mishiadd
2025-04-10 09:24:49
27927文字
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海外出張社畜 宮本伊織くん

【転生/現パロ】エレガントチートで武士仕草が全部上流階級仕草に変換されるのでなぜか無双状態になる海外出張社畜宮本伊織くんと限界海外遠征先輩社畜ヤマトタケル先輩の愉快な現代お仕事コメディ【剣陣営】


5.奥義・海外営業五輪書

翌朝、再びホテル屋上のビュッフェ会場に赴き、席についたところで伊織は「……あっ」と小さく声を漏らした。

「どうした? イオリ」
「しまった。……うっかり忘れていた」

そこに、セイバーと伊織が注文する前から淹れたてのコーヒーを運んできた者がいた。昨日のウェイターだった。
伊織とセイバーの前にコーヒーカップを置きながら、「もし今日は紅茶の御気分でいらっしゃいましたら、なんなりと」と小さくウィンクをしてみせた。

「かたじけない」との礼もそこそこに、伊織が眉尻を下げてウェイターを見た。

「すまない。――昨晩はコンシェルジュに声を掛けるのを忘れていた。貴殿がことづけをしてくれていたとのことであったが」
「おや、お気になさらず。御予定がおありでしたのならなにより。御滞在中は毎晩託けておきますので、もし御入用になることがあれば、『とりあえずは行く先がある』と御心に留めておいていただければそれでよろしいのです」
「気遣い痛み入る」

伊織が膝に両手を置いて頭を下げると、「そうされているとまるでサムライのようだ――と思うのは、偏見に過ぎますでしょうか」とウェイターが微笑んだ。
それまで黙ってふたりのやりとりを見ていたセイバーが、かちゃりとコーヒーカップを置いてにやにやとウェイターに語り掛けた。

「しかし実際のところ、きみは随分イオリを気に掛けてくれているな? どうだ、イオリはなかなか給仕し甲斐があるであろう? いいとこの坊ちゃん然として

正真正銘の『いいとこの坊ちゃん』が何か言っているぞ、とばかりに伊織がセイバーをねめつけると、とても社長令息みことは思えないクソガキ然とした意地の悪い笑みを浮かべてセイバーが伊織を見た。
そのふたりの表情を交互に見ながら、「ええ、恥ずかしながら」と大して悪びれた様子もなくあっさりとウェイターが言った。

「我々もプロとはいえ、人間ですから。――礼儀には礼儀、敬意には敬意で返したくなるのが人情というもの。少しばかり手厚くさせていただいても、それくらいは私どもの裁量に任されておりますので」
――『敬意』?」

思っていたのとはややずれた回答に、セイバーがぽかんとした顔をする。「ええ、御客様」とウェイターがにっこり微笑んだ。伊織を見る。

「確かに、この耳にも心地の良い御声と発音でございましたが、なによりも――貴方様の『かたじけない』には品位と真心がございました。
我々も人間です。誰かの喜びと感謝を糧に日々働いておりますから、お礼に一杯の上等なミルクをいただいたのなら、仕事にも精が出ますとも」
……なるほど」

に、とセイバーが笑みを深くした。そこには先程のような意地悪さは既になかった。「うん?」と助けを求めるように伊織がセイバーを見ると、セイバーが肩を竦めた。両手を後頭部の後ろで組み、背もたれに寄りかかって大きく伸びをした。どこか間延びしたような声で言った。

「私が野暮だったよ、イオリ。――きみはただ、あるがままに、いつも通りのきみでいればそれでよかったようだ」
「うん? ――あ、ああ」

伊織がなんとか頷く。言われるまでもなく、伊織にはどうせそうすることしかできないのだ。――端麗な容姿、耳に心地の良い声音。どこで身につけたのやら本人にすらまったく身に覚えのない美しい容認発音。やろうと思えば容易に人の心の裡に入り込み、稀代の詐欺師ともなれるであろう天賦の才を得ていながら――結局、伊織は伊織にしかなれない。ただ目の前に立つ人間やその文化を観察し、理解し、ありのままに受け入れ――その価値を己の定規で判ずることなく、あるいはその価値を留保したまま、だからこそ、それゆえに――すべての人に対して敬意をもって接する

仮に伊織の裡になんらかの邪悪さがあったのだとしても、きっとそこにはなかった。――伊織には、故意に他人を陥れるという機能がなく、絶望的に詐欺師としての才能がなかったのだ。

淹れたての香ばしい匂いをさせながらコーヒーを注ぎ入れたウェイターが、「ご出発のお時間まで、どうぞごゆっくり」と軽く一礼して去る。「やれやれ」とがたがたと椅子を鳴らして席を立ちながら、セイバーが早速朝食を取りに行こうとする。共に席を立とうとした伊織をちらりと見て、ぽつりと言った。

「『敬意』、な。――まあ確かに、この私には欠けているのやもしれぬ。……なんだかんだ、ここまでたったひとりっきりで来てしまったからな。『誰か』の助力など当てにできぬ――からこそ、私の隣には誰も必要ない、と思い込んでいた。そう気張って生きてきた。私が人間の価値を判ずるとき、それは『敵か味方か』ではなかった。――敵か、足手まといか」
……なるほど」

フン、と鼻を鳴らしてセイバーが真っ直ぐに伊織を見る。どこか不敵な笑みを浮かべて言った。

「きみはまだまだだが、まあ――この私でも、きみから学べることがひとつやふたつないでもない、のかもしれぬ」
「そうか。……俺は、貴殿から学ぶことがいろいろあると思っているよ。毎日、毎秒、常に貴殿から学んでいる」

ふん、と急に鼻づまりを起こした猫のような間抜けな声を出し、それからみるみるうちにセイバーの顔が真っ赤に燃える。細い首まで茹でた蛸のように真っ赤に染めながら、「んんんんーーッ!?」と大きな瞳を白黒させて伊織を見た。
それからすぐに視線を外してきょときょとと視線を泳がせながら、「あああーー~~……」とまるでひどく不機嫌でもあるかのようにがりがりと乱暴に後頭部を掻き、湯気の出るほどに赤くほてった顔のまま、伊織からそっぽを向いて拗ねたように小さく唇を突き出した。

「そ、そ、それは――なにより、だが」
「うん。実際、貴殿には助けられてばかりだし――知らぬことばかり、教わることばかりだ。貴殿の背中は、まだまだ遠い」
「きみにそうも殊勝にされると調子が狂うぞ……

「あまり真顔でそういうことを言うな」と照れ隠しまぎれに吐き捨てるように言ったが、伊織には特に響いている様子がなく、「うん?」と不思議そうに小首を傾げられただけだった。

「ただ単に思ったことをそのまま述べただけだったのだが、気に障ったのなら謝ろう。――では、朝食を取りに行こう、セイバー」
「ああ、わかったぞ、私は完全に理解した。きみはアレだな、確かに詐欺師には向いていないが、ホストやスパイには向いているのかもしれぬ。そうやって易々と人の心の裡に入り込んで、相手を嬉しくさせて懐柔して――まったく大したものだ、うんざりする。……きみ、あんまりそういう言葉を考えなしに安売りするのではないぞ。いたずらに相手の心を惑わすのは弄ぶに等しいのだからな」
「安売りした覚えはないが」

視線をそっぽに向けていたセイバーが伊織を見ると、思っていたより近くに伊織の顔があったのでぴしりと硬直する。ひどく端正な顔がひどく真剣な顔でセイバーの顔を覗き込んでいて、噛んで含めるようにゆっくりと言った。

「本当に、心からそう思っているよ。俺は貴殿を尊敬している、セイバー」

その真剣な月夜の色をした眼差しが、南国の日の光を受けてきらきらと光っている。おあ、と彼にしてはひどく間の抜けた声を漏らし、ぱしん、とセイバーが己の口許をすっかり赤くなった手で叩いて押さえつける。
必死にその視線から逃れるように首を逸らして己の目線を逃がし、先程から赤くなったまま一向に元に戻らない全身の肌を更に紅潮させたまま、喚き散らすようにセイバーが言った。

「そ、そ、そ、そういうことを言うなと言っているのだ! ――う、嬉しくなってしまうではないか!」
「不快でないのならばなによりだ。ところで、そろそろ本当に朝食を取りに行かないとアポイントの時間に間に合わなくなるだろう、セイバー」
「ぜーんーぶーきーみーのーせーいーだーろーうー」

「うーうーうー」とぽかぽか伊織の背中を叩き始めてしまったセイバーに「この気丈な先輩にはこんな子供っぽいところもあるのか」と意外に思いながら、なぜ叩かれているのか理解しきれぬまでも「はいはい」と宥めつつ、この国の定番朝食メニューの置かれたカウンターへと向かった。






朝食を終えて向かった先は、昨日法律事務所で口を利いてもらった『地元では有名な有力投資家』――の自宅兼オフィスであった。
タクシーに住所を見せる前に家主の名を告げると、それだけで「ああ、あそこね」と頷いてそのまま走り出す。市街地を抜けて閑静な住宅街へと入り、やがて自然公園のようなところに抜けた――と思った矢先に、目の前に大きな白い門が現れて、タクシーが停まる。
徒歩では到底戻れぬ距離であることは明白であったため、「迎えにこようか」と運転手が申し出るが、「帰りの時間がわからないから」と断る。「困ったら呼べ」とだけ名刺を渡されてタクシーが去ると、巨大な門の横に小さなインターホンがあるだけの場所に、いよいよ伊織とセイバーのふたりだけが取り残される。

伊織とセイバーで互いに顔を見合わせ、セイバーがインターホンを鳴らす。警備員らしき男の声で返答があったので、「■■法律事務所から紹介を受けた者ですが」と名乗った。――それと同時に、重苦しい音を立てて門が開く。

門の中を覗き込むと、両脇に恐らくはフランス式庭園と呼ばれるもの――が広がる中、正面奥にそびえるマナーハウスが見える。その入口までの一本道をいざゆかん、と足を踏み入れた途端、ばるばるばるとどこか朴訥なエンジン音が聞こえてふたりがそちらを振り向くと、小さな白いトゥクトゥクのような、ゴルフカートのような乗り物がこちらに向かってきているのが見えた。ゆっくりと速度を落とし、やがてふたりの前で停車する。どうやら先程インターホンに答えてくれたらしい警備員の老人が、邸宅から迎えに来てくれたようだった。

後部座席に乗り込み、再びばるばると音をさせてゆっくりと進む小さな乗り物から美しく整備された庭を眺め、やがて近づく程に巨大になっていく豪邸を見上げる。

玄関先で降ろされ、帽子を脱いで一礼した警備員がばるばると去っていくのを見送ってから、今度こそ邸宅のインターホンを鳴らす。
がちゃり、と古風な音がした後、やや不明瞭な音質の女の声がした。

「お客様、でいらっしゃいますね。わたくしは家主の秘書を務めさせていただいている者です。ただいま執事が扉を開けますのでどうかお入りになってくださいませ。貴方がたとはコンサバトリーサンルームにてお会いいたしますわ」

随分甘ったるい話し方をする割に、その声音にはどこか油断のならない刺々しさのある女だった。――この調子だと恐らく『家主』は表に出てこない。セイバーと伊織は、この『秘書』を相手取り――縁もゆかりもないヤマト・キング・コーポレーションの現地法人に、資本金のうち過半数の額の出資をしてもらわなければならないのだ。

女の言った通りに扉が開き、初老の執事に恭しく出迎えられる。そのまま一階の奥にあるコンサバトリーまで案内される。白を基調とした窓枠に大きなガラス窓がいくつも嵌め込まれた角部屋に、観葉植物の植木鉢と来客用のソファが置かれている。そこに腰かけていると、南国風の編んだ竹で飾られたテーブルの上にコーヒーが置かれた。

そのコーヒーが湯気を立てるのを見つめながら、「――どうする、セイバー」と伊織が尋ねた。

「どう切り出す。――正直に言う、俺には自信がない。きっと、小手先でどうにかなる相手ではないと思う。おまえに――せっかくお褒めに預かった昨日の今日で情けない話だが、俺が主担当として前に出ることでおまえの足を引っ張るなら、そうはなりたくないと思う」
「殊勝だな」

短く言ったセイバーの声は平坦フラットだったが、その口許にはうっすらと強がりのような引き攣れた笑みを浮かべていた。感じている緊張を拭い去るようにぺろりと下唇を舐めてからセイバーが言った。

「我らには切り札がない。未進出のこの地では我が社の社名など誰も聞いたことがなく、事業計画も現段階では絵に描いた餅で、相手になにも約束できるものがない。――だからこれは、ただ単純にきみという人間が、相手の投資に値するかどうかという勝負だ」
――……
「きっと遥かなる建国の時代にも、結局はこうやって道は拓かれてきたのだろう。――相手の心を掴んだ方が、勝つ。その先に待つものが和平からなる友好であっても、騙し討ちによる殺戮であっても。……現代の我らは後者を選ばなくていい。よい時代なのかもしれぬ」

セイバーがテーブルからカップを持ち上げて口をつける。僅かに喉を湿して、言った。

「『小手先は通じない』、ときみは言ったな。――そうなのかもしれぬ。きみのその武器――

ちらり、とソファに浅く腰かけてぴんと背筋を伸ばしたままの伊織の、頭の先からつま先までを眺める。

――所詮は小手先の技に過ぎぬのかもしれぬ。だが、きみの『真の刀』を相手に届かせるための足掛かりにはなるだろう」
「何――のこと――
「なに、いつも通りのきみでいればそれでよいのだ」

ぱしん、と音がするほどにセイバーが伊織の背中を強く叩き、伊織がわずかに痛みで顔をゆがめた。――そこに、コンコン、と扉を叩く音がする。

「お待たせいたしました。――家主の敏腕『美人』秘書を務めている者です」

耳を疑うような自己紹介を聞かされた気がしたが、一旦流しておく。ふたりでソファから立ち上がって名刺を交換し、相手のどうやらロシア出身らしい名前を確認し、促されるとともに再びソファに腰を下ろす。テーブルを挟んで『美人』秘書が席に着いた。

「それでは早速お手短に。――家主に出資をお願いにいらっしゃったとかで」
「はい」

伊織が答え、ちらりと隣のセイバーを見遣る。うん、と深く頷かれて、覚悟を決めたように改めて正面の秘書に向き直った。

「当社――ヤマト・キング・コーポレーションは貴国への進出を最重要課題と捉えており」
「前置きは結構です。……家主はそれなりの資産家ではありますけれど、決して慈善家ではありませんの」

執事が運んできた紅茶に口をつけ、フフ、と喰えない笑みを浮かべる。獣のような鋭い犬歯が覗くようだった。

「貴社が――いいえ、あなたが、家主の投資に対して一体なにを返せるのか。ただその一点のみに意味がありましてよ」
……俺が。――俺は――

ぐ、と伊織がソファに腰かけたまま姿勢を正す。武士のようにきっちりと肩幅に長い脚を広げ、深く頭を下げた。

私にはなにもお渡しできるものはございません
「なんですって?」

秘書がわずかにでも呆気にとられた顔をする。おもてを上げ、真剣な顔をした伊織が殊更はっきりとした口調で言った。

「ですから、私にはただ、お願いをする他にございません。――我が社にとって、貴国への進出は一企業として発展を目指す上で大きな要。それは間違いございません。しかしそれ以上に、我々は貴国の皆様に、我々がご提供できる『価値』を楽しんでいただきたいのです」
……何を言い出すかと思えば」

フン、と狐を思わせるような目を眇めて秘書が嘲笑う。やがて高笑いをした。

一体何を言い出すかと思えば! 新卒の就活生でもあるまいし、企業研究の一環として公式サイトのスローガンでも丸暗記なさったんです? 残念、わたくしはあなたの面接官などではありませんの」
「本気です」
……はい?」
「俺は、本気で申し上げている。――そもそも俺がこの会社に入ったのも、その企業体質はともかくとして――この会社の商品は、人の為になると思ったからだ。この会社の生み出すものは善いものだと――そう信じたから、これまで営業などやってこれた。自分が取り扱っているものは『良い物』なのだと、これは『善』であると。
――だから、この言葉に他意などない。我々が貴国市場に提供できるものは『良い価値』であると信じている。きっと、この国の人々の人生を少しだけ豊かにして、日々を少しだけ幸せにできる力がある。たとえ、俺自身にはその真の価値がわからなくとも――

はっとした伊織が一度口を噤む。再び目の前の秘書の目を見て、言った。

「この会社が生み出したものに触れて楽しげに笑う人々を俺は見た。礼を言っている人を見た。救われたと言っている人を見た。この国でも、同じ笑顔が見られればきっとそれは善いことだと思う。救われる人がいるのならば善いと思う。――俺自身には、貴殿の家主に渡せるものなどない。ただ、この会社の生み出す価値は、きっと『善』であると――ただそう信じている俺の言葉だけだ。それを、貴殿と貴殿の家主が信じてくれるかどうかだけだ」
……あなた」

秘書が目を細め――よくよく観察するように、伊織の顔を見た。その目を真っ直ぐに伊織が見返していると、やがて秘書がふっと肩で息をついた。

「なるほど、あなたそういう人間なんですのね。――わたくしはどうでもいいですけれど、家主などは一目で気に入りそうで想像しただけで面倒です。またあのいつもの調子で『ようやくこの国でいっとう美しいものを見つけましたわあ』などと言ってふらふらついていかれてはたまりませんわ」

憎々しげに眉根を寄せながら、「いいでしょう」と秘書が言った。

「いかほど御入用ですの? 額だけ置いたら、家主に見つからぬうちにとっとと出ていってくださいませ」
「それでは」
「勘違いしないでくださいましね。わたくし、これでも遣り手を自認する商売人でもありますの。まあ、得意なのは死の商人というやつですけれど。――あなたのその朴訥なプレゼンテーションを買ったわけでは勿論ございません。どうせ目に見えている家主の意向を酌んで、あなたという個人に投資するのですわ。あなたの信じたものの真価は別として、そうと信じたあなたのその感情の純度に、おひねりを渡すのです。――その、夜空に浮かぶ月のように透き通った、善を善としか知らぬがゆえに、善を善と信じる純度に」
「それは――どうも」
「さあ、とっとと出ていってくださいまし。いつまでもぼさっとしていて家主に見つかって帰国できなくなってもわたくしは責任を持ちません」

「客人がお帰りです」とソファから立ち上がった秘書が呼ばわり、伊織とセイバーを振り返りもせずにそのままコンサバトリーを出る。残されたふたりがぽかんとしているうちに執事がやってきて、「以降のやりとりは名刺の連絡先にて」と補足し、ふたりを玄関まで案内した。

気付けばふたりは再び白い門の前に立っていた。重厚な門は再び固く閉ざされており、目の前には深い森の中を縫うように続く、恐らくは私道――が広がるばかりだった。
あ、と気付いた伊織が鞄から名刺を取り出す。ここまで送り届けてくれたタクシーのものだった。

伊織が電話を掛けている間、セイバーが周囲を見渡している。やがてじわじわと――実感が、セイバーの爪先からだんだんと這い上ってくる。伊織がちょうど電話を切ったタイミングで、セイバーが伊織に飛びあがるようにして抱きついた。

「イーオーリッ!! 我らは……いや、きみはやったぞ!!」
「あ――ああ……?」
「実感が湧かないのか? 無理もない――我らは勝ったのだ。いや、きみが勝ったのだ! ――我らは出資を取り付けた! ミッション完了だ!!」
「あ……

「そうか、」と伊織がはたと呟く。それからようやくじわじわと実感が少しずつ湧いてきたようで、背伸びをしてなんとか伊織と肩を組んでいたセイバーの顔を見て、「そうか」と改めて言った。

「やったのか」
「そうだぞイオリ! ――きみは、あのメギツネとの勝負に勝った! あの女の琴線に触れ、見事金を引き出してみせた! ……いや……

すとん、と急に大人しくなってセイバーが伊織から離れる。ンン、と喉を鳴らしてから、セイバーが言った。

「言い方がよくなかった。――きみの『真心』が、相手の心に届いたのだ、イオリ。こう言葉にしてしまえばひどく陳腐で月並みだが、結局そういうことなのだ。……所詮皆、人間だということなのだ。結局最後には――

セイバーが、とん、と小さな手の甲で軽く伊織の胸のあたりを叩いた。

ここが勝つ。――考えてみれば」

あのホテルのウェイターも。あの法律事務所の女性も。――そしてこの屋敷の秘書も。






「結局皆、きみのここにやられたのだ。……誇れ、イオリ。きみは強い






「まあ、それなりに、という話ではあるがな」と揶揄うように嘯いて、セイバーが上機嫌で後頭部の後ろで両手を組んでそっぽを向く。「強い――か」と伊織が胸元をさする。なにか――なにかそれはとてもくすぐったいような、伊織のそこが、彼に「強い」と言われることは、なにかひどく大きな意味を持っているような気がしたが――結局、伊織にはそれが一体なんなのか、しかとわかることはなかった。

数十分ののちに先程のタクシーが迎えに来てくれた。乗り込んで、「どこに行く?」と尋ねられる。伊織がホテルの名前を答えようとして、それから「ああそうだ」と隣の席のセイバーを見た。

「コンシェルジュにあのウェイターが託けをしてくれているのだった。――行ってみるか?」
「それがあのウェイターの『真心』なのであろう。無碍にしては悪い」

伊織がホテルのコンシェルジュに電話をかけている間、セイバーがタクシーの窓から外を眺めている。セイバーが手持ち無沙汰なのを見て取った運転手が声を掛ける。

「お仕事かい?」
「ああ。海外出張、というやつだ」
「そりゃあ大事おおごとだ。――どうだい、楽しいかい」

ちらり、とセイバーが隣の席の伊織を見遣る。コンシェルジュと熱心に話をしている端正な横顔に、にっと微笑む。言った。



「うむ。――相棒とふたりで海外出張、というのも、まあまあ悪くないものだ!」






海外出張社畜 宮本伊織くん・了