も茶
2025-05-04 12:46:09
17307文字
Public 父水
 

理想郷なんていらない

懇切丁寧に父水になるまでのもだもだを書くシリーズの第1話です。今回、父水要素激薄です
ゲゲ郎から水木へのやむを得ない加害があります
全てにおいて捏造が多いのでご注意

何が来ても気にしないもしくは逃げる事が出来る人向け
おまけ程度の挿絵あり

続きはこちら→落ちた霹靂


「水木ダメじゃ、そんな泡沫、許すでない!」

 目玉おやじが叫ぶ。布団で眠る水木の頭上に夢の内容が映し出されて居た。岩子を含めた一家と過ごす幸せな光景が流れ、時が過ぎる。しかし、眠る水木は髪は白いがまだ若い。もちろん鬼太郎だって赤子だった。

 事の発端は三日前、水木が仕事から帰った所で目玉おやじは異変に気付いた。

「水木、お主変な所でも行ったかの?」
「あ?変な所?」
「何やら連れ帰っておる。すぐにでも祓った方が良い」

 水木に纏わりつく"何か"に目玉おやじの声が険しくなる。いつも呑気な話し方であるが故に思わず水木の肩がビクッと弾む。

「嘘だろ……。あー……ゆっくりしようと思っていたんだが……明日休みだから明日なんとかする」

 ガシガシと頭を掻いて参ったなと溜め息を吐く。肝っ玉なら人よりあるとは思って居るが怖いもんは怖いと思う。妖怪の話は子守りの婆さんから聞いては居たが現実味はなかったし、怖い話ばかり聞かされていたから信じたいとも思わなかった。
 しかし、鬼太郎や目玉おやじと出会ってからというもの妖怪に悩まされる事も稀に起きるようになった。元々そういう素質があったらしいが、目玉おやじから旧知の妖怪を紹介された事から改めてその存在に気付かされ、見えるようになってから自身への被害に気付く事となった。水木としては堪ったものではないが、目玉おやじの旧知の妖怪達は良い妖怪ばかりなので危害を加えて来ないのであれば人間よりも良い関係が築けそうだった。
 なのでこういう事が起こるとその度に目玉おやじの旧知に祓ってもらっているのだ。

「儂が元の姿なら祓ってやれたんじゃがな……
「仕方ねぇよ。とりあえず飯にする」
「うむ」

 その次の日から水木は目を覚まさなくなった。朝になっても声を掛けても起きず目玉おやじは慌てた。憑いていると言ってもそれ程強いものでも無さそうだったので次の日でも大丈夫だろうと思っていた目玉おやじは自身の誤った判断を後悔した。
 鬼太郎の世話を砂かけ婆に頼み、祓う手筈をしたがどうにも水木は目を覚まさなかった。他に原因や方法はないかと四方八方から情報を掻き集めどうにか出来ないかと小さい身体で奔走した。

「こりゃあ随分と根深く入り込まれてるなァ」
「なんとかなりませぬか」
「そうは言われても我は悪夢を食べるモノ。この者が悪夢と思って居らん以上、我には手も足も口も出せぬ」

 眠っているのならそういう事に詳しい者に訊くのが良いだろうと呼び出したのが獏だった。
 獏は水木の夢を吸い取りその場に広げて見せた。悪夢だったなら食べてしまえば目を覚ます可能性はあるだろうが、今見ているものは吉夢。獏にとっては不味くて食えたものではない。

「な、なんと……
「すまんなァ目玉の旦那」
「いや、構いませぬ。態々赴いて頂いたのです、感謝致す」

 暫くはこの辺りの悪夢でも食べて回るという獏に別れを告げ目玉おやじはどうしたものかと思案する。元の身体ならもっとやりようはあったかもしれないのに今の姿ではとても無力だ。

「水木……

 今の状態では飲食をしていない水木は死んでしまう。病院へ連れて行くべきだろうか。しかし、この姿では連れて行く事も出来ない。誰かに助けを求めたとてこの姿では怖がられて話も聞いてはくれないだろう。
 この身体では電話を掛ける事もままならない。

「すまぬ……すまぬのぉ水木……

 不甲斐なさに涙が零れた。しかし泣いてばかりも居られない。他に頼れる妖怪は居ないかと記憶を巡らせた。
 そんな時だった。まるで操り人形のように水木の上半身がくんっと起き上がったのだ。目玉おやじは驚いて水木を凝視する。

「み、みずき……?」

 目が覚めたのかという期待とそうではないという直感が綯い交ぜになる。困惑を声に乗せて一歩、水木へと歩を進めた。
 水木がゆっくりと目を開く。しかし、その目に光は無く、いつもの海の様な綺麗な紺碧は海底のような暗い色だった。

……ほう、やはり良いなぁ。この身体、幽霊族の血が混じって居る」

 徐に水木が口を開いた。自身の掌を見て独り言つと深く笑みを浮かべた。
 それは確かに水木の顔だというのにまるで別人のように見えた。彼も時折何かを企むように極悪人のような顔をする事もあったがまだ愛嬌があった。今見た笑みはそれを凌駕する程に嫌な笑みだった。

「貴様!今すぐその身体から出てゆけ!」

 すぐさま目玉おやじが怒鳴る。ゆったりと緩慢な動きで目玉おやじの方を向いた水木は首を傾げた。

「目玉の妖怪」

 いつもならパッチリと開いて居る目はどこか眠たげに細められており気怠げだ。水木は身を乗り出して目玉おやじに顔を近付けた。

「誰も居ないと思って起きたのに小さくて気が付かなかった」
「なんじゃと!?」
「お前、この身体の知り合いか」
「そうじゃ、早う出てゆけ!さもなくば……

 拳を振り上げ言いかけた言葉が止まる。
 さもなくば?さもなくば、なんじゃ。今の儂に何が出来ると言うのか……
 未来を見たいと思った。我が子が、水木が、生きる未来を。だから、だからこそ犠牲になってもいいと思ったのだ。それなのに、今、水木が失われようとしている。そんなものは許せない……

「なんだ?怖気付いたか」

 俯き固く拳を握りぷるぷると震える目玉おやじを見てせせら笑う水木ではない者。その時、ざわりと部屋の空気が変わった。怒りと殺気が入り交じり禍々しい空気が満たして行く。肌で感じるピリピリとした空気に水木は目を見開いた。

「な、ん……

 あまりの圧迫感に言葉が出なくなりはくはくと口を開閉し頭を抱える。俯いていた目玉を上げ水木の顔を睨み付けるように見つめた。

「水木を返せ」

 普段の目玉おやじからは聞く事がない程にドスの効いた声だった。目玉だけになっても確かにあった威厳に先程まで余裕を見せていた水木もビクリと身体を震わせた。
 たらり、と鼻血が垂れる。それなりに恰幅は良く屈強と言ってもいい水木の繊細さが見てとれる数少ない身体からの警告だった。

「せっ、かく、手に入れた、もの、を……そ、簡単に、手放す訳、ないだろう……!」
「待て!」

 渾身の力を振り絞った水木は立ち上がり走って部屋を出るとそのまま庭へと出て去って行く。目玉おやじも追いかけようと縁側へ出た時だった。

「うわ!?兄さん!?」

 玄関の方から驚愕の声が聞こえ目を向ければ卵のような頭に三本の髪を生やした少年の後頭部が走り去る水木を見送って居た。

「ねずみの!!」
「はひ!?な、ど、どうした旦那、兄さん起きたのかい?」

 噂を聞き付けて水木の見舞いに来たねずみ少年はあまりの声量で突然呼ばれたものだから飛び跳ねる程に肩を揺らし目玉おやじの方へ振り返った。
 駆けてきていた目玉おやじはそのまま飛び上がりねずみ少年の身体を登って肩に乗った。

「水木を追ってくれ!彼奴何かに憑かれておる!」
「なんだって!?」
「気配が混濁していて妖怪なのか亡霊なのかもわからぬ。とにかく行くのじゃ!」
「〜〜〜っ、わっかりましたよー!もぉー!」

 心の中では行きたくねぇー!と思いながらも水木には世話になった事も多々ある為、意を決してねずみ少年は後を追うべく走り出した。





◇◇◇





「ここじゃな」

 追い掛けたものの既に姿を見失った水木を上空から烏に探してもらいながら追い掛ける二人は水木の家からは随分と離れた場所にある鬱蒼とした森へとやって来ていた。

「不気味な場所だぜ……。ここに入るのかい?」
「烏によればここに奴が入って行ったそうじゃからの」
「でもよ、兄さん見つけた所でどうする気だ?憑かれてるんだろ?オレはそういうのは専門外だぜ。旦那祓えるのかい?」
……うむ」

 とにかく追い掛ける事に意識が行き過ぎて見付けた後をどうするかは目玉おやじも考えては居なかった。今の身体では到底どうにか出来る相手でもないし連れて来てはもらったがねずみ少年は戦闘となれば非協力的だ。どうしても自身の命の危機があれば別だが。

……でる』
「? 今何か言ったか?ねずみの」
「いや?」

 どうするべきか考え込んでいる中で微かに聞こえた声に目玉おやじは辺りをキョロキョロと見回した。すると森の傍に流れる湧水のような小川の所に人影があった。

「あれは……

 目玉おやじはその人影を見た事があった。
 初めて見たのはあの村へ行く列車の中、水木の傍である。顔には影がかかっていてハッキリとした人相は分からなかったが、国防色の軍服を身に纏った男だった。墓場で聞いた話でその男達が水木の南方の同志なのだろうと察した。水木を護るかのように複数人が水木に憑いていたが、守護霊と言うにはそれぞれの力は弱くただ見守るのみだった。彼らは普段姿を見せないが水木に危機があればこうやって現れるのだ。
 そして、その亡霊の一人が小川の所に立ってぼそぼそと言葉を発していた。

『ヨ……でる……ヨん、でル……
「呼んでる?」
「げっ!ありゃあ兄さんの……
「ねずみの、行くのじゃ」

 目玉おやじが見つめる先を見たねずみ少年は亡霊が居る事に驚愕するが目玉おやじの指示に渋々といった様子で小川へと向かう。
 小川の近くへ寄れば水木の同志は横へと真っ直ぐ腕を伸ばし人差し指で更に行き先を指し示した。その方を目で追うとまた別の男が立っていた。

『こっチ……
『アっち……

 覚束無い言葉で男達が二人を案内して行くと森に隣接した竹林へと入って行く。奥へ奥へと進めばそこには小さな祠が静かに佇んでいた。しかし、あまり手入れはされていないのかすぐにでも崩れ落ちそうな程古びていた。
 二人がその祠へ近付けば明滅するように霊力が仄かに感じ取れる弱々しいものだった。そして近付いた事で更に気が付いた事があった。

「これは……

 祠の小さな観音開きの奥には御神体らしきものが置かれている。それも既に朽ち果てる寸前といった所でこの祠にはもう誰も崇拝者が居ないということをまざまざと示していた。
 だというのにそんな祠には大人の掌でなら包めるくらいの小さな饅頭が置かれていた。それにも目玉おやじは見覚えがあった。水木が変異を連れ帰った日に会社で土産に貰ったからやると渡された物と同じだった。水木の分はと聞けばもう食ったと言ったので目玉おやじは食後のデザートとして食したのだ。

「彼奴、食ってなかったのか」

 小さな嘘にやれやれとかぶりを振った。変な所に行ったか聞いた時にバツが悪そうな顔をしていたのにも納得が行く。
 とはいえこの場所は神聖な場所であり今回の騒動とは結び付かない。目玉おやじはねずみ少年から降りると祠へと近付いた。

「失礼致します。貴殿が儂らを呼んでいると聞き及び参りました」

 朽ち果てる前とはいえ神の御前である事には変わりなく目玉おやじは丁重に言葉を紡ぐ。その時淡く御神体が光り輝き祠の中を白く照らした。

「良くぞ参られた」

 光の中から声が聞こえた。老人のようなしゃがれた声だった。それでも重厚感のある声に威厳があった。

「時間が無い。手短に話そう」
「頼みます」
「その昔、悪さをする妖が居てその妖は人間に封印されたのだ。わしはこの地の土地神でその妖の封印を管理する役目も担っていた。だがこの十数年、いつしかこの地を治める者は来なくなりわしの力は衰え、その妖の封印も解けかかっておる」

 なるほど、と目玉おやじは納得した。気配を辿るのが苦手ではあるが妖怪か亡霊かも判断が付かない事はそうそうない。封印されていたからこそあれほどあやふやな存在だったのだ。
 だが神は封印が"解けかかっている"と言った。しかし既に水木は乗っ取られこんな所まで来ている。どういう事だと思った。

「まだ解けては居ないので?」
「ああ、辛うじて。しかし時間の問題だ。お主も知っての通り僅かながら抜け出している。彼を使って解こうとしているのだろう」
「彼奴はここへ来たのですかな?」
「ああ、先日ふらっとな。何故彼がここへ来たかは解らぬが、彼がここへ来た時に彼奴きゃつに目を付けられたようだ。彼はわしの祠を見て憐れんだのか饅頭を置いて行ってくれたよ。久しぶりに人間が現れて嬉しかった」
「そうでしたか」

 水木らしいなと思った。元々野心の為ならなんでもしてやると意気込んで見せては居たが根は非道にはなりきれない優しい男なのだ。哭倉村から生きて帰り更にそういう面が浮き彫りになったように思う。だからこそ、そういう輩を惹き付けやすくなっているのかもしれない。
 そういう面を好ましく思うと同時に厄介であるとも思う。誰彼構わず優しくするのは今回のような事態を招く事もあるのだ。今言った所で後の祭りだが。
 後でいつもより厳しく説教じゃな、と目玉おやじは心で呟いた。水木に取っては悪い事をした訳でもないのに叱られるのは不本意ではあるだろうが言って置かなければならないだろう。言った所で直るとも限らないが、水木には言葉で伝えなければあれこれと余計な憶測を立てる節がある。

「それで、儂には何用で?」

 本題へと入る。いつまでも喋っている場合ではないのだ。今、この瞬間にも水木は危険に晒されている。

「お主に力を貸そう。幽霊族よ」
……どのように」

 神に力を借りるなど何を対価にされるのか、少し警戒してしまった目玉おやじは間を置いて返答した。そんな目玉おやじなど気にした風もなく神は告げる。

「神気を与える。一時的にだが十分な力を発揮出来るだろう。彼の者を救え。責務を果たせなかったわしの最期の頼みだ」
「承知しました」

 最期の頼み、とまで言われて断れる訳もなく、更に言えばその申し出は願ったり叶ったりだった。今のままでは相手に勝てるとは思えず渡りに船とはこの事である。
 姿を見せられない程に弱っている神がそこまでして救おうとするのだからやはり水木という男は侮れない。この人間嫌いの幽霊族の生き残りですら虜にしてしまうのだから。

「では」

 一言、神が言葉を発すれば目玉から足先まで目玉おやじが白く発光し始める。後方で様子を窺っていたねずみ少年は目を見開いた。
 小さく白いシルエットだった目玉おやじがぐんぐんと縦に伸び、シルエットが変わって行く。目玉だった所には顔の輪郭が現れ、丸かった頭には髪が生える。裸だった身体には着物が纏った。そうして光がなくなれば目玉おやじはかつての人の姿、ゲゲ郎になっていた。

「こ、これは……

 ゲゲ郎の姿となった目玉おやじはここまでなるとは思って居らず驚いた。まさかまた身体が戻るなどとは。
 一つ違うとすれば組紐がない事でそれ以外は本当に元の身体その物だった。

「それが本来の姿だろう。今だけだが暫し堪能すると良い。さあ、け」

 祠の光が弱くなり声は聞こえなくなってしまった。ゲゲ郎は深く頷き踵を返す。ねずみ少年が口を開けながらゲゲ郎を見上げた。そんなねずみ少年をゲゲ郎は見下ろす。

「ねずみの」
「な、なんだよ」
「ここまで同行してくれた事感謝する。後は儂に任せてお主は帰っても良いぞ」

 面倒事に巻き込まれるのを嫌うねずみ少年がここまでしたのだ。これも水木の人柄があったからだろう。そう思いゲゲ郎はねずみ少年に逃げても良いと言ったのだ。
 久しぶりに見たゲゲ郎の姿に少し逃げ腰になっていたねずみ少年だったが、ゲゲ郎の言葉にすっと背中を伸ばした。

「まァ、旦那がそういうならオレはお暇させてもらいやしょうかね。面倒事は御免なんで」
「うむ」
……兄さんの事、頼んだぜ旦那」
「必ずや救って見せよう」

 どこか後ろ髪を引かれる思いになりつつもゲゲ郎の言葉を信じてねずみ少年は来た道を戻って行った。
 ねずみ少年を見送り片手を持ち上げ見つめながら掌を開閉して感覚を確かめる。急に身体が戻ったものだから迂闊に動いて無様な姿を晒す訳には行かない。時間にすれば一、二分程しか経ってはいなかったが馴染んだ身体に一つ頷き、そしてからんっと下駄の音を立てて走り出した。
 
 
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