匣舟
2025-05-26 13:09:59
8482文字
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僥倖に預かる

転生パロ 仙乱(すこしだけ伊乱)


ぅ、」
 ゆっくりと目を覚ますと、まず最初に見慣れた天井が映った。見慣れたと脳がそう告げているので辺りを見渡してみると、にんたまの友を連想させるような教科書や、宿題たちが勉強机の上に散らばっている。きっと、記憶が戻る前の自分が試行錯誤しながら問題を解いていたのだろうと乱太郎は考えた。
 少し起き上がってベットから抜け出すと、教科書にも、宿題の用紙にも自分の名前が書いてあった。
「いなでら、らんたろう。」
 自分の口から発された名前は、奇しくも前世と同じ名前だった。なんで、どうして、と考えていると頭がズキズキと痛みだす。まだ体は本調子じゃないみたいだと推測した乱太郎は頭を抑えながら渋々とベットに逆戻りした。
 まだ少し痛む頭を抑えながらベットでぼーっとしていると、唐突にドアをノックされた。返事をする前に入ってきたのは父と母だった。両親はベットに上体を起こしている乱太郎を見るやいなや心配そうな顔をして駆けよってきた。
「父さん、母さん。」
「乱太郎、体調が悪かったのなら言いなさい。父さんも母さんも本当に心配したんだから。」
ごめんなさい。」
 乱太郎が素直に謝ると、ふたりは笑って頭を撫でてくれた。昔と変わらない父と母の掌が暖かくて、乱太郎は少し泣きそうになった。いつも学園から帰ってきた時に、おかえりと言って撫でてくれていた掌と一緒だったからだ。
 成績が悪くて、忍者を諦めようとした時も大丈夫、お前なら忍者になれるよ。と慰めながら頭を撫でてくれた掌を乱太郎は今、思い出した。目に涙を溜めている息子に怒っているわけじゃないからと頭を撫でていた。
「乱太郎、今日はゆっくり休みなさい。」
……うん。」
「乱太郎、何か欲しいものはあるか?」
……ううん、大丈夫。ありがとう、父さん、母さん。」
 そう言って笑った乱太郎の顔はどこか大人びていて両親をドキリとさせたが、きっと自分たちが疲れていたからだろうと結論付け、おやすみ。とふたりで乱太郎の頭を撫でて部屋から去っていった。
 両親が去っていったのを見計らって乱太郎はこれまでの事を整理し始めた。多分、前世の記憶を保持しているのは、猪名寺家では乱太郎だけだろう。
 前世半農半忍で生計を立てていた両親ならば、乱太郎の気配が変わったことなど気づかないはずがない。
 前世の記憶が戻ったことで気配に敏感になってしまった乱太郎は、両親が本気で自分のことを心配していることが分かってしまったので、両親たちに前世の記憶が無いということを決定づけた。
 ということは、前世の記憶を思い出してしまったことを両親には言うべきではないだろう。前世のように心優しい両親ならば、乱太郎が前世の記憶を持っていることを話したとしても、理解してくれるという自信があるが、前世の記憶が無い両親に前世の記憶があることを打ち明けても混乱させるだけだろう。
 あんなにも自分のことを愛してくれている父と母には迷惑をかけられない。
 だから乱太郎は、誰にも前世の記憶があることを打ち明けないようにしようと決めた。もちろん、記憶が戻ったからには、は組をはじめとした六年間一緒に育ってきた同級生たちや、自分のことをいつも可愛がって時には指導してくれた先輩たち、いつも呆れ、怒りながらも決して自分のことを諦めずに教えてくださった先生たちに会いたいという気持ちはある。
 でも、自分だけが記憶を保持していたとして、級友や先輩、そして先生の誰かに会ったとしよう。そのとき、興奮のあまり”覚えていますか?“と声を掛けたとしよう。それで、前世の記憶を持っているならば、涙を誘う現場になるが、いちばん最悪なのは、困惑した顔で「誰ですか?」と言われてしまうことだと思う。
 そんなことを言われてしまった暁にはもう立ち直れる気がしないし、生きていける気がしない。皆が前世の記憶を持っていると変な期待をするよりかは断ち切った方がマシだ。
 記憶を思い出したとて今世に使えるものなど限られてくる。前世のように戦乱の世の中では無いのだから。精々気配の消し方だとか、忍術ぐらいだろう。
「まずは、近くに誰がいるかとか調べなきゃな。」
 前世の記憶を持っていないならまだしも、自分のように前世の記憶を持っている人と出会ってしまったら、乱太郎は表情に出やすいのですぐに自分に前世の記憶があると悟られてしまうだろう。
 誰にも打ち明けないと決めた以上はきちんと忘れているフリをしなければならない。そのためにも、下準備は入念に。明日から、頑張ろう。そう決めた乱太郎は大きく深呼吸をして布団を頭までかぶった。
 今日は夜更かしはダメだと体が言っているので、きっともう眠気が襲ってきたのだろう。
「おやすみ、なさい。」
 誰に言ったでもない挨拶は静かな部屋に溶けて行った。