riririnf
2025-11-07 21:00:00
27686文字
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ダイヤモンドなんて似合わない

《なみセレ2》有志企画【ヌヴィフリ×宝石企画 Tu es mon bijou à moi】
テーマ『ダイヤモンド』 ※主催溶けかけ。様(@haiiro1714)
水神時代の宝飾品を全て置いていったフリーナと、何とかフリーナに返したいヌヴィレットの話



 そうしてヌヴィレットとの面会は、大層気まずい結果に終わった。
 けれど諸々考えればやむを得ない。これまでの傾向から考えて、あれくらい言わなければ引き下がってはくれなかっただろう。
 それにどうせ、次に会うのはまた一ヶ月後なのだ。その頃にはお互い気持ちを切り替えて、それなりの態度で話せるようになっていることだろう。長い付き合いは伊達ではない。
 この胸にかかる靄も、今だけのこと。全ては時間が解決してくれる。
 ──そう、高を括っていたというのに。

 気まずい面会から三日後。フリーナはホテル・ドゥボールを貸し切って開催された、映影業界のレセプションパーティに出席していた。
 ネイビーのノースリーブワンピースに身を包み、首元にはサファイアの一粒ネックレス。両サイドの髪を編み上げたことで露わになった両耳には、ダイヤモンドが散りばめられたフープイヤリングがキラリと光を反射する。
 葉をモチーフにした透かし細工のバレッタには小粒なパール、手首にはネックレスと同じくサファイアがあしらわれたホワイトゴールドのバングルが輝いていた。
 これでもかと言わんばかりの煌びやかな宝石たちで身を固めているのには、勿論理由がある。今携わっている映影のスポンサーが宝石商を営んでおり、自社商品の宣伝を依頼されたのだ。
要するに、大人の事情である。
「完璧です、フリーナ様! 全てのジュエリーが美しく調和して、フリーナ様の魅力をより輝かしく引き立てています。それがまた宝石そのものの価値をも高めている……。並の女優では宝石に負けてしまうでしょう。貴方にお願いして本当によかった……!」
「ああ、そうだろうとも! 僕にかかれば、これくらい造作もないことさ!」
 興奮する宝石商に、つい水神の頃の癖で大仰に返してしまう。内心、悪目立ちしていないかと不安で仕方がないのだけれど、今日のところは呑み込むしかないだろう。これも立派なお仕事だ。
 それに、一番の問題はそこではなかった。
「それにしても驚きましたね。まさか最高審判官様がシークレットゲストで招待されていたなんて」
「ああ……本当にね……
 そう──パーティが始まると同時、シークレットゲストとしてヌヴィレットが会場に現れたのだ。
 なんて心臓に悪いのだろう。そういう大事なことは隠さないで欲しかった。いや、隠すから〝シークレット〟ゲストなのだけれども。
 ひと月の猶予があると油断していたのも相まって、フリーナは今、非常にやりづらい思いをしている。
 幸いにもヌヴィレットは絶えず人に囲まれているので、彼からフリーナに近付くことは出来ない。彼は弁えたひとだから、人を押しのけ、場の空気を乱してまで、フリーナに話しかけようとはしないだろう。
 けれど数多の人の壁も、防波堤として完璧とは言い難い。フリーナを……このぎらぎら輝く宝石まみれの姿を隠してはくれないのだ。
 ヌヴィレットの目に、今の自分はどのように映るのだろう。あれだけ偉そうに宣言しておいて、たった三日でこの体たらく。挙句「似合わない」なんて口にしたダイヤモンドまで身につけて!
 恥ずかしくてたまらない。だってこんなの、ピエロじゃないか。
 ……どうかヌヴィレットが僕に気付いていませんように。
 望み薄とは分かっていても、そう願わずにはいられなかった。

 フリーナの葛藤などお構い無しに、パーティは予定調和に進んでいく。
 ヌヴィレット程ではないが、フリーナの周りにも絶えず人の輪が出来ており、纏う宝石の話題は勿論、新たな仕事の打診や、中には演技指導をして欲しいと頼み込んでくる熱意ある役者もいた。
 実がありつつも目まぐるしいやり取りに、フリーナは次第にヌヴィレットへの警戒心を薄れさせていた。
 そして得てして、事件とはそういう時にこそ起こるものなのだ。

「ごきげんよう、フリーナ様。今宵もお美しいですね。身に着けておられる宝石も、うっとりするほど魅力的ですわ」
 パーティも半ば、一人の若い令嬢が目を輝かせて話しかけてきた。
 彼女は確か、有名俳優の一人娘だった筈だ。今日は親に連れられて来たのだろう。宝石に向ける興奮と審美の眼差しを見るに、どうやらフリーナよりも宝石が目当てらしいと窺えた。彼女自身、胸元に真っ赤なルビーのネックレスを身につけている。
 宝石が好きで、財力も充分。宝石商にとって絶好の商売相手だ。
「ええ、流石お目が高い!」
 案の定、宝石商は嬉しそうに会話に応じる。
「それにしても、流石はフリーナ様ですね。こんなに素晴らしい宝石を幾つも身に着けられるなんて。私では一つ購入するのが精々ですもの」
 誤解だ。感嘆を漏らす令嬢に、フリーナは苦笑する。
「これらは全て貸与品さ。僕個人のものなんて一つもないよ」
 一つ一つが超高級品だ。本来ならば、どれ一つとしてフリーナの手に届くものではない。
「ああ、それら全てフリーナ様に差し上げますよ」
「え?」
 だというのに、宝石商はサラリととんでもないことを言ってきた。
「何を言っているんだい? これ全部だなんて、キミが大赤字になってしまうよ」
 こんな高級なものを受け取れるわけがない。そうでなくとも、もう宝石になんか関わりたくない。
「フリーナ様に広告塔を務めて頂いた効果は絶大ですので、お気になさらず。すぐに元は取れますよ。それに宝石たちも貴方の元にいた方が幸せでしょう。もうすっかり馴染んでいますから」
「ええ……っと……
 彼の言い分には、自己の利益と宝石商としてのセールストーク、その両方が絶妙に織り交ぜられていて、どうにも反論がしづらかった。
 報酬としては太っ腹過ぎるが、投資と考えればどうだろう。『フリーナ様が愛したジュエリー!』などの売り込み方をすれば、それなりの経済効果を生むであろうと予想することは、決して自惚れではない筈だ。流石に水神の頃のようにはいかないが、今も自身の人気はそれなりだと自負している。
 そして贈与を告げられたのがパーティ中であり、今後彼の客になろうかという令嬢が目の前にいることもまた、断りにくい理由だった。
 ここでフリーナが感情のみで拒否すれば、場の空気を悪くして、令嬢の購入意欲を削いでしまうだろう。広告塔としての役目を果たさんとのプロ意識が、強い意思表示を躊躇わせる。
 計算か偶然か、フリーナは一瞬にして中々困った状況に追い込まれてしまったのだ。
「い、いや……、でも、だね……
 それでも何とか食い下がろうとフリーナが頭をフル回転させていた、その時。
「──失礼。少し彼女を借りてもいいだろうか?」
「え……
 静かで平坦で、けれども有無を言わさぬ圧を纏った、その声は。
「ヌヴィレット様!?」
 いつの間にか、フリーナの目の前にヌヴィレットが来ていた。けれどもそれを救いと見ることはとても出来なかった。むしろ全く真逆の心境で、常と変わらぬ最高審判官の装いが、いっそ処刑人のようにも見えてしまう。
 事態が飲み込めない。咄嗟にヌヴィレットがいた筈の場所に目を向けると、置き去りにされた人々が、一様にポカンとした表情でこちらを見つめていた。
「え……ええ、勿論です……!」
 宝石商が絞り出すような声で頷いた。最高審判官からの申し出を拒める者など、この場にはいない。
 そしてそれはフリーナとて同じだった。数多の人の目がある場所で、ヌヴィレットを無碍に扱うことは出来ない。それでは最高審判官の権威に傷をつけてしまう。
「では、こちらへ」
「あ……っ、ちょっと……!」
 ヌヴィレットは無遠慮にフリーナの手首を掴むと、返事も待たずに歩き出した。招待客たちも自然と道を譲っていく。
 彼の足取りは迷いなく、ホールを出て廊下を歩き、少し離れた休憩室の扉を開けた。ソファーとドリンクが備えられたその部屋は、少々の長居にも耐えられるようになっている。
 歓談の声と華やかな音楽に彩られたパーティ会場とはまるで正反対の静けさ。広々としたホールの絢爛さと比べれば、少し薄暗くも感じてしまう空間。紳士淑女が漂わせていたほのかな香水も、映影議論に盛り上がるあの独特の熱気もない。
 あまりの落差が五感に迫ってきて、ぞくりと肌が粟立った。
 だって、こんなヌヴィレットは知らない。
……キミ、何を考えているんだい? こんな風に僕を連れ出すなんて、余程の用事があるんだろうね?」
 このままヌヴィレットのペースで物事が進んでいくことが恐ろしく、フリーナは機先を制して彼を批難した。
「連れ出されては困ることでも?」
 ヌヴィレットは起伏のない声で聞き返してきた。振り向きすらしない横柄さに苛立ちが募る。手首だって掴まれたままで、あんまりな態度じゃないか。
他に視線のやり場がないフリーナは、仕方なく後ろに束ねられた銀の長髪を睨みつけた。
「当たり前だろう。皆驚いていたじゃないか。あれではパーティの華やかな雰囲気が台無しだ。ただでさえキミは威圧感が凄いんだから、むやみやたらに怖がらせてはいけないよ」
 今頃ホールは自分たちの話題で持ちきりだろう。あまり考えたくないが、下世話な想像を働かせる者だっている筈だ。
 こんな狼藉、よっぽど危急で重大な用件でもなければ、到底許せるものではない。フリーナだけならいざ知らず、清廉潔白と名高い最高審判官にまで悪評が及ぶだなんて。
「だが私が間に入らなければ、君はその身に纏う宝飾品全てを受け取らなければならないところだった」
「キミ、聞こえて……
 フリーナはハッと目を見張る。常人ならばまず聞こえる距離ではなかった筈だが、ヌヴィレットは龍の優れた聴覚を以て、宝石商との会話を拾っていたらしい。
「それとも、受け取りたかったと?」
 そこでやっとヌヴィレットは振り返った。
 強引な行動とは裏腹に、怜悧な美貌は凪いでいた。けれどフリーナを見下ろす薄い紫色の瞳は酷く冷えている。彼の視線はバレッタから順に宝石をゆっくりと辿っていき、最後に耳元のダイヤモンドで動きを止めた。
 かあっと全身が熱くなる。まるで自身の芯のなさを責められているようで。
……っ、キミには関係ないだろう!」
 宝石をPRするこの仕事は、ヌヴィレットとの面会以前より決まっていたことだ。彼とのやり取りがなければ、何ら問題のない内容だったのだ。
 それでも、そうした言い訳を重ねるのは却って惨めであるように思えて、フリーナはただ拒絶の言葉を投げつけた。
「関係ない……そうだな。君の言う通りだ。私に口を挟む権利はない」
 対するヌヴィレットは眉一つ動かさず、淡々とフリーナの言を肯定する。
 けれど彫刻のように整った、まるで温度を感じさせない美貌がフリーナの胸をざわめかせる。
 フリーナは迷った。何かしら言い繕うべきか。でも、一度放った言葉は取り消せないし、取り消すのも違う気がする。ここで一時的に彼のご機嫌を取ったところで、二人の間に横たわる根本的な問題は消えやしないのだ。
 結局フリーナは何を言うことも出来ず、ただ沈黙を選んだ。
…………ずっと、仕方の無いことだと思っていた」
 そうして張り詰めた空間に、ヌヴィレットがぽつりと雫を落とす。
「贈られたものをどう扱おうが、君の自由だ。好みもあるだろう。全てを手放したことは些かやり過ぎだとも思うが、君の矜恃が赦さないのなら、やはり仕方の無いことだ」
「それは……
 静かに語られる諦念が、フリーナの中で波紋のように広がっていく。
 ヌヴィレットは気付いていた。フリーナが、一度も彼から貰ったイヤリングを身に着けなかったことを。
 それでいて、今日まで仕方が無いと割り切ってくれていたのだ。
……だが……
 薄暗い部屋の中、秀麗な顔立ちにかかる影がいっそう濃くなった。
「私からの贈与は受け入れてくれないのに、他者からはその限りでは無いというならば、話は別だ。それは……それだけは、どうしても耐え難い」
 苦しげで、切なげで、彼らしくなく、僅かに揺れて。
 それは数百年積み重ねた『仕方が無い』が、崩れ去る音だった。
「この際だ。白状しよう。私が数百年前、君にイヤリングを渡したのには、君が神である以上の明確な理由があった。どうしても君でなければならなかった」
「え……っ?」
 今更、何を。
「君が他の者から贈られた品を身につけていることが耐えられなかった。あの日君の手にあった輝きが、どうしようもなく目障りだったのだ」
 どんなに堅牢な城さえも、瓦解する時は一瞬だ。ヌヴィレットは開き直ったかのように、矢継ぎ早に言葉を紡ぐ。
 理解が追いつかない。自分は今、何を言われている?
「ゆえに、より高額で稀少な品で対抗しようとした。君が持つコレクションの何より価値があって美しいものならば、それだけを身につけてくれるではないかと期待したのだ。宝石の吟味や、腕のある職人を探し出すのに少々苦労はしたがね」
 ヌヴィレットからイヤリングを渡されたのは、物を贈る意味を説いてより一年後のことだった。長命種であるヌヴィレットは時間感覚が人間とは異なるからと、さして気にしていなかったが、それは石や職人を探していた期間だったのだと言われれば納得せざるを得ない。むしろ、あの品質を考えれば短いくらいだ。
 相当にモラを注いだのだろう。材料費だけではなく、人件費や手間賃も、きっと相場以上に支払ったのだと思われた。それは、つまり……
「あれ……特注だったの……?」
 震える声で問いかける。
「ああ」
 ヌヴィレットの肯定は短なものだったが、その効果は絶大だった。
 特注。テイワット中で、たった一つ。ヌヴィレットが、フリーナだけの為に用意した、ただ一つの品。
 それはどうしようもなく〝特別〟と言えるんじゃないだろうか。
 そしてそんな〝特別〟を渡す意味なんて、たった一つしかないんじゃないだろうか。
 そう──フリーナは答えを導き出してしまっている。
「で、でも、あんな雑な渡し方で……
 それでもフリーナは受け入れたくなかった。だから必死に反証を探し出す。当時の事務書類でも扱うかのような態度を掘り起こし、その時受けた自らの古傷を揺さぶってまで。
「あれは失敗だった。謝罪しよう。あの頃の私は、贈り方一つ取っても人は様々拘るのだと知らなかった。救いようのない未熟者だった」
 普通、高級な品は丁寧に扱うし、如何に相手の心に残るか、贈り方にも心を配るだろう。だが当時のいたいけな水龍には、そんな当たり前の人間の常識が分からなかったのだ。
 彼の未熟さと誠実さを、フリーナはよく知っている。だから彼の弁明に嘘偽りがないことも、理解せざるを得なかった。
 彼を否定したくて持ち出した論理が、より彼の主張を強固なものにしていく。
「実験のていを取ったのは、当時の私がそれ以外に適切な表現を知らなかったからだ。己を突き動かす激情の名前すら知らず、ただ愚直に行動していた」
「激情……?」
 思わず聞き返してしまい、フリーナは即座に後悔した。聞いてしまえば取り返しのつかないことになると、分かっているのに。
 フリーナの後悔に、ヌヴィレットは一つ頷いて。
「君の全てを、私で埋めたい」
 全身を絡め取るような熱を孕んで、その激情は放たれた。
「君の肌に……心に、私以外の痕跡が居座ることが耐え難い」
 龍の瞳がギラリと鋭い光を放っている。逃げ出したくなるほどに美しい薄紫。触れられてもいないのに、剥き出しの肌を撫でられているような心地がする。
 ……まって……
 身が竦む。お願いだから、待って欲しい。
 これ以上聞いてしまったら、フリーナも答えを返さなくてはいけなくなる。それは出来ない。そんな覚悟なんて持ってない。
 なのに唇が渇いて、舌が引き攣って、声が喉奥に張り付いてしまったかのように、何にも言葉が出てこない。
「あの時分からなかった感情の名が、今の私には分かる」
 やめて。やめて。言わないで、お願いだから。
「フリーナ殿、私は、」
「やめて!!」
「っ、」
 フリーナはついに大声でヌヴィレットを遮った。掠れて上擦ったみっともない声。それでも彼は止まってくれた。
 言いたいことを言わせてもらえずに、フリーナよりも余程苦しそうな顔をしながら、それでもフリーナのことを優先してくれた。
 優しいんだ。どうしようもなく。
 そうと思い至った瞬間、目の奥に熱が集まって、ゆらゆらと視界が滲み出した。
 なんて自分勝手なのだろう。自己への嫌悪とヌヴィレットへの憐憫が同時に浮かぶ。
 これは表に出してはいけない熱だ。最低な感情だ。フリーナは俯いて、瞬きの向こうに熱を封じ込めながら、やはり掠れた声で言葉を紡ぐ。
……キミの言いたいことは、分かったよ。でもそれはやっぱり、僕が水神だと偽ったことが始まりなんだ。言ってしまえば刷り込みのようなものなんだよ」
 宝石が偽物でも、長年所有したものならば愛着が湧くこともあるだろう。卑怯で卑劣な、決して赦してはならない刷り込みだ。
 ヌヴィレットは何も言わない。……いや、言えないのだ。彼は優しすぎるから、こんな掠れた声の、如何にも弱っていますと言わんばかりの女に、これ以上の攻撃が出来ないのだ。間違いなく今、フリーナは惨めで酷い顔をしているだろうから。
 そしてそれをいいことに、フリーナは未だ自身の手首を掴むヌヴィレットの手に、そっと手を伸ばした。そうして彼の指を解いていく。
 抵抗はなかった。フリーナの震える指先が、有無を言わさずヌヴィレットの抵抗心を奪っている。
 呆気なく解放された手首は、じんじんと熱を持っていた。少し赤くもなっていて、それなりの力で握られていたのだと分かる。ヌヴィレットの話を聞いている間、身体の感覚すら鈍っていたようだ。
……長年騙していて、本当に悪かったよ。……ごめん、ヌヴィレット」
…………
 ヌヴィレットから言葉を奪っておいて、一方的に謝罪する。相手の顔すら直視出来ない。本来誠意を見せるべき行為すら、フリーナにかかれば卑怯で卑劣なものになる。
「ほら、ホールに戻ろう。主賓であるキミがいつまでも姿を消していては、主催者に失礼だよ。……僕も、仕事をしなければ」
 フリーナは赤い手首をこれ見よがしに撫でさすりながら、ヌヴィレットの反応を待つことなく背を向けた。
 それから一度も振り返ることなく、彼を休憩室に一人置き去りにした。
……光よ」
 扉を閉めると同時、神の目により生み出されるサロン・ソリティアのメンバー──「衆の水の歌い手」を召喚した。
 涼やかな癒しの力を受け、手首の赤みが消えていく。
 そうやって、全てを無かったことにしようとしている。どこまでも卑怯で卑劣なやり方だ。
そうまでしてヌヴィレットを拒絶することは、果たして正しい行いなのだろうか。頭の中がぐちゃぐちゃで、もうよく分からない。

 でも、一つだけ確かなことがある。
 高潔な最高審判官。優しい水龍。
──彼に、イミテーションなんて似合わない。