riririnf
2025-11-07 21:00:00
27686文字
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ダイヤモンドなんて似合わない

《なみセレ2》有志企画【ヌヴィフリ×宝石企画 Tu es mon bijou à moi】
テーマ『ダイヤモンド』 ※主催溶けかけ。様(@haiiro1714)
水神時代の宝飾品を全て置いていったフリーナと、何とかフリーナに返したいヌヴィレットの話



 ブルーダイヤモンドのイヤリングは宝物庫ではなく、スイートルーム……つまりはフリーナの自室に保管した。
 思えばヌヴィレットから贈り物をされるのは初めてだったから、数多輝く罪の一つに埋没させてしまうには、あまりに惜しいと思ってしまった。
 けれど結局、それきり身に着ける機会は一度も訪れなかった。普段使いをするには高価すぎるし、かといって式典などの特別な日に使うには、それこそ特別だと宣言しているみたいで、嫌だった。
 それでもヌヴィレットから何かを言われたことは一度もなかったので、彼にとってもその程度のことなのだろうと解釈していた。大方、贈った時点で気が済んだのだろうと。
 ならばとフリーナもあまり深く考えないようにした。意識して頭の片隅に追いやって、パレ・メルモニアを去る際には、その他多くの贈り物と同じように扱えるようになっていた。
 だから、置いていった。数多の罪と同列に。
 なのに今──あの日の青を、こうして目の前に突き付けられている。
 フリーナの思い違いだったのだろうか。本当は、ヌヴィレットにとって特別な意味のある、特別な品だったのだろうか。あの日に感じた胸の高鳴りは、信ずるに足るものだったのだろうか……と、そこまで考えたところで、己の浅慮を嘲笑う。
 ……みっともないにも程がある。
 数百年に渡って騙され続けていた事実を知っても、ヌヴィレットはフリーナを責めなかった。それどころか五百年の終わりなき歌劇に対して、労りすら口にした。
 これまで通りスイートルームに住み続け、水神であった頃と変わらぬ暮らしを送ればいい、望みがあれば何でも言ってくれ、出来うる限りに叶えよう、と優しい言葉を幾つも掛けてくれた。
 当然フリーナは固辞したけれど、以来ヌヴィレットは手を変え品を変え、フリーナに施しを受けさせようとする。衣食住の援助もその一貫で、隙あらば援助額を吊り上げようとしてきたり、新たな援助項目を作ろうとしてくるものだから、フリーナは面会のたびに断り文句を考えるのに苦労している。
 でもフリーナは知っている。彼の過剰な親切の一切は、彼がフリーナに抱く負い目に突き動かされてのことであると。
 数百年間そばにいながら、フリーナの苦痛に気付けなかったこと。
 騙し討ちで審判にかけ、大勢の前で吊るし上げたこと。
 自ら原始胎海の水に手を入れるまで徹底的に追い詰めたこと。
 ヌヴィレットはそれら全てを己の罪と認識しているらしかった。フリーナがどんなに否定しようとも、決して自分を赦そうとしない。
 フリーナはそれが苦しくて仕方がない。
 彼に罪なんてないのに。悪いのは彼を騙したフリーナの方で、彼に一切の非は無い筈なのに。
 本来背負わずともよかった罪をフリーナに見出してしまっていることが、歯がゆくて堪らない。
 窓から注ぐ陽光を受け、ちか、と青い煌めきがフリーナの目に届く。その光が、フリーナに語りかけてくる。
これがフリーナの、最上級の罪なのだと。
 いたいけな水龍を騙して多額のモラを使わせて、今なお彼を縛り付ける罪深き青。
 数多輝く罪の一つに埋没させてしまって、いいわけがない。彼は間違いなく、フリーナの嘘の最大の被害者だ。
 ……いい加減、解放してあげなければね。
 フリーナはそっと青い輝きから視線を外した。自分には、この光は眩しすぎる。
「駄目だよ。これは受け取れない」
 フリーナは顔を上げ、なるたけ毅然とした態度で告げた。
……何故?」
 揺らぎない薄い紫色の瞳が、彼の強固な意思を表している。これだけは絶対に折れるつもりはないと、まるで宝石のような爛々とした輝きを以て訴えてくる。
 石同士がぶつかれば、硬度が低い方が割れるのみ。
 だからフリーナも、覚悟を決めた。
「──仮に、だ。僕が水神という役割すら持たない、ただのフリーナとしてキミと出会っていたのなら、それでもキミは僕に宝石を贈ったかい? 」
 二人の関係を、根幹から揺るがす覚悟を。
……どういうことだろうか」
 切れ長の目が見開かれる。考えたこともない、という顔だ。……それが、答えだった。
「あの日、キミは神と龍との親和性を理由に、実験としてこれを渡したよね。僕のことを最初から人間だと知っていたら、そんな発想には至らなかった筈だ。だからこれはやっぱり、水神に贈られた品なんだよ」
「それは……
 ヌヴィレットが言葉に詰まり、ゆっくりと、ぎこちなく瞬きをした。戸惑いと、動揺と。彼の困惑がありありと伝わってくる。
 それもそうだろう。仮にフリーナのことを最初から人間だと知っていたら、だなんて、有り得ない仮定だ。
 そうなればヌヴィレットはパレ・メルモニアへの招待を受け入れず、そもそも自分たちが出会うことすらなかった。
 フリーナ自身、最初からヌヴィレットに人間だと知られていたら……つまりフォンテーヌを救うという役目を持たなかった自分というものを、上手く思い描けない。そもフリーナは水神を演じる為に生み出された存在なので、役目が無ければ生まれることすらなかった。
 大いなる矛盾、成立条件を満たさぬパラドックス。
 けれどもヌヴィレットは、その有り得ない仮定を考えてしまっている。どう答えるべきかを探してしまっている。だから彼は沈黙しか返せない。
 彼の誠実さを逆手に取った卑怯な問いかけだ。けれど同時に真理でもあるとフリーナは思っている。
 どんなに否定しようとも、二人の始まりは神と龍という前提の上に成り立つものだ。
 天然ものだと信じて疑わなかった玉石が、その実紛い物のイミテーションであった罪の重さを、ヌヴィレットはもっと重く厳しく見積もるべきなのだ。
「僕にはダイヤモンドなんて似合わない。これくらいが充分さ」
 フリーナは指で髪を払い、鈴蘭のイヤリングを見せつける。
 二人の間に放置されたままのブルーダイヤモンドのイヤリングに比べれば、安価どころの騒ぎじゃない。比べることすら烏滸がましい。
 けれどそれがフリーナの分相応で、元来在るべき姿だった。
 ヌヴィレットは何も言わず、ただじっと鈴蘭のイヤリングを見つめていた。