mishiadd
2025-04-10 09:24:49
27927文字
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海外出張社畜 宮本伊織くん

【転生/現パロ】エレガントチートで武士仕草が全部上流階級仕草に変換されるのでなぜか無双状態になる海外出張社畜宮本伊織くんと限界海外遠征先輩社畜ヤマトタケル先輩の愉快な現代お仕事コメディ【剣陣営】


4.海外営業無双 宮本伊織くん

朝食を終え、コンシェルジュに手配してもらったタクシーに乗り込んだところでセイバーが改めて語り出した。

「きみ自身が自分のことをまったく把握していないようであるからな。一度これがどういうことだかはっきりさせておこう。――アメリカ英語とイギリス英語、という言葉は聞いたことがあるな?」
「あ、ああ」

伊織が頷くと、「よい。――では、」とセイバーが続けた。

「南部訛りと言う言葉は聞いたことがあるか? リバプール訛りスカウスは? 下町ロンドン訛りコックニーは?」
「待て待て待て待ってくれ」

伊織が額に軽く手を当てて言った。

「南部訛り、という言葉は恐らく。他は聞いたことがないと思う」
「つまり、一言で英語といっても多種多様な方言や訛りがあるということだ。日本語がそうであるようにな。そして、日本語における方言や訛りがそうであるように――どの訛りで話すか、ということは即ち、自分が一体どの地域で育ったかということの証左であり――ひいては、自身の社会的地位の開示でもあるのだ」
……社会的地位」
「うむ。――今は、その是非については議論せぬ。そういう前提、そういう世界観がある、という仮定の上で話すが。――きみの話している英語の発音はイギリス英語における容認発音RPという概念にもっとも近く、その特徴はそこに一切の地域的訛りがないということだ。この発音自体がそもそも話者の地域的特徴を隠し上流階級という社会的地位にあることのみを示すために人為的に生み出されたようなもので、本国では話者の数が年々減っており、今では人口の2%程度しか話していないというデータもあるらしい。
……が、それはイギリス国内での話だ。国外で外国語として英語を学ぶ者にとっては変わらず理想的な発音とされているし、そこには容認発音自体がそもそも持っていた――そしてそれゆえに本国では廃れゆく原因となった――上流階級ポッシュ』的なニュアンスを色濃く保持している」
……なるほど」

心の底から共感や納得はできなくとも、とりあえず「理解した」という意味で伊織が相槌を打つ。「よい」とセイバーが頷き、続けた。

「翻って、外国語として英語を学習する者が持つ『訛り』とは一体何だ? こんなことは敢えて聞くまでもないが――母国語由来の訛り、所謂アクセントと呼ばれるものだ。例えば、日本語話者であるならば、母国語にない『R』や『TH』の音がうまく発音できなかったり、母音を添えずに子音を発音することができなかったり――という話がある。そういった母国語の癖が、そのまま英語における日本語訛りとなる。似たような話はどの言語話者にとっても存在し、それぞれフランス語訛り、スペイン語訛り、中国語訛り、韓国語訛り、ロシア語訛り、ベトナム語訛り――等々、それぞれの訛りとして発現する。
――これらの訛りが完全になくなるまで発音を矯正し、本国ですら滅多に話す者のいない作られた発音である容認発音を話す――ということは、だ」

セイバーが伊織を見た。しばし口を噤んで伊織が代わりに結論を口にするのを促したようだったが、伊織が敢えて口を開かなかったことを見て取り、「よい」と肩を竦めた。

「そのような徹底した英語教育、そしてそれが一環となるような高度な教育を受けた、教養のある上流階級出身の者である――ということを、きみはただその口を開いて『こんにちは』と言うだけで相手に伝えていることになるのだ」
――だが、俺はそうではない」
「知っている。だから言ったのだ、大した詐欺師だと」

くん、と反動を受けながらタクシーが止まる。――ビル街にあって、ひときわ目立つようなガラス張りの大きなビルの前だった。

「現地の法律事務所ローファームだ。――事業計画を立てて人を雇うにしても、まずは箱がなければ始まらぬ。となれば、まずは法人設立のための法的手続きを調査せねばな。……ということで、連れてきてはやったがここから先は私は知らぬぞ。きみの領域なのだから、まあ――せいぜいやってみよ」
「ん……

ちらりとセイバーを見てから伊織が小さく深呼吸をして、タクシーを出る。手に持った鞄の中に名刺があることを確認し――いざ、ビルの中へと入っていく。

大きくとったガラス窓から南国の日射しが射し込んで白い壁や床に反射している。外のねっとりとしたどこか重みのあるような熱気とは打って変わって寒い程に冷房を効かせた建物の中を大股に歩いて、案内役の女性のあとをひたすらについていく。やがて会議室の一室に通されて、高層階から眼下を一望できるように大きくとられたガラス窓と、ホワイトボード代わりに壁に嵌め込まれた透明なガラス板を見る。同じくガラスでできたテーブルに伊織が自身のノートPCを展開していると、やがて先程の案内役の女性が、練乳のたっぷり入った香ばしい香りのコーヒーを持ってきてくれた。

さすがにやや緊張でもしているのか、まんじりともせずPCの画面を見つめていた伊織に、セイバーが「イオリ。……名刺。出しておけ」と小声で告げる。伊織が鞄から名刺入れを取り出したところで、ちょうど相手方が入ってきた。かっちりとしたスーツに身を包んだ、伊織より二回り程度年上の女性がひとりと、それよりは若い女性がふたりの三人だった。

セイバーも伊織も立ち上がり、名刺入れを手にする。一瞬セイバーが伊織に目配せをし、どこか意地悪で挑発的な、それでいて先輩風でも吹かせたような顔で、にっと笑った。そのまま、伊織を制して彼女らに自分の名刺を差し出した。

「お初にお目にかかります。ヤマト・キング・コーポレーション海外営業部のヤマトと申します。本日はお時間を頂戴いたしまして」
「こちらこそ我が国での法人設立相談先に当事務所をお選びいただきまして光栄です。――では、早速ですがお掛けになって」
「いえ、本件の主担当はあちらのミヤモトに任せておりますので。――イオリ」

名を呼んで、後ろに控えていた伊織にセイバーが目配せをする。それで伊織の存在にようやく気が付いたらしい女性が「おや」と目を遣る。ふむ、と軽く値踏みするような目で一瞬見たあと、伊織がまだ年若いことを見とめる。どこか母親じみた優しげな笑みを浮かべ、「……そうでしたか。これは大変な失礼を。――初めまして、ミスター・ミヤモト」と欧米式の握手を求めるように鷹揚に手を伸ばした。

その手を取らず、伊織が背筋を正す。まるで剣道の試合でも始めるかのように背筋のすらりと伸びた三十度の美しい礼をしたあと、女性の目を真っ直ぐに見て言った。

「ヤマトより紹介のありましたヤマト・キング・コーポレーション海外営業部のイオリ・ミヤモトと申します。本日は御多忙の中お時間を頂きまして大変感謝申し上げます。
貴国市場への進出は、歴史ある貴国の近年における目覚ましい経済発展を拝見するに当社としても最重要課題のひとつと捉えておりますので、どうかお力添え願えれば幸いです」

伊織の目が、女性の表情が一瞬呆気にとられるのを見る。それから、ゆっくりと――彼女の目つきが変わったのを見た。

女性が伊織に差し出していた手を引っ込め、美しくこの国式の礼をとる。

「御無礼を。――どうぞお掛けください、ミヤモト=サン。早速ですが時間も限られておりますので本題に入らせていただきます。――設立法人の資本金の規模感や定款に記載する事業内容、なにより事業計画の見通しは?」
「大まかには。まずは貴国の会社法や業法に基づく制限や禁止事項を確認させていただきたいところですが」
「いいでしょう。―― 一日も早い御社支社の設立を実現できるよう、当事務所一同精一杯支援させていただきます」
「かたじけない」
――古風でいらっしゃいますね、ミヤモト=サン」

彼女がくすりと笑い、そのまま議論へと入る。






「きみ、なかなかやるではないかあ」と上機嫌でセイバーがビールジョッキを掲げた。国民的銘柄として有名なビールのトレードマークが刻まれたものだった。
セイバーがひとりで度々出張に赴いてきていた際に見つけたというローカルチェーン店の内装は赤いネオン管で賑やかに飾られていたが目にうるさくはなく、ビールのつまみによく合うものから鍋料理、まだまだ〆る気など毛頭ないくせになぜかもう注文されている米料理――等々、テーブルの上に所狭しと並べられたこの国の料理を煌々と照らしていた。

「いや――正直なところを言うとだな、今日の打ち合わせも最悪の場合すべて私が進行を取り仕切って私が議事内容を取りまとめて私が提案資料を作成して私が父上にお伺いを立てなければならないのかと八割、いや九割くらいは覚悟していたのだ。その――まあ、今までがそうだったのでな。誰が私と共に来ようと、ことごとく。
なんというか、こう――『背中を預けられる』――とまで言ってしまうと流石にきみには荷が重いとは思うが、少なくとも今日の打ち合わせ中私が一言も発する必要がなかったのは正直驚いたぞ。……私がひとりで戦わしゃべらなくてよい戦場かいぎなどこの世に実在するのだな!」

ははは、とジョッキを煽り、それから米料理を口にする。この国の特徴的なスパイスのよく染みた米に、「これはこれで美味い」と満足そうに舌鼓を打っている。
伊織はと言えば、異国の味付けに特に気に入った様子もかといって気に入らない様子も見せることなく、ただ黙々と飯を口に運んでいる。顔色一つ変えずにビールを口にし、「セイバー」とぽつりと言った。

「今日の打ち合わせ自体は非常に実りあるものであったとは思う。――重大な、しかし厄介なことも聞けた。きっと、今日の打ち合わせがなければわからなかったことだ」
「うん?」

がん、と重みのあるガラス製のジョッキをセイバーがテーブルに置く。酒のせい、というよりは機嫌の良さゆえにほんのり赤くなった眦を眇めて、セイバーが伊織を見た。ふふん、と口許にどこか誇らしげな笑みを浮かべてみせる。

「せっかくこの私が今日の成果を褒めてやっているのにろくに有難がりもせず、もう次の課題に悩むか。……感心、感心」
「セイバー」

先輩に向けて言うにはやや無礼とも思えるような、わずかに叱りつけるようなニュアンスを滲ませた声音で名を呼び、それから、はあ、と小さく肩で溜息をついた。

「思いもしていなかったことだ。――この国での法人設立には、この国の国籍を持つ共同出資者が必ず必要だとは」
「現状、当社に相手のツテはない。……『営業』せねばだな、イオリ。文字通り、相手の心と信用と金を勝ち取るのだ」

そう愉快そうに言い、セイバーが再びジョッキを煽る。空になったのか、現地の言葉で店員におかわりを頼んでいる。その姿に、「セイバー」と伊織が再び呆れ返ったような声で言った。

「随分楽観的だな? 心配ではないのか」
「こんなことでいちいち心配になるような場数を踏んではいないよ。――それにな、イオリ」

がたん、とテーブルに置かれた真新しいジョッキを掲げて、セイバーが言った。

「きみと私のふたりなら、きっとなんとかなるであろうよ。……我らの前に敵はなし。頼りにしているぞ、イオリ」
「なにを調子のよいことを……

呆れたように溜息をつき、それから伊織が肩を竦めて苦笑いをした。――ヤマトタケルという人間が、誰かにこんなことを言ったのが少なくとも今生では初めてであったことを、伊織が知ることはなかった。