氷紀
2025-07-25 13:33:14
11312文字
Public とある息子たちの話
 

とある放蕩息子の葬送

『とある息子たちの話』シリーズの前日譚です
養父の思い出を引きずっているゲタくんが、男の子の幽霊と出会って別れる話。CPとしてはモブゲタ
※モブの下高校3出展作品


 やがて見えてきたのは、予想通りの風景だった――うち捨てられた元・民家が七件ほど、月明かりに照らされて立っている。もうほとんど朽ちかけているものもあれば、玄関のドアを覆うツタの様子からして、まだ数年くらいだろうと思われるものまで。その周囲は、開けたところにやたらめったら草が生い茂っている。……元々、畑だったんだろう。
 人間の気配はない。
 この七件は遠からず、植物と動物たちのものになるのだろうな、と思う。

 不法侵入をする気はないから、そのまま道を進む。月は平等に夜を照らす。山も森も、木々も、廃屋の群れも、僕も。かつてここで暮らしていた人間たちにも、きっとこの青白い光は平等にそそいでいたのだろう。行くアテのない旅をしていると、こういう場所には度々出会う。
 雨や雪の夜なら、誰にともなく一言断って、かつて人間の家だった屋根を借りることもある。でも今夜は月がきれいだ。その月が何月何日のものか、なんて最初から見てもいないけど、昼間の日の傾きからして、今は秋分を少し過ぎた頃。夜でもまだ、凍える程の寒さではない。食べるものは何か適当に――何しろ秋の山だ、食べられる木の実くらい、探せばあるだろう。蛙はさすがに、時期じゃないから難しいけど。それに元々、一日二日食べないくらいでどうにかなるほど、この体はヤワでもない。……空腹感には、もう慣れてしまった。
 ぼんやり考えながら更に歩いて行くと、行く手に神社が見えてきた。この規模の集落にあるものにしては、だいぶ大きい。そしてもうすっかり朽ちている。道に面した残骸が辛うじて鳥居の形を残していたのと、大きな器めいた石の置物に『奉納』の二文字が刻まれていたことで、アァなるほど、と思う程度の状態だ。
 気配を探ってみたけれど、かつてここに宿っていたはずの神格の気配はなく、妖怪や精霊のようなものが入り込んでいる様子もない。活気を失い、人が死ぬか外へ流れ、祭りもなくなり、思いを寄せる人もいなくなって、神格も去った……そんな雰囲気だ。
 元々何の神が祀られていたものやら、僕には見当も付かなかった。もしかすると、父さんなら分かるのかもしれないけれど。

 ともあれ、……これなら、建物を借りても問題はなさそうだ。少なくとも人間の家よりは、遠慮なく借りられる。
 元社務所だったらしき場所を、勝手に今夜の宿に定める。風が凌げるだけで充分だ。そう思って足を踏み入れようとしたとき、――背後から子供の泣き声が聞こえた。
 アンテナは反応しない、妖怪じゃない。5歳か6歳か、それくらいの男の子。
 服装は――ライトグレーのTシャツに、黒いジャージの下半分、という出で立ち。それからTシャツの左胸には、何と言うのかよく分からないけれど、一昔くらい前によく見たキャラクターのワッペンがついている。
 青白い月光の下、その姿は確かな質感を持って『在る』けれど、足元にその子の影はない。
 ――幽霊、残留思念。多分その類だ。
 どうするか、と思ったけれど、今夜の宿を借りる関係上、無視するのは気が引けた。まだぐずぐず泣いている男の子の隣に膝をついて、話しかける。
「どうしたんだ、こんなところで」
……お兄ちゃん、だれ」
「ゲタ吉、って呼んでヨ。君は?」
「タイチ」
 まだ涙がにじんでいるけれど、返事があった。声が聞こえて言葉が通じるなら何よりだ。恨みとか復讐の念に取り付かれているなら、こうは行かない。
……ねえ、ゲタ吉にいちゃんは、ここにくるとき、イツキを見なかった?」
「イツキって誰だ?」
「ぼくの、おとうと。4さいなの。……ずっと、まってるのに」
「そうか、待ってるのか。遊ぶ約束でもしてるのか?」
「ふうりん。いっしょに、たんざく、かこうって……やくそく、したのに。まってるのに……
 たどたどしい言葉を補うように、頭の中にイメージが流れ込んでくる。この小さな集落で行われていた、ささやかな祭り。夏祭りなんだろう、風鈴に七夕の短冊のようなものをつけて、一同に集めて飾る祭りらしい。
 まだここに人が暮らしていた頃の風景だ。
 あと、祭りが行われている境内には、両親に連れられた子供二人の姿も見える。片方は眼前のタイチ、もう片方は――多分、イツキ、だろう。4歳にしては随分小さく見える。父親は祭りの屋台の食べ物を持って、母親はスーツケースというには少し小さいカートを引いていて――イツキはそのカートから離れない範囲で、あちこち見て回っていた。タイチはそのイツキに、きれいな木の葉を拾って見せている。……分かるのはそこまでだった。
 この子が把握している『世界』は、こういうものだったらしい。

 社務所へ続く石段の残骸に、並んで座る。片方は幽霊で片方は幽霊族、何だか妙な絵面だ。
「イツキ、いってた。ふうりんのおまつり、にいにといっしょにいきたいから、しゅじゅつ、がんばる……って」
「手術? イツキ、病気なのか」
「そう、イツキはなんども、びょういん……でも、ぼくのこと、にいに、ってよんでくれた」
「そっか……
 仲の良い兄弟だったんだろう、その約束が命を越えるくらいには。
 ただ、疑問はかえって増えてしまった。イツキが来なかった理由は、多分その手術で何かあったから、だろうけど――タイチはどうして、死んでしまったのか?しかしこの分だと、タイチには、自分が死んでいる自覚もなさそうだ。大好きな弟と一緒に風鈴のお祭りに行くんだ、という気持ちしかない。
……なあ、タイチ。お前の家はどこだ?」
「みち、まっすぐいって、右。いちばんむこう、かど」
 タイチがはっきり道を指し示す。……数年くらい前に無人化したであろう、あの家だ。
「分かった。イツキが帰ってきてないか、見てきてやるヨ。もし帰ってきてたら、呼んでくる」
「ほんとう!? ありがとう、まってる!」
 タイチがぱっと表情を輝かせる。多分、期待通りの結果にはならないだろうけど――でも、一人でずっと待ち続けていた気持ちを思うと、何もしないではいられなかった。