riririnf
2025-11-07 21:00:00
27686文字
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ダイヤモンドなんて似合わない

《なみセレ2》有志企画【ヌヴィフリ×宝石企画 Tu es mon bijou à moi】
テーマ『ダイヤモンド』 ※主催溶けかけ。様(@haiiro1714)
水神時代の宝飾品を全て置いていったフリーナと、何とかフリーナに返したいヌヴィレットの話

 
 きらきら、ぴかぴか。テイワットの大地や生命により育まれた尊い輝き。
 生まれたままの姿でも、人の手により丸や四角に変じようとも、美しさは損なわれない。そして纏う者に自らの美を分け与えてくれるのだ。
 けれど。その光が眩ければ眩いほどに、纏う者にもそれに足る資格が必要だ。

 ……僕には当然、そんなものはないけれど。
 
   ◇◆◇◆

 窓から柔らかな陽射しが降り込む午後、フリーナはドレッサー上のアクセサリーケースを見つめていた。
 少しだけ悩んでから、先日一目惚れして購入した、湖光の鈴蘭を模したイヤリングを着ける。
 値段や希少性や格式や、高貴な者に対して当然に求められる部分を排除して、とにかく気に入った、の一言だけで、好きなものを好きなように身に着けられる。なんて素晴らしいことだろう。
 かつて水神を演じていた頃には考えられない。あの頃は何をおいても〝相応しい〟ことが最優先だった。
……うん、ばっちり」
 三面鏡のドレッサーで確認しながら、爽やかな水色が髪の隙間からさり気なく覗くよう角度を整える。そうして納得のいく出来栄えに仕上がった時には、ほんのりと誇らしい気持ちにさえなる。
 ささやかな幸福を噛み締めながら、フリーナは外出の準備を進めていく。
 ──今日は月に一度の、ヌヴィレットとの面会日なのだ。

 フリーナが水神の座を降りてから、早いもので一年近くが経とうとしていた。
 今のフリーナは何の権力もないただの一般人で、おまけに生活基盤すら万全とは言えない人間一年生だ。そのため非常に情けない話ではあるけれど、当座のところはヌヴィレットに──正確にはパレ・メルモニアに、衣食住の援助を受けながら生活している。
 そして援助を受ける以上、お金の使い途や生活態度などをきちんと報告することが、必然的に生じる義務でもあって。
 だからフリーナは月に一度、パレ・メルモニアはヌヴィレットの執務室、賓客用にと誂えられたホワイトアッシュの長テーブルを挟み向き合って、複数枚の規定書類を以て会計報告を提出の上、細かなところの補足説明を求められたりしている。
 この会計報告というのが曲者で、最早お家芸とも言うべき、我が国ご自慢の細かすぎる項目に四苦八苦して、不備の指摘を受けることもままあった。
 けれどもどんな難関も長く続けていれば次第にコツを掴めるもので、近頃は指摘も減ってきた。それはつまり、ヌヴィレットの手を煩わせることが減ってきたということだ。
 この調子でミスを無くすこと、最終的には援助を受けずとも生活可能になることが、今のフリーナの目標だ。そうなればもう、忙しいヌヴィレットの時間を奪わなくて済む。
 一年間の努力の甲斐あって、今回の面会は比較的順調だ。今日という日はフリーナが遠大なる目標へと至る、小さいながらも尊い一歩となる……筈だった。

「では次に、君が退任時に置いていった服飾品及び宝飾品類の話をしたいのだが」
……ん?」

 ヌヴィレットが突然に、こんな話を持ち出すまでは。

「な、なんで今更?」
 手に持っていたティーカップとソーサーを取り落としそうになるのを何とか耐えて、フリーナは問いかける。
 フォンテーヌが予言の危機から脱して間もなく、フリーナはパレ・メルモニアを去った。
 最上階のスイートルームは、いと高き水神の為の部屋。部屋の配置も豪奢な内装も、神として相応しく見えるようにという演出だった。神を演じる必要がなくなった以上、厚かましく居座れるわけがない。
 当然、高価なドレスや宝石も置いていった。これまた神として相応しくあらんと買い求めたもの、もしくは信仰や社交の意図を孕んで贈られたもの等々、経緯はそれぞれ異なるけれど、フリーナから見れば根本的には同じものだった。
 だからフリーナが持ち出したのは、最低限の衣服──例えば今着ている青のデイドレスが数少ない持ち出し品にあたる──や生活必需品のみだ。
 五百年に渡り天上の神だと民を欺き続けた罪、与えられた使命すら果たせず犠牲者を出してしまった罪。フリーナには生涯かけても償いきれない重い罪がある。
そんな程度では罪滅ぼしにもならないことも分かっているけれど、せめてもの配慮のつもりだった。換金して国庫に帰するなり、競売や仕立て直しをして新たな持ち主の美を引き立てるなり、誰かの役に立つようにしてくれればと。
 ヌヴィレットの方も、パレ・メルモニアを出た時から今日に至るまで何も言ってこなかったものだから、てっきりフリーナの心情を理解してくれているのだと思っていたのに。
「当時の君は酷く疲弊していた為、込み入った話をすることは憚られた。それゆえ私なりに君の心身の状態を慎重に観察し、今ならば可能だろうと判断した」
 探りを入れるフリーナの視線を受けとめて、ヌヴィレットが経緯を説明してくる。
 成程、当時そんな話をされても、フリーナは到底処理できなかっただろう。あの頃のフリーナは、やっと迎えた歌劇の終演に対して、嬉しいも悲しいも何にも浮かばず、燃え尽きた灰のようになっていた。
何を考えるのも億劫で、パレ・メルモニアを出て今のアパルトマンに引っ越した後も、荷解きすらせずベッドに四肢を投げ出すだけの日々を過ごしていた。
 一年経った今は違う。『水の娘』の公演をキッカケにフリーナは仕事に追われるようになり、友人も出来、おまけに神の目までも手に入れて、充実した日々を過ごしている。
 だからヌヴィレットの見立ては正しい。今ならば、彼の言い分を聞くだけの心のゆとりがある。
「あれらは君のものだ。よって全て君に返したい」
 そう長くはない言葉に、彼の配慮と覚悟が詰まっているように感じられる。ヌヴィレットはこれを伝える為に一年待ったのだ。
 だからフリーナも、カップとソーサーを置いて姿勢を正す。
 そうしてヌヴィレットを見つめ、真摯な態度で告げた。
……受け取れないよ」
 フリーナなりの、決意と覚悟を込めて。
「国費で購入したものは勿論、個人からの贈与品もね。あれらは〝水神〟に贈られたものであって、〝僕〟に贈られたものではないのだから」
 今のフリーナはただの一般人なのだ。水神の為の品々に相応しい存在ではない。
「そのようなことは……
「あるんだよ」
 眉を寄せるヌヴィレットの言葉を遮り、きっぱりと言い切れば、彼の眉間の皺が更に深まる。しばし無言で視線が交錯した後、ヌヴィレットが根負けしたように口を開いた。
……国費で購入したものについては、君の言い分を飲もう」
 納得しているという風ではなかったが、フリーナが拒否をすることも、ある程度予測していたのだろう。その声音に多少の落胆はあれど、迷いはなかった。
「だが贈与された品に対しては再考してもらいたい」
 交渉事において、譲歩出来る点と、絶対に譲れない点を決めておくのは鉄則だ。つまりヌヴィレットの本題は、ここからだということ。
 彼はすらりと長い両の手の指を絡ませながら膝の上に置き、僅かに身を乗り出してきた。
 ほんの少し距離が近づいただけで一段と増した威圧感に、ぐっと気を引き締めると同時、ヌヴィレットは諭すような口調で言った。
「確かに、君が語るような側面もあったのかもしれない。だが、あらゆる者がそうだったとも限らない。君はフォンテーヌ国民に愛されていた。水神への献上物としてではなく、君個人への贈り物と捉える者もいた筈だ」
「そうかな。僕にはそうは思えないけれど」
 詭弁だ。フリーナは冷ややかに口の端を上げた。それでも彼は言い募る。
「心とは底の見えぬ深海のようなもの。私が言えたことではないかもしれないが、他者の心情を断言することは、到底不可能ではないだろうか」
 今度の反論は少し強い。だからフリーナも同じ強度で跳ね返す。
「そうかもね。つまりはキミにも、民の心情を証明することは出来ないわけだ」
 深海を覗くことは、誰にも出来ない。
…………
 ヌヴィレットが言葉に詰まる。フリーナはその隙を逃さずに、議論のQ.E.Dを導き出した。
「なら、やはり何も受け取れない。疑わしきには関わらず。それが僕に出来るせめてもの誠意だ」
 フリーナを論破できないと悟ったのだろう。ヌヴィレットは深く息を吐き出した。
……ではせめて、これだけでも受け取ってくれないだろうか」
 ヌヴィレットが懐から取り出したのは、小さなジュエルケースだった。菩提樹材を用いたラッカー塗装の外装が、中身の高貴さを否応なしに連想させる。
 ぱちん、と蓋の金具が外される。現れたのは小さなプラチナイヤリング。
 雫の形を模した、透き通るような白銀の輪。その中心に、海のように深く濃い青──ブルーダイヤモンドが煌めいていた。
「これ……
 ヌヴィレットはテーブルの上、丁度彼とフリーナの中心点に〝それ〟を置いた。
 真昼の白き陽光にも染まらぬ鮮やかさと存在感。……目が、離せない。
「覚えているだろうか。これは以前、私が君に渡したものだ。……これならば、贈り主の心情を論ずる必要もないだろう。私本人が断言する。これは間違いなく君自身への贈り物だ」
 覚えている。忘れるわけがない。フリーナは視界に青く煌めく光の起点を辿り始めた。