バラ肉
2025-05-06 16:58:21
8368文字
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恋の行方は二転三転

兄さんの左手薬指に指輪の痕を見つけたブロの話。

切ない誤解からのラブコメ。


「じゃあ、行くか」

(あ……

当然のようにスッと伸ばされた男の手を見た瞬間。
ブロッケンJr.は自分の心臓が変な音を立てて軋んだ気がした。それはさながらオイルの切れたブリキのように掠れた音を立てる。
キシッ、ギシッ。
嫌な音が鳴るのに合わせて胸が痛い。相手の手に添えようと上げようとした左手が、宙で止まる。

「ブロッケン?」

怪訝な声につられて相手の顔を見ると、いつもと変わらぬ青い眼差しとぶつかった。大空を映した碧眼はどこまでまっすぐで、強くて、広い。
この男になら付いていける。無意識にそんな気持ちにさせる雄大な瞳は、こんな時でも焦がれそうなほど眩くて。

(ああ。そりゃ、そうだよな)

だからこそ、ブロッケンは自分の今更な“気付き”に自嘲するしかなかった。
頭で理解するなり、片方の口角を歪に持ち上がる。
もちろん、勝手に早合点しても良いことはないと分かっている。何も聞かずに判断するのは自分の悪い癖。
けれど、目の前にある左手の……薬指の付け根を一周する赤い跡の原因は、一つしかない。

(こんな良い男に、“相手”が居ないわけがねぇ)

何を期待していたのか。
自らの浅ましさを心の中で叱咤する。

(特別になれた、なんて……烏滸がましいにも程がある)

男に手を掴まれたあの日から。
否、わざわざ自宅まで勧誘に来た日から。
ブロッケンは知らぬ内に、自分がアタルの“特別”である気分にでもなっていたのだろう。
同時に、漠然と、いつかもっと深い関係になれるものと淡い想像をしていたのに──。

しかし、いつだって現実は残酷なものだ。

それは偉大なるブロッケンマンがリングの上で殺された日からずっと、彼の胸に刻まれていた筈だった。にも関わらず、自分勝手な甘い希望を持っていた愚かさに、無意識に奥歯を噛む。

(オレはどこまでも、ガキだなあ)

ブロッケンは差し出された手を改めて一瞥した後。軍帽の鍔を下げる振りをして、ギュッと目を瞑った。あたかも、己の心から目を逸らすように。

「Ja……ソルジャー隊長」

硬い返事に、アタルの目がやや大きくなったことにも気付かず。

「ブロッケン一体どうし「早く行こうぜ、隊長」
……っあ、ああ」

態度の変化を指摘される前に、彼はアタルの手を掴むのではなく、逆にゆっくりと横へ払った。
触れた手が素肌じゃなくてよかった。でないと、この冷たい指先に何かを勘づかれてしまうところだ。
なんて苦笑しながら。
呆然とする男の隣をスイッと通り過ぎると、綺麗に磨かれた靴の爪先を行先へと向けた。
背後から訝しげな空気を感じても、絶対に振り返ることなく。

「さあ、いっちょやってやるか!」

殊更明るい声を上げたブロッケンは、己の声が震えていたことに気付いていなかった。



冷えた手は、愛しいものを掴むのではなく、敵を傷つけるもの。

愚かな若者は、必死にそう自分へ言い聞かせた。