Hizuki
2025-04-07 21:55:21
11947文字
Public あんスタ[薫あん]
 

あんスタ過去ログまとめ[薫あん]

【あんスタ】薫あん。ついったに画像のみで上げたSSのテキスト版まとめ。



『心をさらう風』


今回のプロジェクトの最中、交流会という名のパーティが催され、私はとあるお屋敷のホールにいた。パーティに招かれた、とはいっても仕事の一環に変わりはない。慣れない格好で関係者への挨拶回りをするのはやっぱり気を遣う。まだ行けてない人も数名いたけれど、別の人と話していたり、姿が見えなかったりでどうにもなりそうにない。一度リフレッシュしてこようと、ホールの奥の庭に繋がっている扉を開けて外に出た。日が落ちて多少気温が下がったところに、吹き抜けていく風が気持ちいい。何度か深呼吸をして石畳の道を歩いていると、外灯の側に立つ見知った金色が見えてそちらに近付いていく。

「姿が見えないと思ったら外にいたんですね、薫さん」

今日のパーティに招かれたのは私と零さんと薫さんの三人。もちろん彼らも場に相応しいように華やかに着飾っている。さっきホールから出る前に中を軽く見回した時、薫さんの姿が見えないことにも気付いていた。呼びかけた私を見るや、薫さんはひらりと手を振ってみせる。

「さすがにちょっと息苦しくなっちゃってさ。そういうあんずちゃんは?」
「まぁ私も似たようなものです」

仕事の雰囲気を和らげて苦笑いを浮かべる薫さん。その隣に立った私もきっと同じような顔をしているのだと思う。

「プロデューサーだし、俺よりもっと大変だよね。お疲れさま。いつもありがとう」
「いえ、私の仕事ですから。でも、こちらこそありがとうございます」

これが私の仕事で、当然のこと。けれど、労いと感謝の言葉の言葉を伝えられればやっぱり嬉しい。少しだけ肩の力を抜いて気を緩めると、そう遠くないところから何かが聞こえてきた。

あれ、何か聞こえる?」
「波の音だよ。ほら、近くに海があるって言ってたでしょ?」
「ああ、そういえばそんな話してましたね」

確か開会の挨拶でそんな話を聞いた気がする。しかもプライベートビーチもあるとか何とか。正直それをこの場で聞いたところで特に意味はないのでは、と軽く聞き流していたのだけれど。

ねぇ、ちょっと抜け出して行ってみない?」
「え?」

いたずらっ子のような表情で薫さんが誘う。

「その先から下りられるみたいなんだよね」

指し示された外灯の向こう側、石畳に埋められた明かりの並び方からすると、どうやらその先は下り道らしい。そしてここまで聞こえてくる波の音。つまりその先が例のプライベートビーチというわけだ。

もう、ちょっとだけですよ?」

普段なら止めるところだけれど、今は夜で幸いなことに周囲に人の気配もない。あれだけの人がいるのなら二人くらいいなくてもきっと気付かれない。そもそも気分転換に出てきているのだし、ちょっとだけならいいかと彼の誘いに乗った。

「ありがとう。それじゃ、行こっか」

明かりを辿ってゆっくりと下りていく。私も普段の格好じゃないことを気にかけてくれているのか、薫さんは歩幅を合わせてくれている。遠かった波の音も少しずつ近付くほどに大きくなっていった。今の格好であまり砂浜の方に出るわけにもいかず、舗装された道との境で立ち止まって海を眺める。

「昼間ともまた違ってて夜の海もいいですね」

空と海の境界がほとんど消えて、わずかに見える色の差がそれを示している。さっきまでいた屋敷の中の賑やかさから遠く離れた静寂が今は心地いい。

「でしょ?あ~俺も久し振りにのんびりサーフィン行きたいなぁ」
「ごめんなさい。ここしばらくの予定、ずっと私がこの件で押さえちゃってますもんね」

薫さんからそんな言葉が出るのも無理はない。今回の仕事は長期間に渡るもので、今後の状況にもよるけれど秋の初め頃までの予定を押さえてある。もちろん他の仕事だってあるし、オフの日もあるけれど、心ゆくまでのんびり、とはいかない。

「ああ、あんずちゃんを責めてるとかそういうんじゃなくて、俺としてはあんずちゃんと会える機会が増えて嬉しいっていうか!」

慌てたように薫さんが付け加えた。気まずそうに頬を指でかく仕草にかわいささえ感じる。責められているとは思わないけれど、やっぱり申し訳なく思ってしまうのもまた本当のことでもある。

「ふふ。多忙な薫さんを捕まえるためにこの仕事を依頼した、って言ったら信じます?」

今回渡された企画案と共に私に伝えられたのは『企画に相応しいアイドルを二人ほど』というもの。ぴったりなのはUNDEADの二枚看板の二人しかいないと思って、会議の帰りにそのまま連絡を取ったら揃ってすんなりと快諾してくれた。

「本当にそうだったら俺はめちゃくちゃ嬉しいよ?そうじゃなくても、あんずちゃんに指名してもらえるなら全力で頑張ろうって思う」
ありがとうございます」

私に指名してもらえるなら、とこの人に言ってもらえることが嬉しい。あまりにも真っ直ぐにこっちを見て真剣な声で言うものだから、じわりと照れてしまう。顔を背けるようにくるりと身体の向きを変えると、そのまま砂浜の方に足を踏み入れた。柔らかくてさらさらとしていて、分かってはいたけれどやっぱり歩きにくい。

で、実際のところは?」

いつもの調子に戻った声が背中からかけられる。楽しそうに、私からの答えに期待を込めているような声。

「さて、どうでしょうね?内緒です」
「え~?教えてくれないの?」
「ご想像にお任せします」
「あんずちゃ~ん?」

同じようなやりとりを繰り返しながら砂浜を歩く。薫さんならすぐに追い越して正面に回ることだってできるだろうに、あえてそれをせずに私の後ろをついてきてくれている。様子をうかがうようにちらりと後ろを振り返ると、降参というように両手を上げて薫さんが笑った。

「だったら、俺の都合のいいように受け取っておこうかななんてね」
「どうぞ、お好きにしてください」

今ここで本人に言うつもりはないけれど、私の個人的な感情はもちろんある。この仕事が無事に終わって、それからしばらくしてからなら打ち明けてもいいかな、なんて考えていると、聞き慣れた小さな電子音が聞こえた。ホールハンズのメッセージの受信を知らせるものだった。ポケットからスマホを取り出した薫さんはその画面に視線を向ける。

あれ、零くんからだ」
「何かあったんですか?」

送り主の名前を聞いて、何か問題でも起きたのかと内容を尋ねる。付けていた時計に目を向けると、ちょっとのはずが思っていたよりも時間が経っていたらしい。

「上の人があんずちゃんを探してるみたい」
「じゃあ、急いで戻らなきゃですねわっ!」

ここが砂浜で、いつもと勝手が違う格好だということを忘れていた。砂に足を取られて倒れそうになったところを、薫さんの腕が支えてくれた。

「っと、危ない。こんなところで転んだら大変なことになっちゃうし、手繋ごっか」

これから人に会うというのに、転んで砂まみれになってしまってはどうしようもない。砂浜を歩くのなら、慣れている薫さんに先導してもらう方が確実なのは明らかだった。少し照れてしまうけれど、薫さんの提案に頷く。そして、薫さんはわざとらしく咳払いを一つ。

「ではお手をどうぞ、マイレディ?」

とびきりのオーラをまとって、ステージに立っている時のような、一瞬で虜にされるような声。波のように、風のようにあっという間に心をさらっていく。ついさっきまでの彼はそこにいない。
私に手を差し出しているのは、間違いなく『アイドルの羽風薫』だった。

「えっとお願いします

きっと今の私の顔は誰が見ても分かるくらいには赤くなっている。ホールに戻るまでの間にどうにか引いてほしいと祈りながら、薫さんの手に自分の手を重ねた。