に絡め取られれば、たちまちに思考が熱に溶けていく。
 フリーナはとろりと瞼を下ろす。完全に視覚が途切れる寸前、彼の纏う青い輝きがキラリとフリーナの目を灼いた。

 やっぱり僕にダイヤモンドなんて似合わない。今となってもそう思う。……それでも。

 キミと揃いのものだから、とびきり愛しく思えるよ。