かずきち
2025-06-02 00:57:14
9474文字
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昼っぽいのまとめ



嵐と芳香

「恋くんの今日の香りはなんでしょーうか!」

 楽屋に乗り込んできて突然ドヤ顔でクイズを始める目の前の人物を眺めながら、郁は手に持っていたコーヒーを啜る。ライブ前の慌ただしい時間に楽しそうな事が始まったなあ、ともうひと口飲もうとしていると隣に座っていた涙が恋のそばに寄って行った。

「わかんない」
「えぇー……
「わかんないもん」

 さしてしっかり当てるつもりもなさそうな感じはしていたがあまりにも即答で本人よりも郁が困惑してしまう。そしてその解答にも微動だにせずドヤ顔のままの恋にも、である。

「いっくん」

 涙と恋の期待に満ちた眼差しが郁に刺さる。

「俺?……うん、ちょっと待って」

 コーヒーを机の上に置いて、涙とは反対側に近寄ってスン、と鼻を鳴らして嗅いでみる。

……わかんないな?」

 もう一度確認してみるが特別な香りは特に感じず、いつもの慣れた恋の匂いしかしない。……涙がいる手前口に出すことは憚られたが。
 どうしようか、これでは話が先に進まないのではと心配しかけた所で予想通りといった風に恋が笑いだす。

「ふっふっふ。そうです!なんと今日の恋くんの香りは………………!」
「香りは?」
「虫除けスプレーの香りなのです!!!」

 腰に手を当てて堂々と発表する事じゃない。これも喉まで出かけたのだがギリギリ飲み込んでおくと向こう側の涙が憐れんだ顔で恋の事を見ていた。これは仕方がないと思う。

……あれ、そういえば今日って恋、お客さんの近く通る演出あったよね?」
「よくお気付きで!そうなんだよぉ〜なのに家に香水忘れて来ちゃって……タスケテ……
「あー……

 わざわざこの時間に持ってきたクイズは香りを見せびらかしに来たんじゃなくて、助けを求めにきたのかと気付くと、さっきまでの元気はどこへやら、今度は泣き出しそうな顔をして郁に縋り付いて来る。

「いいよ、俺の使う?」
「本当に?いいの?」
「その為に来たんだろ?別にそのままでも平気だと思うけど」
「相変わらずイケメンだなあもう!でもやっぱアイドルとしてはこう、見栄を張りたいというかですね、良い香りをさせていたいというかですね」
「その気持ちも分かるなあ〜!はい、じゃあこれ」
「うぅ〜ありがとういっくん!」
「脱・虫除けスプレーの恋」
「やめて涙くん!」

 綺麗な叫び声を聞きながら荷物から香水を出すとそれごと手を握られてブンブンと振り回される。大袈裟な感謝に笑っているとひゅー、と囃す声が後ろから聞こえて来て更に笑ってしまった。
 実のところ郁はそんなに頻繁に香水をつけるタイプではないのだがライブなど汗をかくような現場……特にファンの人との距離が近くなる状況では気を付けるようにしている。夢を見て欲しいなんて言うと偉そうだけど、恋の言う通り自分が見栄を張りたいのだ。楽しかった、と思える要因が一つでも多くなってくれれば嬉しい。同じグループのオシャレ担当からもならった恋の意見を尊重したいと感じるのはおかしな事ではなかった。

「目閉じて」

 シュ、と首筋にひと振りかけてあげるとひゃーという気の抜けた声がした。手首にも、と思い手をとると慌てたように声がかかる。

 「ちょちょ、たんま!こういうのは行く時につけないと意味ないじゃん!」
「あそっか」

 手を止めて、代わりにボトルを恋に手渡す。

「「………………」」
…………え?」

 何か言いたげな視線を二方向から感じていたたまれなくなっていると、再び扉が勢いよく開かれて今度は駆が入ってきた。

「お邪魔します!うちの恋がすいません!回収しに来ました!!」

 恋のお迎えらしい。そういえばと時計を見ればグラビの集合の時間が迫っていた。ステージ衣装をしっかり着こなした駆は相方の姿を見つけるなり近付いて状況を見てから恋へ向く。

「借りれた?」
「うん。郁から」
「良かったね。よし!じゃあ撤退!!!」
「アッハイ!」

 恋が来た時の勢いも中々だったが駆の素早さも見事なもので、涙と郁は挨拶をする間もなく恋が部屋からぎゅうぎゅう押し出されていくのを見ている他なかった。そうして見栄を張る用の香りを手に入れた彼はほぼ顔半分だけの状態でありがとうとなんとか礼だけを残して連れ去られていったのであった。いや、元の部屋に戻っただけなのではあるが。

「凄かったね」
「うん。あの二人らしい勢い」

 過ぎ去った嵐の名残を見つめながら涙も念の為にと取り出していたボトルをこっそり仕舞う。そして荷物を元通りにした頃に何か思いついたように郁へ問いかける。

「そういえば、恋はなんでグラビの他の人から借りなかったんだろうね?」
「そういえば。なんでだろう?」

 言われてみれば確かに、グラビのメンバーでも、メイクさんでも他にあてはあったろうにどうしたのだろうか。二人して首を傾げて考えていたのだが時間が経つにつれ思い当たる理由は少なくなっていくし、それに比例して少しずつ涙が郁の方をじっとりと見つめていくようになる。

「えぇ……?そ、そういう……?」

 実際のところは本人に聞いてみないと分からないのだが、可能性はゼロという訳でもない。郁はライブ前の高揚感とは違ったドキドキも抱えながらステージへ向かうこととなるのであった。


 ライブ後に聞きに行ったらその発想はなかったと驚いてから急に恥ずかしくなったのか顔を赤らめる恋と、その隣で無意識だと思った、と呆れた顔をする駆を見て脱力した郁がいたとかいないとか。