はりぼて自家発電所
2025-06-12 23:43:12
39412文字
Public カイオエ長編
 

カイオエルートに戻さなきゃ!

クロエとカイオエの大学生パロディ




Part1
 

はじめてのチョコレート






 ああ、うれしいなぁ、うれしいなぁ。

 不器用で、かわいくて、じつは優しくて、ちょっぴり意地悪な友達の、あんなとびきりの笑顔を見れる日がくるなんて!

 これからも、大好きな人と一緒に幸せになってほしいという願いを込めて、お揃いの帽子を作って贈ると、彼は眩しそうに目を細めて、たっぷりと帽子を眺めたあとに、それを受け取ってくれた。

『ありがとう、クロエ』

 はにかんだ笑顔がとっても可愛らしかった。
 大人びているのに、少し幼い笑顔。言い慣れていないらしいお礼の言葉を、照れたように、嬉しそうに紡いでくれるその様子に、どうしてだか涙が零れてしまった。

『どうしておまえが泣くの』

 くすくすと可笑しそうに笑って、冷たい指先でクロエの目尻を拭ってくれる。

『だって、だってぇ~~』

 えぐえぐと顔を覆って泣くと、彼はおずおずと頭を撫でてくれた。
 ぎこちなくて、不器用で、冷たいのに、どこか温かい。

『ねぇ、クロエ』

 ふと、オーエンが不安そうに呟く。
 その先に紡がれる言葉は、きっとずっと、クロエの心に刻まれていることだろう。



『僕、クロエがいればもうそれでいいや』







「えええ!!!?!?」

 クロエは悲鳴をあげながら飛び起きた。ぱちりぱちりと瞬きをして、周りを見回す。ここは、そう、クロエの部屋だ。
 昨日漸く引越しが完了して、それで。

「あれ、えっと……

 なにか、大事な話をしていた気がするのに、思い出せない。ラスティカとの約束は思い出せる。けど、そのことじゃなくて、もっと、なにか別の……

……あ!! いっけない! 遅刻遅刻!!」

 時計が目に入ってきて、クロエは慌てた。
 今日は、大学の入学式。
 わくわくの、ドキドキの、新生活が始まるのだ。











 期待に満ちた大学生活は、目の前で起こった壮絶な喧嘩で波乱の火蓋を切っていた。

「やっていいことと悪いことがあるだろう!!」
「知らないよ、こいつが邪魔な場所にいたのが悪い」

 彼等と一緒にいるようになったのは、とんでもなく綺麗な人がいると思って、話しかけたのがきっかけだった。
 オーエンは氷のような人だった。怖かったけれど、クロエは彼と仲良くなるのを諦めなかった。
 カインはオーエンの幼なじみで、オーエンとは真反対の性格をしている。彼とは直ぐに仲良くなった。
 けれどこの二人、長い付き合いらしいのに、想像を絶するほど仲が悪かった。

 激しい言い争いは、オーエンが疲れたように会話を諦めて終わった。「もういい、おまえと話すと疲れる」そう言って去っていく頼りない背中を、カインは悲しそうに見送っている。

「ごめん、カイン。大丈夫?」
「こうなるのもいつもの事だ。むしろいつもより沢山話せたのは、クロエのおかげかもな」

 事の発端は、多分、クロエが嫌がらせを受けていたからだ。
 荷物を抱えて歩いていたら、足を引っ掛けられて盛大に転んだ。見ると数人の生徒が廊下に座り込んで陣取っていて、脚を踏まれて折れたから慰謝料を寄越せと難癖をつけられ、ぶちまけてしまった荷物も踏みつけにされていた。
 いつもオーエンにされてることに比べたら可愛いものだろうと言われて、誤解だと言い募ったけれど、まさか友達と思ってるのかと馬鹿にされて、言い返せなくて、悔しくて。
 その直後、オーエンが彼等の鞄を蹴り飛ばし、本当に足を折ろうとしてしまった。
 クロエは驚いて、自分は大丈夫だと言って止めさせようとしたけれど、オーエンは温度の無い瞳でクロエを見ながら「おまえのことはどうでもいい。ただ廊下でたむろしてるこいつらが邪魔だっただけ」と言い捨てた。
 それからカインが駆けつけて、あとは知っての通り大喧嘩だ。

 一応、先生に事情を話しておこうというカインに、クロエはそこまでしなくても良いと肩身が狭い思いをした。元はと言えば、クロエの前方不注意が引き起こしたことだ。
 とはいえオーエンの言う通り、公共の場でたむろするのもマナーが悪い。けれど彼は明らかにやりすぎた。クロエは、オーエンの立場が悪くならないかと心配したが、カインの言い分では、あの学生達の行いはもっとタチが悪いし、先に話しておかないとそれこそまずいことになるということだった。

 訳が分からなかったけれど、後日、別の先生から事実確認があって、カインの行動の意味を知った。
 オーエンは、クロエやカインの名前を一度も出さなかったという。

 まるで、自分一人だけが、一方的に悪いとでも言うように。
 
「オーエンとは、小学校の時からの同級生なんだ。中学も、高校も一緒でさ。自他ともに認める腐れ縁って奴。まあ、大学はわざと煽って同じとこ受けたんだけどな。だってほら、あいつ何やらかすかわかんないだろ? まあ、俺に面倒見られるの嫌みたいだけど」

 クロエは、この二人はただ仲が悪いだけではないと感じていた。オーエンの面倒を見させられて可哀想だ、という噂を聞いたことがあるけれど、オーエンに構わない方がいいと言いながら、積極的にオーエンを気にかけているのはカインの方だった。











 ある日のことだ。
 カインは、クロエからオーエンの様子が可笑しいと報告を受けて、様子を見に来ていた。
 カインは少し、いやかなり鈍感な所があって、オーエンの様子が可笑しいことなんていつものことだろうと首を傾げていたけれど、注視すると確かに、普段から面倒くさそうな態度だが、いつも以上にだるそうだし、ぼーっとしてる気がする。

 カインは友達が多いと自負している。頼られることも多いから、オーエンを気にしながらも、いつもオーエンを見ているわけではない。さらに言えば、調子が悪そうだと声を掛けても、まともに受け答えをしてもらえたことが無い。誰とでも仲良くなれる特技を持つカインでも、オーエンだけは例外だった。昔からふたりを知る友人からは険悪、因縁の称号を頂いている。
 だから、今まで深追いしようとしたりしなかった。オーエンに「大丈夫だから構うなよ」と鬱陶しそうに言われれば、その言葉を間に受けていた。

 けれど、クロエから見ても様子が可笑しいと言われれば、気になってしまう。
 クロエは用事があると今日は帰ってしまった。

 小学校の時から、無理をしてオーエンを気遣わなくていいと言われ続けてきた。みんな、オーエンがあんな風だからお手上げだった。
 カインすらその手を離してしまったら彼はどうなってしまうのかと、そう思ってずっとそばに居たけれど、結局カインも、オーエンを特別に思ってる訳じゃなかった。

 だって、クロエに言われなければ、しつこくすることも無かったのだから。

「おい、やっぱり顔色が悪い」
「ちっ……。おまえには関係ないって……

 カインは焦っていたのかもしれない。これ以上踏み込むのは良くない。いつもなら引き下がる場面。そう思うのに、止められなかった。
 案の定言い合いになって、いつもの喧嘩になったところまではお約束だが、オーエンのいつも涼し気な顔に汗が吹き出していることに気づいてからは、それどころじゃなくなった。

 呼吸が荒くなり、手が小刻みに震えている。険しい顔は徐々に頼りなくなっていき、それでもよく回る口元は色を失っていく。

「ほら、明らかにやばいだろ……。大丈夫か? 大人しく……
「だから……っ。放っておいてって言ってるだろ! 子供の頃からしつこく話しかけてきて、鬱陶しい。なんなのそれ。博愛? 気持ち悪い。僕は一人が好きなのに……っ、ちょっと、さわらないで」

 それは、初めて直接聞く、オーエンの気持ちだった。

 オーエンが他人に干渉されるのを嫌っているのは知っている。けれどカインも、子供の頃からクラスで浮いた存在を放っておけない性分だった。クラスでコミュニケーションを取れない奴がいると困ることも多くあった。しつこいのはさすがに自覚していた。嫌われているのは、納得行かないが、仕方がないとは思っている。けれど、それでもやっぱり、今までは踏み込みが浅かったかもしれない。

 オーエンのカインに対する嫌い方は、普通じゃない。

 オーエンの足元が、ふらふらと覚束なくなって、表情は苦しげに歪み、潤んだ目からは涙の雫がこぼれ落ちる。喧嘩どころでは無い。なのに倒れそうな体を支えようとすれば、オーエンは暴れた。まるで手負いの獣だ。

「おちつけって。医務室に行こう。な?」
「あんなやぶのところなんか誰が……!」

 会話はかろうじて成り立っているが、脈絡を無視したカインの言葉に、オーエンはただ反発しているだけのようにも感じられる。いつもなら「話を聞けよ」と文句が飛んでくるところで、限界がきた。
 ぷつり、と電池が切れたみたいに、オーエンから力が抜ける。倒れ込んできた体は、驚くほどに細く、軽かった。





 オーエンを医務室に連れて行って診てもらうと、保健医に糖分不足かな? と言われ、チョコレートの箱を押し付けられた。

「俺は今から用事があるから、起きたらそれを無理やりにでも口に突っ込んでおいて」

 人が倒れたというのにあっさりした対応に驚きながら、カインはオーエンの目が覚めるの待った。
 改めて見ると、オーエンの顔は恐ろしいほど綺麗な造形をしていた。こんなに近くでゆっくり彼を観察をしたのは初めてだった。
 血の気を失っているせいか人形のようで、生きているのか心配になって覗き込んでしまう。

……ちかい……

 気配で起きたのか、うっすらと目を開けたオーエンは、ここが医務室のベッドの上だということに気づいて舌打ちをした。ゆっくりと体を起こして、立ち上がろうとするのを慌てて抑え込む。

「まだ起き上がらない方がいいって。糖分不足だってさ。これ食えよ」
「いらない。水が飲みたい

 差し出したチョコレートには目もくれず、医務室内にある流し台に視線をやりながら、ふらふらそこへ向かおうとするオーエンをなんとか宥めてベッドに座らせ、備え付けてあった紙コップに水を汲んできてやる。
 流石にしんどいのだろう。取り繕うこともできず、オーエンは珍しく素直にコップを受け取り、中の水を飲み干した。

「まずい……最悪……

 紙コップを押し付けてくると、オーエンは立ち上がった。ふらつく体を引き止めれば、きつく睨まれる。振り払う気力もないくせに、とカインもつい眉間に力が入った。

「なんだよ」
「ふらふらじゃないか。無理やりにでも食わせろと言われてる。口移しされたくなかったら大人しくしろ」
「へぇ。さすが、随分お優しいんだね。喧嘩相手にそこまでするなんて」
「喧嘩相手とか、今は関係ないだろ。病人相手に」
「病人って僕のこと? 馬鹿にするのも大概にしなよ」
「ああ、馬鹿だろう。そんな体で虚勢を張ってなんになるんだ」

 睨み合いの末、根負けしたのはやはりオーエンの方だった。疲れたようにため息を吐いて、張り詰めた糸を緩める。脱力して、もう抵抗する気力もないようだ。

「おまえのせいで帰る体力もなくなった。ほら、それ、食べてやるからさっさと寄越せよ」

 それでも口の減らない態度に苦笑いしながら、オーエンにチョコレートの箱を渡す。空腹を覚えたのはいい事だ。未開封のフィルムにカリカリと爪を立てるが、上手く力が入っておらず、開けにくそうにしている。

「貸してみろ」

 よくそれで自力で帰ろうとしていたなと思うが、口には出さない。へそを曲げて食べてくれなくなるだろうというのは、長年の付き合いでわかっていた。

「ほら」
「あ」

 個包装まで取ってやって差し出すと、オーエンはすっかり素直になって口を開けた。チョコレートを放り込むと、むぐむぐと咀嚼して、それから、固まった。

「どうした?」
「あご、つんてして、痛い……
「えっ、大丈夫か!?」
「もう治った。それより、もっと食べる」

 オーエンは痛むこめかみを抑えながらも、ぱかりと口を開けて待っている。まるで餌を与えてくれるのを待つ雛鳥だ。
 カインはなんとなく落ち着かない気持ちになりながら、チョコレートを口の中に入れてやる。オーエンは嬉しそうにぱくんと食べた。

……甘い物、好きだったんだな」
「べつに。初めて食べた。もうないの?」
「初めて? いや、まだ沢山あるけど……
「はやく」

 自分で食べないんだろうかと思ったが、こんな穏やかにオーエンと接することこそ初めてで、空気を壊したくなくて、距離が可笑しいと理解しながらも、薄い唇に甘い菓子を押し込む。

……
「おいしい」

 ふわりと甘い香りとともに、オーエンが笑った。こんなオーエン、初めて見た。いつもの不機嫌は見る影もない。糖分を補給して、ここまで変わるものだろうか。

「はじめて、なのか?」
「うん」

 素直すぎるオーエンを珍しく思いながらも、そんなことがあるのだろうかと考える。はじめてなのは、チョコレートか、それとも、糖分自体が初めてなのか。おそらくは後者だった。いつ話しかけても、オーエンは鋭い視線と言葉しか返してくれなかったのだ。それがこうも一変したのは、糖分補給とやらをしたせいではないだろうか。

……ね、なんか……暑くない……?」

 オーエンの様子の可笑しさは留まることを知らなかった。ふと見れば、頬が桃色に染まっている。元の造形が整っているせいか、それは凶器にも等しかった。

「お、おい、熱でも出たか!?」
「分かんない……。ねえ、もっとちょうだい」

 切羽詰まったように強請るその声は、夜の情事を思い起こさせた。潤んだ目元に、紅潮した頬、濡れた唇。それが、どんどん近づいてくる。

「だめだ!」

 キスができそうな距離になってようやく、オーエンが欲しいと言っているのがチョコレートであることを思い出した。これ以上食べせてはいけないと頭が警鐘を鳴らしている。
 オーエンの肩を掴んで引き剥がすと、薄いシャツ越しに生々しい体温が手のひらに伝わってきた。こいつ、ちゃんと生きているんだな。とうっすら思う。

「本当に大丈夫かオーエン? このチョコレート、何か変なものが入ってるだろう!?」

 我に返ったように叫ぶけれど、保健医からもらったのだからオーエンが知るわけもない。カインは、倒れ込んで来たオーエンに押し倒される形でベッドに沈んだのだった。

 



 あのあと、オーエンが力尽きたように眠ってくれたので事なきを得たが、後で保健医を問い詰めると、どうやらチョコレートは、食べ慣れない人間には興奮作用が働くらしかった。
 つまり、媚薬になる。
 現代で食べたことがない人間がいるとは思わなかったと、保健医は笑って謝ってくれたが、正直冗談ではない。あんな状態のオーエンが一人で外に出ようものなら、とんでもないことになる。歩く兵器だ。危険すぎる。
 にも関わらず、オーエンはチョコレートを気に入ってしまった。しかも、イライラしてる時は糖分不足だから定期的に与えてやってくれと保険医から指示が出ている。
 色々気になることはあるけれど、一番の問題はそれだ、とカインは頭を抱える羽目になったのだった。