氷紀
2025-07-25 13:33:14
11312文字
Public とある息子たちの話
 

とある放蕩息子の葬送

『とある息子たちの話』シリーズの前日譚です
養父の思い出を引きずっているゲタくんが、男の子の幽霊と出会って別れる話。CPとしてはモブゲタ
※モブの下高校3出展作品


 何事もなく夜があけ、僕は廃神社を出て山を下りた。いい天気だ。
 来たときとは違う山道を適当に歩いていると、行く先に小さな雑貨屋が見えた。一昔前の田舎にはよくあった、今でいうコンビニのような役割をしていた店。
 今時珍しいなと思ってつい足を踏み入れると、軽い電子音のチャイムが鳴って、店主らしき老人が「いらっしゃいませ」の一言と共に、目礼を寄越してくれた。軽く会釈を返して店の棚を眺めていると、何だか――水木さんが生きていた、あの時代を思い出すような品が並んでいる。農具やら、古雑誌やら、駄菓子やら。よく残っているなという気持ちが半分、なんで残っていられるんだろう、という気持ちが半分。
 本当に懐かしいな……というぼんやりした感慨を抱いたまま、店内のあちこちに視線を彷徨わせていると、一番隅の棚に、風鈴が売られているのが見えた。青いガラスのもの、白い陶器のもの。双方に割引表示の黄色い札が貼られていて、そこに書かれている『50%OFF』の赤い字が、日焼けして消えかかっている。
 思わず手に取って確かめた。――昨夜みた、あの風鈴と全く同じ形だ。
 心は確かに動いたが、旅暮らしの身だ。買ったところで、遠からずカチ割るのが関の山だろう。

 代わりに、その隣にあった煙草の方を手に取る。深い紺色に金色の鳥が描かれたパッケージは、まだ比較的新しいものだ。ポケットの中に突っ込んである電車賃の残りで買える額、と確かめてからカウンター向かい、その紺色の箱を差し出すと、店番の老人が少し、表情を動かした。
「珍しいね、兄ちゃん」
 ……と言われることは、本当によくある。だから返答も慣れたモンだ。
「まァ、一番好きなんで……おじさんも?」
「長いこと止めてたんだが、最近あの味が懐かしくなってな。電気のが、どうしても好きになれん」
「分かりますヨ、僕の父さんも同じこと言ってました」
 老人は、老い先短い身だ、好きにさせもらう――と笑って、古いレジに煙草のバーコードを通す。
 今の時代、煙草といえば電子煙草だ。いちいち紙巻を吸う奴は、良く言って物好き、悪く言えば偏屈な変わり者。それに、そもそも煙草呑みという人種自体が、ごく少数派になっている。世間の目は容赦なく冷たい。……まァ、人間の体にいいモンじゃないのは本当だ。僕には毒にも薬にもなってくれないけど。

 ともあれ、この紺色の箱を買うと、売り手が紙巻き煙草好きだったとき、うっすらとした仲間意識を僕に抱いてくれるのだ。それがこうして時々、ちょっとした会話をもたらしてくれる。
……ところでおじさん、あそこの棚の風鈴って、このへんの名物か何か、です?」
「ああ、あれもこの煙草みたいなもんでね、昔の名残さ。少し離れた山ん中に集落があって、その祭りで神社に供えられてたんだ。けどその祭りも、もうなくなっちまってな……モノだけうちで引き取ったんだよ」
「そうなンですか。知り合いが持ってたのと少し似てるな、って思って……じゃあ、その集落ももうないんです?」
「ああ。鹿だの猪だのに畑をやられちまって、若い連中から少しずつ……それでも時々、様子を見に来る奴はいたんだがね。何年か前に熊が出るって噂が立って、それからもう誰も寄りつかん」
「そっか。僕も流石に、熊はごめんだなァ……、」
 言いながら、カウンターの上に小銭を何枚か差し出した。
 一箱の値段はかなり上がったけれど、まだ何とか小銭で払える金額に留まってくれている。
「旅暮らしだろ、兄ちゃん。気をつけろよ、秋の熊は食い物を狙うからな」
「出くわさないように祈っておきますヨ」
 冗談めかして笑っておいたけれど、僕を狙う熊はいない。獣にとって幽霊族は『おいしくない』からだろう。……僕の体に流れる血は、動物には猛毒だ。
 釣り銭を受け取ろうと、古びた青いトレイに手を伸ばすと、ああ待てと声が掛かったので、僕はつい手を止めた。老人はカウンターの下から小箱入りのマッチを取りだして、小銭と重ねるように置く。
 ――木の軸のマッチ。今はもう、ほとんど見かけなくなったものだ。
「いいんですか」
「何、今どき紙巻きを呑んでる奴なんざ、そういないんでね。煙草とセット売りだ、もってけ」
「ありがとうございます。わァ、父さんが持ってたのと同じ……!」
 僕が『父と趣味を同じくする良い息子』を敢えて演じて受け取ると、老人はにやりと笑って返してくれた。
「良かったら一服していくかい?」