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月光の下に降る雨
ホグバック過去話。※原作軸で墓荒らしするまでの経緯。重くて暗い
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変わり映えのしない日々をホグバックは送っている。もうその事について呆れる気概もない。
今日もただ助けを求める声を聞いて治す。そう思いながら彼は朝の病院に足を踏み入れた。
院内は患者やスタッフによって、いつも独自の賑わいがある。今日は、その賑わいが少し変わっていた。
皆新聞を持って何やら一つの話題で盛り上がっている。愉快なものではないらしく、話す人々は深刻な顔をしていた。ホグバックは何気なく、一人の患者が持っている新聞に目を凝らした。
"ビクトリア・シンドリー、不慮の事故により死去"
新聞の大きな見出しにそう書かれていた。はっきりと、踊り出しそうなくらいに主張している。ホグバックの網膜にもちゃんと映って、脳に行き届いている文字列。シンドリー死去。その情報を彼は理解できないでいた。
彼の全てが今、停止している。
廊下の真ん中で固まっているホグバックを見て、すれ違うスタッフや患者が不思議そうに挨拶をしていく。
――
先生?おはようございます。あぁ
……
、皆あのニュースで持ち切りですよ。シンドリーが亡くなったって
……
。
――
昨夜の公演の時、舞台から転落したんだそうですよ。信じられないですよね
…
。だってあんなに元気に退院したのに。
――
先生もファンでしたっけ、彼女にボタンをつけ直して貰って喜んでた
――
投げかけられていく言葉の数々が、ホグバックを無遠慮に叩いていくようだった。しかしその刺激が固まっていた彼を動かした。徐に踵を返すと、一目散に病院の入口へ走り出す。すれ違うスタッフ達に呼び止められたが、全て無視して矢のように駆け抜けた。
向かった先はシンドリーが搬送された病院だった。荒い息を吐き出し流れる汗を拭いもしないで、ホグバックはシンドリーを看取った医師を呼びつけた。シンドリーのカルテを見せろと、院内が揺れそうな程の大声を発する。そんな天才外科医の鬼気迫る表情に、呼び出された医師は縮こまりながら直ぐさまカルテを渡した。ホグバックはそれを乱暴に奪い取ると、血走った目で食い破らんばかりにカルテへ目を通す。
馬鹿げた話ではあるが、ここまで来て彼はシンドリーの死という現実を認めていなかった。
一縷
いちる
の望みを掛けて、きっと何かの間違いなんだとカルテを読んだ。
『患者名/ビクトリア・シンドリー』
"高所からの転落による頭部強打、心肺停止状態。瞳孔散大と対光反射消失、脳圧低下を確認。のち、死亡。"
死亡。
こんな無味乾燥としている文字列が、彼女の、あの輝かしいビクトリア・シンドリーの、最期の記録なのか。ホグバックにとっては太陽よりも輝いている。信じたくない。その彼女の命が遺したものが、こんなもので綴られているのか。信じたくないのに。
医師なのに、否、医師だからこそカルテが述べている事実がホグバックの身体を芯から冷やしていく。
シンドリーは死んだ。
怒涛の勢いのまま肩を上下させていた彼の気迫が、憑き物が落ちるかのように消えた。腕の力さえも消えたようで、だらりと垂れ下がると持っていたカルテが床に散らばっていく。
ホグバックから繰り出される異様な雰囲気に、周りの者たちは近寄る事さえ出来ない。ただ一人シンドリーを診た医師だけが、この病院が劇場のすぐ傍だから緊急搬送されただとか、来た時にはもう手の施しようは無かったなどと必死に喚いていた。
洪水のように投げかけられる弁明に、ホグバックは一切反応しなかった。徐に足を動かしたと思ったら、まるで幽霊のようにゆるりと音もなく病院を出て行った。
そこからはもう、ホグバックには何も分からなくなった。今、地に足をつけているこの状況、空間が現実なのか。自分が何処へ向かって何をしているのかさえ。
ただ、周りで過ぎ去っていく雑音が耳から入ってくるのを受けるだけだった。
『なんて悲しいニュース』『先生、大丈夫ですか?あの、今日の患者のカルテは
――
』『〇〇日に葬式で、その後は××墓所で埋葬式だと
――
』『先生のオペのお陰です。生き返った気分ですよ!ありがとうございま
――
』『舞台装置が故障してたんだってねぇ。酷い話だよ』『先生、お願いです。助け
――
』『正直さ、ドクトルが診てたら助かったんじゃ』
――
ホグバックはいつの間にか海に来ていた。
耳から入ってくる雑音に耐えられなくなり、とにかく人が居ない場所へ進んでみたら辿り着いていた。
その道中がどんなものだったか、よく覚えていない。けれど誰かに強く引き止められ、纏わりつかれた。病院のスタッフだったかもしれない。泣き叫んでいたのは患者だったか。その者たちを殴りつけて振り払ったのか、彼の拳や白衣といった至るところがボロボロに荒れていた。しかしやはり何も分からず感じなかった。
海は静かで波の音だけが聞こえる。時刻は夜で空は暗く黒を掛けた青色をしていた。そこへ、この土地にしては珍しく霧が立ち込めていて、遠い水平線や繋がる空がまだらに白っぽくなっている。
砂浜をただ当てもなく歩いていると、波の音に混じってギィ、ギィという音がし始めた。ホグバックはそれが波をかき分け進む船の音だと捉え、その姿を探そうと濃い霧の中を注視した。
最初に、ぼぅと船に灯っている燭台がぼんやり現れると、続いて船に立つ者のシルエットが見えてくる。霧と混じりそうな白い顔をした大男が船に乗っていた。傍らに少女と青年が控えている。ホグバックは大男の方を見て目を丸くした。今まで忘れていたのが不思議なくらい、男の事は鮮烈に記憶へ焼き付いている。
病院の中庭で会った黒い影の男だ。
「
……
まだ挨拶をしていなかったな。あの時は失礼した。おれは、ゲッコー・モリア。海賊だ」
モリアと名乗る男が長い腕をホグバックへ伸ばす。
「さぁ」
ホグバックが船へ一歩近づき、モリアの口が吊り上がった。
「ドクトル・ホグバック。お前の力をおれに貸せ!」
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