ナガレ
2025-05-20 19:01:07
17617文字
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【web再録】彼方の呼び声(ぶぜまつ)

2021/8/22超閃華夏大戦内江中心プチ「ごーとぅすてぃじ2」合わせ発行。松井江が顕現しない本丸の豊前と、松井江にしか見えない敵刀が出逢ってしまうIF話。刀剣男士の顕現や時間遡行軍について等、捏造や自己解釈多め。話の都合上、松井(敵刀)が一度折れますが、ハッピーエンドです。
場面ごとにぶぜまつの視点が変わる形に挑戦してみました。書きたいことが書けたような、書けなかったような、分かりにくくなっただけのような。反省。

発行から二年以上経過したので、webに全文掲載することにしました。本を手に取ってくれた皆様方、本当にありがとうございました!
※web掲載にあたり、改ページ等を調整しています。


 名前と言われても、そんなものは無かった。必要なのは頭数で、わざわざ個体を区別する必要は無い。どうしても区別する必要がある時は甲乙丙丁で事足りる。だから「自分は打刀」という認識しか持っていなかった。彼に名前を教えてくれと言われても、困惑しかなかった。
 正直にそう伝えたら不便ではないのかと聞かれたが、不便だと思った事は無かった。だって、そういうものだと思っていたから。
 そんな自分に彼は名前をくれた。この五音の並びにどういう意味があるのかは知らないけれど、彼にとっては意味のあるものなのだろう。
 打刀以外の呼ばれ方をするのは初めてだから、少し戸惑ってしまう。でも、そう呼ばれるのも悪くない。初めてもらった名前を馴染ませるように小さく呟いていると、隣の彼がほんの少しだけ目を細めてこちらを見ていた。彼はこちらの視線に気づくと、遠くの空を見上げた。じきに雨が上がるらしい。
 雨は知っているし、あの世界でもたまに降る。冷たくて細かい霧雨が荒れた大地を潤すかのように、ごくたまに。まるで気まぐれのように。
 何度もこの世界に来ているが、雨が上がる時に明るくなる空を見るのは初めてだった。自分の知っている空はいつだってどんよりと薄暗いもので、薄暗がりから日の光が差すなんて事もない。
 しかしこの世界は違う。羨ましいぐらいに明るくて綺麗なものばかりで作られていた。
 暗雲を裂いて差し込む陽光に魅入っていると、頭上の枝からぽたりと雨垂れが落ちてきた。拭うよりも先に近くなる隣の気配。気づけば太陽のようなあの色がこの間よりもずっと近くて、直視できなかった。
 ――近づくそれを拒もうとはしなかった。

 本当にこの世界は綺麗なものに溢れている。変えてしまうのが惜しいくらいに。

 * * * * *  

「りいだあ、何か探してるんですか?」
 今日の豊前の任務は出陣ではなくて遠征だった。同じ遠征部隊に入った篭手切江が豊前に話しかけてくる。篭手切は辺りをやたらと気にしている豊前が気になっていた。
「探してるってわけじゃねーんだけどな……
 史実において、近い将来ここは戦場になる。豊前も戦に乱入しようとする時間遡行軍を迎え撃つため、幾度となくこの地に出陣した。そしてあの日、彼――松井に出会った。
 気づけば彼の姿を探している。刀剣男士も時間遡行軍も戦場も数多存在するというのに。二度遭遇しただけでも奇跡のようなもの。
 それなのに豊前はまた会える事を期待していた。敵に邂逅する事を望むだなんて、いよいよ重症だと思う。
「何か探しものがあるなら行ってきてもいいですよ。他の人達には言っておきますから」
「あー、そうだな……
 まさか特定の敵刀を探しているとも言えず、豊前は曖昧に流そうとした。しかし豊前は誤魔化すのが下手だし、篭手切は脇差故に察するのが得意だ。取り繕う間も無く看破され、ここで待っているので遠慮無く行ってきてくださいと送り出されてしまった。
 遠征の目的は見回りで、時間遡行軍の出現もおそらく無い。近くで人間達の戦も起きていないので、豊前が単独行動をしても問題無いと判断したのだろう。部隊長の男士も咎めなかった。
 仕方ないので、豊前は辺りをうろつく事にした。
(こんな所にいるわけねーよな……
 近いうちに国を二分する戦の舞台になるとは思えない、静かでのどかな風景。篭手切達のいる場所から離れすぎないようにしながら、豊前は人の子一人通らないあぜ道を歩いていく。
 不意に思い出すのは、あの無垢であどけない横顔。雨上がりの空を見て目を輝かせていた彼に、こういう景色もあるのだと見せてやりたかった。
 もし、彼と違う形で出逢っていたらどうなっていたのだろうか。敵と味方ではなくて、仲間として。刀剣男士と時間遡行軍ではなく、ただの人と人として。同じ世界で肩を並べて同じ景色を見る事もできたのだろうか。
……そんなこと考えたって、どうにもならねーのに)
 一瞬だけ思い浮かんだ妄想じみた考えを馬鹿馬鹿しいと鼻で笑うと、豊前は来た道を引き返す事にした。それなりの時間は潰した。篭手切達には探しものは見つからなかったと言えばいい。
 そう。探しているものは見つかってはいけないものなのだ。ここに時間遡行軍がいるはずが――
……どうして」
 豊前の耳はそれを聞き逃さなかった。動揺を隠しきれていないその声にはっとなり、豊前は期待と恐れ混じりに振り返った。あの揺れる緑青色を見間違うはずがない。そこには松井が立っていた。
「どうして君がここにいるの」
「お前こそ、何で……
 どうしてここにいるのか、それはこちらの台詞だ。この場所での時間遡行軍の出現はこれまで一度も確認されていない。それなのに、どうして時間遡行軍の一員である松井がいるのだろうか。確認されていないだけで実は侵攻していたのか、それとも何かの理由ではぐれたのか。
 時間遡行軍と紳士協定を結んでいるわけではない。ここで豊前が敵である松井を斬り伏せたところで何の問題もないし、わずかではあるが敵の戦力を削ぐ事ができる。それは松井も同じだ。しかし、二振りとも動けなかった。
 初めて刃を交えたあの時。あの時と同じくふたりの視線は交差し、瞬きすら忘れてしまう。見つめ合ったまま動く事ができなかった。
 一歩、二歩、三歩。十歩も進めば松井に手が届きそうだった。
 松井は動かない。どうしてと、緑青の双眸を揺らしながらこちらを見るだけだった。戸惑い、怯え、期待。彼の双眸を揺らすものは、きっと豊前と同じものだ。
 豊前が松井に一歩近づいた。びくりと肩が跳ねたが、松井は動かなかった。揺れる緑青の向こう側にあるものを信じてもいいのだろうか。
 彼までの距離はあと数歩。このまま歩み寄って手を伸ばせば、この手が彼に――

――りいだあ! そろそろ戻りますよー!」
 遠くから篭手切の声が聞こえてきて、その声に豊前は我に返った。――自分は今、何をしようとした? 松井も我に返ったのか、たっと身を翻して姿を消した。
 再び篭手切の己を呼ぶ声が聞こえてくる。自分の行動が信じられなくて、豊前はじっと自分の手を見た。
「りいだあ!」
 三度目の呼びかけは少し怒りが混じっていた。置いていかれるわけにはいかないと、雑念を振り払うように豊前は走った。
 あの雨の日の戦場での邂逅。吸い寄せられるかのように触れてしまった、あの一度だけなら魔が差したと言える。
 しかし、先ほどのあれはどうか。豊前は明らかに自分の意志で松井に近づき、手を伸ばそうとしていた。篭手切の声が聞こえてこなかったらどうなっていたのだろうか。
 もう、言い訳はできそうにない。豊前は松井に惹かれている。そして、おそらく松井も豊前に――
……ままならねーな」
 豊前は人の身が辛いと初めて感じた。

 遠征を終えた豊前は自室に戻ると床の間を見た。そこは部屋を出た時と何一つ変わっていない。隅に置かれた自分の本体と、刀掛けに鎮座する松井江がいるだけだった。
 何も知らずに眠り続ける松井江。目覚めの兆しは未だ見えず、ただそこにあるだけだった。


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