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はりぼて自家発電所
2025-06-12 23:43:12
39412文字
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カイオエ長編
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カイオエルートに戻さなきゃ!
クロエとカイオエの大学生パロディ
1
2
3
4
5
6
Part3
たったそれだけのこと
はわわ、と、クロエは口に手を当てながら頬を染めていた。
「ねぇ、今日はあれないの?」
ここは食堂。昼食後、オーエンがおねだりをすると、カインは一瞬固まってから、「クッキーならあるけど」と呟いた。少し残念そうにしてから、オーエンはちょうだい、と言って小さな口をぱかりと開ける。カインは逡巡して、そこにクッキーを放り込んだ。
その様子を、「恋人同士みたい
……
!」とクロエはドキドキしながら見ていた。
本当は、オーエンが所望しているのはチョコレートなのだけれど、それはあまり口にさせてはいけないと、カインは真面目な顔で言った。当のオーエンは馬鹿にして本気で取り合ってくれないので、クロエも気をつけて見ておいてくれ、と疲れた顔で頼まれている。
なんでも、チョコレートは食べ慣れてない人間が口にすると、媚薬のような作用が働くらしい。それを二人きりの保健室で確かめる羽目になったのだとカインから聞いたクロエは、なんてことだと口元を覆った。
クロエは恋の話が大好きだ。険悪だ、因縁だと言われるこの二人の間にも、もしかしたらもしかすると恋が芽生えちゃったりなんかするかもしれないと考えてしまうのは仕方の無いことだった。
というかもう芽生えているのでは? と思っている。だって、カインがオーエンに抱いている感情は、種類はわからないけれど、紛れもなく愛な気がする。チョコレートを初めて食べたという日から、オーエンの態度もかなり軟化した。そして今、所謂『あーん』という奴を見せられている。普通、嫌いだという相手の手から直接ものを食べるだろうか?
これは、ひょっとしたらひょっとするかもしれないと思うではないか。
「おいしい」
「よかったな」
オーエンが口の中でクッキーを頬張りながら満足そうに微笑む。その笑顔を見て、カインは仕方がないなと目元を和らげた。
最近、こんな風に三人で穏やかな時間を過ごす日が増えていた。きっかけは、甘いお菓子ひとつ。あんなに毎日機嫌の悪かったオーエンが、嘘みたいに無邪気に笑っている。
それを確認して、カインが口を開いた。
「なあ、今度あるオリエンテーション、三人で参加しないか?」
クロエは目を輝かせた。それは大学生になって初めての行事。新しいことに興味津々のクロエは、どきどきわくわくしながらカインの話に乗っかった。
「それ! 親睦会みたいなやつだよね! 俺も三人で参加できたらなぁって思ってたんだ。丁度班の人数も三人だし
……
」
言いながら、ちらりとオーエンを伺う。
カインの表情が少しだけ硬いのは、緊張しているからだろうか。オーエンは誘いをいつも罵倒で返す。カインは喧嘩をするけれど、争いを好んでいる訳ではない。
ただ、今日はきっと、大丈夫なのではないだろうかとクロエは思った。この間渡すと言っていた菓子は受け取ってくれたらしいし、今もクッキーを食べてすこぶる機嫌がいい。息を飲んで成り行きを見守る。
「なにそれ」
「話聞いてなかったのか? みんなで出かけて、遊んで、飯食ったり飲んだりするんだよ」
「飲んだり
……
は、まだちょっと早いんじゃないかな
……
」
「あはは、もちろんジュースだよ」
「
……
ふぅん」
オーエンは考え込んでいた。それは嫌な空気ではなかった。
「行こうかな」
ぽつりと漏らされた言葉に、カインは笑顔を広げた。本当に嬉しそうにするものだから、クロエもなんだか優しい気持ちになる。
「じゃあ、名前書いて提出しとくな!」
「やったあ! ありがとー!」
オーエンの気が変わらないうちに、とカインはカバンから書類を出して書き込んでいる。その様子を興味深そうにじぃ、と見つめるオーエンに、クロエは好奇心を抑えられない。
「
……
ねぇ、オーエン。聞いてもいい?」
きっとカインは、オーエンが受け入れてくれただけで嬉しかっただろうけれど。
「なに?」
「何か、いい事あった?」
ドキドキしながら尋ねると、オーエンは目を丸くした。その時初めて、自分の中の苛立ちが薄れていることに気づいたみたいな顔。
「いいこと
……
」
今までカインの誘いは、糖分不足による苛立ちに邪魔されてきた。だから、今ならオーエンの本当の気持ちが聞けるような気がしたのだ。
「別に、ないけど」
「そ、そっか
……
」
「僕が誘いを断らないのがそんなに珍しい?」
「え? う、うん。まあ
……
」
ドキリとした。物事は思った通りに行かないものだ。もっと楽しい話になるはずだったのに。少しだけ温度の下がったオーエンの声に、クロエは言葉に詰まった。やっぱりやめただなんて言い出しかねなくて、不安になる。聞かない方が良かっただろうかと焦って、心臓が嫌な音を立てた。カインも用紙に名前を書く手を止めている。クロエは心の中で謝罪した。
しかし、心配するクロエたちを他所に、オーエンは気にした風もなく、だけど少し言いづらそうに、それでも自らその言葉を選んで、伝えてくれる。
「確かに、興味があるわけじゃないけど
……
。きみ達が楽しそうだから」
思わず、クロエはカインと顔を見合わせた。
なんだか、オーエンが大切な気持ちを取り戻した瞬間に立ち会ったような、特別な気持ちになった。その中心に、クロエとカインを置いてくれているのかと思うと、たまらなく嬉しい。
「オーエンも、最近楽しそうにしてるよな」
「そう?」
「ああ。変わったっていうのかな。前と全然違う。自分じゃ分からないだろうけどさ」
「
……
よくわかんないけど、おまえが言うならそうかもね」
オーエンが、こんなにも自然にカインの言葉を受け入れたことがあるのだろうか。
カインは泣き出しそうなほど顔を歪めた。彼はずっとずっと、諦めないでオーエンに話しかけ続けてきた。今、漸く蕾が開き始めるみたいに心を許してくれている。
オーエンだって、きっと好きで苛立っていたわけではないのだ。どうして苛立つのかも自分で分からなかったのかもしれない。
だから。
「楽しみだね!! 早く当日にならないかなぁ」
「そうだな!」
「気が早くない? いつなの、それ」
「来月だな。でも、レクリエーションとかもあって、その準備とか、班の代表者は話し合いとかある」
「楽しそう~」
「面倒くさ
……
。やっぱり行くのやめようかな
……
」
「あはは! そう言うなって! 代表者の話し合いは俺が行くよ」
対極にあるクロエとオーエンの反応に声をあげて笑いあうと、カインは書き込み終わった書類をひらひらと振った。三人の名前が並んでいるのを見て、クロエはそわそわと胸を高鳴らせる。
カインが言うには、今までオーエンはこのような学校の行事に参加しなかったという。高校でも、中学校でも、小学校ですら、ほぼ全ての行事に不参加だったらしい。教師もそれをまるで当然のように受け入れていたから、カインも不思議に思いながらも、直接疑問を口にしなかったし、そもそもとても聞ける雰囲気じゃなかった。
だってみんな、彼が来ないと知るとほっとしていた。よほど人と関わるのが嫌なのだろうというのは建前だった。
どうしてもっと早く疑問に思わなかったのかと、カインは酷く苦しそうだった。
気づいたところで、子供だったカインにはどうしようもできないことだった。
クロエも、学校の行事が好きではなかった。憧れはあったけれど、だからこそ憂鬱だった。楽しそうな輪の中に、どうしても入れなくて。それゆえにオーエンの行きたくないという気持ちも分かる。実際、クロエにとってもそれは楽しい思い出ではなかった。
本当はずっと、憧れていた。羨ましかったのだ。みんなと一緒に居るはずなのに、どうしてか孤独で、苦しくて。だからそれを、自分には必要の無いものだと思おうとした。それは酷く寂しかった。
輪の中にも入れず、オーエンみたいに一匹狼にもなれず、寂しいという感情まで殺そうとしたけれど無理だった。クロエはどうしたって誰かと一緒にいたくて、感動を共有したかった。
寂しがり屋の自分に嫌気が差していた。
けれど、捨てなくてよかった。
だって、こうして一緒に行事を楽しみにできる友人に会えたから。
その気持ちを伝えたい。けれど正直、大切な友人達に、どんな言葉を紡げばいいのか分からない。安心させたくて、楽しんで欲しいのに、うまい言葉が見つからない。どちらにも傷ついて欲しくないから、クロエはたくさん考えた。
「俺、本当に、ほんとうに楽しみだよ!」
心の底からそう思わせてくれた、彼らのために。
クロエができることは、あるのだろうか?
★
そんなことを考えながら迎えたオリエンテーションの当日。本当にあっという間に終わってしまっていた。
気づけばその翌朝だ。
オーエンの笑顔は見られなかった。仲が深まったという感覚もない。まるで夢でも見ていたような、不思議な気分だった。
クロエはカインと席に座って、一緒にうんうんと唸っていた。話題はもちろん、今はここにはいない、オーエンのことである。
「カインは、昨日のことどう思った?」
「うーん。
……
単刀直入に言うと、あいつ、協調性が無さすぎないか?」
「まあ、うん
……
そうだね
……
」
「クロエは?」
「俺も
……
。なんか、思ってたのと違った」
オーエンがまだ来ていないのを確かめてから、クロエは小さな声で呟いた。
そう、なんか、思ってたのと違ったのだ。
もっと楽しんで貰えると思っていた。もっともクロエは十分楽しかったのだけれど。
「レクは無視。自由行動の時は迷子になるし、出された弁当は食べないし。討論会で、ぼーっとしてたのを無理やり喋らせたのは失敗だったな
……
。みんなに申し訳ないことをした」
「お弁当は仕方ないよ。オーエンって、味がついてる食べ物苦手だって言ってし
……
」
「糖分補給用の菓子だけじゃ結局足りなくて、帰りの電車でダウンしてたな」
つまりオーエンは全く楽しそうじゃなかった。初めて参加しようと思ったイベントがこれでは、もう次はないかもしれない。協調性が無いのは初めからわかっていたのに、フォローしきれなかったのが悔やまれる。これで終わりはちょっと寂しい。リベンジしたい。
だからこうして、二人は相談という名の反省会をしている。
「それにしても、討論会はすごかったね。オーエンの話、例えが分かりやすくて面白かった」
「あれを面白いと思えるなんてすごいな。表現が独特すぎてみんな引いてたのは、ちょっと笑っちまったけど。昔から地頭は良いんだよなぁ。やる気ないだけで」
「あ、あと、姿が見えなくなった時! みつけたと思ったら肩とかに小鳥乗せててびっくりしたよね」
オーエンは楽しそうじゃなかったけど、公園のベンチで鳥と共に途方に暮れていたオーエンのことを思い出すと、自然と笑みが零れた。
「二人とも連絡先知ってるつもりだったのも面白かったな。探すの大変だったけど、そのあと普通に連絡先交換する流れになって
……
」
カインも楽しんでいたようで、クロエは安心する。少しだけれど、オーエンのことも知れた。
反省はまた今度にして、思い出話に花を咲かせようとした時、そこに水を差す声があった。
「ねぇカイン! 昨日さ、オーエンくんと参加してたじゃん? 最近喧嘩もせずに一緒にいるし、びっくりしてるんだけど!」
彼女は、カインとオーエンの、高校生の時からの同級生だ。カインとは仲が良い様子だが、オーエンが居るとあまり近づいてこない。オーエンが居ないことを確認してから、興奮気味に詰め寄ってくるのを見ると、興味は持っているのだろう。
その事について気になっていたのは彼女だけではなかったようで、あっという間に周りには人が集まってくる。
「あいつ、最近丸くなったよな」
「まじ? 俺こないだ鞄蹴飛ばされたんだけど」
「私このあいだ、笑ってるとこ見ちゃった!」
「目を合わせない方がいいって聞くけど、よく見たらすっごい美形だよねぇ」
「柔らかくなったし、今なら話しかけられそうじゃない?」
「やめとけって。昨日討論会で全員ボコボコに論破されただろ」
「それはそういう話だったからでしょ~」
「ねぇ、カイン。どうやって仲直りしたの? 仲良くなるコツとかさ」
怒涛のようにオーエンの話題で盛り上がっている。クロエは勢いに押されながら、ちらりとカインの様子を伺った。
「えーと、」
爽やかで、明るくて、いつもみんなの中心にいるカインが、困っている。オーエンについて、どう説明したらいいのか分からないのだろう。
オーエンと仲良くなるコツ。あるにはある。甘いものをあげたらいい。簡単に喜ぶだろう。
ただ、教えたくないなとクロエは思ってしまった。教えて欲しくないとも。だって、カインがどれだけ時間をかけて、オーエンと向き合ってきたと思っているのだ。それを、腫れ物に触るみたいに遠巻きにしていたような人間に、甘いお菓子ひとつで簡単に距離を縮められると教えるなんて、そんな。
「それは
……
」
「うわ。うるさい。邪魔」
カインは、自らその特別な何かを手放そうとしていた。瞬間、穏やかだが冷たい声が遮る。オーエンだ。さっきまでオーエンと仲良くなりたそうに騒いでいた人達は、綺麗な顔が不機嫌を浮かべているのを見て黙り込む。
「あ、おはよう。オーエン」
「おはよう! 今日は早いね」
カインとクロエが声を掛ける。オーエンは周りの人間には見向きもしなかった。
「
……
おはよう。昨日は、帰ってすぐ寝ちゃって、早くに目が覚めたんだ」
うんざりしながら、同期たちが開けた通路を堂々と横切り、当然のようにクロエの席の隣に座る。カインの後ろだ。それがなんとなく嬉しい。
「昨日は、楽しかったね!!」
「まあまあ。でも、暫くは参加しなくていいや」
恐れていたことをあっさり口にされ、クロエは焦る。けれど、疲れただろうに、まあまあという感想が出るということは、オーエンにとってそこまで酷い思い出にはなっていないのかもしれない。すこしだけほっとした。
「えっ
……
もう参加しないの? どうして? やっぱり面白くなかった?」
女子の一人が緊張を滲ませながら話しかける。オーエンは誰? という顔して、彼女の顔をじろじろと眺めた。
「
……
やっぱりって、なに?」
「
……
っ」
低い声が響いて、ひゅっと息を飲む音がした。オーエンは薄く笑う。
「おまえが、僕の何を知ってるの? なにが分かったの? 興味あるなぁ。ねぇ、教えてよ」
友好的な言葉に聞こえるのに、鋭く見開かれた双眸に射抜かれて、話しかけてきた女子は固まった。オーエンは追い打ちをかけるように、おもむろに腕を持ち上げて、手を伸ばした。
「オーエン」
「なに
……
っ、むぐ」
間に割り込んだのはカインだった。棒付きのキャンディをオーエンの口に突っ込んで黙らせたのだ。甘い甘い、イチゴの香り。途端に大人しくなったオーエンは、あっという間にキャンディに夢中になる。
「ほいひい」
「よかったな」
このやり取りも慣れたものだ。しんと静まり返ったのと同時に、冷えた空気も軟化する。
「
……
あ、甘いもの、すきなの?」
固唾を飲んで見守っていたうちの一人が、恐る恐る尋ねる。
「うん。
……
たぶんね」
オーエンがキャンディの棒を手に持って、ぺろりと舌を出しながら緩く微笑むと、その場にいた人達はみんな頬を桃色に染めた。あの、悪の擬人化のような姿とのギャップに、もれなくやられてしまったようだ。
「あ、じゃあ、あたし、チョコレート持ってるけど、食べる?」
「チョコレート」
オーエンが目を輝かせたのとは逆に、カインがやばいと焦り始める。クロエに目配せをしてくるが、まさか大勢の前で媚薬の効果が出てしまうと説明する訳には行かない。危険すぎる。オーエンが。
「はい、どうぞ」
差し出された個包装のチョコレートを、オーエンはじっと見つめる。
「
……
いい、やっぱりいらない」
どうやって止めるかで無言の相談をしていたけれど、それは杞憂に終わる。オーエンは自ら、ふいとチョコレートから目を逸らした。
「仲良くもないやつから、受け取るわけないだろ」
「あ、だ、だよねぇ」
あからさまに傷ついた女子を慰めなければと思うよりも先に、オーエンの言葉を喜んでいる自分がいた。カインもぽかんとして、驚きを隠せていない。なにせ、少なくともここ最近、クロエが見ている限り、オーエンがカインの渡す物を拒否しているのを見たことがない。
「じゃ、じゃあ、これから仲良くなれるよう頑張らないとね」
「学校行事参加しないなんて言わずにさ、俺たちにもチャンスをくれよ」
少しだけ冷めた空気を持ち直すように、場を盛り上げようとする彼女達をオーエンは怪訝な目で見ていた。話の中心人物がそんなだから、みんな言葉を募るも段々気が保てなくなって、講義が始まるチャイムで助かったとばかりに席に戻って行った。
「
……
なんだったの、今の。気持ち悪い」
オーエンの独り言に、カインとクロエは苦笑いする。オーエンと仲良くなりたいんだよ、とフォローしようとしたけれど、その前にオーエンが言葉を続けた。
「
……
人との交流なんて、僕には必要ないものだったのに、なんで忘れてたんだろ」
イベント事の目的、それは結局は人とのコミニュケーションを養うためであり、楽しいだけのものではない。オーエンのような人にこそ、必要なものではあるけれど、クロエは知っている。仲のいい友達が居なければ、苦痛の方が勝つのだ。遊ぶのではなく、学ぶのが目的だと言われればそんなこと関係ない。そうやって心を殺してきた。
でも、楽しそうにしている人たちを見ると、そこから何を学べばいいのか、分からなくなる。
必要ないと本人が思えば、それで終わりだ。
「
……
必要ないか? どうして?」
思考に呑まれそうになっていたクロエを、カインの言葉が引き戻した。オーエンはきょとんとして、首を傾げている。
「どうしてって
……
。そう、言われたから
……
?」
オーエンは、まるで、無垢な子供のようだった。なんの疑いもせず、そう言われたから、そう信じているとでもいうように。
「そう言われた? 誰に
……
?」
「僕の、
……
」
言葉を詰まらせてしまったオーエンに、クロエも言葉を失った。
どうして。
そんな疑問すら、持てなかった?
その感覚には、覚えがあった。困らせたくなくて、口を噤んだ、その言葉。でも、オーエンのそれはもっと、決定的に何かが欠けている。
その一方、カインはどこか嬉しそうに、柔らかい笑みを浮かべる。小さい子に、笑いかけるみたいに。
「なあ、昨日、実際行ってみて、どう思った?」
「
…………
どう?」
「やっぱり、必要なかった? 行くんじゃなかった? 誘ったの、迷惑だったか?」
「
……
別に。そんなんじゃないけど
……
」
「けど?」
「おまえたちがどうしてもって言うなら、また付き合ってやってもいい、けど」
オーエンはきっと、一人でも生きていける。誰かに教わらなくても、自分でなんとかできる。むしろ、誰かに教わるなんて屈辱だとさえ思っているかもしれない。だから、誰かと仲を深めるようなイベントに参加する必要なんかない。本当に。
けど、オーエンは、一人を選ばなかった。自分の意思で。凍りついていた心を溶かしたのだ。
「また、誘ってもいいってこと
……
?」
「
……
そうやって顔色伺ってくるのやめろよな。それは僕が決めることじゃない。誘われても行くかどうかは僕が決めることだし」
見透かされたような冷たい視線にどきりとした。
クロエは、自分が人気者のカインと、一匹狼のオーエンとは釣り合わないこと気にしていた。得意なことといえば裁縫くらいしかなくて、頼りになるカインや、一人でなんでも出来てしまうオーエンと一緒にいても、きっと足手まといにしかならないのだと。
周りの人にも、『なんであいつが、あの二人と?』と思われてるのも薄々感じている。それでもクロエは自分の欲望を優先して二人にくっついていた。自分の好きなものだけを選んで、幸せに生きようとした。その裏では、罪悪感や自己嫌悪でどうにかなりそうだった。
「う
……
」
ずっと、誰かに言って欲しかった。当たり前のように、『一緒にいよう』と。だってクロエは、とても寂しがりで、欲張りなのだ。でも、欲しくてたまらなすぎて、嘘でもいいからと思うようになってしまっていた。
「え
……
」
「く、クロエ!? どうしたんだ!? 目にゴミが入ったか!?」
クロエは泣いていた。
一緒に居よう、なんてオーエンは言わない。むしろ邪魔だと何度か言われた。嘘でもいいから、なんて言った日には、嬉々として言ってくれるかもしれないけれど、でも、クロエが好きで作った衣装を着てくれた。いいよ、と言うとは限らないけど、誘っていいと言ってくれた。
カインは聞かなくてもわかる。
一緒にいていいんだって、心から思わせてくれる。
なんて、恵まれているんだろう。
「ご、ごめ
……
、泣きたいのはオーエンの方なのに
……
」
「僕が泣くわけないだろ。おまえが泣く意味もわかんない。ちょっと、鼻水出てる」
オーエンは早口に言うと、ぐい、とハンカチをクロエの鼻に押し付けてきた。甘い匂いがした。
「うっ、んう
……
。ごめん、洗って返すね
……
」
「要らない」
「でも
……
」
「その代わり、おまえのハンカチを貰う」
「おい、カツアゲするな」
「は? 当然の権利なんだけど?」
「んっ、ふふ、うう~っ! んふふ、あははは」
滲む視界。泣いているのに、おかしさが込み上げてきて、クロエは感情の赴くまま泣いて、笑い声を上げた。オーエンがいよいよ可哀想なものを見るような目を向けてくる。
「泣くか笑うか、どっちかにしろよ
……
。変なやつ。気でも狂ったの?」
「あはは! クロエは器用だなぁ」
欲しいものが沢山あった。全部掴み取ろうとしたら、全てを喪うと思っていた。
なのにどうしてだろう。欲望のままにしか行動出来なかったのに、クロエは今、こんなにも満たされている。
この気持ちを上手く伝えることは出来ないけれど。クロエはきっと、この日のことを忘れないだろうなと思った。
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