氷紀
2025-07-25 13:33:14
11312文字
Public とある息子たちの話
 

とある放蕩息子の葬送

『とある息子たちの話』シリーズの前日譚です
養父の思い出を引きずっているゲタくんが、男の子の幽霊と出会って別れる話。CPとしてはモブゲタ
※モブの下高校3出展作品


 こっそり入り込んだその家は、すっかり『廃墟』と呼べそうな有様だった。
 窓が割れていて壁が崩れ、動物が入り込んだ跡もある。床には砂や埃が積もって、もうだいぶ元の面影は失せてしまっているけれど――それでも、確かにそこには『人の生活』があったのが見て取れる。
 玄関からすぐの六畳間に、小さなベッド。その周囲に置かれた、何か知らない機械――窓から差し込む月光に、医療用、の三文字が浮かんで見えたから、多分、イツキが使っていたものなのだろう。
 それで、あれ、と思った――この手の機械は、基本的にレンタルなんじゃなかったか? 前になんだかそんなことを聞いたことがあった気がする。それを返さないまま、ここに野ざらし……というか放置されているというのは、ちょっと変だ。
 更に奥へ行ってみる。六畳間の隣の部屋は、入り口が半分崩壊していた。大きな獣が力一杯殴りつけたような壊れ方。部屋を覗いてみれば、中はめちゃくちゃに荒れていた。部屋に置かれていた家具の類が、軒並み荒らされてひっくり返り、踏みつけられて粉砕された跡もある。だから部屋全体は見通せないけれど、奥の方に、冷蔵庫らしきものが斜めに傾いでいるのが見えたから、きっとここは元々台所だったのだろう。足の踏み場がないから、中に入るのはやめておく。
 更にもう一つ奥の部屋。ここは子供部屋、らしかった。昔どこかで見たような玩具や、子供用の学習机が、砂の色に染まって沈黙している。床には色褪せた黄色いカバンとサッカーボールが転がって――窓が破れていて、壁はツタに三分の二くらい覆われていたし、全体が砂とホコリにまみれていたけれど、荒らされた形跡はない。
 だからこそ、目を引いたものがある。この部屋の中で砂と埃に覆われていないもの。
 学習机の上に置かれた風鈴、二つ。
 白に藍色の金魚が描かれたものと、透き通った青に白で花火の柄が描かれたもの。双方に白い短冊がついていて、花火の柄の方は白紙、金魚の柄の方には子供の字で『いっしょに いこう まってる』と書いてあった。
 思わず部屋に踏み込んで、風鈴を手に取る。――不意に、二つの風鈴が一瞬だけ、淡い光を宿したような気がした。
 言葉にもならない、微かな、本当に微かな神格の気配を感じ取る。本当に一瞬で消えてしまったけど、でも確かに、人間でも妖怪でもないものの力だった。

 ……ああ、そうか。そういうことか。
 イツキは、あの神社の神格に、本当に好かれていたから――

 風鈴を手に持ったまま、数秒立ち尽くす。タイチにどう話したらいいだろう。
 剥き出しの真実をそのまま突き付けたら、それは時々凶器になる……なんて、昔の自分なら考えもしなかったことだ。それが良いことなのか悪いことなのか、よく分からない。

 考えながら歩く。七件の家を通りすぎて、またあの廃神社が見えてくる。
 ……よし。だいたい、決めた。
 もうタイチもイツキもこの世の住人ではないのだから、タイチの『心残り』をどうにかしてあげればいいんだ。その足を、軽くしてあげればいい。そう思い定めたら、僕の足も軽くなった。