ナガレ
2025-05-20 19:01:07
17617文字
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【web再録】彼方の呼び声(ぶぜまつ)

2021/8/22超閃華夏大戦内江中心プチ「ごーとぅすてぃじ2」合わせ発行。松井江が顕現しない本丸の豊前と、松井江にしか見えない敵刀が出逢ってしまうIF話。刀剣男士の顕現や時間遡行軍について等、捏造や自己解釈多め。話の都合上、松井(敵刀)が一度折れますが、ハッピーエンドです。
場面ごとにぶぜまつの視点が変わる形に挑戦してみました。書きたいことが書けたような、書けなかったような、分かりにくくなっただけのような。反省。

発行から二年以上経過したので、webに全文掲載することにしました。本を手に取ってくれた皆様方、本当にありがとうございました!
※web掲載にあたり、改ページ等を調整しています。


 そんな遠征から数日後、豊前は夜の城下町にいた。歴史の表には出てこないが、今夜ここで小さな事件が起こる。その事件は巡り巡って歴史の転換点を作る――らしい。
 らしいというのは、この事件が表に出てこないので、どのようにこの後の歴史と繋がるか誰も知らないからだ。
 そんな人知れず消えてしまう小さな出来事とはいえ、歴史を変えられてしまうわけにはいかないから刀剣男士達は守りに行く。時にはこういう地道な活動も必要なのだ。
 立ち並ぶ侍屋敷。豊前は物陰に潜み、辺りの様子を窺った。屋内戦は小回りの効く短刀や脇差の独断場。豊前の役目は短刀達が潜入した屋敷の前で、事件の発生を邪魔する者がいないかを見張る事だった。
(誰かいる……
 何者かの気配を察知した豊前は、時間遡行軍の乱入かと刀の柄に手を掛けた。敵なら音速で斬り捨てるし、敵でなければそっとお帰りいただくだけだ。
 この時代、明かりを持たずにうろついているというだけで、訳ありにしか思えない。近づいてくる気配は常人のものではなく、これが人ならよほどの手練れと思われる。これの相手は少々骨が折れそうだと豊前は思った。
 相手は潜む豊前に気づいていない。しかし豊前は隠れる事があまり得意ではないので、気づかれてしまうのも時間の問題だ。
 いっそのこと、先にこちらから打って出てしまおうか。豊前は宵闇に微かな音を響かせ、鯉口を切った。……しまった。気づかれた。
 闇を揺らした微かな音に相手の足が止まった。向こうも豊前の気配に気づき、警戒している。しかし豊前の姿には気づいていない。
 気配に気づかれてしまったのなら、迷う必要は無い。いつでも抜刀できる状態で、豊前は月明かりの路地に飛び出した。そして相手の姿を認めた瞬間に愕然とした。
 ――どうしてまたも巡り会ってしまったのだろうか。

 豊前の姿に同じように相手も息を飲んだ。豊前にはそれが手に取るようにわかった。白い月明かりに照らされた、相手の麗しき白皙が歪む。次に顔を合わせれば取り返しがつかない事になると、互いに理解していたのに、どうして。
 豊前はその名前を呼んでしまった。
「松井」
 巡り会ってしまわないといけないのなら、戦場のど真ん中がよかった。鋼と鋼の打ち合う音、土煙、硝煙、鉄錆の匂い。戦場なら己を律する事ができたのに。豊前には目の前の松井しか見えていなかった。
 それは松井も同じで、湖水の瞳は豊前だけを映している。まるで数日前の遠征と同じだった。あの時は篭手切の声が聞こえて止まれたが、今は何も止めるものが無かった。
……っ!」
 その腕を掴んで捕らえ、暗がりに引きずり込んだのは一体どちらだったのか。黒渋塗りの板塀が豊前の背中に当たった。
 あの時触れられなかった手が、今はしっかりと松井に触れている。伸ばした手は彼に届いた。触れた松井の体は熱を持っており、その温度は豊前と何ら変わらなかった。敵刀にも血は流れているのか、それとも松井だけが特別なのか。
 そんな事、どうだっていい。
「っ、ん……
 魔が差した雨上がりの時よりも、二振りの距離はずっと近かった。どうしてこんなにも惹かれるのだろうか。手を伸ばして求めてしまうのだろうか。そんな自問が浮かんでは消えていく。
 月光を避けて身を隠すように、ひたすら互いを求め合った。松井の腰に回された腕と後頭部に添えられた手は力強く、一分の隙間ができる事すら許さなかった。
 豊前のシャツの胸元をぎゅっと握りしめる松井も一切抵抗する事なく、豊前に身を委ねている。腰に提げた刀同士が当たる音。時折漏れる松井の吐息が艶めかしかった。
「ぁ……
 豊前が拘束を解くと力の抜けた松井の膝が折れ、そのまま凭れかかってきた。その重みと体温を感じながら豊前は松井を引き寄せて、ずるずるとその場にしゃがみ込んだ。
 両腕で抱き込んだ松井の体は熱くて、触れ合ったところから融けて交じり合ってしまいそうだ。このまま時が止まってしまえばいい。そう思った。時が止まって夜が明けなければ、手を伸ばしたままでも許される。
 二振りは体の奥底から沸き上がる衝動のままに求め合い、貪り合った。互いの奥底にあるものを暴きたかった。暴いて、晒して、同じものだと確かめたかった。

――曲者!』
 突然屋敷の中から激しい物音と罵声が聞こえてきて、はたと二振りの手が止まった。
 そしてここがどこか、自分達の目的は何だったのかを思い出す。松井の体は完全に豊前に乗り上げており、衣装は乱れていた。取り返しのつかない事になる、ほんの一歩手前だった。
 状況に気づいた途端、どっと後悔が押し寄せてくる。もう一度逢ってしまえばこうなると薄々気づいていた。だから巡り会ってはいけなかったのに。豊前の表情は苦痛で歪み、松井は顔を伏せた。
 二振りが後悔に苛まれていると、屋敷の中を飛び交う物音と罵声が止んだ。――決別の時だ。
 互いに信条と使命を抱えている身、もう二度と邂逅してはいけない。豊前と松井、互いの道は交わってはいけないものだから。たとえそれが、何をしたって巡り会う定めだったとしても。
……見なかったことにするから」
 今宵ここに敵は現れず、人の子すらも通り掛からなかった。歴史の通りに小さな事件は起こり、ここから繋がる歴史も守られた。真実はそれだけいい。
 事を見届けた仲間達が戻ってくる前にと、豊前は顔を伏せたままの松井を離して立ち上がった。
 早く行けと豊前が背を向けようとする直前、松井が豊前の首に腕を回してぐっと引き寄せた。ほんの一瞬だけ重なるぬくもり。驚いた豊前が目を見開いている間に、松井は宵闇の中に姿をくらました。
 彼から何かされるのは、初めての会偶で刃を交えた時以来だった。最後にきらりと光った目元には気づかない振りをした。

 * * * * *

 それからしばらくの月日が流れた。豊前は今も変わらず戦場に出ている。だが、あの翻る緑色の外套を見る事は一度も無かった。昨日の出陣でも目に入るのは同じような敵刀ばかりだった。
……折れたのか」
 どうしてまたと嘆いてしまうくらいに邂逅していたのに、あれきり一度も遭遇していないということは、おそらくそういう事だ。そんな日がいつか来るとわかっていた。わかっていたけれど――
「少し出掛けてくる。晩飯までには戻っから」
 執務中の審神者に一声掛けると、豊前は本丸の外に出た。目的地に向かう前に万屋街で花を買った。本数は少なくていいから、丈夫なやつだけを包んでくれと言って。
 好い相手にでも渡すのかと店員に聞かれたが、そこは否定しておいた。そんな単純な言葉では言い表せない相手だから。
 花束を手に万屋街を抜けて少し歩くと、大きな川に辿り着いた。春は土手の桜並木が盛大に咲き誇り、夏の夜は打ち上げ花火が咲く、どの本丸からでも見る事のできる大きな川だ。
 過去とも未来とも切り離されたこの世界。そんな世界の真ん中を流れるこの川に果てはないと聞く。果てがないのなら、いつか松井のいた世界に流れ着くかもしれない。
 川辺に降りると、豊前は川面に向かって花を投げた。穏やかな川面に着水した花束から波紋が広がる。小さな花束は浮き沈みを繰り返しながらゆっくりと流れていき、やがて豊前の視界から消えた。
 雨上がりの中で見た松井の横顔。豊前があの横顔を忘れる事はないだろう。彼の世界にも輪廻転生というものがあるのなら、今度は綺麗なものをたくさん見れる世界に生まれてほしい。
 そんな祈りと願いを込めた手向けの花だった。


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