はりぼて自家発電所
2025-06-12 23:43:12
39412文字
Public カイオエ長編
 

カイオエルートに戻さなきゃ!

クロエとカイオエの大学生パロディ







Part4

いまさら好きだなんて






 チョコレートの味を知ってから、なんだか気分がいい日が続く。その代わり、あれが食べたくて仕方がない。
 だけど、糖分不足だなんてずっと言われてきたのを、拒否し続けてきた。それを指摘したフィガロが気に入らないからだ。だから今更それを認めるのも癪に障る。

 だというのに、カインに与えられる菓子の誘惑に、何故か逆らえない。あんなに大嫌いだったはずなのに、今は彼が居ないと落ち着かない。

 いいや、本当は気づいてる。
 初めて会った時から。初めて声をかけられた時から。置いていこうとしないで、諦めないでいてくれるカインに、オーエンの心はとっくに奪われている。

 彼の優しさは、自分だけのものじゃないとわかっていた。
 だけど、いくら冷たくしても、カインはオーエンに話しかけてくるのを止めなかった。
 それは酷く苦しいものだった。
 勘違いするなと、なんども自分に言い聞かせた。

 私の不幸はおまえのせいだ。

 呪いのように、母親に言い聞かされていた。
 父はいなかった。やがてその母も死んだ。

 彼等の身に降りかかる不幸は、全部僕のせい。

 ざまを見ろと思った。オーエンは母親の死に顔を見て、笑っていた。
 不気味な子だと、親戚はオーエンを引き取るのを嫌がった。その身に刻まれている虐待の跡を見れば、オーエンが恨みで母親を殺したと思われるのは当然だった。

 実際は、母は自殺したのだ。でも、そう仕向けたのはオーエンだ。だから、オーエンが殺したというのはあながち間違いじゃない。
 お父さんはなぜ死んだの?
 オーエンは母に尋ねた。
 母は答えた。おまえのせいだと。
 僕が憎いの? 後悔してるの?
 泣きもせず、怒りもせず、笑いもせず、淡々と問いを重ねる子供に、母は怯えていた。

 物心ついた頃からそうだった。感情というものは一切湧き上がって来なかった。死んだ父も、不気味な我が子を嫌っていた。自分の子がこんな化け物だなんて認めない。そんなことを言っていた。化け物を産んだのだから、母も化け物だった。
 実際の化け物は、オーエンただ一人だけだったのに。

 産まなければよかった。
 早く死んでくれ。

 毎日毎日、懇願された。だけど、オーエンは死ななかった。死んだのは父の方だった。
 きっと、自分は悪魔かなにかなのだろう。
 母も死んだあと、たらい回しに巡った親戚たちも次々と不幸に見舞われた。

 ざまをみろ。

 オーエンはその度に笑顔を浮かべていた。

 あんな奴ら、死んだって構わない。どうだっていい。

 だけど、カインには不幸になって欲しくなかった。

 初めて声をかけてくれた。
 目を見て笑いかけてくれた。
 なんども、なんども。

 だから、おまえのせいだって、言われるのを待っている。
 そうしたら、僕は漸く死ねるんだ。






 
 


 
「その、オーエンってさ、好きな人いるの!?」

 誰もいない教室でだらだらと過ごしていると、唐突な質問に、オーエンは固まった。
 クロエは言葉を選んでいるようだったけれど、オーエンの交友関係は二人だけ。それはクロエもよく分かっている筈だった。

……なんで?」
「え、えーっと、その、恋バナがしたくて! カインにも聞いてみたいなーと思ってるけど……っ」

 どきりと、心臓が嫌な音を立てた。
 カインに、好きな人?
 考えたこと無かった。いや、考えなくても分かる。ずっと見てきた。カインのことを好きになる人間は多い。けど、肝心の本人はといえば、告白されたら付き合うけれど、すぐに破綻している。
 馬鹿なやつだと思っていた。

……あいつ、僕なんかに構うから、すぐ振られてたよ」
「えっ、あ、そうか。オーエンとカインって幼なじみなんだもんね」
「ただの腐れ縁だけど」

 カインに告白して、付き合えることになって喜んでいた女が、オーエンを理由にカインを振ることはよくあることだった。オーエンはその度、おまえのせいだと女たちに罵られていた。

 知らないよ、カインの方から話しかけてくるだけ。

 そう言った所で火に油を注ぐだけだ。でも、彼女達は知らない。カインと付き合った女は、もれなく同じ行動と言動を取ること。しばらくはそれが面白くて相手にしてやったこともあったけど、飽きてやめた。

「おまえからも言ってあげたら。オーエンなんかに構ってないで、彼女を優先してやったらって」
「えっ……カイン彼女いるの!?」
「知らないけどさ……

 高校に入ってからは、おまえのせいだと罵ってくる女は減って行き、次第に存在も消えた。だからオーエンは現在のカインの恋愛事情を知らない。視界に入らなければ興味もない。だけど、クロエが話題にするから、だんだん気になってきて、落ち着かなくなる。
 クロエもそわそわしていた。

「お、オーエンは、いいの?」
「なにが?」
「カインに、彼女がいても、いいの? お、俺はちょっと寂しいけど……!」

 ああ。

 バカみたいだ、とオーエンは自嘲した。
 浮かれていたのは自覚している。最近はずっと、調子が良かった。だから、クロエに気づかれたのだろう。
 オーエンは、カインが好きだ。
 好きにならないわけが無い。

 そして、カインのせいで気づけなかったけど、冷たくあしらっても逃げなかったのはクロエも同じだ。
 オーエンと関わったら、いつか不幸になる。そもそも今もオーエンと一緒にいること自体が、不幸だ。クロエは気づいてない。じわじわとその人生が蝕まれてること。
 不幸の因果が、オーエンを中心にして生まれていることをそろそろ理解させた方がいいのかもしれない。

……カインに彼女がいるなら、ちょうどいい」
「え?」

 いいことを思いついて、オーエンは笑った。クロエの癖のある髪に触れながら、囁く。

「僕は、クロエが好きだよ。きみがいれば、なにもいらない」

 クロエが目を見開いたかと思うと、その頬もじわじわと赤く染まっていく。「え? でも……っ」と混乱しきった単語が、そのお喋りな口から乱雑に飛び出してくる。

「ふふ、顔が真っ赤で、かわいいね。ねえ、クロエは、僕に好かれるのは嫌?」
「そんなわけ! でも、でも……っ」
「カインなんて放っておいて、このまま二人で……

 畳み掛けるように、クロエを誘惑していると教室の扉が勢いよく開いた。クロエが呆然と呟く。

「カイン……
「なに? 盗み聞き?」
……悪い。全部聞いてた。でも、オーエンはからかいすぎだ。クロエが困ってる」
「からかう? ひどいな。おまえは今まで告白してきた女をそうやって振ってきたんだ。かわいそう」
「そんなことはしない」

 カインはすでに怒っていた。居心地の良いはずの顔ぶれなのに、気まずい空気が流れている。壊したのはオーエンだ。

「仲間はずれにされるのがそんなに嫌なんだ。おまえって結構子供っぽいところがあるんだね」
……っ!」

 カインはポケットから何かを取り出したかと思うと、オーエンの前に何かを叩きつけた。大きな音が出て、流石に驚いて肩が跳ねる。それは、渡されるのが日課になっていた、甘いお菓子の箱。

……
「べつに、おまえが本当にクロエが好きなら、文句はないよ。……だけど、俺は、おまえを……っ」

 オーエンは、息苦しそうな、カインの顔をぼんやり見上げていた。この関係を終わらせるつもりではあったけれど、こんなに上手くいくなんて思っていなかった。というか、クロエへの告白は、まだ思いつきの一端でしかない。
 おまえへの恋心を殺すために、クロエを利用したんだと、そう言って、おまえのせいだと、おまえ達の不幸は僕のせいだと、教えてやるつもりだった。

「俺はおまえを、……っ信用、してない……
……ふうん。なんだ、つまんないの」

 納得しかない、当然の理由だった。
 だけど、何故だろう。体が体温を失っていく。糖分不足だろうか。だけど目の前の菓子を食べる気にならない。
 胸が痛くて、苦しくて。込み上げる吐き気をなんとか堪えながら、なんでもないように立ち上がる。その瞬間、血の気が引いたように、目の前が真っ白になった。けど、耐えた。

「待てよオーエン。俺だって、おまえを信じたいんだ。けど、今まで、俺が付き合ってきた女の子たちに、……何を言った?」

 収まるまで、机に手を付きながら俯いて視線を落としていた。カインが何か言っているけれど、頭がすぐに理解しなかった。どれくらい時間が経ったのだろう、わからない。分からないけど、このままでもいられない。
 カインの彼女たち。おまえのせいだと言うから、からかっただけだ。

……なにって、全部、おまえへの嫌がらせだよ」
「嫌がらせって、どうして。俺に直接言えば良かっただろう」
「直接言ったって聞かないくせに」
「それはそうだけど。あんまりだ。そんな、人の気持ちを弄ぶような……
「弄んでるのはそっちだろ」

 はやくここから離れたかった。なのに、なぜか逃げられないでいる。自分が何をしたかったのかわからない。
 望んでいたはずなのに、どうしてこんなに。

……きみ達の思うとおりさ。きみ達の不幸は全部僕の仕業」
……なにを言ってるんだ?」
「ざまあみろ」

 吐き捨てて、その場から立ち去ろうとするけれど、カインに腕を掴まれる。

「待てって。まだ話は終わってない。それは、クロエへの告白は、俺への嫌がらせだったってことか?」
「そうだけど?」
「なんでクロエを巻き込むんだ」
「クロエだって同罪さ」

 訝しむカインの瞳と、困惑するクロエの瞳が、不安げに揺れながらオーエンを見つめている。
 そう、クロエだって同罪だ。何度も何度も、話しかけてくるなんて、目を見て笑いかけてくるなんて、馬鹿だ。

「僕なんかに構うからだよ。おまえなんか好きじゃない。おまえなんか大嫌い。そんな綺麗な目と、大きな声と、優しい言葉に、群がる女と一緒にするなよ。僕は騙されたりなんかしない」
……え?」
「離せよ」

 カインの手を振り払って、オーエンは漸く息の詰まる教室から出た。
 そうだ、騙されるところだった。
 カインが好きなんて勘違いだった。
 あんなやつ、好きじゃない。好きなわけない。

 だんだん、視界がぼやけてきて、嗚咽が漏れそうになって、自分の腕を噛んだ。

「っふ……、う、」

 なにこれ。みっともない。
 勝手に感情が溢れていく己のことを、オーエンの頭はどこか冷めたように眺めていた。











 何が起きたのだろうか。
 なぜ、こんなことになったのだろうか。

「カイン、大丈夫?」
「あ、ああ。クロエこそ、ごめん」
「えっと……

 何か言いたげにするクロエを横目に、取り残された菓子の箱を拾う。
 オーエンが、クロエに告白している声を聞いた時、時が止まった。すぐに祝福出来なかった。オーエンのために用意した菓子の箱が、行き場を失っていく。
 クロエが困っている声を聞いて、漸く体が動き出した。オーエンの誘惑する声は、チョコレートを初めて食べた時の彼だった。きっと本気じゃない告白に、クロエは真剣に悩んでる。

『からかう? ひどいな。おまえは今まで告白してきた女をそうやって振ってきたんだ。かわいそう』

 振ったことはない。と言いたかった。付き合ってみないと分からないと思っていたから、それは嘘じゃない。けど、ある時から、女の子の告白を断るようになったのは事実だった。

 カインを振る前の女の子たちが、口々にオーエンに嫌がらせをされると言っていたのも本当だ。でも、証拠はなかった。オーエンに確認しようにも、オーエンは、カインが話しかけるだけで威嚇してきた。
 だけど、オーエンは自分から誰かに話しかけていくような奴じゃなかった。誰のことも寄せ付けない空気が、あの頃のオーエンにはあった。だから、女の子たちの言うオーエンから嫌がらせを受けてる、という言葉を、真に受けてはいなかった。
 だけど、それは不誠実だったと、たった今他ならぬオーエンから突き付けられたのだ。気が狂いそうになる。でも、怒りを覚えたのは、たぶんそんな事じゃなかった。仲間はずれにされようとしてることが寂しいと言えたら、どんなにか良かっただろう。

「お、俺は大丈夫だよ。びっくり、したけど」

 クロエが気遣ってくれる。冗談だろう、と、流せれば良かった。なぜ、流せなかったのだろう。わかっているけど、分かりたくなかった。

「えと、カインは、今彼女いるの?」
「いや……。しばらくは、作る気もない。オーエンにばっか構っちまうからさ」
「そっか」
「信用してない、なんて言っちまった」

 ため息が漏れる。あんなこと、言うべきではなかった。躊躇ったのに、言ってしまった。クロエを守るため? 違う。自分のためだ。自分の心が、傷つきそうだったから。

……らしくない、とは思ったよ。まるで追い詰められるみたいに、……オーエンに言わされたみたいだった」
「はは……あいつの思うつぼだよな」

 まだ気持ちの整理もついてないところをぐちゃぐちゃに引っ掻き回したのはオーエンだが、こちらを傷つけようとして、オーエンも傷ついていた。あの時、顔色が悪かった。そして嘘を吐いた。吐かせてしまった。女の子たちに嫌がらせをしたなんて、嘘だ。あの頃の彼にそんな余裕はなかった。カインが振られたのはカインの行動のせいだ。彼女よりオーエンを優先する自分に気づいたから、告白も断るようになったのだ。
 それに、オーエンは、嫌がらせするより、されていたと思う。これも証拠はない。カインが目を光らせている時は、何も起きなかった。オーエンは助けを求めなかった。カインにはどうしてやることも出来なかった。

 悔しかった。

「カインは、オーエンのことが好きなんだよね」

 クロエがそう言った。当たり前のように、バレていた。それはそうだろう。じゃないとおかしい。本当は、オーエンに一番気づいて欲しかったのに。

……そうだとしても、あいつは俺が嫌いだろう。その話は、不毛だよ」
「オーエンは、俺たちに嫌われたかったのかな」
……

 穏やかな日々に安心していた。けど、オーエンは元々そういう奴だった。でも、これからゆっくり進めばいいと思っていたのだ。

「クロエのことが好きなのは、本当だと思う。俺の時より、拒絶してなかった。俺は、それを否定した」
「ううん。オーエンはカインが好きだよ。ほら、好きな子に意地悪したくなっちゃう子っているでしょ」
「まあ、たしかにそういうタイプな気もするけど」
「それから、オーエンが俺に言う好きは、友達の好き。嘘でも冗談でもない。まして、嫌われてるとも、思ってないよ」

 だって、きみ達が楽しそうだから、僕も行く。オーエンはたしかにそう言った。

「オーエン言ってたよ。群がる女と一緒にするなよ。僕は騙されたりなんかしないって。ずっと、カインのことを、見てたんだよ」
……
……オーエンを追いかけてよ、カイン。俺は大丈夫だから」

 クロエがカインの背中を押した。その手は、少し寂しそうだった。

……一緒に……
「だめだよ。俺がいたら。俺は……二人とは出会ったばっかりだから。オーエンのこと、ずっと見てたのは、……カインだよ」

 そうか。
 カインは自分が怒りを覚えた理由に漸く、納得した。気づくのが遅くて、嫌になる。いや、気づきたくなかった。オーエンが特別なんじゃない。自分が自分を好きでいたかった。そう言い聞かせていたのは、オーエンに嫌われていることに、傷つきたくなかったから。じゃないと、なんども当たって砕けてきたりしなかった。

「それからね、俺はカインのことも、大好きなんだよ」

 そうだった。知っていたのに、どうして忘れていたのだろう。
 彼が自分たちを好きでいてくれたから、壊れかけの関係でも、大切なものだと扱ってくれたから、束の間穏やかな時間を過ごせたのだ。

…………わかった。行ってくる!」

 カインは走り出した。
 潰れてしまった菓子の箱を握りしめて。











 カインの背中を見送りながら、クロエは体の力を抜いた。本当に、びっくりした。そして、ドキドキした。ほんの少しだけ、オーエンと恋人同士の妄想をした。
 誘惑に負けなかったと言えば、嘘になる。
 けど、クロエはカインとオーエンの二人はお似合いだと思っているから。
 ほんの少しだけ寂しいけど、上手くいくように願う。

「あれ? おかしいな……

 最近酷く、涙脆い。嬉しいわけでも悲しい訳でもないのに、涙が止まらない。

『クロエが好きだよ。きみがいれば、なにもいらない』

 いつか、そんな夢を見ていたがする。
 嘘でも嬉しかった。ちょっとだけ、本気にしてしまった。それだけだ。
 カインは怒ってくれた。オーエンはちゃんとクロエのことが好きだと、教えてくれた。

「これが失恋ってやつかあ……

 オーエンの、甘い言葉は、今までのどんな意地悪な台詞よりも、刺激が強かった。クロエの赤毛に優しく触れた指先と、クロエにだけ向けられた、妖艶な微笑み。

 くらっと来ない方がおかしい。

……嫌われたいなんて、言わないで……

 弄ばれたなんて、思わない。
 だから、独りになろうとしないでほしい。
 大切な友達だから、幸せになって欲しいのだ。

 クロエは心の底から、そう思った。