匣舟
2025-05-26 13:09:59
8482文字
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僥倖に預かる

転生パロ 仙乱(すこしだけ伊乱)


 翌日、目が覚めたのでリビングのある一階へと下りると、両親の姿がどこにも見当たらなかった。時刻は八時を回っているので、きっと仕事に出かけたのだろう。
 乱太郎の両親は共働きなので、他の子と比べれば両親と交流する時間が少ない。けれど、その分休みの日にはずっと一緒に居てくれたりするので、乱太郎はちっとも寂しくなんかなかった。
「まずは朝ごはん食べなきゃ。」
 今日は、家の周りに誰がいるかを調べるという大事なミッションがあるため、まずは腹ごしらえをしないといけないと思った乱太郎のお腹からグゥという音がなった。
 タイミングの良い自分の腹の音に少し笑いながら、冷蔵庫に向かってドアを開けようとすると、冷蔵庫のところに乱太郎へと書かれた張り紙がしてあった。
 張り紙には、本当は乱太郎の体調が心配で休みたかったけれど、両親共々休めなかったことと、ケーキはちゃんと冷蔵庫に冷やしてあるから食べていいということと、何か体調が悪いだとかがあったら、連絡してあるから隣の家のお兄ちゃんを頼って欲しい。ということが書かれていた。
「と、隣の家のお兄ちゃん……?」
 両親の他に新しい人物が出現したことで乱太郎は軽く混乱する。何せ前世の記憶が流れ込んで現世の記憶が所々押し流されてしまったことで、今現在乱太郎が知っている人物は父と母だけなのである。
 まあ、でも何かあったら隣の家のお兄ちゃんを頼ることと書いてあるので、何も無ければ会うこともないし、今は考えなくていいか!と思った乱太郎は、トースターで焼けたパンにジャムを塗り、口を大きく開けて頬張った。
 朝ごはんを食べ終わった乱太郎は、身支度を軽く整えて外へと出た。季節は冬なので、モコモコの防寒着とマフラー、そして帽子。自分の姿をあまり見られたくないので、目立つ赤い髪は入念に隠した。
 そして、一応知り合いがいたかをメモするメモ帳と筆記用具を入れるカバンと、いつでも両親に連絡出来るようにと持たせてもらっているキッズケータイをもって準備万端だ。タイムリミットは、夕方。特に冬は日の入りが早いので暗くなるまでに帰らなければいけないので、乱太郎は家に鍵をかけ素早く外へと駆け出した。
 外に出た乱太郎は、とりあえず家の周りから探索を始めることにした。乱太郎の住んでいるところは、住宅街らしく少し歩けばスーパーや公園、そして自分の通っているであろう小学校があった。
 探索を始めて約一時間ほどが経過しているが、まだ乱太郎が知っている人は見かけておらず、近所の人であろうおじさんやおばさん達が「あらぁ、乱ちゃん散歩でもしてるの?」と声を掛けてきたぐらいだ。
 いつでも知り合いが居たら隠れられるように気配を消しながら歩いているけれど、こんなことなら早々知り合いに出会うことなんてないだろうなぁ〜。と呑気に歩いていると、曲がり角で誰かとぶつかってしまった。
「あいたたッ、す、すみません!前をみてなくて!」
「こちらこそ、すまない。ぶつかってしまって。」
 慌ててぶつかってしまった人に謝ると、聞きなじみのある声がした。ま、まさかと思い、恐る恐る顔を上げると、そこに居たのはやはり、乱太郎が最下級生だった頃にいた最高学年の六年い組であり、作法委員会委員長だった立花仙蔵だった。
 乱太郎と仙蔵は委員会が別な為、あまり関わりは無かったものの、乱太郎の委員会の委員長であった善法寺伊作が可愛がっていた後輩ということもあり、仙蔵も伊作と一緒のように乱太郎を可愛がってくれていた。
 時には一緒に団子を食べに行ったり、しんベヱや喜三太から一緒に逃げたりと楽しい記憶が蘇ってくる。
 仙蔵はまだぶつかった相手が乱太郎だということに気づいていないらしく、立てるかい?とこちらに手を差し伸べてくれている。
 気を抜いた瞬間に前世の知り合い(先輩)に出会うなんて、本当に自分って不運なんだなと呆れつつ、差し伸べられた手に自分の手を重ねて、ありがとうございます。と会釈をした。
「怪我はないか?」
「は、はいッ、大丈夫です!」
 帽子を深く被っているのが幸いして乱太郎はまだ彼に完全なる姿を晒していない。帽子をかぶる選択肢を与えた自分によくやった!と思いながら、まだ目の前の相手に前世の記憶があるかないか分からないが、早く離れた方が自分のためにもなると思った乱太郎は、ありがとうございました!とその場を離れようとした。
 乱太郎が仙蔵と反対方向に駆け出した瞬間、冬のよくある突風が乱太郎を襲い、被っていた帽子が脱げて仙蔵の方へと行ってしまう。帽子が飛んでゆき、自分の髪の毛が晒され、あ、しまった。と思った瞬間には、仙蔵に手を掴まれていた。
「ら、乱太郎なのか?」
 その瞬間、乱太郎は瞬時に察してしまった。立花仙蔵は前世の記憶を持っていると。持っていなければ、精々風に飛ばされたぞ。と言って帽子を被せてくれて終わりだからだ。
 でも、目の前の相手は自分の手を掴み、自分の名前を呼んだ。これで記憶がないとは言い難い。いやいや、もしかしたら記憶が無いかもしれない!たまたま自分の名前を引き当てたんだろう!と最後の悪あがきをしようと考えた乱太郎は、人違い作戦でこの場を乗り切ることにした。
「あッ、あの、人違いじゃないでしょうか?」
 乱太郎がそう言った瞬間、周りの温度が急激に下がった気がしてブルっと震えてしまったが、言ってしまったものは仕方ない!と乱太郎は冷や汗を感じながら、頑張って仙蔵の返事を待った。
ふむ、人違いか。ならばお前の名はなんという?」
 そ、そう来たか〜ッ!と乱太郎は頭を悩ませた。でも、今の自分は記憶が無いというていなので、知らない人には名前を教えちゃダメだとお母さんから言われたということにして、自分の情報を明かさないようにした。ここまでくれば諦めてくれるだろうという期待を込めて。
あ、えと、知らない人には名前を教えちゃダメってお母さんから言われてて……。」
 あの、急いでいるのでもう去っても大丈夫でしょうか?と仙蔵を見上げて言ってみるものの、彼は掴んでいる手を緩めることはなかった。むしろ逃げるのは許さない。とでもいうように乱太郎に負荷がかからない程度に強く握っているようだった。
 はやく、早く逃げないと。この状況を打破しないと!と焦る乱太郎を見て、自分の頭上に居る彼はフッと笑みを零した。
乱太郎の母上の教育の賜物だな。しかし、これを見てみなさい。」
 仙蔵が乱太郎に見せたのは先程風で飛ばされ、彼に取ってもらった母が作ってくれた手編みの帽子。
 手編みの帽子を裏返してみると、帽子のツバが下がっている部分の所に白い布が縫われており、そこには“いなでららんたろう”という母が書いたであろうひらがなの文字が書かれていた。
 その瞬間、乱太郎の大きな目がたじろいだのを仙蔵は見逃さなかった。しまった、感情を出してしまった!という時にはもう遅く、仙蔵の目が乱太郎の目を貫く。
なぁ、乱太郎。」
 もう言い逃れは出来ないぞ?と乱太郎の耳に囁いた仙蔵に、始めから立花先輩を私ごときが欺けるわけがなかったんだと、もう逃げることは出来ないと判断した乱太郎は、立花先輩お久しぶりです。と消え入るような声で仙蔵に向かって言うと、お前が私を欺こうだなんて何百年も早い。と乱太郎の額にデコピンをして笑ったのだった。