氷紀
2025-07-25 13:33:14
11312文字
Public とある息子たちの話
 

とある放蕩息子の葬送

『とある息子たちの話』シリーズの前日譚です
養父の思い出を引きずっているゲタくんが、男の子の幽霊と出会って別れる話。CPとしてはモブゲタ
※モブの下高校3出展作品


 廃神社に戻ったら、タイチは相変わらず石段に座っていた。僕の顔をみて、おそらくイツキが一緒でないことに落胆して、しょんぼりした表情を浮かべる。でもある程度近づいたら、僕が風鈴を二つ持っていることに気がついたらしく、目を見開いて「あ!」と小さく叫んだ。
「ぼくの、ふうりん……!」
「家においてあったヨ。青いのがタイチのやつで、白いのがイツキのやつだな?」
 またタイチの隣に座り直しつつ、確認する。白い方についた短冊の文字は、四歳が書く字としては随分しっかりしているように見えたけれど、状況からして、多分こっちがイツキのだと――その推測は、どうやら当たっていたようだ。
「うん、……あれ、イツキ、もうかいちゃったの……?」
 僕の手元にある短冊を覗き込んで、タイチが小さく呟く。
 タイチが誤解する前に、僕は素早く口を挟んだ。
「この風鈴の神様が教えてくれたンだけどネ、イツキは風鈴の神様と、友だちになったンだってサ。……それでイツキは、タイチとお父さんとお母さんを神様を会わせてあげたかったから、神様のところに行って、神様と一緒にみんなを迎えに行こう……って思ったみたい。だから先に、この神社じゃなくて、神様のところに行ったンだ」
「そうなの?」
 大きな丸い目が、僕を覗き込む。……嘘は言ってない、嘘は。
「うん。だから、ホラ、神様に字を教わって書いたンだってサ。一緒に行こう、待ってる、って」
 タイチの眼前へ、短冊を軽く掲げて見せる。
「それでイツキが、神様のところからタイチを迎えに行こうとして……けど、イツキは、神様のところから家に行く道が、分からなくなっちゃったンだって」
「そっか……
 表情からするに、タイチは何とか納得してくれているようだ。
 必死に頭を巡らせて、嘘にならない言葉を選ぶ。
「だから風鈴の神様が、かわりにタイチのとこまで行こうとしたンだけど……風鈴の神様は、風鈴のあるところにしか行けなくてネ」
 ……タイチくらいの子供に伝わる話し方、って難しい。
 あまりにも自信がない。ここ最近の僕は、これくらいの年頃の子供と全然関わってない。
 だけど何とか届いてほしくて、とにかく考えながら、ゆっくり話す。
「だから……その、この風鈴がおいてあったタイチの家から、神様はずっと出られなくて……ええと、困ってたンだってサ」
「でも、じゃあ、おまつりは? おとうさんとも、あとイツキ、びょうきだから、おかあさんといっしょじゃないと……
「お祭りは今、神様のところでやってるヨ。イツキだけじゃなくて、お父さんもお母さんも一緒サ。……だからホラ、タイチが風鈴を持っていけばいい。忘れ物だヨ、ってイツキに渡してあげて」
 嘘は言ってない、嘘は――胸の内で繰り返す。
 心配顔のタイチに、敢えて笑顔を作って風鈴を差し出す。タイチは少し迷ってから手を差し出そうとして、その前に、という風に動きを止める。
「ゲタ吉にいちゃんも、おまつり、くる?」
 思わぬ一言をもらって、反応が遅れる。……そう来るとは考えてなかったけど、でもそのつもりはないから、僕は首を横に振った。
……僕は行かないヨ、風鈴の神様から呼ばれてないからネ。それに、イツキとお父さんとお母さんは、僕のこと知らないでしょ? 困らせちゃうヨ」
「そっか。じゃ、じゃあ……
 それでイツキは何を思ったのか、ぐっと僕に顔を近づけて僕の頬にそっと……口づけを、ひとつ。
 現実の感触はなかったけど、確かに、触れたところにふわりと暖かな空気を感じる。
 流石に驚いて固まる僕に向かって、離れたイツキがこてんと首を傾げた。
……だ、ダメだった? おかあさん、おとうさんがかえってきたとき、“いつもありがとう”っていいながら、こうしてた、から……おれい、って、ほかになにも」
「いや、ダメじゃないけど、ちょっとびっくりしたヨ」
 笑ってごまかす。……そういう風習の家だった、んだろう。多分。
 ともあれ、タイチが純粋に『お礼がしたかっただけ』らしいのは伝わってきたから、咎めるのは止めにする。
 代わりにもう一度風鈴を差し出して、誘いかけた。
「ほら、これ。タイチが持ったら、風鈴の神様が迎えに来てくれるヨ」
「うん、ありがとう、ゲタ吉にいちゃん」
 そう行って、タイチの手が風鈴二つに触れて――触れた瞬間、タイチの姿は、淡い光の粒になってかき消えた。

 後に残るのは、模様が抜けて、短冊も白紙になった風鈴、二つ。白と、透き通った青と。
 少し考えて、僕はその二つを、少し傾いだ社務所の梁に結んだ。
 手を離したら、文字のない短冊二枚が風に揺れ、季節外れの風鈴が鳴る。
 澄み切った音が風に乗り、仲秋の月夜へ解けていく。