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残りの夜が来た
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新しい朝が来た/残りの夜が来た
初出:
2025/5/3 同人誌「新しい朝が来た」 狂児
2025/5/5 ピクシブ「残りの夜が来た」 狂聡狂同軸リバ
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冬の山だった。
良く晴れていたので、吐いた息の水蒸気一粒一粒が凍りそうに寒かった。きらきらする呼気を見つめながら、狂児はつけっぱなしのカーラジオから流れてくるラジオ体操の歌を聴いていた。狂児は聴いていただけだが、アニキは歌ってもいた。首まで埋めた債務者の周りをウロウロするアニキの口から漏れるうろ覚えの歌、飛び散る唾液もまた放射冷却の朝日にキラキラと輝いていた。
「ふーふふーふふ、ふふふふーんふふ、ふっふふーんふ あっ! おっ! げ~!」
絶対にそうするだろうなと思っていたが、案の定アニキはリズムに合わせてシャベルを振り下ろした。土の中に首まで埋まった債務者もリズムに合わせて悲鳴をあげる。
自分のことを棚に上げて最悪やなと思ったが、そう思っている端から自分の嫌悪感はさほど深刻なものではないなとも思っていた。ただ事実として最悪だと思うだけで感情はそこにない。組に入ったばかりの狂児は研修のようにアニキらについてまわっているのだが、回を重ねた結果この最悪に慣れたというよりは、初めからこのくらいの許容があったような気もしていた。
最悪と同じくただ事実としてだが、首まで埋まった債務者の周りでシャベルを振り回して遊んだとて、彼らが金を返そうという気になるとは狂児には到底思えなかった。それが顔に出ていたのか、アニキはこちらが何か言う前に言った。さすがは気遣いの業界人である。「狂児ぃ」
「はい」
「なんでこんなアホなことしてんのやろこいつはとおもっとうやろ」
「はい」
「正直やの。ちょっとは気使え」
「すみません」
「まぁええわ。あんな、まずはじめに、この人らをなんぼ詰めても、金はでてこぉへんねん」
「はあ」
「なぜかいうと、返すあてのないもんを借りてもうてんな、この人らは」
なるほど。まあそういうこともあるだろうな、と思ってまたぼんやりした返事をする。
人によっては狂児の返事に激昂するのだが、この人はそんなことにいちいち腹を立てない人なのか、はたまた講釈をたれるのが好きなのか。いずれにせよアニキはこちらの生返事を意に介さずに続けた。「ないもんを出させるにはどうすればええんやろうか」
講釈好きだった。しかも講義形式や。
狂児は少し考えた。
「保険に入ってもらうとかどうですか」
「ええなぁ。提携の保険屋さんつこてもらえばほぼ確や。ただなぁ、死んだら人生おわりやろ。この人らにも明るい未来があるかもわからんし」
長きにわたって搾り取れと言いたいらしい。「タコ部屋送りですか」
「昔やったらそれが正解やってんけどな。残念ながら今時流行らへんねんこれが」
「ほんなら内臓売るしかないですかね」
「おお。アリやな。手配が大変やけど。ただそれもずっとは無理や。ひとりに一つか二つずつ、大切な、内臓~♪ やからな。それと並行して色々進めたいねん」
「並行して」
「家族を売春さすとか」
「はあ
……
」
まあまあ最悪な答えが返ってきたのだが、それでも半分くらいは納得、残りの半分の半分くらいは関心してしまったために、狂児はいよいよ自分の感情の不在に思いを馳せざるを得なかった。しかし、ないものについて考えることは大変に難しい。狂児の思案はすぐに朝日に蒸発してしまい、空いた部分をアニキのためになる講釈が埋め立てていく。
「ゆうてこの人らはええ人やからな。自分が死んだり自分がタコ部屋にいったり自分が内臓を取られたりするより、家族売春させるほうがしんどい思うねん」
「はぁ」
「やからまず初めに俺らは、俺らはこの人らから罪の意識を取ったらなあかんねん。罪の意識を忘れさすためにはな
……
」
アニキはチャックを下した。コントのように土から飛び出た頭。そこに向かって放射線を描くアニキの尿、湯気の中を落ちていくその軌道が、朝日を反射して黄金色に輝いている。
最悪やと思った。ホンマに最悪や。
しかし、さらなる最悪は次の言葉とともにやってきた。
「
……
はぁ。罪の意識を忘れさすためにはまず、あんたはもうヒトちゃうねんで、ってことをわかってもらうねん」
徐々に勢いを無くす放物線はやがて独立した水滴となり、パタパタと土を打った。軽く振った陰茎がスーツのズボンに収められる。債務者は完全に言葉をなくしている。顔面を流れ落ちる尿が入ってしまうだろうに、その半開きの口が閉じられることはなかった。
「いきなりやったらびっくりしてまうからゆっくりな。そうするとな、この人らもだんだん、あ、俺ヒトやないんや。ほなまあええか~って考えはるようになんねん。わかる?」
土からホカホカと立ち上る湯気を見ながら、狂児は
「わかります」
と答えた。
アニキは満足そうに「そうか」と頷く。「わかるか」
「はい」
「さすがオヤジの秘蔵っ子やの。や、俺の教育がええんやろか
……
」
本格的に顔を出した朝日が急激にあたりを明るく照らした。狂児は目の上を手のひらで覆った。
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