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はりぼて自家発電所
2025-06-12 23:43:12
39412文字
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カイオエ長編
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カイオエルートに戻さなきゃ!
クロエとカイオエの大学生パロディ
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Part5
一人の夜に、終止符を
雨の気配を感じて、オーエンは立ち止まった。
どこをどう歩いて来たのか思い出せない。空を見上げて、顔面で雨を受け止めた。涙が洗い流されていく。ふいに、腕が痛みを訴えた。涙を紛らわすために腕を噛みすぎて、雨で張り付いてくるシャツに血が滲んでいる。
歩くのが億劫になって、適当な軒下に逃げ込んだ。壁に背を預けて、どんよりと曇った空を眺めた。
雨のヴェールで、世界から切り離されたような錯覚を覚える。ポケットの中で、スマホが震えている。さっきからずっと、カインがメッセージを送ってきているのだ。
話がしたい。返事が欲しい。
オーエンは、それを全て無視していた。
「そちらのお坊ちゃん。雨宿りをするのでしたら、よければ一杯、いかがです?」
人の気配が横に並んだと思ったら、すぐ近くで甘い声がした。振り返ると背の高いバーテンダーが、こちらを見ている。
「
……
僕のこと?」
「他にどなたが? おや、怪我もされていますね。手当しますから、こちらへいらっしゃい」
腕を取られて、また痛みを思い出した。
シャイロックと名乗ったバーテンダーは、店内にオーエンを促す。どうやらここは、この男の店だったらしい。
抵抗する気力はなかった。シャツを食い破るほどの、酷い噛み跡のことを、シャイロックは詳しく聞いて来なかった。シャイロックが目を見て話しかけてくるから、自分が随分酷い顔をしていることに漸く気づく。雨は涙を洗い流してくれても、真っ赤になった目を冷やしてはくれなかったらしい。
オーエンが大人しいのをいいことに、シャイロックは甲斐甲斐しく世話を焼いた。乾いたタオルで頭や服の水気を吸い取られて、柔らかいブランケットが膝にかけられる。
「お酒は大丈夫ですか?」
「
……
」
思わず、頷いていた。飲んだことはない。けれど、アルコールを飲んで馬鹿になっていた奴は見たことがある。だから、飲んで誤魔化したかった。馬鹿な自分のことを。
「なにがお好きですか?」
「なんでもいい。あまいやつはないの」
「かしこまりました」
出てきたのは、チョコレートリキュールのお酒だった。小さなグラスに入った、どろりとした茶色い液体に、口をつける。喉に張り付くくらい、重たくて、甘かった。
少しだけ、体が熱くなった。初めてチョコレートを食べた時を思い出した。
「
……
」
また視界がぼやけてきた。息苦しさに俯けば、テーブルにぽたりと雫が落ちる。
「いかがなさいました?」
白々しく感じる台詞に、怒りと混乱が込み上げてきた。ポケットの中で震え続けるスマホをテーブルに置く。増え続ける通知と、時折、着信。
「イライラする。こいつ、いつ諦めると思う?」
「熱烈ですね。喧嘩でもされたのですか?」
「喧嘩なんかじゃない」
喧嘩なんて、生易しいものじゃない。
あれは引導をくれてやったのだ。オーエンとあの二人では、生きてる世界が違うのだと。なのに、どうして。
「
……
どうして、僕に構うんだよ」
突き放しても、突き放しても、追いかけてくる。
「おかわりはいかがです?」
「思い出したくないから、もういらない」
信用出来ないなら、早く見限れば良かったのだ。
「だいきらい。あんなやつ、好きじゃない
……
」
あつくて、頭がぼんやりしてきた。
夢の中にいるみたいだった。
体が重い。目を開けていられない。
「
……
眠ってしまわれるのですか?」
遠くで優しい声がしたけれど、知ったことではなかった。
★
「困りましたね」
カウンターに突っ伏してしまった迷い猫の横に、他の客が座った。口説こうと無遠慮に肩に触れようとした所をピシャリと窘めて、泣き疲れたのか酔いつぶれたのかわからない客にブランケットをかけてやる。
傍らに置かれたスマホが、メッセージの通知を知らせ続けている。それが着信に切り替わったところで、シャイロックは長い指で応答のボタンをタップした。
すぐさま好青年の声がする。
『オーエン!? 良かった、やっと出た。話がしたいんだ、頼むよ
……
今から会えないか? 言い訳をさせて欲しいんだ』
「申し訳ありません。このスマホの持ち主は、私のお店で酔いつぶれてしまっております。迎えに来ていただけると助かるのですが」
『え!』
好青年はカインと名乗り、すぐにシャイロックの酒場の場所を調べて来てくれた。雨の中を走り回っていたのか、体中ぐっしょりと濡れている。
「すまない、世話になった。すぐに連れて帰るよ」
「お待ちなさい。これで体を拭いて。少し休んでお行きなさいな。もうすぐ雨も止むでしょう。あなたも何か飲んでいかれては?」
カインは一瞬目を丸くした。それから、へにゃりと笑う。
「ありがとう。そうするよ」
カインはオーエンの隣に座った。顔を覗き込んで、その泣き腫らした跡を見て驚くと、そうっと背中に触れた。
腕に巻かれた包帯を見て、痛ましげに顔を歪める。
「怪我したのか? オーエン、オーエン
……
」
「ん
……
」
カインが何度か名を呼ぶと、オーエンはうっすら目を開けた。カインの顔をぼんやり見つめたあと、ここはどこだと辺りを見渡す。
「
……
なんでいるの?」
先程まで弱っていたとは思えないほど、低くて、冷たくて、鋭い声だった。カインは戸惑ったが、意を決したように、オーエンの手を握った。
「なに、この手。僕、帰る」
「俺が飲み終わるまで待ってて欲しい」
「嫌」
けれどオーエンはカインの手を振り払えなかった。諦めて、カウンターに頬杖をつく。シャイロックはカインの前にドリンクを出した。喉が渇いていたのだろう、カインは一気にグラスを空けた。
「美味いなこれ。ありがとう、シャイロック。落ち着いたよ。えーと、代金は
……
」
「結構ですよ。そちらの彼のスマホに勝手に触れてしまったお詫びです」
「でも
……
」
「またおふたりでいらしてください。お待ちしております」
にこり、と笑顔を向けると、カインは笑った。そして、居心地悪そうにしているオーエンを抱き寄せながら、その場を後にしたのだった。
★
時折抵抗される気配を感じたけど、その度に握る手に力を込めた。大人しくカインに手を引かれるオーエンは、されるがままだ。
連れてきたのは、自分が住んでいるアパートだった。ベッドの上にオーエンを座らせる。居心地悪そうに俯いているけれど、話を聞いてくれる気はあるらしい。
「なにか飲むか? 牛乳があるな。あっためようか」
「いらない。話って、なに」
「まずは、謝らせてくれ。あんたのこと、信用出来ないって言ったこと」
「
……
べつに、
……
」
「本当は、クロエに嫉妬したんだ」
オーエンが顔をあげた。不愉快そうに、顔を顰めている。
「なにそれ。意味わかんない」
「そうだよな。
……
俺も分からなかった。でも、あのあと、クロエと話して、気づいたんだ。俺はいつも、オーエンの気持ちを無視してきたよな。話しかけるなって言われてたのに、嫌われてるって分かってたのに、俺はずっと、自分の気持ちを優先してた」
「
……
」
「ずっとオーエンのことを見てきたのは、俺なのに。俺の方が、オーエンのことを考えてたのにってさ。あんたの気持ちも無視してたくせに、勝手だよな」
「
……
なにそれ
……
」
オーエンはカインから目を逸らした。消え入りそうな声で、なけなしの悪態を吐く。
「それにさ、オーエンは自分のせいだなんて言ってだろ。あれがよく分かんなくて」
「
……
」
「俺はおまえのせいだなんて、思ってない。まして、不幸だなんて思ってない。おまえのこと、気に入らないところは、百個くらいあるけど、でも、俺は、おまえのことを、もっと知りたいよ」
「馬鹿じゃないの
……
」
俯いたまま、オーエンは呟いた。
少しだけ迷ってから、言葉を続ける。
「おまえは何も分かってない。
……
僕の両親は、僕のことが嫌いだった」
「親に嫌われてたのか」
「そうだよ。あいつらは毎日、僕に死んで欲しいと願ってた。けど、最初に死んだのは父親の方だった。僕は父親が死んで、嬉しかった。けど、母親はそんな僕を不気味がった。どうして父親が死んだのか、聞いてやったら、母親は僕のせいだと言った。僕が憎いと言うから、僕を産んだことを後悔させてやった。母親は自殺した」
オーエンは淡々としていた。
他人事みたいに、感情の乗らない語り口に、カインは絶句する。
「僕は母親も死んで嬉しかった。親戚も僕を不気味に思った。偽善者の顔して僕を引き取ろうとしたから、半分は事故死して、もう半分は自殺した。僕は、また、ざまあみろって思った」
オーエンは薄ら笑う。自分がやったのだと、どこか得意げで、楽しそうで、寒気がした。
「双子の叔父たちはこう言った。おまえの言葉は人を蝕むから気をつけろ。それから僕は死んだ奴らの遺産を使って、独りで生きてるんだ」
「オーエン
……
」
「僕の周りにいるやつは、全員不幸になった。おまえもそう。おまえも、クロエも、僕のせいで不幸になっていく。そう言っても、おまえ達は信じないでしょう?」
「
……
俺たちが不幸にならないように、遠ざけたかったのか?」
「違う」
にやにや笑っていたオーエンが、突然、忌々しげに吐き捨てた。
「違う。そんなわけない。不幸になったら、ざまあみろって笑ってやる。おまえたちの不幸は蜜の味がする。だから、はやく
……
」
苦しげに体を折りながら、弱々しい握りこぶしがカインの胸に叩きつけられる。うわ言のように、地獄に落ちろと呪いながら、オーエンはカインの襟首を掴んで、引き倒そうとして、けど、上手くいかずに、徐々に倒れ込んでくるだけだった。カインはそのまま、オーエンを抱きしめた。
「
…………
」
咄嗟に、言葉が出なかった。
オーエンはずっと、おまえのせいだと言われてきたのだ。刷り込まれてきた。それが、どんな言葉を使えば覆るのか、分からなかった。
「
……
俺は、不幸じゃない」
「
……
」
「話してくれて、ありがとう。もう大丈夫だ。一緒にいよう。これからも、ずっと」
「
……
どうして」
「好きなんだ。俺は、オーエンのことが、好きだ」
「嘘だよ、そんなの。おかしい。ありえない。そんなはずない」
「そうかもな」
カインは、抱きしめる腕から、力を抜いた。目を見て話したくて、顔を覗き込もうとしたのだ。けれど、こんどはオーエンの方から、引き止めるみたいに、抱き返される。
「
…………
っ
……
」
その仕草は、行かないでと必死に縋りついてるように見えた。
両親の死を喜び、親戚の死を喜ぶ子供。たしかに不気味かもしれない。けど、違う。オーエンは、自分を軽んじた人間の末路に、ざまをみろと言っただけだ。
「おまえはなにも、悪くない」
カインは、オーエンが泣き止むまで、そのまま動かなかった。行かないでと言うなら、どこにも行かないつもりでいた。
「
……
不幸になるよ」
「ならないよ」
長い間、ずっと、探していたのは、これだった。
ようやく、オーエンの心に触れられた気がした。
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