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Hizuki
2025-04-07 21:55:21
11947文字
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あんスタ[薫あん]
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あんスタ過去ログまとめ[薫あん]
【あんスタ】薫あん。ついったに画像のみで上げたSSのテキスト版まとめ。
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『即効性の特効薬』
「そういえば最近嬢ちゃんを見かけんのう」
いつものトマトジュースから口を離した零くんが思い出したようにそう言った。
「相当忙しいみたいだよ。他のみんなも見てないって言うし。俺も連絡するの控えてるくらいだもん」
「ふむ
…
無理をしておらんとよいが
…
」
「さすがにちょっと心配ではあるけどね
…
」
ペットボトルのキャップを開けて水を一口。零くんの言う通り、近頃あんずちゃんの姿を見ていない。ESにいないのであれば何かしら外に出ているのだろうというのは予想はできる。アイドルのためにとあちこち駆け回っているのはいつものことだけれど、ここまで見かけないのは本当に珍しい。
余計なことに気を遣わせたくなくて連絡をしていないのも本当のこと。恋人同士という関係で今の状況は寂しいとも思うけれど、そんなことを言うほど子供ではない。とはいえそろそろこちらから一度連絡してみようかと思っていると、ポケットに入れていたスマホがホールハンズの着信を知らせた。
「あれ、噂をすればあんずちゃんからだ。
…
もしもし?」
画面に表示されている名前を告げると、零くんの表情が和らいだ。そのまま着信を受ければ、少し間を空けて彼女の声が聞こえてきた。
『
…
薫さん、両手上げてそのままにしてください』
「えっ?何?どういうこと?ちょっとあんずちゃん?
…
切れちゃった」
普段のような明るさはない。疲れの滲んだ声でそれだけ告げると、通話はぷつりと切れてしまった。
「嬢ちゃんは何と?」
「う~ん
…
よく分からないけど、両手上げてそのままにしてって」
彼女の言葉でこんなにも要領を得ないことは初めてで、思わず首を傾げる。声を聞けたのは嬉しいものの、言われたことが分からなくて頭は混乱したまま。そもそも手を上げて、ということが引っかかる。
「
…
なるほどのう。指示に従った方がよさそうじゃぞ」
「零くんまで?」
「それは我輩が預かろう」
俺をよそに、零くんまでもがそんなことを言い出す。ひとまずスマホをしまい、こぼしてしまわないようにペットボトルのキャップを元に戻す。零くんにそれを渡し、あんずちゃんに言われた通りに両手を上げた。
「本当何なんだろ
…
っ!?」
その瞬間だった。
背中から伝わってきた軽い衝撃。
伸びてきた細い腕は俺のお腹の前で組まれて。
ふわっと届いた香りと目に入った時計で、それが誰なのかを理解した。
「あ
…
あんずちゃん
…
?」
問いかけに答えるように姿の見えない後ろの彼女が頷くようにもぞりと動く。込められた力が強くなって、ゆっくりと深い呼吸が聞こえた。
周囲に誰もいない時でよかった。両手を上げ、身動きも取れずにいる状況を誰かに見られようものなら何事かと思われてしまう。とはいえ久し振りのあんずちゃんに嬉しい自分がいるのは本当で、一体何から聞こうかと考えているうちに彼女は俺から離れていた。
「よし
…
すみません、お話し中にお邪魔しました」
「うむうむ、気にせずともよい。しかし無理はするでないぞ。薫くんが心配するでの」
声をかけるタイミングも振り返るタイミングも逃し、俺を挟んでの二人の言葉を聞くだけになっている。電話の向こうから聞いた声よりも声に元気が戻っているような気がしたのはよかったと思う。零くんがひらひらと手を振っているのは俺の後ろのあんずちゃんに向けてだろう。そしてぱたぱたと足音が遠ざかっていくのを聞きながら、上げていた手を下ろした。
「えっとぉ
…
?」
不可解な行動に疑問符を飛ばしていると、くくくと楽しんでいるかのような笑い声が聞こえてくる。
「忙しすぎて薫くんを吸いに来たんじゃろうな」
「吸いに来たって
…
」
「来た時よりもすっきりした顔をしておったぞ」
「俺顔見れてないのに!
…
まぁあんずちゃんの力になれたのならいいんだけどさ」
たまたま人気の少ない場所に背を向けた俺がいて、俺達の関係を知っている零くんがいて、という状況だったからこそ、彼女はあんな珍しい行動を取った、と。疲れを癒すために猫を吸う、なんて言葉も聞くようになった。それと同じということか。どんな形であれ、俺を頼ってくれたということに代わりはないけれど、どうせならもうちょっとこういい感じに癒してあげたかった。彼女からの指示があったとはいえ、さすがにさっきのは間抜けすぎる。
「嬢ちゃんのことじゃ、落ち着いたら連絡をくれるじゃろうし、そうしたら存分に甘やかしてやればよい」
「もちろん、最初からそのつもりだよ」
差し出されたペットボトルを受け取りながら答える。いつだってあんずちゃんを甘やかしたい。いつも頑張っているあの子がゆっくり羽を伸ばせる場所でありたい。そんなことを考えているとポケットの中でスマホが震えた。取り出して見ればそれはあんずちゃんからのメッセージだった。
『さっきはいきなりごめんなさい。でもおかげでまた頑張れそうです。今週いっぱいで多分落ち着くと思うので、薫さんの予定が大丈夫だったら来週のどこかで会いたいです』
綴られていた彼女の言葉に安心する。そして、彼女からの望みにも。
『さすがに俺も驚いちゃった。元気になったならいいけど、無理はしないでね。あんずちゃんのためなら予定空けるからいつでも言って。待ってるよ』
君の願い事は全部俺が叶えてあげたい。彼女の望みはいつだってささやかで、もっと大きなことでもいいのに、なんて思ってしまう。でも、それを伝えたらきっと彼女は困ったように笑うから、彼女から言ってくれるまでは待つつもりでいる。手早く返信して小さく息を吐くと、零くんが口を開いた。
「さて我輩達もそろそろ行こうかの、薫くん」
誰からの連絡だったのか、というのは言わずとも筒抜けになっているのだろう。何も言いはしないけれど、代わりに口元を緩めたその表情が語っている。俺も何も言わない。いつも通りに返事をする。
「そうだね」
俺達がゆっくりしていたのは、中途半端に空いてしまった次の仕事までの時間潰し。まさかこんなことが起こるなんて思ってもみなかった。あんずちゃんが頑張ってるんだし、俺も頑張らないと。
よし、と小声で気合を入れて、残っていた中身を飲み干す。空になったペットボトルをゴミ箱に捨てると、先を歩いていく零くんの背中を追った。
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