も茶
2025-07-01 22:29:11
11813文字
Public 父水
 

落ちた霹靂

懇切丁寧に父水になるまでのもだもだを書くシリーズの第2話です
今回、狐の窓という術が出てきますが本来とは少し違う使い方をしています。ご了承ください
また、水木の過去をちょっとだけ捏造しています

何が来ても気にしないもしくは逃げる事が出来る人向け

 
「兄さん、狐の窓って知ってるかい?」

 あれから数日、会社には病に伏していたと連絡を入れ、じっとしているのも性に合わなくて身体が動くようになれば早々に水木は会社勤めに復帰した。哭倉村の出来事から腫れ物扱いを受けていた水木が会社へ行けば周りに気遣われ業務は負担にならないものを回される事になった。
 今やその意心地の悪さも慣れきってしまった水木は目玉にバレたらまたどやされるなぁと考えながらも薬はちゃんと飲んでるしいいだろと勝手に自己完結し、1人で少しだけ広い家で過ごしていた。
 今まで甲高い声と赤子特有の可愛らしい声が常に聞こえていた場所に静寂が広がる様はなんだか味気なくて寂しいな、と水木は思った。そんなある日に様子を見に来たねずみ少年に冒頭の事を言われたのだ。

「狐の窓ぉ?あー……耳にした事はあるが、どういったものかはわからねぇな」

 昔、子守りの婆さんに聞いた気がするがどんなもんだっただろうか、と記憶を巡らせたが思い出せなかった。やってはいけないと言われたような気がする。

「まっ端的に言うと妖怪の正体が見える呪術だよ」
「呪術?」

 呪術と言われて目を眇める。呪術というのはあまり良い印象はない。よく聞くのは丑の刻参りだろうか。妖怪と関わるようになってそんな物まで飛び出して来るようになったのかと水木は怪訝な顔をした。

「まあまあそんな顔せず。兄さんにしたらそんな悪いもんでもないんだぜ?」
「そうなのか」
「ああ。手順通りに手を形作って呪文を唱えりゃあら不思議!妖怪の正体がマルっとお見通しって訳でさぁ」

 力説するように身振り手振りを加えてねずみ少年が説明する。訝しげにしていた水木は顎に指を添えて小首を傾げ関心した顔になった。

「へぇ?そりゃすげぇな」
「兄さんよく妖怪に絡まれてるでしょ?無闇矢鱈と使うのは反感買うんで止めといた方がいいけど、緊急時に使えばそれとなく対処し易くなると思うぜ」
「なんだ、心配してくれてたのか?」
「んまぁ、せっかくのお得意先なんでそう簡単に死んでもらっちゃあ困るんでね」

 ねずみ少年の親切に少し驚いた様子で言えば天邪鬼な性格故に照れを誤魔化すよう腕を組むとふんっと鼻を鳴らしてねずみ少年はそっぽを向き悪態をつく。その様子を見て水木はふっと笑った。

「なんだい」
「いや?それで、その狐の窓はどうやるんだ?」
「それは​────……

 不服そうにジト目で見て来るねずみ少年に微笑みかけて続きを促す。観念したように一つ溜め息を吐くとねずみ少年は話し始めた。
 方法を聞きながら水木は思った。存外彼は優しい男であると。目玉の旧知の一人だと言う彼は家に来ては食べ物を強請って来る事もあれば人間界で受けた厄介事を持ち込む事もあった。人に集る所を見るに乞食その者だが一応人情味はあるようでこうして何かあれば様子を見に来る事があるのだ。
 打算がある事は見て取れた。とてもわかり易い。自分もそうだったから、というのもあってどうにも彼を見捨てる事が出来ず、甘過ぎると目玉おやじに言われた事もあった。けれどこうして返してくれるならそれも悪くなかったなと思う。

「んで、最後に『けしやうのものか ましやうのものか 正体をあらはせ』って3回唱えるんだ」
「化生のものか魔性のものか正体を現せ、か」
「そ。簡単だろ?これなら兄さんでも出来る」
「そうだな。ありがとうねずみくん。そうだ、教えてくれた礼に晩飯食べて行くといい」
「おっやったぜ!そう来なくっちゃ!」

 待ってましたと言わんばかりの顔をしたねずみ少年に吹き出しそうになるのを抑えて水木は口元に笑みを浮かべた。誰も居ない家で誰かと食事をする事が久しぶりだった。

「ああ、そうだ、ねずみくん」
「なんだい?」

 夕飯を済ませて見送る際に水木がねずみ少年へ声を掛ける。玄関に立つ水木を土間に立つねずみ少年が見上げる形になる。

「砂かけさんに鬼太郎を連れて来てもいいって伝えてくれないか?もう元気になったからって」
「あー……いいけど、旦那が帰って来るまではキタちゃんここに置いとくの止めた方がいいぜ?」

 久しぶりに人と食べる飯は美味かったなと考えそろそろ鬼太郎も帰って来ていいのではと思いねずみ少年に提案してみたがねずみ少年の反応はイマイチで水木は首を傾げた。
 目玉おやじが居ない事と鬼太郎が家に居てはいけない理由が結び付かなかった。

「なんでだ?」
「狐の窓の方法は教えたけど兄さんがもし妖怪連れ帰って来ちまって旦那不在で幽霊族の末裔がここに居るって知れたらキタちゃんをどうにかしようって輩が押し寄せて来るかもしんねぇのよ」
「え、そう、なのか……?今までそんな事なかったけど」
「傍にいつも旦那が居たからな。あれでも一応抑止力なんだぜ」
「そう……なのか……。目玉が……

 確かに目玉おやじは旧知の妖怪に好かれ慕われては居るがそれと同時に他の妖怪には恐れられている印象はあった。現にねずみ少年も普通に話してはいるがどっちかと言うと恐れている側の気はする。上司を怒らせないように配慮している部下のような、そんな印象だ。
 けれど自分に見せる表情は優しいものしかなく、言葉も自分を気遣うもので恐い印象など一切ない。たまに妖怪の話で怖がらせようとして来る事はあるがそれは目玉おやじが恐い訳ではない。やはり抑止力というにはしっくり来なかった。あんなにも小さい目玉なのに。

「兄さんは旦那の事舐めすぎ!大体幽霊族の生き残りで妖怪の長とも言っていい旦那に旧知でもないのにあんな口聞けるの兄さんくらいだよ。まっ兄さんが人間だからってのもあるけどさ」
「へぇ?そんなに幽霊族って凄いんだな」

 幽霊族については軽く目玉おやじから話は聞いていた。大昔から居る種族でとても長生きでもう自分達しか生きていないという事、鬼太郎を育てる上で膂力りょりょくが強い事は教えて貰っていた。
 何故そんなにも減ってしまったのか聞いてみたが色々あったのじゃと濁されて詳しくは語って貰えなかった。なんだかそれ以上は聞いてはいけないような気がしてその話はそれで終わってしまったのを覚えている。

「そーよ!兄さん怒らせないように気を付けなよ!」

 そう言われ、この間も怒られたし休まず仕事してんのバレたら怒られるんだよなぁと水木は顎に指を添えて天を仰いだ。

「気を付けるよ」
「あんま解ってなさそう……

 やんわり笑みを浮かべた水木がねずみ少年に視線を戻すとねずみ少年は半目で見上げ、溜め息を吐いた。
 そうしてねずみ少年は水木家を去って行った。ゲゲゲの森に寄る事があれば砂かけ婆に言伝はしておくと言い残して。

「寄る事があれば、ね」

 そう言いつつもねずみ少年は寄ってくれるんだろうなと思いながら水木は居間の方へと戻って行った。





◇◇◇





「鬼太郎〜!」

 感動の再開とでも言うように水木は鬼太郎を抱き締めた。鬼太郎は嬉しそうにきゃっきゃっと笑って居る。
 ねずみ少年が訪れてから二日後の夜、思ったよりも早く砂かけ婆は鬼太郎を連れて水木家に訪れた。ねずみ少年の事だからもう少し遅いかと思っていたが嬉しい誤算だった。

「鬼太郎の面倒を見て頂いてありがとうございます。それに態々赴いて頂いて……
「その子はとても良い子じゃったよ。なに、水木殿が鬼太郎に会いたがっているとねずみが言って来たもんで身体の様子を診るにも丁度ええかと思うたんじゃ。薬は飲んどるかえ?」
「はい、ちゃんと」
「うんうん、宜しい。なら身体を診るから寝てもらおうかの」
「解りました」

 玄関から居間へと移動し寝転ぶ空間を作る為に鬼太郎を床に座らせると卓袱台を移動させる。その様子を不思議そうに目をキョロキョロしながら鬼太郎は眺めていた。

「では、お願いします」
「うむ」

 畳へと寝転んだ水木が砂かけ婆へ視線を向けて言えば砂かけ婆は一つ頷いて目を閉じると水木の身体へと手を翳す。胸の辺りから下腹部へと空中で撫でるように動かすと手を引っ込めて目を開けた。

「ふむ、思ったよりも回復が早いのう」
「本当ですか?」
「ああ、これなら鬼太郎をここに帰しても良いじゃろう」

 不思議そうにしながらも言った砂かけ婆の言葉にホッと安堵した様子を見せた水木に砂かけ婆は笑いかけながら言葉を続けた。

「良かった……。鬼太郎、今日からまたここで過ごすからな」
「うー」

 手を伸ばし近くに座っていた鬼太郎の頬に指の甲で触れる。もちもちとした肌触りと柔らかい感触に水木は久しぶりのこの感触〜!と内心感涙していた。

「あの、砂かけさん」
「なんじゃ?」
「目玉が何処に行ったかはご存知ですか?知り合いの所に行くと言ってもう1週間以上経つんですが……

 診てもらった後、胡座をかいた足に鬼太郎を乗せ腹に腕を回して抱き抱える水木は少し躊躇いながらも口を開いた。

「さてな?わしも知らんのよ。親父殿は何をしに行ったんじゃ?」
「僕が妖怪避けがあれば便利だと言ったら急に出て行ってしまって」

 それを聞いて砂かけ婆はなるほどなぁと納得した。確かに普通の人間にしては妖怪が寄り付き過ぎているし、かと言って水木自身に特別な力がある訳ではない。あるのは幽霊族の残滓。その内落ち着くとは思うが如何せん妖怪と関わり過ぎている。更に言えばその幽霊族が傍に居るのだから落ち着くというのも無理な話かもしれない。

「それならば少し遠い所へ行って居るのかもしれんな。なぁに、心配は要らんだろう。一週間あれば帰って来るのではないかのう」
「そう、ですか……

 一週間と聞いて少し長い気もしたがそれでも帰って来ると解れば少しは安心出来た。安堵した顔を見せた水木に砂かけ婆は口元を着物の裾で隠してニヤニヤと笑みを浮かべた。

「水木殿は親父殿が居なくて寂しいんじゃな?」
「はぁ!?あ、いや、そういう訳では……!鬼太郎が居ないのは少し寂しく思ってましたが別にアイツが居ないからって寂しくなんかありません!」

 照れ隠しに捲し立てた水木は頬を赤くしていてその言葉に説得力は無かった。見た目に反して可愛らしい男じゃのうと砂かけ婆は微笑ましく思った。

「まぁまぁ、素直になってみるのも良いぞ。親父殿に言えばきっと喜んでくれるじゃろうて」
「い、言いませんよ!」

 目玉おやじは村での出来事を砂かけ婆には話していた。妻を亡くし何故人間と暮らすようになったのか、その経緯を知ればなんだかんだ世話焼きな砂かけ婆も手伝う他なかった。
 人間が嫌いと言う程でもないが自ら関わりたいとは思っていなかった砂かけ婆は目玉おやじが心を許した人間のこの男を紹介された頃は暫し見極めていた。関わる内になかなかどうして揶揄い甲斐のある男だと思った。こういう所も目玉おやじは気に入っているのかもしれない。

「ほう?言わないという事はやはり思ってはおるのじゃな」
「なっ……!くっ……

 砂かけ婆の指摘にしまったという顔をして顔を片手で覆う。墓穴掘った……ともごもごと呟いた水木に砂かけ婆はほっほっほと笑った。

 
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