すだ
2025-09-14 09:57:57
10752文字
Public 婿スバカグ
 

私の知らないあなた

交際前。カグヤ恋心自覚前。婿スバルの忘れ物を届けに行ったら、ゆるっとした格好で出てこられてしまい動揺する舞手カグヤのお話。暴走するカグヤさんがいます。どんなに暴走しても、愛の力で受け入れるスバル。友人枠でマウロさん出演。
#スバカグ



 翌朝。いつもより早く目覚めてしまったカグヤは竜神社から続く階段を降り、辺りを見渡した。
 人通りはまばらで、商売を始めようと働いている人たち以外見知った顔はなかった。
 いきなりスバルと顔を合わせたらどうしようと思っていたので、少し安心する。
 心を落ち着けるために海でも眺めようかと浜へ向かったところで固まった。
 視線の先に先程からできれば会いたくないと思っていた幼馴染の姿があったからだ。
 海を眺めていた様子のスバルが踵を返し、こちらに気づいたらしく軽く目を瞠った。
 そのままじっと見た後、ずんずんと向かってくる。
 カグヤはと言えば、昨晩考えた謝罪の言葉を必死で頭の中から引っ張り出そうとしていた。混乱していて全く思い出せなかったが。
 目の前にスバルが立つ。少しむっとした表情のまま、ひと言呟いた。
「おはよう」
 そして、そのまま脇をすり抜けていく。
 まるで、再会直後の心を閉ざした頃のように、そっけない態度だった。
 胸が苦しい、息ができない。
 スバルが行ってしまう。
 やだ、いやだ、行かないで。
『そんなに急いだら転んじゃうよ。オレはいつもここにいるんだから、ゆっくりおいで』
『ちょっとしんどそうだけど、無理してない? ほら、水飲みな』
『今日もお疲れさま。疲れてるだろうから、ゆっくり休みなよ』
 今まで交わした数多の言葉が脳裏をよぎる。
 再会直後の冷めた瞳。何もかもを諦めたような表情。カグヤを拒絶する言葉。辛くなかったと言えば嘘になる。
 それでも、かつて自分を温かく包んでくれた優しい色が瞳に宿る瞬間が確かにあった。
 大丈夫、大丈夫と言い聞かせながら時間の許す限り会いに行き、話し続けた。
 スバルの冷たかった瞳が、少しずつ和らいでいく。まるで雪解けのように。
 笑いかけてくれるようになった。カグヤを見かけると凛々しい顔がゆるむようになった。声音が一層優しくなった。
 ようやく、昔の優しい幼馴染が戻ってきたような気がしていたのに。
 共に過ごしてきた全てを無くしてしまうかもしれない。そう思った途端、こらえきれなかった。
 突然ぼろぼろと涙を流し始めた彼女に、スバルが「えっ?」と声を漏らした。
「ごめ、ごめんなさいスバル。私が悪かったです。変なこと言って、ごめんなさい」
「え、えええ?」
「面倒くさくてごめんなさいいい」
「何で泣いてるの? 大丈夫、大丈夫だから。そっけなくしてごめん。恥ずかしくてどんな態度とればいいのか分からなかっただけだから!」
 慌てた様子で言いながら、スバルが座り込んでしまったカグヤの背中をあやすように軽く叩いてくれる。
 とん、とん、とん。
 背中の規則的な振動が心地よい。瞳を閉じた。
 ――昔もこうして慰めてもらったっけ。
 嗚咽が段々と小さくなる。落ち着きを取り戻したカグヤをスバルは心配そうに見た。
「もう平気?」
……はい、ありがとうございます」
 すぐ近くにスバルの体がある。昨夜のことが思い出され、カグヤの頬に熱が集まった。
……何だか、ごめん。昨夜オレが気を抜いたばっかりに必要以上に意識させてるよね?」
「スバルのせいじゃないです。私の色ごとに対する免疫が無さすぎるだけで」
「幼馴染の体を見ただけでこんなに恥ずかしがるんじゃ、将来が心配だよ」
 まずい、やはり子供みたいなものだと思われる。慌ててカグヤは付け加えた。
「違うんです、知識はあるんです! 成人して許婚になったときちゃんと教えてもらいました。どうやったら子ができるかとか」
「うん、分かった! 分かったから一旦落ち着こうか!」
 また背中を叩かれたので黙る。やっぱり落ち着くなあ、と再び目を閉じた。
……スバルのこと、知らなかったのが悔しくて」
 幼馴染の優しさに甘えて口に出した声は、ひどく頼りなかった。
「あれだけ一緒にいたのに、まだ沢山知らないことがあるのかもしれないと思うと悲しくて」
 カグヤに触れていた手が離れる。目を開けると、琥珀色がこちらを見つめていた。
「オレだって、カグヤのことを全然知らないよ」
「うそ、兄さまはなんでも知ってるのに」
「買いかぶりすぎだって」
 苦笑しながら目元を拭ってくれる。
「いいですか、カグヤさん」
 突然稽古の先生のような口調になった幼馴染の姿に、何が始まるのだろうと疑問がわいたが、大人しくはいと頷いた。
「同じように育てられてもオレとカグヤは全然違う性格をしています。違う人間だからです」
 頷く。
「他人のことは分からないのが普通です。どんなに親しくても、完全に理解はできません」
 今、オレが何を考えてるか分かる? と聞かれ答える。
……面倒くさい幼馴染だな、って」
「外れ。そんなこと思ってないよ。泣いているキミを放っておけないと思ってる」
 分かった? と問いかけられ再び頷いた。
「違って当然だし、知らないことが沢山あっていいんだよ。知ることができたら喜べばいい」
「そういうものですか?」
「うん、オレはそう思うよ。まだカグヤのこと全然知らないから、知りたい」
 今、何をして欲しい? と聞かれ素直な気持ちが口に出た。
「背中、とんとんして欲しいです」
「分かった」
 嫌がりもせず、優しく再開された手の動きに心がほどけていくのを感じる。
「ごめんなさい、スバル」
「何が?」
 多分スバルは、昨夜どうしてカグヤが怒ったのか知らないはずだ。誤解されないうちに知ってもらいたい。
「スバルがマウロさんとばかり仲良くなっていくのが寂しくて、子供っぽいことを言いました」
……そうだったんだ」
 駄々をこねるなんて子供扱いされて当然だ。
「大体何であんなことを言ったのか……。あれじゃまるで、す、スバルの」
 裸を見せてくれと言っているようなものなのでは? 突然顔を覆ってしまった自分を案じてくれたのだろうか。カグヤ? と呼びかけられる。
 深く考えるのはやめよう。今は謝ることだけに集中しなければ。
「スバルの裸まで見てしまってごめんなさい」
「あれを裸と言われると複雑なんだけど……
「見慣れないからと凝視してしまって……!」
「恥ずかしいからこの話やめない?」
「わ、私、こんなにはしたなくてお嫁になんていけるんでしょうか」
 どうしましょうスバル、と再び涙ぐんでしまう。幼馴染がぎょっとした顔をした。
「せっかく落ち着いたのに。大丈夫だよ、ほら」
 そう言いながら彼女の涙を拭ってくれる。焦りのためかいつもより荒々しい手つきだった。
……結婚はできると思うよ?」
「本当ですか?」
「うん……。キミにたとえ相手が現れなくても、オレたち許婚だし……カグヤが嫌じゃなければ……
「あ……、そうですね」
 何となく視線を合わせづらくなり互いに俯く。
「え、でもスバルだって誰か他の方と」
「オレは大丈夫」
「え? 何が大丈夫なんです……?」
「さあてモコロン! そろそろ里長も仕事の時間じゃないかな?」
 いつの間にそこにいたのか、名を呼ばれたモコロンが仕方ないな、と姿を現した。
「終わったかー? じゃあ行くぞ相棒」
「え? ちょっとモコロン、私まだスバルに話が」
「しつこいと嫌われるぞ」
「ええー?」
 モコロンに背中を押されながらその場を離れることになったカグヤは、「またね」と手を振ってくれる幼馴染に手を振り返すしかなかった。