も茶
2025-05-04 12:46:09
17307文字
Public 父水
 

理想郷なんていらない

懇切丁寧に父水になるまでのもだもだを書くシリーズの第1話です。今回、父水要素激薄です
ゲゲ郎から水木へのやむを得ない加害があります
全てにおいて捏造が多いのでご注意

何が来ても気にしないもしくは逃げる事が出来る人向け
おまけ程度の挿絵あり

続きはこちら→落ちた霹靂

 
「おはようございます、奥さん」
「あら、おはようございます水木さん。今日も一番乗りですね」

 朝、起きれば味噌汁の良い匂いが台所から香って来る。顔を洗い着替えた姿で台所へ向かえば少し赤みがかった栗色の髪の女性の後ろ姿があった。本来ならそこに立っていたのは俺だが、今は専ら彼女が立っている。
 そんな彼女にいつも通りの挨拶をすれば朝食の支度の手を一度止めてこちらに振り返り微笑み返してくれた。

「ふぁ……おはよう、御前、水木」
「おはようございます、お母さん、水木さん」

 奥さんと軽く談笑をしながら朝食を待って居れば、聞こえた二つの声に振り返る。そこには同じ顔で眠そうにしている父子が居た。思わず奥さんと顔を見合わせて吹き出す。

「おはよう、あなた、鬼太郎」
「おはようさん」

 俺たちが笑っているのに不思議そうに窄めた口と同じ動きで首を傾げる二人にまた笑った。本当によく似た親子だ。

 この家族と暮らす事になったのは俺がよく分からない衝動のまま人魂を追い掛け立ち寄った廃寺で二人を見つけたのが始まりだった。
 哭倉村という所に出張へ行った俺は何かに巻き込まれたらしく記憶を失くし髪も真っ白になった。未だにあの村での事を思い出す事が出来ていない。またしても俺は独り生き残った。そんな悪運に嫌気が差しつつ見つけたのが廃寺だった。
 言いようのない気持ちのまま足を踏み入れれば寝ていても分かる程の大男は火傷をしたかのように皮膚は爛れ木乃伊のように包帯を全身に巻いており、その傍でゆらりと動く女はなんとも醜悪な姿で何故か笑みを浮かべて俺を迎え入れた。
 それを見た時、俺は二人が不気味で怖くて逃げ出した。大男の方は俺を追って来て何かを言っている気がしたがそれ所ではなく、俺は必死に逃げた。逃げて逃げて見なかった事にしようとした。けれど胸の何処かがチクリと傷んでそれが出来なかった。
 次の日、意を決して再び廃寺へ赴き中をそろりと覗けば女は腹を撫でて愛しげに目を細めていた。それだけで身篭って居るのだと解った。息を大きく吸い込み深く吐き出してから話し掛ける。よくよく話を聞けばこの二人は幽霊族という妖怪の類なのだとか。何故こうなったのかという詳細は教えてくれなかったが、大変な事に巻き込まれたのだと言われた。本来はもっとまともな姿だがこんな姿になってしまった、見苦しくて申し訳ないと謝られた。

「いえ、その、逃げ出してすみませんでした。俺は貴女達を助けたい。動けるなら俺の家へ来ませんか。出来る限り助力します」

 なんとなく、今の自分に重なって俺は思わず提案をしていた。記憶を失い白髪となった自分を周りは腫れ物のように扱いなんだか世界から切り離された感覚がしていた。だからこの妖怪の夫婦がこんな廃寺に取り残されているのを憐れに思ったのかもしれない。
 俺の提案に彼女は良いんですかと申し訳なさそうに訊いて来るので任せて下さいと応えればパァっと明るい表情を見せ、よろしくお願いしますと三指をついて頭を下げた。俺は慌ててそれを止め、早速夫である大男を運ぶ事にした。

 そうやって数ヶ月、鬼太郎も産まれ奥さんの姿も徐々に美しい姿に戻る兆しが見えた。けれど、男の方の回復は難しかったようで身体は朽ち、目玉だけが残った。妖怪だとは聞いていたが醜悪だったとしても姿形は人間に近かった為あまり実感はなく、それを見てコイツはやはり人間ではなかったのだと思い知った。
 目玉に身体が生えて動くというのは最初驚いたものだが慣れてしまえばそうでもなくて、更に言えば床に伏して居た時よりも元気に動き回り、喋り、茶碗という名の風呂に入る姿に安堵したのを今でも覚えている。

「死んでも死にきれんかった」

 そんな軽口を叩いて親父さんは笑っていた。
 あれから十数年、鬼太郎も大きくなった。その間に奥さんの容姿が戻り仕事に復帰し、ある程度の収入が貯まった所で一家は斜向かいの空き家に引っ越した。ずっと居るのも悪いとのこと。少し寂しい気もしたが週末はお互いの家に行き泊まって過ごす事も多く、それほど今までと変わらなかった。
 学校に通って居たが結局人間の世界には馴染めなかった鬼太郎はそれでも人間と妖怪が仲良く暮らせるようにしたいと他の妖怪と協力して妖怪関連の万屋のような事を始めた。良い子に育ったと感動した。
 親父さんも試行錯誤した結果、身体を取り戻す事が出来た。まさか酒を飲み交わす事が出来るとは思わなかった。あの時見た木乃伊男を思い出し目の前の男を見ればやはり体躯はデカく、けれど髪の色は違えど鬼太郎に似た見た目にやはりあの子の父親なのだと改めて確信した。

「お前ら一家を見てると幸せな気持ちになる」
「お主いつもそう言うておるの」

 寝静まった夜に縁側で親父さんと酌をしながら独り言つように言えば呆れた声色の中に嬉々を混ぜた言葉が返って来て苦笑いを浮かべた。

「お主も妻を娶れば良いではないか」
「なぁに言ってんだ。今更娶れる訳ねぇだろ」

 こちとらもういい歳したおっさんなんだよ、と言いくいっと酒を呷る。結婚適齢期というものは等の昔に過ぎ去って居た。お袋には悪いとは思ったがそもそも俺みたいな奴に結婚なんて出来る訳もないと諦めていた。そんな気にもならなかった。

「大体こんな傷だらけで戦からもおめおめと生きて帰ってきた男に娶られた人が可哀想だ」
「儂はそう思わんがのう。水木はい男じゃよ」
「ははっ、そりゃどーも」

 優しいこの男は丸い四白眼をしょんぼりと細めて賛辞を言う。戦争が終わって日本は劇的に変わり発展した。時代錯誤も甚だしい程の懐古主義でない限り生き残った事を責められる事はない。
 それでも俺に纏わりつく亡霊達は未だに姿を見せる。俺だけ幸せになる訳にはいかない。死んで行った仲間を弔い続ける為に。

「まっ元から結婚なんてするつもりもなかったから良いんだよ。最期までお前とこーやって語らいながら酒呑めれば良い」

 あ、あと煙草な、と言いながら懐から煙草を取り出し口に咥える。「ん」と欲しいと言われる前に一本出して箱を親父さんの方へ差し出せばきょとんと目を丸くした後ににんまりとして咥える。
 燐寸マッチを取り出し擦って火を付け深く吸い込み紫煙を吐き出す。後を追うように親父さんもそうして居た。

「まぁでも、お前の奥さんみたいな人が嫁さんだったら良かったよなぁ」
「やらんぞっ」
「馬鹿、当たり前だろ」

 俺達は笑い合った。いつか俺が死ぬ、その時までこの時間が続けば良いと思った。
 上へ上へと成り上がる為に足掻き藻掻く人生だった。今やそれは成就したと言っても良い。目まぐるしく働いていた数年前に比べれば穏やかに過ごしていると思う。
 俺は後どれ程生きて居られるのだろうか、ふとそう思う事がある。幽霊族である彼らは随分と長生きなのだと言っていた。更に見た目も老いにくいようで自分が歳を重ねる度に老けて行くに対し親父さんも岩子さんも歳を取っているようには見えなかった。鬼太郎もとある時から成長しなくなった。酷くゆっくりと時間が進んで居るのだと、俺と一家の進む時間は違うのだと思い知らされた。
 それでもこの一家を手放す事が出来なくて俺は縋っている。これは助けたからとか養っていたからとかではない。俺が、俺の意思で見守っていたいと思うからだ。

「まっこれからも宜しく頼むよ」
「無論じゃ」

 その言葉が俺の心を満たしてくれる。親父さんは嘘が嫌いだ。たまに隠す事もあるが嘘偽りのない言葉が並べられるのは心地が良かった。いつだって人間は愚かで嘘つきで信用に値しない。だがコイツは、コイツだけは信用出来ると確信していた。
 親父さんの口から出る言葉を噛み締めて俺はまた酒を呷った。口に広がる苦味の中にある清い味に息を吐く。

 嗚呼、幸せだ。

 
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