ナガレ
2025-05-20 19:01:07
17617文字
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【web再録】彼方の呼び声(ぶぜまつ)

2021/8/22超閃華夏大戦内江中心プチ「ごーとぅすてぃじ2」合わせ発行。松井江が顕現しない本丸の豊前と、松井江にしか見えない敵刀が出逢ってしまうIF話。刀剣男士の顕現や時間遡行軍について等、捏造や自己解釈多め。話の都合上、松井(敵刀)が一度折れますが、ハッピーエンドです。
場面ごとにぶぜまつの視点が変わる形に挑戦してみました。書きたいことが書けたような、書けなかったような、分かりにくくなっただけのような。反省。

発行から二年以上経過したので、webに全文掲載することにしました。本を手に取ってくれた皆様方、本当にありがとうございました!
※web掲載にあたり、改ページ等を調整しています。


「あれは一体……
 刀を交えた瞬間、動けなくなった。目の前の存在から目が離せなくなり、呼吸すらもままならなくなった。それは向こうも同じで、見つめ合う事しかできなかった。一体何者なのだろうか。刀剣男士という存在とは幾度となく交戦している。きっと彼の者も刀剣男士だ。でも、何かが違う。
 同じ見た目の刀剣男士と交戦した事もある。でも、今みたいに動けなくなる事はなかった。刀剣男士がこちらを見て、動きを止めるのも初めてだった。
(また会えるのだろうか……
 そう思った自分に驚愕する。かの者は敵。敵との再会を望むだなんておかしい。戦場はここだけではないし、敵も味方も星の数ほどいる。再び刃を交える事ができる保証はないのに。
 それでも、あの赤色が脳裏に焼き付いて離れない。それは己らが再来を願ってやまない、記憶の彼方にある太陽の色にも似ていた。

 * * * * *

 その日の戦場は雨が降っていた。ぬかるみに足を取られながら進軍し、雨で視界が悪い中、白刃戦を行う。この悪条件は相手方も同じだ。戦線は膠着状態、双方が撤退を選ぶのも時間の問題だろう。
 元は刀。この肉体という器はそうはでないと頭で理解していても、雨ざらしでは錆びそうな気がして怖かった。
(雨脚が強ぇ。この分だと大雨通り越して、豪雨になるかもしれねーな……
 撤退して本丸に帰還するにしろ、帰還地点まで行かなければならない。だが、豪雨の中を動くのは無理がありすぎる。おそらく仲間達も同じ事を考えるだろう。無理に合流するよりも雨が弱まるのを待った方がいいと、豊前は一時戦場を離れる事にした。
 自分以外の仲間達が合流していたとしても、一振り足りなければ待っていてくれるはずだ。おそらく。
「ここなら凌げそうだな……
 戦場から少し離れた雑木林。雨の避けられそうな場所を見つけた豊前は、ここで雨宿りをする事にした。頭上を覆う木々の葉はよく繁っており、傘の役目としては問題無い。時折ぽたりと雨粒が落ちてくるぐらいで、近くで雷が鳴らなければ大丈夫だろう。
 濡れて重たくなった戦闘衣装の上衣を脱ぐと、豊前は思いっきり絞った。それこそ、生地が傷むと怒られかねないぐらいの力でぎゅっと。早く本丸に帰還して乾かしたかった。
 脱いだ上衣を手に持っていても邪魔になるだけなので、豊前は仕方なく袖を通した。濡れた衣類は冷たくて重たい。少しでも早く雨が止んでくれる事を祈るしかないが、そんな豊前を嘲笑うかのように大粒の雨はざざざざと音を立てて降っている。
 止まない雨。その間を縫うように誰かが小走りにやって来た。時間遡行軍ではなさそうだ。
 仲間の誰かと思ったが、それも違った。近づいてきた相手はまさかの「彼」だった。この雨なのでまったく気づかなかったが、「彼」もこの戦場にいたらしい。豊前の体が一瞬強張った。
……
 向こうも豊前の存在に気づいて足を止めた。だがこの雨には勝てなかったのか、躊躇しながら体を滑り込ませた。豊前を警戒しているのか、距離は開いている。しかし戦意は無い。それは豊前も同じで、さすがにここで刀を交えるつもりは無かった。
「そこ、濡れるぞ」
 濡れて変色してしまった「彼」の長丈の羽織物から、ぽたぽたと雫が落ちている。裾をたくし上げて絞っているが、なかなか水は切れない。一度脱いだ方が早いのではないかとも思うが、丈が長いので脱いで絞る事も大変そうである。しばらくすると、「彼」は絞りきる事を諦めた。
 せめてこれ以上濡れないように、今は一時休戦だからと言い訳をして豊前は「彼」を近くに招いた。
「こっちの方が雨が当たらんちゃ」
「あぁ、すまない……
 初めて聞いた「彼」の声は思ったよりも低かった。でも、この声は聞いた事がある。それは演練場や万屋街で聞く、松井江の声と同じだった。
 そんな事を思いながら、豊前は隣に立つ「彼」の体温を感じた。触れているわけでもないのにおかしな話だが、確かに感じるのだ。
 他の敵刀から体温や息づかいを感じた事は無い。やはり「彼」だけが違う。自分達と同じ存在ではないかと錯覚してしまいそうだ。
 豊前は「彼」からそっと目を逸らした。
……
……
 二振り並んで、雨が上がるのを無言で待つ。まだ雨は止みそうにないが、雨脚は少し弱まってきた。雨が止んだらここを出て、最短距離で帰還地点に向かおう。豊前は脳裏で地図を展開させた。
 剥き出しの腕がひんやりと冷たい。早く温まりたいと思うあたり、この器にも随分と慣れたものだ。ついさっきまでは錆びたらどうしようと思っていたくせに。
……くしゅん」
 そんなふたりの沈黙を破ったのは、「彼」の小さなくしゃみの音。足下の水たまりを見ていた豊前が顔を上げて「彼」の方を向くと、少し気まずそうな「彼」がいた。――やっぱり、同じだ。
 その所作や表情。「彼」は自分達と変わらない存在にしか見えない。豊前はほんの少しの期待を込めて「彼」に尋ねた。
……名前」
「名前?」
「そう。名前、教えて」
 その問い掛けに「彼」が困惑したのがわかった。何かまずい事を聞いてしまったのだろうか。名前を尋ねた、ただそれだけだが……
「打刀」
「刀種じゃなくて」
「そう言われても、打刀としか呼ばれたことがない」
 言いたくないとか誤魔化しているとか嘘をついているとか、そういう雰囲気は無い。本当に打刀としか呼ばれた事がないみたいだ。時間遡行軍には刀種だけが必要で、刀でいうところの号や銘は不要なのかもしれない。豊前はしばし考えた。
――松井江」
「まついごう?」
「いい名前だろ。今からお前の名前は松井江。松井って呼ぶ」
 そう言う豊前に「彼」改め松井は少し戸惑いながらも頷いた。小さく「まつい」と唱えている松井。豊前は何だかこそばゆかった。気恥ずかしさを誤魔化そうと、雨空を見上げた。
「雨、そろそろ上がりそうだな」
 向こうの空が明るい。この分ならもうすぐ雨が上がる。戦の続きをする気にはなれないから、おそらく今日のところは撤退だ。豊前の声に釣られて松井も雨雲の切れそうな空を見上げた。
……こうやって空が明るくなることもあるのか」
 松井のぽつりと漏らした一言。雨上がりを見た事が無かったのかと豊前は驚いた。雲の切れ目から差す陽光に綺麗だと呟く松井。彼は今何を思って、この雨が上がりそうな空を見上げているのだろうか。
 穢れをどこにも感じさせない、あどけない無垢な横顔。豊前は松井から目が離せなかった。
 その時、上からぽたりと水滴が落ちた。落ちた水滴は松井の睫毛の上で弾け、涙のように目元を濡らして頬を伝っていく。それを見ていた豊前はそっと顔を寄せた。
 松井が目を伏せた。睫毛は長く上向きに弧を描いており、水滴で濡れていた。

 ――松井は豊前を拒まなかった。


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