mishiadd
2025-04-10 09:24:49
27927文字
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海外出張社畜 宮本伊織くん

【転生/現パロ】エレガントチートで武士仕草が全部上流階級仕草に変換されるのでなぜか無双状態になる海外出張社畜宮本伊織くんと限界海外遠征先輩社畜ヤマトタケル先輩の愉快な現代お仕事コメディ【剣陣営】


3.エレガントチート、発動

社会人二年目社畜・宮本伊織には前世の記憶がある。――と言い切ってしまうとかなりの誇大広告である。フランス語で自己紹介がギリギリと一から十までなんとか数えられるからといって履歴書に『フランス語:ビジネスレベル』と書くようなものである。

厳密に言えば、伊織には前世の記憶があるわけではない。恐らくは前世の自分が身につけていたらしい武士仕草、がなぜか現世でも抜けきっていないという話だ。Z世代にはおよそ似つかわしくない古風な言葉遣いが混じるのはそのためで、緊張したりそれほど親しくない相手を前にするとうっかり『貴殿』などと言ってしまう。
学生時代には剣道部に所属していてそれなりの実力でもあったため、「雰囲気に合っていてよい」などど持て囃されこそすれ一度も揶揄われたことなどなかったので――この不思議な前世の名残りは一向に是正されることなくここまできてしまった。

地頭が良いため成績は優秀であり、得手不得手もなくすべての教科においてその才覚と要領の良さを発揮していたが――その中で不思議とやけに褒められてきたものがあった。外国語である。
別段特別な英才教育を受けたというわけでもないが、義務教育を通して学んだ英語の授業でも、大学で第二、第三外国語として受講した中国語やドイツ語の授業でも、なぜか母語話者ネイティブの講師からの評判が異常に良い。「発音が非常に流暢で美しい」と評価を受けるも、伊織本人にはそれが実際どの程度のものなのかわからず、周囲の同級生らも「へえそうなんだ」と興奮しきりの講師の評価をただ鵜呑みにし、しかしただそれだけだった。

この、「発音が美しい」――という評価が実はビジネスを有利に進める上で非常に重要な意味を持っていたのだが、その真価を理解できる人間が、学び舎においては伊織本人を含め誰もいなかったのである。

アカデミアを巣立ち社畜として社会の荒波に揉まれ、そして先輩社畜というビジネスの酸いも甘いも――いや、甘いはそうでもない――知り尽くした存在が傍らにいる、今の状況となって初めて、伊織は己の武器を知る。――ことになる。







セイバーが危惧していたよりも伊織は余程適性があったようで、食事の気配を感じてセイバーが目を開けると、既に機内食として配られた簡単な朝食を口にしている伊織と目が合った。
『お得意様』であるセイバーが目覚めたのに気付いた乗務員がすぐに持ってきてくれた自分の分の朝食に齧りつきながら、「すっきりした顔をしているな」と感心したように言った。

「きみは思ったより眠れたようだな?」
「おかげさまでな。少し前に目覚めて、貴殿に勧められた通り、少しばかりそのあたりも歩いてみたりしたよ。窓の外を眺めて――眼下に白い雲が広がっているというのは慣れない光景だな」
「よい。……きみは、心配していたよりは使えそうだ」

フン、と軽く顎を上げて笑い、そのままバターを塗ったパンに齧りつく。「米――は恋しくなるが、仕方がない」と空調でやや乾いたパンを噛み千切る。それから、「これはこれで美味いな」などと軽く眉を跳ね上げる。

飛行機が着陸し、ボーディングブリッジに出た瞬間に空気が違うことを伊織は感じ取る。からりとした――日本のそれとは違う湿度と、どこか揺蕩うような南国の熱と香りが、歓迎の証として寒い程に効かせた冷房とぶつかり合っている。
入国手続きを終えてロビーに出て、嗅ぎ慣れぬさまざまな――どこか果物のような甘ったるい香りや、ツンとするハーブの香りが漂う中を足早に通り過ぎながら、セイバーが手慣れた様子でタクシーを捕まえるのを見る。

二人分の荷物をタクシーのトランクに詰めた伊織が車に乗り込むと、既に乗り込んでいたセイバーがチェックイン予定のホテルの地図と住所を見せながら運転手に行き先を伝えていた。運転手が「OK」と返事の代わりに親指で示したのを確認し、「ふう」とようやくセイバーが一息ついて座席に深く座り込む。あ、と隣の伊織に気付いてから言った。

「よいか。この国ではタクシーを拾ってよい。だが車体にこのマークがついている車だけだ」

言って、運転手の身分証明書の隣に飾られているなんらかのマークを指さす。それから噛んで含めるように言った。

「それ以外は決して拾うな。声を掛けられても反応するな。――国には国の人々がいて、生活があり、文化があり、不文律がある。きみが仮にプライベートで来ているのなら好きにすればよいが――

運転手が現地の言葉で車内エアコンの気温についてセイバーに尋ねたようだった。問題ない旨を短く現地語で返してから、セイバーが言った。

「今の我らの立場であれば、『知らなかったでは済まされない。こちらが勝手に誰かの家に入るのに、治安という不文律、衛生という不文律を事前に学ばずに無知という無礼で踏み荒らした方が悪なのだ。その地にはその地のルールがあり、それはいわゆるマナーというものだけではない。郷に入っては郷に従え、とは誰の手も煩わせず自分の身を適切に守ることも当然含むのだ」

伊織が頷く。「よい」とだけ言い、セイバーが窓の外を見る。いつの間にか市街地に入っていたようで、連なる建物と人々の行きかう姿がどんどん後方へと流れていく。しばし沈黙の中でふたりでただなんとなく景色を眺めていたのち、「――で、だ」とセイバーが言った。

……衛生の話だが」
「衛生」
「つまりだな。――いいか、私は一度しか言わない。水を飲むな
……は?」
「ホテルでは歯を磨くときに洗面台の水道の水を使うな。シャワーを浴びるときに水が口の中に入らないようにせよ。歯磨きの後や万が一シャワーの水が口の中に入ってしまった場合、口をゆすぐのには備え付けのペットボトルの水を使え。
外出先ではペットボトルであっても水は買うな。買った場合は蓋がリングから外れていないみかいふうかどうか必ず確認せよ。それからレストランであってもドリンクには氷を入れるな。必ず氷抜きで頼むのだ。
これらの注意事項にはもはや迷信じみたものもあろう。だが何がダメだったのかわからない以上――

重々しく口を閉ざし、セイバーがゆるゆると頭を左右に振る。伊織を真っ直ぐに見て、言った。

「安全マニュアルは先人の血で書かれているという。であるならば、海外出張マニュアルは先人の涙と点滴で書かれているのだ」

――などと言っている間にホテルに到着したようだった。

ホテルのエントランスに乗りつけたタクシーが停車すると同時に、出迎えたドアマンが慣れた手つきで車のドアを開けてくれる。もうひとりのドアマンがにこやかな笑みを浮かべながら開けてくれた大きなガラス扉から若いベルボーイが駆け出してきて、手早くタクシーのトランクから荷物を下ろしてくれる。――のを伊織が驚いて見ていると、運転手への支払いを終えたセイバーがようやく降りてきた。ぽかんとして突っ立ったままの伊織が、改めてその巨大なエントランスを見上げる。煌びやかなガラスと金色の装飾に彩られた豪奢な造りのエントランスと――ガラス扉のその奥に、敷き詰められた真紅のカーペットとヴィクトリアン様式の重厚なロビーが見える。

ドアマンが美しく礼を取りふたりを中へと促す中、ぽつり、と伊織が言った。

「セイバー。泊まる――ホテルを間違えていないか?」
「間違えていない。社内規程で決まっている。当社の出張者が宿泊するのは必ずここだ
「グレードが……明らかにおかしくないか? ――こんなことを言いたくはないのだが」

生真面目な仏頂面にわずかに苦々しさを滲ませて、伊織がセイバーを見た。

「当社は――気前のいい方ではないだろう。航空便だってエコノミーだった」
「その通りだ。……つまり、総合的に俯瞰して見たときここに泊まらせた方が安上がりだということだ」

先程のベルボーイが既にふたりの荷物を持ってエレベーター脇に控えている。目が合うとにこやかに微笑んだ。
コンシェルジュデスクでセイバーが慣れた様子でチェックインを済ませ、ベルボーイと合流してエレベーターに乗る。伊織とセイバーの客室は隣部屋で用意してくれたようで、それぞれの部屋に荷物を置いたあと、ベルボーイが一礼してにこやかに去っていった。

その後姿を慣れぬ様子で眺めていた伊織に、セイバーが言った。

「早朝にチェックインをした甲斐があったな。ホテルの屋上で催している朝食のサービスに間に合う。所謂ビュッフェだ。―― 二十分後に出てこれるな? そんなに要らぬか?」
「いや、さすがにシャワーを浴びて着替えたいのでその二十分はありがたいが――屋上でビュッフェ? セイバー、やはり俺たちはチェックインするホテルを間違えて――
間違えていない。よいか、治安と衛生の話をしたな。こういったリスク――というものは、あらかじめある程度回避する方法があるということだ。そのリスクヘッジ代を企業として払った方が、実際にリスクを発生させるよりも総合的に見て遥かに安上がりだ――と父上が考えているに過ぎない。変に気負うな」
……なるほど」

感慨深げに伊織がかたちのよい顎に手を当てて、しばし考えこむそぶりを見せる。「ああ、だがな」とセイバーが付け加えた。

「リスクヘッジ代を払い、きみも私の言い含めた注意事項をきっちり守って自衛したとしよう。……それでも、当たるときは当たる。よいか、そうなった場合は変に隠したりせず、すぐ私に申告するのだぞ。どうもきみは自分の体調を軽視して無理を押し、後でぶっ倒れそうなタイプに見えるからな」
「うん――
「この国ではないがな。――ある国でこんな話があった。その国の料理はとても美味く、海外出張者の口にもよく合い、いくらでも食べられてしまう。その反面、非常によく当たるのだ。五人が出張に行き、腹を壊さずに戻ってきた者はひとりもいなかったという。
そのうち、出張者のひとりが現地で仲良くなったスタッフに言ったのだそうだ。『我々の胃腸は弱いからすぐに腹を壊して寝込んでしまうが、貴方がたの胃腸は強くて羨ましい』、と。――するとその現地スタッフはからからと笑って言った。『我々の胃腸は貴方がたと変わらない。我々はただ、三日に一度腹を壊して休暇をとることを日常とし、この国の腹痛に特化した異常によく効く強力な薬を病院から貰ってくるだけだ』、と」

セイバーが静かに目を閉じる。その話を黙って聞いていた伊織が、「――それで、その話の教訓は?」と尋ねた。セイバーが目を開けて、言った。

「つまり。――帰国してからでは手遅れだと言うことだ! よいか、その国でかかった病はその国で治していけ! その国の病の特効薬はその国にしかないのだ!」

「私は腹が減ったぞ、さっさと支度をせよ!」となぜか喚き散らされて、伊織が慌てて客室へと入る。分不相応な部屋の広さや煌びやかなヴィクトリアン様式の調度品に軽く眩暈を覚えながら、ガラス張りのシャワー室へと入る。




夏用のスーツに着替えた伊織が部屋の外に出ると、セイバーの方も着替えを済ませて出てきたところだった。伊織に比べていくらかラフな格好をしていたが、「郷に入っては郷に従え、だ」とまったく問題視していない様子で言った。気候の影響なのか、どうやらこの国のドレスコードはいくらか緩いらしい。様子を見ながら自分もジャケットくらいは脱いだ方がむしろいいのではないだろうか――と伊織が考えているところに、セイバーが朝食の会場へとさっさと向かうよう促す。
エレベーターに乗り込み、セイバーが伊織に言った。

「もうひとつ肝に銘じておけ。――このホテルに泊まっているのはきみではない。きみの社名だ。あの豪奢な部屋やこの豪勢なビュッフェ代を払っているのはきみではなく父上だ。それは、『父上に感謝しろ』などという意味ではまったくない。それはまったくしなくてよい。つまりどういうことかというと――皆、きみの所属している『社名』と宿泊しているホテルのグレードに傅いてくれているのだ。きみ自身にではない。決して勘違いしてはならない。これを勘違いすると人間性が狂う」
……なるほど」
「が、学べることもあるだろう」

エレベーターから降りて屋上への階段をあがる。受付のホテルマンがにこやかに扉を開けると同時に、南国の早朝の風が吹きつける。ひらけた視界にオープンカフェのような景色が見え、その向こうに広がる異国の海が見えた。再び周囲に目を遣れば、果物やチーズや生ハムが所狭しと並べられている中、丁度焼き立てのパンが運ばれてきたところだった。その向こうでは蒼天の下でシェフがオムレツを焼いている。

ウェイター姿のホテルマンがにこやかに席へと案内してくれる。温かい飲み物の希望を聞いて颯爽と席を離れていく後姿を伊織が眺めているところに、セイバーが言った。

「このホテルで従事する人々は皆、第一印象のプロだ。――『一流のホテル』という幻想空間を作り出すために、徹底して各々の役を演じている。所謂ロールプレイというやつだな。――己の役を演じ、相手の信用を勝ち取る。『相手の信用を勝ち取る』ということは即ち『相手の心を征服する』ということだ。まさに営業職われらに求められている資質なのだ」
「う――ん」

納得しきれないまでも、伊織が頷く。セイバーが畳みかけた。

「このホテルの皆は、きみを『一流のホテルに宿泊している上流階級の人間』と見立ててロールプレイをしている。きみは営業職として見事それに応え、『一流のホテルに宿泊している上流階級の人間』としての振る舞いをし、『一流のホテル』という幻想空間の実現に一役買ってみせるのだ。さあ、やってみよ」
「御客様方」

そこに丁度よく淹れたてのコーヒーを持って先程のウェイターが戻ってきた。まずはセイバーの前にコーヒーカップがセットされ、それからちらりとセイバーが伊織に目配せをする。

――とは言われたものの――

あまり深く考えずに、伊織はただ普段通りの彼の自然体のままに、ウェイターに礼を言った。

「かたじけない」

おや、とウェイターが軽く片眉を跳ね上げる。優雅な笑みを口許に浮かべながら、伊織の前に置いたカップにコーヒーを注ぎ入れる。

「この国へのお運びは初めてでいらっしゃいますか」
「ああ――そうだ。今朝ついたばかりで車の窓やここからの眺めで知るばかりだが、美しい国だ」
「光栄です。――お食事の後はお仕事に向かわれるのでしょう。もし今夜の御予定がまだでしたら、ホテルにお戻り次第コンシェルジュにお声掛けくださいませ。この国に初めていらしてくださったお客様に、私個人のお気に入りのレストランをいくつかことづけておきます。特に景色の美しい席を、と言い含めておきましょう」
「それは――ご親切にどうも。恩に着る。仕事上がりの楽しみにしておこう」
「いいえ、なんなりと。――それでは、またなにかありましたら」

美しい一礼を取り、ウェイターが去っていく。

ずず、とコーヒーを啜った伊織に――「な、な、な、――なんだ今のは!?」とセイバーが素っ頓狂な声を上げた。

「何……とは」
「きみ――きみ、そんなに綺麗な英語を話すのか!」

……うん?」と伊織がやや目を丸くしてセイバーを見る。

「綺麗――綺麗だろうか? そういえば、発音は確かに昔――やたら誰かに褒められたような気もするが――
自覚がないのか! ――大したものだ、まったく大した詐欺師だぞ、きみは!」

感嘆したように声をあげ、セイバーが伊織を見る。「確認するが」と尋ねる。

「インターナショナルスクールに通っていただとか、留学していただとか、そういった経歴は特にないのだな?」
「ない。――別段、言語を専攻としたこともない」
「そうなのか。……であればこれは、なんらかの特殊能力なのかもしれぬ――

ぶつぶつとひとりで呟いているセイバーに、「セイバー」と伊織が怪訝そうに尋ねた。

「一体何の話だ」
「『英語の発音に訛りがまったくない――ということは、己が上流階級の教育を受けたというひとつの名刺となり得るのだ」
「ん」

全容が掴めず、伊織が不思議そうな顔をする。「まあ待つがよい」とセイバーが席を立ち、パンやらオムレツやらを手当たり次第持ってきて再び席に着く。たっぷりと間をおいてコーヒーを啜ったあと――改めて言った。

「今のウェイターは、きみが一言『かたじけない』と言っただけで本腰を入れただろう。あれは、きみのそのたった一言で彼がある確信を持ったからだ。――目の前の人間は、英語を母国語としてではなくハイレベルな教育を受けて後天的に獲得した身分の者であると認識したのだ。
――言ってみれば、きみはまったく身に覚えのない上流階級仕草が生まれながらに身についているということになる。口を開くだけで名刺を差し出しているようなものだ。……最強のカードだぞ、これは」

そう言いながらセイバーがパンに齧りつく。そのお世辞にも行儀が良いとは言えない姿を眺めながら――伊織が、ずず、とコーヒーを啜った。