riririnf
2025-11-07 21:00:00
27686文字
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ダイヤモンドなんて似合わない

《なみセレ2》有志企画【ヌヴィフリ×宝石企画 Tu es mon bijou à moi】
テーマ『ダイヤモンド』 ※主催溶けかけ。様(@haiiro1714)
水神時代の宝飾品を全て置いていったフリーナと、何とかフリーナに返したいヌヴィレットの話



 それは何百年前の話だろうか。フリーナはフォンテーヌ人が描く理想の神たらんと、傲岸不遜な役作りを常に心掛けていた。 
 浪費すらも自己プロデュースの一環で、希少で美しい品々をモラに糸目をつけずに買い求める姿は、神の権力と財力を知らしめるのに一役買ってくれていた。
 そして神への信仰心、もしくは覚えをめでたくしたいとの下心、その他多くの思惑により、民がこぞって高価な品々を水神様へと献上することもまた日常だった。
 そんなある日。パレ・メルモニア水神献上品専用保管室──通称宝物庫──の中、溢れんばかりの贈り物に囲まれふんぞり返るフリーナを、偶然に通りかかったヌヴィレットが胡乱げに見つめてきたのだ。
 背中に注がれる鬱陶しい視線に、フリーナは半身で振り返る。
「なんだい、何か文句がありそうだね?」
 唯我独尊な水神ならば、部下の不遜な態度を見逃しはしないだろう。そう判断して咎めたのだが、ヌヴィレットは特に誤魔化すことなく口を割った。
「文句……というよりは、疑問を感じている。何故君も、人間も、他者に物を贈らんとするのか」
 そうした滑り出しで、その問いかけは始まった。
「飲食物ならば分かる。それらは生命維持に必要だ。だが服飾や宝飾については、その限りでは無いように思う」
 ヌヴィレットは更に持論を並べ立てる。
「特に宝石は、時に家が建つ程の値がつくだろう。ラピスラズリなど元素力の込められたものならいざ知らず、何故何の力もない石ころに高値をつけ、そのうえ他者に差し出しさえするのか。その意味が分からない」
 辛辣な物言いではあるが、その言葉に悪意はなかった。ただ純粋な疑問だけが滲んでいた。彼はまるで物を知らない幼子のように、思ったことを口にしているだけなのだ。
 事実、彼は人間社会を知らない水龍だ。その点において、彼はいたいけな子どものようなものなのかもしれない。人間社会〇年生、水龍ヌヴィレット! 
……ふふっ」
 なんだか肩の力が抜ける。フリーナは思わず笑ってしまった。
「フリーナ殿?」
「ああ、すまない。何でもないよ」
 まさか笑われるとは思っていなかったのだろう。目を瞬かせる子どもみたいな彼に笑みを深くしながら、フリーナは疑問に答えてやった。
「まず第一に、美しいものにはそれだけで価値がある。芸術でもドレスでも、宝石でもね。元素力の有無だけで、ものの価値は語れないのさ」
 自然界ならば力が全てなのだろうが、人間の価値観はそれだけでは決まらない。まずそれがヌヴィレットの理解し難いであろう点であり、同時にフリーナが思う人間の面白い点でもある。
「美しい品を他者に贈るのは、感謝だとか、敬意だとか、とにかく好意を伝えたい時にぴったりだからじゃないかな?」
 もっと深くを語れば、権力ある者に取り入りたい、といった陰謀や駆け引きも絡み出すけれど、今はそんな仄暗い部分を持ち出す必要もないだろう。
 最高審判官という人の愛憎悲喜交々を叩きつけられる役職に据えておきながら、何を今更、とも思うけれど……いや、だからこそ。
 悠々自適に泳ぎ回っていた海中から、己の常識が一切通じぬ陸の世界へと飛び込んだ水龍には、なるべく綺麗なものを見せてあげたい。フリーナは常々そう思っている。
「だが人は言語により意思疎通が図れるのだから、言葉で伝えればよいだけではないか?」
 フリーナの配慮など知りもせず、ヌヴィレットは更に質問を重ねてくる。親の心子知らず、とはよく言ったものだ。
「言葉だけでは足りないことだってある。気持ちとは目には見えないものだろう? だから物に込めるのさ。金額が全てではないけれど、それで伝わる想いもある」
 フリーナは丁度目の前に広げていた宝飾品の中から、一際派手なイヤリングの片割れを手に取った。
 無色透明な大粒ダイヤモンドのティアドロップカット。耳に掛けるフックの部分にも小粒なダイヤモンドがびっしりと散りばめられた、贅沢な一品だ。
 一目で高価と分かる絢爛豪華な輝きは、物の価値で気持ちを表す、とのフリーナの言を肯定するに相応しいものだろう。
 ……僕自身に相応しいものではないけれどね。
 手元のダイヤモンドに負けないくらいの輝く笑顔を浮かべながら、その実内心で自嘲する。
 フリーナは偽りの神だ。本来、こんな高価なものを贈られるに値する存在ではない。人々はそれを知らずに偽の水神に貢いでいる。フリーナに騙されているのだ。
 この部屋にはには主に宝飾品類が中心に収められている。宝石というものは、往々にして贈り主よりも余程長い時間……殆ど半永久的に輝き続けるのだから、タチが悪い。
 例えば芸術品なら、一定期間手元に置いた後は「芸術は広く民の目に映されるべきさ!」という建前のもと、美術館に寄贈したり、競売に流すようにしているし、ドレスや花ならどうやっても時の流れによる劣化を免れないので、まだ諦めもつくのだけれど。
 この部屋を覗くたび、フリーナは数多の輝きに罪を責められているような心地さえする。
それでも足繁く通うのは、〝贈り物を前に悦に浸る水神〟という役作りを崩すわけにもいかないからだ。そしてまた神の歓心を買おうと贈り物が増える。中々難儀な循環だった。
「物に、気持ちを……
 ヌヴィレットはダイヤモンドのイヤリングを食い入るように見つめながら呟くと、それきり黙り込んでしまった。
彼の場合、沈黙は自らの考えをまとめる為に必要な行為だ。だからフリーナは特段気にも留めなかった。その話題は流れる河川に落とされた一滴の雫のように、たわいない日々の出来事に紛れていくものと思っていた。
 ただ、ヌヴィレットにとっては違ったらしい。フリーナがそれを知ったのは、それから凡そ一年後、ヌヴィレットが件のイヤリングを差し出してきた時のことだった。

……なんだい、これ?」
 戯れにヌヴィレットの執務室を訪れたフリーナは、「丁度よかった」との言葉と共に、執務机の引き出しから無造作に取り出されたジュエルケース及びその中身を前に、ポカンとしながら訊ねる羽目になっていた。
「贈り物だ。私から、君に」
 後半の一言は、妙に強調されていた。流石にそこは間違えない。最高審判官に代理贈与を頼む強心臓の持ち主なんていないだろうし、ヌヴィレットも水神に誰かへの代理贈与を頼むような不届き者ではない。
 彼は相変わらずズレている。……あるいは、ヌヴィレットの黒手袋に乗ったジュエルケースを、一向に受け取ろうとしないフリーナに対する文句のようなものなのかもしれないが、そこには気付かないフリをする。
「一体どういう風の吹き回しだい?」
 フリーナが聞きたいのは理由の方だ。それが分かるまでは、軽々に手を伸ばす気にもなれない。
 だって、あのヌヴィレットだ。信仰や下心なんかとは無縁の彼が、水神に物を贈る理由が分からない。意図の見えないものを受け取るのって、なんだか怖いじゃないか。
 じとりとヌヴィレットを見上げ、警戒心を露わにするフリーナとは対照的に、彼は普段と変わらぬ無表情のまま説明を始めた。
「過日の君の話は、私には難しいものだった。可視性に関わらず、私にとって気持ちとは当たり前に〝在る〟ものだ。私は水を通してそれに共鳴することが出来るのだから」
 通常、他者の気持ちとは想像や推測の上にしか存在できない不確かなものだ。けれど水龍であるヌヴィレットにとって、それらは──理解できるかは別として──当然に知覚できるものなのだ。
 およそ人間技ではない天賦の力が、かえって彼の人間社会への理解を難解なものにしているらしい。
「君も似たようなものだろう? 神は信仰を以て力を得る。ならば人々の信仰とは、君にとって当然に〝在る〟ものだ」
 唐突に水を向けられて、フリーナの鼓動が不快に跳ねた。
只人であるフリーナに、信仰心なんて知覚できるわけがない。人々の態度から推測することが精々で、それこそ霞のようなものなのだ。
 けれど間違ってもそんなことは言えない。声が震えないよう気をつけながら「そうだね」と訳知り顔で返すのが、フリーナの精一杯だった。
「その点に限って言えば、私たちは互いに親和性のある存在なのかもしれない。そして同時に、私たちは互いにとって唯一の例外となりうる」
「どういう、こと……?」
 恐ろしい話題だった。神ではないフリーナに、神と龍との関連性など分かりようがない。
 知らず身が竦む。こうして意味を問うことすら、薄氷を踏み抜く結果になりはしないかと。
「神である君の感情は、私には酷く雑然としているように感じる。例えるならば潮の乱れた海のように規則性が無く、捉えづらいのだ。また私は神に信仰を捧げなどしない。ならば私たちが互いに向ける感情は、君の言う〝目には見えないもの〟に近いのではないだろうか」
 雑然としている? 捉えづらい? それはいったいどういうことだろう。
 パニック寸前の頭で、フリーナはおそるおそる推測を口にする。
……要するに、僕のことはよく分からない……ってこと?」
「その問いは話の本筋からは些か外れているように思うが、間違ってはいない」
 ヌヴィレットは憮然とした表情を見せたが、この時のフリーナにはどうでもいいことだった。大切なことは、フリーナの演技は龍の権能すら誤魔化せており、今この瞬間も彼に秘密を掴まれてはいないということで。
「──ハハハッ、そうだろう、そうだろう! 蒼穹高くを舞う鳥を翼なき者はただ見上げるしかないように、神たるこの僕の真意は何人たりとも捉えられはしないのさ!」
 ……よ、よかったーーっ!!
 緊張に縮み絡まっていた糸が解かれ、フリーナのテンションは急激に上昇した。綱渡りから解き放たれた反動だ。
 突然高らかに偉そうなことを言い出したフリーナに、ヌヴィレットがおよそ不審なものを見る目を向けてくるが、構うものか。
…………話を戻してもいいだろうか」
「ああ、いいよ、続けたまえ! 偉大なる神フリーナが! キミの話を聞いてやろうじゃないか!」
…………
 ヌヴィレットは露骨に顔を顰めたが、結局フリーナの態度については触れてこなかった。どんどん話が逸れていくのが嫌だったのだろう。元来彼は率直な会話を好み、迂遠なやり取りを厭うから。
 彼はせめてもの抗議としてか、聞こえよがしな溜息をつきながら、本題──フリーナに贈り物をしようとしている理由を口にした。
……分からぬならば、実践してみようと思ったのだ。そしてそれにはキミが適任だと思った」
「ふぅん、成程ねぇ」
 フリーナは適当な相槌を返す。直前の綱渡りを乗り切った今、もう理由などさして重要ではないように感じていた。
「そういうことなら、最高審判官殿の検証実験に付き合ってあげようじゃないか」
 フリーナはクッキーを摘むかのような軽い手つきで、ケースに収まるイヤリングを手に取った。
 とはいえ、これは本来そんな扱いをしていいようなものではない。雫を模したプラチナの輪の中心にある青い宝石──ブルーダイヤモンド。これがこのイヤリングの価値を計り知れないものにしている。
 通常は無色透明であるダイヤモンド。青色のそれは極めて希少で、天然ものは一生に一度見られれば幸運と言われるほどだ。この美しきオーシャンブルーの前には、一年前に例として持ち出した大粒ダイヤモンドすらも霞んでしまうだろう。
 検証実験として、そして水神への捧げ物として、これほど相応しい品はない。
 けれど、当の贈り主はその価値を微塵も分かっていないのだろう。でなければ、あんな業務書類を渡すような淡々とした態度ではいられない筈だ。
 大方、適当に入ったジュエリーショップで、「一番高いものを」とでも注文して出てきたのが、これだったのだと思われた。結局のところヌヴィレットは、『高価なものを贈る』という手法だけを模倣しているに過ぎない。
 だからフリーナが雑な対応をしているのは、ちょっとした意趣返し、そして戒めだ。
 吸い込まれそうな程の美しい青色に、ほんの一瞬でも心ときめくものを感じてしまった、己への。
「どうだい? 何か分かった?」
 指で耳元の髪を掬い、耳を飾るイヤリングを見せつける。それは「分からないだろう?」という意地の悪い当てつけのようなものだったのだけれど、意外にもヌヴィレットは満足げに頷いた。
「うむ。予想通りだった」
「予想?」
「ああ。君に似合うと思って選んだのだ」

 その時抱いた感情に、何と名前をつけたらよかったのだろう。未だに答えは出ない。 
 ただ、必死だった。足を取られてさらわれてしまわないよう、もがいていた。