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はりぼて自家発電所
2025-06-12 23:43:12
39412文字
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カイオエ長編
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カイオエルートに戻さなきゃ!
クロエとカイオエの大学生パロディ
1
2
3
4
5
6
Part2
その想いに名前をつけるなら
結局カインは、オーエンのことなんて何一つ分かっていなかった。きっと彼自身も、自分のことを知らなかったのだろうけれど。
小学校から一緒だったのに、大学生になって初めて見た、人間らしいオーエンの表情。驚いた顔と笑顔。そして、柔らかな態度と甘えた声。
彼と穏やかな時間を過ごすのは、本当に初めてのことだった。まるで、秘密の宝物を見つけたような感覚に、カインの口からは戸惑いよりも先に、欲望が滑り出る。
「
……
もっと、おまえのはじめてが見たい」
★
「オーエン! 昨日倒れたって聞いたよ! 大丈夫!?」
朝、その話をカインから聞いて、クロエは講義なんか手につかないくらい気になって仕方がなかった。
昼前に漸く顔を出したオーエンに詰め寄ると、彼は顔をしかめながら「たいしたことない」と呟く。
「大したことないって
……
。昨日は朝からずっと調子悪そうだったよ! だから言ったのに~! 今日は? ご飯食べた?」
「食べたよ」
「またパン一個とかでしょ?」
「うるさいなぁ。朝はそんなに食べられないんだよ」
そう言われると、クロエは言葉に詰まる。オーエンは少食な訳ではない。ただ、食事が得意でない様なのだ。味の濃いものが苦手だったりして、飲み物は水一択。パンや野菜は何もつけずにそのまま食べるし、卵や肉には、塩を少し振りかけるくらいだろうか。必要な栄養はちゃんと取っているようだが、なんだか質素で心配になる。
美味しいものを食べると元気になるよ、という理屈は、オーエンには食べる前から適用されないのである。
「もー。それにカインとまた言い合いしてたって?」
「あいつさ、なんで僕に話しかけてくるわけ?」
オーエンはうんざりしたように頬杖をついた。心底分からないというような表情に、クロエは眉を下げる。
「
……
心配してるんじゃない?」
「心配? なんで? 友達でもないのに?」
「でも、小学校から一緒なんでしょう?」
「関係なくない?」
不自然なくらい、オーエンはカインとの関係を否定する。幼なじみ、親友、友達、同級生
……
知り合いにすらなり得ない。良くて顔見知りだ。
けれど、大学からの付き合いであるクロエが、こうやってオーエンに話しかけるのを許されている。友達だと思ってくれているのだろうかと思うと、なんだか胸がそわそわして、落ち着かない。嬉しいけど、カインには悪い気がした。
「というか、午前中のノート見せて」
「あ、うん。コピーとってあるから、これあげる」
「頼んでもないのに、変なやつ
……
」
言いながら、オーエンはノートのコピーを受け取ってくれる。そのいつもより素直な様子に、クロエはおやと思う。
「今日は、機嫌良さそうだね?」
「そう? 普通」
というか、今までが酷すぎたのだろう。
ことある事に、ちくちくと嫌味を言いたい放題。クロエに野次を飛ばして来るいじめっ子の襟首を掴んで「殺されたいの?」と脅していたし、この前は通路の邪魔になっていると人の鞄を蹴り飛ばしていた。
いきなりキレるオーエンには驚いたものだったが、クロエにとってオーエンはヒーローだった。いじめや嫌がらせは実は今に始まったことではない。我慢は慣れている。とはいえ、あの空気はいつまで経っても慣れるものではない。過激だけれど、その行動にクロエは助けられたのだ。だからそれを悪いことだと言えなかった。
お礼を伝えると、「おまえのことなんか知らない」と言われてしまったのだけれど。
「昨日、医務室行ったんでしょ? フィガロ先生途中からいなかったって聞いたけど、そのおかげ?」
「
……
そういう話、どこで聞いてくるの
……
」
「えへへ」
クロエは喋るのも好きだし、人の話を聞くのも好きだ。講義室で噂話があればこっそり聞き耳を立てるし、勇気を出して話しかけることもある。
オーエンは、勇気を出して話しかけたうちの一人だった。趣味で作っている洋服のモデルになってほしいとお願いすると、その時は断られたけれど、気づいたらオーエンをイメージした服をいくつも作ってしまっていて、現物を持って一度でいいからと懇願して着てもらった。
『悪くないから着てあげる』
オーエンの言葉にクロエは感激して、何度も服を作ってはモデルをしてもらうようになった。一度でいいから、という嘘はなぜか許されている。
クロエはオーエンが好きだった。だから、誰かが彼の名前を口にしていると、つい気になってしまう。いい噂は聞かないし、怖いと思うこともある。けれど、オーエンと目を合わせるな、とか、話しかけられても無視をしろと忠告を真に受けるには、弱かった。
オーエンのことは、オーエンから聞いた訳ではなく、噂を聞いたり、一緒にいるうちに知れた。
彼は見た目通り繊細なのか、体調を崩しやすい。本人は否定するけれど、医務室でよく休んでいるのは事実だ。
そしてオーエンは、医務室のフィガロのことが嫌いだ。理由は口うるさいから。でも、たまに荷物を届けたりすることがあるけれど、クロエはフィガロの小言は愛があると思っている。オーエンはそう思えないらしく、よく悪口を言っている。胡散臭くて嫌いだと言うが、調子が悪い時にしか会わないので、いい印象を持ててないだけだろうと思う。オーエンは警戒心の強い動物みたいなところがあるから。
まあ、つまり、調子の悪さに鞭を打つような、苦手な相手が留守であったから、オーエンの心の平穏も保たれたのかもしれないとクロエは思っていた。
「昨日は
……
、えーと、どうしたんだっけ?」
「えっ、覚えてないの?」
「目が覚めたら医務室で、糖分不足だってカインに言われて
……
。うん、あのやぶ医者は確かにいなかった」
「糖分不足?」
「そう。なんか茶色い泥の塊みたいなのを食べた。あれ、ほっぺが落ちそうで、あまくて、美味しかった」
思い出したのか、オーエンの頬が珍しく緩んだ。とんでもなく綺麗な微笑み。食べ物に興味を示すのを見るのは初めてのことで、よほど美味しかったのだろう。
「オーエンて、甘いもの好きだったんだ」
「そうなのかな」
心底分からないという雰囲気に、クロエは不思議に思った。だって、いくら食事が嫌いとはいえ、どう生活したら甘味を口にしないまま生きてこれるのだろうか。そもそも食事が嫌いというのも不思議だったのに。
不思議といえば、誰とでも仲良くなれることで有名なカインと、犬猿、因縁の仲と言われているのも不思議でならなかった。オーエンが一方的にカインを嫌っていて、カインがオーエンの態度に腹を立てる、というのがいつものパターン。
でも、そういう相手をただの知り合いとして済ませるものだろうか。ただの知り合いを、こんなにも一方的に嫌うのだろうか。
「ねぇ、オーエン」
「なに?」
「
……
やっぱり、なんでもないや」
クロエは喋るのも、話を聞くのも好きだ。噂話だって、気になるものがあれば初対面の人にだって勇気を振り絞って割り込んでいける。
だけど、今のオーエンには無理だった。どうしてだろう、無遠慮に尋ねる気になれない。まるで、壊れ物のように感じるのだ。
それはおかしな話だった。オーエンは強い。一匹狼のような、孤高の存在。そんな彼を、壊れ物のようだなんて。よく体調を崩しているから間違ってはいない気もするけれど。
ただ、折角ここまで仲良くなれたのに、深追いして嫌われたくなかった。自分の気持ちを伝えることは、酷く難しいことだと、クロエも知っている。だからいつか、自分から話してくれたら嬉しいと思っている。
そう、気のおけない、友人のように。
★
爽やかな日の朝。一限目の教室に入った瞬間、クロエを迎えたのは賑やかな同級生達の声だった。その中心には必ずと言っていいほど、彼がいる。
「お、クロエ! おはよう! クロエもこの講義取ってたんだな」
「おはよう、カイン。教室から賑やかな声が聞こえたから、いると思った!」
カインは同期の輪から抜け出して、クロエの所にやってくる。人気者を横取りしたみたいで気が引けたけれど、彼の友人たちは気にすることなくそのまま会話を続けていた。
「今日はオーエンいないのか?」
「一限目は来ないんじゃないかなぁ。二限目は必修科目があるから来ると思うよ」
「そうか
……
」
少し困ったように、カインはオーエンを気にしている。もともと、彼は争いを好む性格ではない。だからオーエンと喧嘩する度に落ち込んでいるようだった。
どうして嫌われるんだろうな、とぼやいていたのを思い出す。
「でも、昨日は調子良さそうだったよ。誰とも揉めなかったし」
「そうなのか。糖分足りないとイライラするって言うけど、本当に治まるなんて思わなかったよ」
「そういえば泥みたいな甘いヤツってなに? チョコレート?」
「ど、どろ? オーエンがそう言ったのか
……
?」
「うん。すごく気に入ってたみたい」
「ああ
……
。でも、チョコレートはちょっと問題が
……
」
カインは変な顔をした。けれど、周りを気にして口を噤む。
「問題?」
「いや、なんでもない。チョコはないんだが、糖分補給用の菓子を買ってきたから、あとで渡しておいてくれないか?」
「えっ、俺が渡していいの? カインが用意したんだから、カインが渡した方がいいんじゃない?」
「俺からだと受け取ってくれないような気がして
……
」
「でも昨日は
……
。一昨日だっけ? カインから貰ったチョコレート、美味しかったって嬉しそうにしてたよ」
「正確には俺からじゃなくて先生からなんだけどさ」
「フィガロ先生からの方が受け取らないと思うけどなぁ」
というか、わざわざオーエンのためにお菓子を買ってくること自体、すごいなと思う。あんな態度を取られ続けても、カインの心は折れることがない。
それに、オーエンは基本的に、外に出たがらない。誘っても断られてしまう。だから、昨日の今日で誰かに言われたからと言って自分で補給物資を調達したりしないだろう。
それを理解しているから、今ここに菓子の箱がある。カインがどれだけオーエンのことを思って行動しているのかよく分かる。カインなら相手が誰でも同じことをしたかもしれないが、ここまで酷い態度を取る人間はそういない。犬猿の仲なのに、なぜそこまで出来るのだろう。
「カインの方こそ、オーエンのことどう思ってるの?」
「え」
「だって、オーエンてカインに対してそんなに優しくないでしょ? なのにカインはどうして、オーエンのこと、そんなに気にしてあげてるのかなって」
オーエンには怖くて聞けなかったことが、口から滑り出ていた。なんとなく、聞いてもいいタイミングな気がしたのだ。案の定、カインは嫌な顔をせず、真面目に考えて、クロエの質問に答えてくれる。
「うーん。なんかさ、あいつ、放っておけないだろ?」
「放っておけない
……
?」
分かるような、分からないような理由に、クロエは首を傾げた。あんなに放っておいて、という空気を出されたら、そんな気持ちにはとてもじゃないがなれない。ただ、質素な食生活に、薄い身体、青白い肌を思い浮かべると心配になるのはなんとなくわかった。
「言ったらまた馬鹿にしてるって喧嘩になると思うけど、あいつ、将来
……
非行に走りそうじゃないか?」
「うん
……
。
……
ん??」
オーエンの、病人のような儚い雰囲気を思い描いていたクロエは、カインの割と失礼な発言に目を丸くする。
「非行って」
「違法なことでも、躊躇いなく手を出しそうだし、普通の企業に馴染めなくて反社会的な組織に所属しそうというか」
それも、分からないでもないのが困る。
通路の邪魔とはいえ人の鞄は蹴り飛ばすし、クロエの為(とはっきり言われたわけじゃない)とはいえ、襟首をひっ掴んで脅すのもお手の物だ。そちらの方が性にあっていそうだし、イキイキしてる気がする。そして、ある日突然姿を消しそうな危うさが確かにある。知らないうちに、裏社会の人間として生きていそうだ。
「お節介なのは分かってる。逆にムキになってるような気もするけどさ。手を離したら、あいつは間違うしかない気がする。あいつがどうしようも無くなった時、その可能性を見て見ぬふりしたことを、俺が後悔する」
「間違う
……
」
「あいつは躊躇わないかもしれない。そっちに行きたいのかもしれない。でも、俺は嫌なんだ」
オーエンの言葉は、禁断の果実のようだ。アダムとイブが食べてしまったというあれだ。知りたくないことを、知ってしまう。
話を聞いていると、心を蝕まれそうになる。真実の裏側を覗いているような気分になる。この混沌とした世界の深淵に引きずり込まれて、闇に飲み込まれそうになる。自分の目の前に広がる世界は、とても美しいものだと信じているけれど、それは表面上のもので、汚いものに蓋をしているだけに過ぎなくて。ともすれば、ふとした瞬間に、隠した傷口から血が吹き出して、原型を留めていられないような気持ちになる。
ただ、クロエはその傷口を再び縫い合わせるのが得意だった。見て見ぬふりだって出来る。だって、それ以上に楽しいことがいっぱいあると気づいたら、気にしている暇なんてないのだ。
だけど、オーエンはどうだろう。
人間に備わっている欲求のうちの、食事にすら、彼は興味を示さない。危うい程に、この世界の混沌とした部分に関心を向けている気がする。
オーエンの言葉に反論できる人間は、きっとほとんど存在しないだろう。クロエなんて、脅しは悪いことと知りながら、クロエを庇ってくれたのかと思うと嬉しさが勝って、何も言えない。
カインはオーエンの言葉の意味をあまり理解できてない時があるけれど、それは考え方が真逆すぎるからだ。カインが『光』ならば、オーエンは『闇』。それくらい違う。
けれど、だからこそ、直感しているのかもしれない。
オーエンは人が超えてはいけない一線を、簡単に踏み越えてしまえる。普通なら躊躇うところも、彼は意に返さない。それは人から非難されるようなことだ。だけど、実際は、誰かがその役を買って出なければ、もっと混沌としていた世界がある。
クロエが、自分が弱者だと知っている世界。
自分が標的になれば搾取されるし、そうじゃなければ見て見ぬふりをする。誰かのために自分を犠牲にする人間なんていない。救いがあることを当たり前だと思ってはいけない。
そんな世界で生きていくのは怖い。
自分の中の綺麗なものと汚いものがぐちゃぐちゃに入り交じって、辛くて、苦しくて、どうにかなりそうだったのだ。
本当は、綺麗なものだけ取り出して、磨いて、自分を飾りたてていたかったのに。
オーエンはクロエの憧れだった。
だって彼は、クロエが汚いと切り捨てるような感情を取り出して、これが自分だと認められる強さを持っている。その様子が、美しいとさえ思っていた。
それがたぶん、非行だとか、反社会的と言われるようなものだったりする。
「
…………
」
クロエは、オーエンにそちらにいて欲しいと思っていたのだろうか。自分もそこに行こうとしていたのだろうか。
人は間違える生き物で、間違えて成長するものだといつかの授業で講師が言っていた。それなのに、オーエンが間違えないようにするのは、彼の邪魔をしていることにならないだろうか? そんな事を考えている自分に驚いた。
それがオーエンが選んだ道ならクロエはきっと、否定しない。なんならダークヒーローみたいでカッコイイ! とまで思うかもしれない。闇が浮き彫りになることによって、光はいっそう眩く光る。それが、オーエンの在り方なのだと。
こちらに、引き戻そうなんて、考えもしなかった。
そんな力はクロエになかった。
だからこそ、カインが眩しい。
カインのそれは紛うことなき正義だから。正しくない者からすれば、痛すぎるほどの。
「俺
……
、俺も、間違ってたのかな
……
」
難しい顔して思い詰めはじめたクロエに、カインが困惑する。オーエンの話をしていたのに、今暴かれたのはクロエのほうだった。
「ど、どうした。俺の話、なにかまずかったか?」
「まずくないよ。全然、まずくない。ただ、俺は、弱いから
……
」
両親や兄弟に虐げられてきた。
学校でも、ビクビクしていた。目の前で起きているいじめに、見て見ぬふりをしていた。自分が標的になりたくなくて。
いじめの苦しみは、知っていたはずなのに。
そして、クロエはオーエンに救われてしまった。
襲い来るのは、罪悪感だ。あの時、助けなかった自分が、助けられてしまった。オーエンはその罪悪感すら、クロエから消してくれていた。
おまえのためじゃない。
これは正義でもなんでもない。
クロエは、そんなオーエンに甘えていたのだろうか。
気づいたら、クロエはカインに、懺悔していた。
言葉が出てこないし、嗚咽混じりで、下手くそな話を、カインはじっと聞いてくれていた。
「ごめんなさい」
オーエンのことをどう思ってるの。
それは軽い問いだった。でも、軽いはずがなかった。だって、オーエンの時は軽々しく聞けなかったのだ。
カインは泣き崩れるクロエの背を撫でた。
そして、天気の話でもするような気軽さで、ゆっくりと、語り始める。
「子供の頃からオーエンと一緒だったって、話したよな。まあ幼なじみだと思ってるのは俺だけだろうけど。初めて話しかけたのは小学生の時だ。あいつ元々は人見知りでさ、ペアとかグループを作るのに、いつも一人で余ってた」
人見知り。
カインがオーエンをそう評したのは意外だった。こう言うのもなんだけれど、オーエンが周りに距離を取っていたというより、周りがオーエンに距離を取っているという方がしっくりくる。
カインはクロエが抱いた違和感を知ってか知らずか、そのまま話を続けた。
小学生の時、オーエンがグループ決めで余っているのに気づいたカインは、当然声をかけた。しかし、応じてくれたのは最初の一回だけ。二回目からは拒絶されるようになる。カインは、なにかしてしまったかと謝ったけれど、オーエンは首を横に振るだけだった。
無表情で笑わないから不気味だと、クラスで浮いているオーエンに、一生懸命声をかけ続けたのはカインだけ。けれど、オーエンが心を開いてくれることはついになかった。
「今では誰もあいつに近寄らないって感じだけど、最初はあいつが壁を作ってたと思う。だからさ、たぶん、間違えたのは俺の方だったんだ」
嫌がっていたのに、無理やり仲良くなろうとした。誰とでも仲良くなれる自信があったと、カインが呟く。
そして、関係が悪化したのが中学の入学式の日だった。我慢が爆発したのか、オーエンはいつものように気安く話しかけたカインを罵倒した。カインだけではなく、カインの友人、家族にまで酷い言葉を吐かれ、流石のカインも腹を立てた。
殴り合いになる前に教師に止められ、仲良く生徒指導を受けたが、それからカインが話しかける度に、オーエンはチクチクと毒を吐いた。
普通ならそこで関わりを断つべきなのだろうが、カインはそれでもめげなかった。先程クロエに語った「非行に走りそう」というのも、オーエンを諦め切れない理由のひとつではあるだろうが、罪悪感もあったのかもしれない。
「俺も、人の心が分からないのかって、怒られたことがあってさ。もしかしたら、俺はオーエンの地雷を踏み抜いてたんだと思う。人の人生に、そこまで責任を負う気もないくせにさ」
ただ、当時のカインは、なぜオーエンが気になるのか答えが見つからないまま、話しかけては喧嘩を繰り返していた。
「俺は、あいつのことなにも知らない。あいつの家族のこと
……
小学生になる前のオーエンを知らない。未だにだ。ずっと一緒にいて、不思議だろ。俺は友達が多いけど、だからあいつの空白が、際立って見える」
「
……
」
「クロエの話を聞いて、気づいたんだ。もしかしたら、あいつも、そうだったのかなって。ごめんな、無神経で。おまえのことも傷つけちまった」
「そんなこと
……
」
「けど、俺は正しくないよ。正義でもない。俺が俺自身を、好きでいたいだけなんだ」
それは、誠実さや正義感由来のものよりも、クロエの心に響いた。クロエがほっとすると、カインもほっとした。それからは、クロエが落ち着くまで、カインがオーエンとの思い出を話してくれた。
二人が同じ高校を選んだのは偶然だった。カインはオーエンを諦めなかったが、関係はほとんど変わらなかった。けれど、その三年間がカインを焦らせた。
オーエンに対する、言いようのない不安。いつの間にかどこかへ消えてしまいそうな雰囲気。あるいは、カインがオーエンに抱く必要のない、責任感のようなもの。
だからオーエンを煽って、焚き付けて、同じ大学を目指すように仕向けた。怒りでもいいから、こちらに意識が向いている間は何故か安心した。
ただ、それすらたまにフッと消えることがあって、カインはそれが恐ろしくてたまらなかった。
もし、それを放置して彼が破滅に向かったならば、カインはどれほどの罪を背負うことになるのだろう。
「なんてな。けど、クロエがオーエンと仲良くしてるのを見た時は、安心したのと同時に、悔しかったな。俺が一番、あいつの近くにいると思っていた。結局俺は、オーエンのこと何も知らないのに。話してもらえることもなくて、今更聞けもしない。家族のことも、住んでるとこも、知らない。甘いものが好きなんて、知らなかった。笑った顔も初めて見た。それで気づいたんだ。俺は今まで、知った気になってただけで、知ろうとしてなかったんだって」
「カイン
……
」
それでも、オーエンのことを一番よく分かっているのは、カインであることは間違いないと、クロエは思った。けれど、彼はそんな慰めは望んでいないのだろう。
オーエンのために用意した菓子の箱を眺めて、カインはため息を吐く。
「悪い。長話しちまったな。聞いてもらえて、なんかすっきりしたよ。俺、やっぱ焦ってるのかも。情けないな」
「情けなくなんかないよ! 俺が聞いたんだよ。話してくれてありがとう。俺も、余計なお世話かもだけど、力になりたい
……
! だって二人は、俺達は、友達だから」
カインは目を丸くした。
カインとオーエンは、およそ友達と言い合える関係ではないのだろう。ただ、軽い関係じゃないのは確かだ。
「友達か。
……
俺も、そう思ってる」
泣き笑いのような顔だった。
それはそうだ。ここまで心を砕いているのに、友達ですらないなんて、あまりにも寂しすぎる。でも、オーエンは天邪鬼だから、きっとカインに友達以上の感情を抱いている気がする。
たぶん、クロエと出会って漸く、自分の感情に向き合い始めたカインよりも、ずっと前から。拒絶も、罵倒も、長い時間をかけてオーエンが選んだ行動だ。
「なら、やっぱりそれは、カインが直接オーエンに渡してあげたら? オーエン、チョコレート食べてから調子良いみたいだから、もしかしたら喧嘩にならないかもよ」
カインは、彼にしては珍しい、少し不安そうな表情をしていたけれど、クロエが笑うと、釣られたように笑ってくれた。
「わかった。ありがとな」
クロエはオーエンの笑顔を思い出す。
なにかいい方向に動き出した。そんな気がした。
きっと、彼等が抱く、その感情の名前は。
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