氷紀
2025-07-25 13:33:14
11312文字
Public とある息子たちの話
 

とある放蕩息子の葬送

『とある息子たちの話』シリーズの前日譚です
養父の思い出を引きずっているゲタくんが、男の子の幽霊と出会って別れる話。CPとしてはモブゲタ
※モブの下高校3出展作品

 満月の夜に、星は少ない。
 街灯も民家も店もない、山の中をのたうつように続く路の上を、僕はただぼんやりと歩いていた。
 月影の中、鳥たちの眠る気配がある。獣たちが獲物を求めて駆ける、微かな葉擦れの音も聞こえる。風の音、梢のささやき、虫たちの歌。人間の街とは違う仕組みの世界が、夜の山には密かに広がっている。
 人間だったら、怖い、と感じるんだろう。でも、僕にとってはとても落ち着く世界だ。
 やっぱり――僕は本当は、こっち側の生き物なんだろう。狭間をフラフラ生きているけれど、本能の底で感じる安らぎは、ごまかしようもなくホンモノだった。
 この山は、妖怪たちが隠れ住むあの森より、流れている『気』の量が少ない。でも、夜に佇む森の気配は、同質のものだ。
 それでつい、思い返してしまう。
 父さんと一緒にいるのが苦しくなって、妖怪たちが隠れ住むあの森を離れてから、どれくらい経つのか。
 僕は森を離れてからずっと、人間の街をふらふらしながら暮らしてる。夜の街に入り浸って、ろくでもない暴力や上辺だけの甘い言葉、時には下世話な欲望を引き換えに、一夜の宿を得たりもする。だけど人間より遥かに頑丈なこの体は、一向に破綻する様子もない。
 カバンひとつの最低限の荷物と、霊毛を編み直したセーターと、その他量販店で適当に買った服。あと靴だけは、頑丈なのを選んで買った――リモコン下駄を父さんに譲ってしまったので――あとはこの体ひとつ。
 それが今の僕の全てだ。

 で、何故僕がこんなところにいるかといえば、電車が止まったからだった。

 元いた街のそこそこ大きな駅で、適当な電車に乗り込んだら、それは随分な山奥を走る路線だった。二両編成で、僕の記憶のある範囲では、一両にいる人数は多くて5人。うとうとして目を覚まして、目を開けるたびに一人増えて一人減る、そんな調子の路線だ。いつしか本格的に居眠りをしていたら、不意に車掌に起こされた。まさか終点まで来てしまったのか、と思ったらそうではなく、線路のトラブルで、明朝まで電車が出せないと言われ――その時点で停車していたのは、ちょうど、山間のひなびた無人駅だったのだ。
 宿は大丈夫ですか、タクシーの手配をしましょうか……と、人の良さそうな車掌は提案してくれたけれど、僕はそれを断った。元々、行くアテのある旅じゃアない。電車が止まったのは昼下がりの頃で、『友人を訪ねる途中でネ、あと一駅だから歩きますヨ』と適当にごまかして電車を降りた。

 そこから、僕はただ歩き続けていた。どこにいようと大して意味はない。
 歩き続けるうち、ぽつぽつと立っていた街灯は途絶え、シャッターの下りた建物や家もまばらになり、いつしか山に入り込んで――そして今、だ。
 気がつけば足元はアスファルトから砂利になり、砂利から剥き出しの土へ、そして草に覆われた『道の残骸』のようになっていって、何となく、その先にあるものが想像できた。
 構わず歩き続ける。むしろ好都合かもしれない、今の僕には。